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ブバルディア  作者: ほしみ ことの
小休憩 季節と心の移ろい
21/29

5

「……それで、店長に頼んで日のあるうちに帰れるようになったんだ。もし何かあったら抜けても良いって。だから、なるべく早く帰ってくるよ」

 ニコルが泣いて眠った数日後、いつもより早く仕事を終え帰宅したアランが夕食の準備をしながらそう言った。ニコルも手伝いで食器を並べる。

「へえ、あのお爺さんちゃんと話聞いてくれるんだ」

「日中暇だと思うし廃棄予定だった古本貰ってきた。これ以外にも色んなものが倉庫で眠ってたから、何か読みたいのあったら言ってね」示した先の棚には、埃を被った大小様々な書籍がぴっちりと積まれていた。

「ぼく、どんなのでも読むよ……あ、これは前に読んだかな」

 並べ終え手持ち無沙汰になってしまったニコルが、重なった下方の本の一冊に親しみを感じ、他を除けて頁をぱらぱらとめくる。そこにアランが後ろから覗き込み目を細めた。

「懐かしい。僕も読んでたな、それ」

「内容覚えてる? ぼくは大分忘れちゃった」

「じゃあそれは食事が済んだらね――よし、出来た。先に食べちゃおう」

 

    *


 食後に読書タイムをキメ、いい塩梅に瞼が重くなったところを見計らって、アランが声をかける。

「……ニコル、そろそろ寝台ベッドに行こう」

「ん」大分船を漕いでいたニコルはふらつきながらも立ち上がり頷いた。

 アランはあんまりにも華奢だなと思いつつその身体を引き寄せて自室の寝台までニコルを運んだ。毛布に包めるとニコッと笑う。弟がいたらこんな感じだろうか、一瞬考え直ぐその想像をなかったことにした。弟ならもう少し冷たい態度をとるだろうと思ったから。

「せっかく寝室が二つあるのに、もうこっちでしか寝ないね。ニコル」

 結局あの泣いた日はそのままアランの部屋で朝を迎え、それ以来アランが一緒でなければ眠ってくれなくなった。いっそ空いたもう一方の部屋を本置き場にしてしまうか。戸を開ければ全方位本、本、本……。そこには浪漫が詰まっている。

 素晴らしい計画に胸をどきどきさせて少年も傍らで眠りについた。


    *


 更に数日が経つと流石に馴染んできたのか、日中も泣き出すことは少なくなった。ぼんやりした暗がりでちいさな身体をまるめ、黙々と書物に手をかける子どもが、誰にも見咎められることなくちょこんと留守番をしていることが多くなった。

 アラン程とは言えないがニコルも相当に本を読む。こんな風に追手から逃げる前は人目を盗んで地下書庫に入って一日中読み耽っていた。文字を追うだけで身体中をあたたかなものが駆け巡り血の通わぬ人形などではないと否定することができる気がして、それに縋っていた。今もそれは大して変わっていない。

 

 今日ニコルが手にとった本は恋愛もののようだった。終盤恋人たちが口づけをしたところで活字から目を離し眉根を寄せた。

「あれ、ぼく、アラン以外の誰かとキスしたことある…………あ、」

 もう五年は前になるか。他人と触れ合う機会のなかった昔のニコルに親しくなろうと接してきた人間が一人だけいた。人間でいて良いと思わせてくれた貴族の子ども。雰囲気はアランと少し似ていたかもしれない。あったかそうな声と手が印象的だ。会ったのは一度きりで名も覚えていない。アランにキスされていなければ永遠に蓋をしていたであろう朧げな記憶。

(ああ、でも)

 アランはキスを愛情と言ったけれど、やはりニコルは”あい”が良く理解できずにいた。そのような感情が自分の内に在るとどうしても思えない。

「こんなぼくでも置いていかないのかな、アラン……」

 ”ともだち”も大してぴんときていない。友達だから置いていかないでいてくれるのかな。

  自分とアランのことを考えていると時々重いものが圧し掛かってくる感じがある。潰されそうになったニコルは慌てて読みかけの小説に戻った。


    *


 新聞をめくる規則正しい乾いた音が不意に止んだ。何か興味深い記事でも載っていたのか、大柄の男が食い入るような姿勢で紙面を大きく広げる。

 そこへ、男が店番を任せている新入りの少年が、客足が大分少なくなったから休憩に入ろうと通りかかった。男はこの本屋の店主だが、最近はその少年のお蔭で暇を持て余し休憩室に入り浸りであった。

