表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ブバルディア  作者: ほしみ ことの
第二章  春に潜む闇
15/29

3

 門の向こうから可愛らしい少年たちが仲良く手を繋いでやってくるのが見えると、ひげ面のエプロン男は半泣きで駆け寄り抱きしめた。二人はなぜ伯爵がこんなにも心配しているのか理解に困り、引いた。そんな行動にも怒ることなく不気味とも思える笑みを浮かべ、伯爵は鼻水を垂らして歓声をあげた。

「さ、夕食はもう準備できておりますよ……」


 大夕食会に二人は揃って逃げ出したくなった。なんでも二人を心配しすぎた伯爵はついついうっかり作りすぎたのだという。ここ数日出されていた量もかなり多いほうだったがこれはそれ以上にキツイ。

「どうしたんですか。お腹の具合でも?」

「あのねえ、おじさん。量がちょっと多いんだよ。ぼくもだけど、彼は特に食が細いんだよ」

「ああ、そうだったんですか。別に残しても怒ったりしませんよ。私でも食べきれる自信は微塵もありません!」

 そういわれても流石に残すことは躊躇われる。余ったら明日の朝食にでもしてもらおう、そうアランは考えニコルにも耳打ちした。ニコルは好き嫌いがないので何でも食べたが、アランはそういうわけにもいかず苦手なものはニコルに食べてもらっていた。それでも食べきれないこの量。名案だね、とニコルも頷いた。


 だいぶ食事も終わりに近づいた頃、子どもはふと、何かに気づき隣に声をかけた。相方はちょうど肉料理に取り掛かろうとナイフとフォークを持ち上げたところだったが、急に話しかけられてもにこやかな笑みを浮かべ手をとめた。

「そういえば君さ……何だか辛いのばかりぼくに寄越す気がするんだけどひょっとして辛いのが苦手だったりする? 甘いのとか他は大丈夫なの」

「うん、辛いのは全般駄目だけど他は。甘いのは平気だし、むしろ大好きっていえるかもしれない」

「たとえば何が好き?」

「……え? 言わなきゃいけないの?」

 この際、もっと詳しくアランのことを知っておこう、そう思ったニコルがずいっと詰め寄ると、質問されるとは予想だにしなかった少年は途端おろおろと目を泳がせ羞恥に頬を染める。

(……へえ、面白い)

 その反応にいたずら心を刺激されたか、ニコルはリンゴのように真っ赤な少年の姿を横からじいーっと見つめひとしきりニヤつくと、わざとらしく引いてみせた。「そんなに困ること、聞いてないと思うんだけどな。それともあまり人に言えないようなものが好きなのかな……ふうん」

「違うよ。そ、そうじゃないけど……でもやっぱり、恥ずかしいよ。君に幼いんだってからかわれそうだ」

 とうとう顔まで手で覆ってかぶりを振る少年。いつの間にかその存在を忘れていた伯爵を加えてみるが、脱線するばかりで上手く聞き出せない。

「幼いもなにも、ぼくら実際そこまで大人じゃないよ。まあ、冷やかしたりしないから言ってみてよ。ここにいるおじさんが証人。ね、教えてよ」

「そうですねえ、貴方も自分のことを教えて差し上げれば口を開くやもしれませんよ。秘密の共有ですね……秘密、少年たちの内緒話。キミとボクだけ、二人だけの秘密だよ。そう囁きあって交友を深めあった彼らは……なんと、なんと魅惑的なシチュエーションでしょう! 素敵です。お二人も是非……」

「はいはい、どんどんおじさんのキャラが崩れていくね。ここにいるのが不安になってくる発言だよ……と、今何か言った? アラン」

 どうやったらこんなキャラで伯爵をやっていられるのか疑問だ。まるきりどこぞの路地にでも現れそうな変態さんである。いつか警備兵や魔術師アルドに捕まってしまうのではないか。ともあれ、興奮の波に乗って延々と得体のしれない独り言を発している伯爵のおかげでようやっとアランが口にした言葉がちっとも聞き取れなかった為、もう一度聞き返さねばならなくなった。全く、なんておじさんだ!

「ごめん、おじさんの声で聞こえなかった。何て言っていたの?」

「……ットミルク」

「え?」

「ホット、ミルク」

 温かい牛乳のどこらへんが”幼い”というのか。ニコルには飲んだ覚えが無いが、母も召使いもニコルに厳しい父親でさえも飲んでいた飲み物だった。特に冷え込む秋冬の時期は召使いにホットミルクと命じる低音が自室までよく届いていた。

「ほらっ子どもっぽいと思うでしょう! しかも砂糖と蜂蜜たっぷりのやつがね、……好きなんだ。美味しくて頬がとろけちゃいそうなぐらい。親は生姜やスパイスをきかせて飲んでいたけれど、僕はそれじゃ本当に飲んだ気がしなくていつもスプーンにどっさり」

