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ブバルディア  作者: ほしみ ことの
第三章  秋の訪れと吹雪
24/29

2

 鍵を差しこむと難なく開いた扉の先には、暗澹あんたんとした空間が広がっていた。ひやり、すこしばかり冷たく、宿の玄関口で温められていた肌が粟立つ。後ろでぶるる、と小刻みに震える気配がした。

 まず照明をひとつひとつ灯して内装を確認する。窓は大きく二つくりぬかれて硝子を嵌めこまれており、その中央に暖炉が置かれていた。受け取った籠にあった燐寸マッチを点火し格子の向こうに放る。薪は見当たらないが恐らく炎に反応する魔法物質が内部にはあるのだろう。たちまちとても暖かな空気に包まれる。

 ふうと息を吐き辺りをみると、子どもがぽふぽふと枕の硬さを確認していた。その寝台は彼らが四人幾ばくかは寝そべれる程余裕があった。目元をしきりにぱちぱちしているのが気になってニコルの肩を引く。顔をよく見られるように覗きこみ小声で問うた。

「お腹、空いてない? それとももう眠たくなっちゃったかな」

 すると今の今まで一言も喋らないでいた子どもがぽつり、少年と同じちいさな声で呟いた。

「……ねむい」

「そっか。じゃあご飯は明日だね。もし気になるなら灯りは消さないでおこうか」

「うん……いや、消していい」

 もぞもぞと布団を引き寄せ頭まで覆ってもなお身震いするニコル。

「もしかして、まだ寒い?」

「うん――すんごく、さむい」

 自身も毛布にくるまるも特に不都合などなく、ニコルは極度の寒がりなのではないかと思った。そこでいつものおやすみの口づけをした少年は、二人の間に冷たい風が通らないようなるべく身体をくっつけてやることにした。

「これで寒くないかな、ニコル」

「ん、あったかい」

 こくり、アランの問いかけに微笑みうなずいた子どもの震えがようやっと治まった。

「それならよかった」

 アランも笑って瞼を閉じた。


    *


 早朝。外がやけにうるさい。

 何事かと背伸びし窓から様子を窺った子どもは、把握すると慌ててまだぐっすり眠る少年に駆け寄った。

「ちょっと、アラン。起きて……起きろ!」

「ん゛う゛、あと……」

「君、朝苦手だった?! と、とにかく早くここを出なきゃ」

「う゛ー」

 幾ら揺すぶっても全く起きる気のしない少年。仕方なく頬っぺたをつねれば抗議の声があがる、しかしそれだけだった。

 起こそうとしつつもしっかり支度の終えたニコルは怒って言った。

「もう! 先に行っちゃうからねっ」

 くるり、寝台から離れる。

「――先に行くのは駄目って、言ったでしょー……」

 すぐさま二本の腕がニコルめがけて伸び、出てゆくのを引きとめようとする。そのまま引きずられる形でシーツの海へとうずもれた。

「ちょっ離し――離してよっ」

 いわゆる抱き枕状態でしっかり固定された子どもは足をばたつかせて抵抗するが、ビクともしない。

「ああ~っ 君、寝起き最悪すぎ!」

「うう、寝足りないよ……」

「そんなのんきにしている場合じゃないんだよおおお!」

 どうにもならない。ニコルにできることといえば、髪を振り乱し怒鳴ることくらいだった。

「そうです、火災で此処一帯に避難勧告が出ているので……」

「うわっ 宿の責任者さんだ?! 本当にみんな困ってるから! 早く目を覚ましてー」

「……火災だって?」

 火事と聞き、突然跳ね起きた少年はごろごろ転がって身支度を始めた。そうして憤慨したニコルとおろおろ様子を窺う主人とをハッとした風に振り返り、やや疑問形に言った。

「おはようございます?」

「君、すごいよ。この状態でそんな感じでいられるの」

 普段しっかりしている者の、眠りから覚めての思考の鈍さと言葉選びには呆れを通り越して感心してしまう。だが、今度こそ間違いなくニコルはアランを置き去りに一人で外に出た。


 カーン……とちいさな山一帯に、火災のあったことを報せる高塔の鐘の音が響いていた。恐らくアランたちのいる地域が危険でおおきな炎でくすぶられているが、他は地元民でも消し止められる程の小火程度のようだった。風が頂から下方に強く吹いているせいで被害範囲が広まる可能性はある。

 人は、滅多にないことで動揺し興奮さえしていたが、住民も観光者も騒々しいながら割かしきちんと避難路を通って行った。これは定期的な訓練の賜物といえるかもしれない。

 しかしやはり逃げ遅れた者たちもいた。火災の数刻前に地揺れもあったことで倒木だったり建物がたわむことにより脱出の道を塞がれた彼らはすすり泣き祈りを捧げていた。

 その彼らを救助しようと奮闘する者たちの中にひと際活躍する小男が一人。めらめらと燃ゆる炎が身を包もうと何食わぬ顔で人家を突き進み、声掛けをし安否を確認する。野次馬が取り巻きそれを眺めていたが男が視線をやると後ずさり距離をとった。

「俺の傍から離れてくれ。もしこれが失敗したらお前らも無事ではなくなるぞ」

 男はそういうと目を閉じ口を動かした。両の手は依然燃え盛る炎へ。足元から一挙に渦を巻く水が吹きあがり、突っ込まれた手指にじゃれつく炎を巻き込み更には家屋全体を包み込んだ。

 こうして順々にこの男は鎮火作業をこなしあっという間に火災は消し止められた。幸い被害は軽い火傷で済み命にかかわる目に遭った者は誰もいないようだった。

「もう大丈夫か、あとは任せる。火の元には季節問わず気をつけろよ、あんたら」

 一因とみられる葉巻の燃えかすを拾いあちこちに廃棄された物を見、小男は肩をすくめた。

「いや、これは……ポイ捨て禁止条例でも出したほうが良さそうだな」

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