 男が目に入って一瞬仕事に戻ろうかと考えた少年は、しかし、思いとどまった。やけに真剣な面持ちで読んでいるのが意外だった。目を丸くして該当箇所を覗き込む。少年にとってもそそられる見出しだった為椅子を持ってきて男に声をかけた。

「それ、本当だったんですね。史上最年少って噂はあちこちで出てましたけど、この手の話題が挙がると決まって囁かれてるので、正直僕は信じてなかったです」

 横にいたのを気づいていなかった男は急に耳元で声がした為びくっと肩を揺らし顔を上げた。

「あんだ、いきなりびっくりするだろうが! とんとんノックくらいはするもんだ。せめて名乗れや」

「でも店長、確かに注目度は高い記事だと思うのですが、そんな紙と目がくっついてしまう程の内容でもないと思いますよ。一体何にそうなったんですか。それと、ドアノブはついてないのでノックなんてできませんね」

「おめぇ人の話を聞いてたのか。名前言えって……」男は不快そうに新入りを見つめた。

「あー……アランです。それは以後気を付けます。そんなことより――」

 益々生意気になってきた少年を一瞥し苛つきながらもその写真を無言で指す。

「これですか」

「『史上最年少魔術師アルド、リチャルド(齢十五)は初任務以降の全ての業務を放棄し、専ら平民共の依頼を遂行しているようだが……云々』――ヤバくないか? 上流中の上流の魔術師様がよぉ、平民の味方につくってぇ頭おかしいのかこいつ。追放されるぞ」

「まあ、上の方々からすれば彼のやっていることは非常に馬鹿げていると言っていいでしょうね。たった一人列をはみだしたところで現状は変わらない。暫くは経過観察で、クーデターなど起こさない限りは恐らく追放は無いと思いますけど」

「う、うむ」

 横にいる成人すらしていない男が至極冷静に話すので店主はすっかり気圧された。どういう身の上かはある程度把握していれどもお前は何歳だよとついつい思ってしまう。

「十五……彼、記憶違いでなければ元々平民の出ですが今は上流なのだから成人の儀が大々的に告知されておかしくないのに実際はひっそり行われたとか、色々妙な部分はありますね。印象操作……善行もまるで悪い事のように書き立てられてる。もしかして、平民あがりを支持する者を増やしたくないのかな」

 新聞記事一つでペラペラとよくもまあ。

 少年もそうだが内容も不味い方へ向かっている気がして男は身震いした。

「おい……これ以上この話題するのやめねぇか? 誰が聞いてるとも知れねえんだ。お前の話聞いてたらおっかなくなってきちまったわ……」

「聞いてても構いませんけど。所詮子どもの戯言なんですよ。それを本気にしたところでその人の方が笑われ者になりますって。そもそもこんな僻地でまで上の者にへこたれる必要あります? 図に乗らせるような機会、みすみす与えちゃ駄目ですよ。あの方々、調子づくとロクなことにならない」

「君は、もうちぃっとガキっぽくなれねぇのかね。十一だろ……なあ、気張ってて疲れねぇか」

「怖がられるからニコルの前ならもうちょっとマシになっていると……子どもらしくなってきた実感があったんですけど、本当に」


 男はもうそれ以上は口を挟まず黙って新聞を読み続けた。アランもそっと目を伏せそろそろ業務に戻るとだけ告げて部屋を去った。

 先程まで話していたからか、はじめより無音状態が辛く感じられて新聞に集中できない。男はポイっとそれを放り出して頭を抱えた。あいつとは会話するだけで疲れる。

「ムチャすんなよって言っても聞いてくんねぇしよ……」

 遠くからかすかに客の怒鳴り散らかす声が聞こえる。少年は特に堪えることなく対応しているようだった。ひとまずほっとしたが、それは粘着質な客だったらしくやがて本が崩れる音がした。男は面倒くさそうに立ち上がり、しゃーねぇーなぁ……と小さく呟いた。

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