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本屋のおじいさんがくれた地図はやはり手製で、字はのたくっているし道が道に見えない、解読に苦しい代物だった。ニコルはアランと別れた後はじめこそペースよく進んでいたが、目的地が近づき相方との距離が引き離されてゆくにつれ、泣き出しそうになっていた。原因はよく分からない。ただ己の今までしてきたことが脳裏でチラついてその得体の知れなさに段々と不安を覚えるようになっていた、それで溢れるものなのかもしれない。
地図だと家が遥か遠いと錯覚するが実際は本屋からさほど離れていない場所にその貸家はあった。既に建物は見えている。あと少しで着いてしまう。しかしこのまま入ると何かに押し潰されてしまいそうで躊躇われた。
仕方なく周辺に咲き乱れる草花に足をとめ蹲る。花の蜜を吸いに来た虫が邪魔だ邪魔だとニコルの視界を行ったり来たりした。家から数分で自然に触れられるなんてかなり良い立地ではないかと独り言ちる。見たところセーヌは商業は盛んであるが自然運動には消極的な感じがあった。ラゴン街の方が緑豊かだったように思う。
物売りのおじさんが荷車を押して通り過ぎ様、ニコルを見た。主に果物を売り歩いているらしく籠から宝石いちごの実と葉がこぼれ落ちる。咄嗟にそれを受け止め渡そうとすると、商人は首を振り突き返した。
「それはもう、お兄さんのものだよ」
「…………え?」
お兄さんと言われたことに当惑し声が漏れる。普段坊ちゃんとかちび呼ばわりされているニコルがお兄さんと言われることなど今まで一度たりともない。それに十歳程度でお兄さんなど一般的でないのではないか。
「あの……ぼく、まだ子どもです」
「おや、精霊じゃないのかい。出会った彼らと見た目や雰囲気がすごく似ているけどねえ。でも、それは貴方のものだよ。これ以上は熟れ過ぎて傷んでしまう。そこに貴方が来た。つまりこれは貴方のもの。後で流水でよく洗ってお食べ。きっとその浮かない顔も晴れるだろうさ」
「え、何……あの、待って」
「早くお家にお入り。直に肌寒い風が来るよ………………」
「風なんか全然吹きそうに無いんだけど、ちょっと」
それから程なくしておじさんが言っていたように日が陰り風が強まり雨が降り出した。ニコルは慌ててぬかるんだ土を蹴り上げて走る。預かった鍵で開錠し中に入り閉めたドアに凭れ息を整えた後、寝室を探して歩き回った。幸いにもすぐその部屋は見つけられた。二部屋あるうち本棚が無い方を選んでシーツにくるまり目をつぶると、雨音と心音以外静かな空間がそこに生まれた。
商人に貰ったはずの宝石いちごは走り出した際に道端に転がって、今も冷たく震えていた。




