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「早く皆を迎えろ。それが終わったなら私の前から黙って立ち去らないか」
今は夏。社交の会の頻発する時期だった。この国は春と夏が一番過ごしやすいのではないだろうか。春は国中うす桃色に輝くし、夏は夏で涼しげな風が窓にうちつけてくる。
ああ、養父の命令通りわたしは動いていた。命じてくる声は、ひどく、冷たい。こおりのようだった。
分かっている。養父はわたしを嫌っているのだ。いつも奇異の目をこちらによこすのだ。拾い子なんて得体の知れない子どもだから?
屋敷には召使がたくさんいた。人手が足りないはずない。それなのに彼はわたしに門を開錠して会場まで案内しろというのである。そしてわたしは用済みなのだというのである。
まあ、別に”普通”のことだろう。そういうこともあるのだろう。少なくともこの家ではそうだったのだ。
「お嬢様、お急ぎ下さいな。待たせるのは大変に失礼なことですよ」
召使たちも声は掛けてくる。が、絶対に手を差し伸べたりということはない。きっと養父がいいくるめておいたのだ。紙の一枚や二枚を握らせて。なかにはそれでも憐れみの表情を浮かべるものもいたが、やはり近づこうとはしなかった。
養父のいいつけを守り終えたわたしは自室に閉じこもってしまおうと考えた。わたしは運よくここに置いてもらえるし名ばかりの位についただけだ。彼らとは何の接点もない。あの場にいたって、でくの坊になるのか壁の飾りであるのがおちだ。
そう思っていたから部屋に戻りゆっくり星空を眺めるつもりだったわたしは少し調子が狂うな、と残念さに似たものを感じた。
何人かが養子の姿を一目にも見たいと意気込んでいったのだという。
養父はそれを断った。その様子があんまりにも露骨だったから、そんなにもったいつけるほどのお子なのかと皆がざわめきだした。いうまでもなく養父はわたしを嫌っていてわたしが何かしたら恥になるばかりか自分自身の信頼を落とすと思ってのことなのに。
彼は渋りきってわたしを召使の一人に連れてこさせた。そして一言発した。
わたしはそれに非常に驚いた。今名前を口にしなかったか。二ヶ月ぶりではないか。養母に話し掛けられて以来と記憶していた。
名門貴族たちはめいめいにわたしを評価する。養父の気に障らぬ当たり障りのないことをだ。例えば、綺麗な御髪だとか可愛らしいとか。わたしからすれば、後で罰を科されるのは彼らでないのだからどうでも良い。ただ、わたしだけがまずいことになる。
彼らは一瞬押し黙り相手の心内を探って言葉を紡ぐ。ああ、あまりおかしなことはいってくれるな。やはりお咎めは受けたくない。
しばしの沈黙。
養父がおっふぉん、と咳払いをして彼らを散らせた。貴族たちもさすがに自分たちの身を案じて去るのだった。
去り際、こういう者がいた。「まるで人でない。あれは人形じゃないか。」
一体わたしが何だというのか。人形? それは結構なこと。養父が少し離れたところから睨めつけてきた。
……わたしは彼らにとって都合の良い子どもでなければならない。わたしは、綺麗に飾りつけられた、可愛いだけの人形に――――。
そんなふうに思っていたとき。
「……ねえ、君。一緒に踊ってくれる? 他に丁度良い相手がいなくって」
「え?」
ぼんやりと大人たちの様子を見ていると突然横から声がした。そちらに目をやると、わたしと同じくらいの背丈の男の子が、照れて恥ずかしそうに、顔を朱で散らせて立っていた。
なるほど、確かに皆大人で、他に子どもはわたしくらいしかいないのだった。それなら養父も文句はいえまい。
わたしはちいさく頷いて、伸ばされたモミジの手を取り中央に進んだ。途端、周囲の目がわたしたちへ集中する。――ああ、ここで失敗したら本当にまずいことだな……。
そううつうつしていると、目の前の男の子は声をあげて笑った。
「もう少し肩の力を抜いたら? 踊りにくくなってしまうよ。疲れちゃうでしょ」
「む……」
そういう本人は顔をほころばせ、まるで自分の家にいるかのようにくつろいでいる。それをわたしはうらやましく思った。こんなことは初めてだ。
その男の子がどこの門家かも知らないわたしは対応にとまどった。けれども彼は反対に楽しそうなのだ。
わたしは踊りの拍子をずらしたのに、男の子はそつなくこなしており、やはりうらやましいと感じる。