 アランは話しながら苦笑いを浮かべる。時折卓上のグラスに果実酒を足す(子どもでも飲める濃度のアルコールが含まれている。ほとんどジュース)。

「君はどうやって飲んでる? そのままかな」

「飲んだ記憶がないなあ。もし飲むなら温めただけのを飲むかもしれない。あれに何かを入れる発想がなかったし」

「そうか」

「でも、ちょっと気になるね。甘いミルク。今度飲むときはぼくも誘って、絶対だよ。アラン」

 実にさみしげに見つめる少年に、何かかけてあげられる言葉はないものかと子どもの頭はフル回転した。結果、まだまだ人生経験が薄かった為に子供じみた約束をとりつけることとなったが、直後謎の達成感に酔いしれた。やった! アラン、さっきより元気そう。


 腹もくちくなって食が本格的に途切れ途切れになり、舟をこぎだした者が一名。体が今にも目の前の食器へ倒れ伏さんとばかりに揺れ動いている。

「……アラン。君、眠いの? 部屋に戻ったほうが良いんじゃない」

「――ん。そうする……」

 ここまでそこそこ知っているつもりだったが、流石にここまで眠たげな少年をみたことがない。ニコルは心配になり、ふらっとしたアランが立ち上がるのを傍で支え、扉の前まで導いた。ニコルはそのまま寝室まで連れてゆくつもりだった。すると少年は支えとなっていた手を下ろし、やんわり押し戻した。

「……ここまでで、良いよ。後はなんとか歩いていける」

「え、でも……」なおも渋るニコルに対し、ありがとうと口にしてアランは食堂を出て行った。残るはおかしなおじさんと世間知らずの子どもの二人きり。ただでさえだだっ広い部屋が一層大きく膨らんでゆく感覚に襲われる。これは気まずい。

(そろそろぼくも戻ってしまおうか)

 ここにいても残った晩餐の処理をするだけだ。それならば、とついさっき少年が出て行った方を見ていると。

「――おや、貴方も眠ってしまわれるのですか……?」と、何やら残念そうな伯爵。

「うん。眠るにはそれなりに丁度良い時間だし」

 柱に掛かった時計を見上げるとボーン、ボーン、と鐘が鳴り、針は夜の真ん中を指していた。これ以上起きていると翌日に影響が出てしまいそうだった。

「そうですか。それはそれは……ウーン、困りましたねえ」

「今寝ちゃいけないことでもあるの?」

「できれば、そうですね。お嬢さん、貴方にどうしても聞いて頂きたい大事なお話があるのです。少し長くなりますが、宜しければこのままついてきて下さいませ。ここでは話せない事ゆえ、私の部屋まで……」

 伯爵はこの数日では一度も見せたことがない、真剣な面持ちで席から立ち上がりランタンを手に口を開いた。その目は爛々と光り、そこに不穏なものを感じたニコルだったが、わざと不貞腐れ尖った声を出すことでそんな気持ちを払拭しようと試みた。効果は虚しく、却って不安感が募るだけだった。どうしてこんなに嫌な予感がしているのか分からず、今は眠っている相方の幻想に内心、助けを求めた。

「ふうん。そういうことはもっと早くに切り出して欲しかったな。眠たすぎて隈が出来るかもしれないよ。まあもうどうでも良いや。さ、早く行こう」

「では、こちらから行きましょう。あちこち段差がありますので足元にお気をつけてゆっくりおいで下さい」

 アランが出て行った扉とは逆方向へ伯爵は歩む。そのつま先が踏み出す道は冬の夜のように冷え切って暗かった。


      *


「横になったら食べたもの全部逆流しそう。嫌だなあ。でも眠いな……ニコルは眠くないのかな」

 寝室に戻ったアランはあまりの睡魔と満腹感に寝着に替える手間も惜しんでそのままベッドに横たえた。異様に重怠く、体を動かすのも辛い。あの時ニコルが声をかけ支え起こしてくれなければきっとあのまま深く寝入ってしまっていたに違いない。

 ものを考えようとしても瞼がひとりでに閉じようとする。なんとか片手を伸ばして鞄から麻袋を引っ張り出し残った貨幣を数える。

(もうこれだけしかないのか……次の街で何とか短期の職を見つけて働くとかしないと保たないぞ)

 そうなれば滞在する家も借りることになるが、果たしてワケアリ少年二人組を断らない大家がいるかどうか……。実は役人に追われ家を出る際、箪笥に仕舞い込まれた珠の首飾りをこっそり掴んできていた。咄嗟の行動だったので、道中何度置いていこうかと思ったが、今となっては正しい判断だったと感じる。

 ――あれさえあればわざわざ身元を口頭で明らかにせずとも働く権利を持った者として十分に許可が下りる。つまりニコルに自分の出自を知られずに済むということだ。

 大人だけでなく子どもさえも働くことができる制度が、ここオルリアン王国にはある。他国ではここと同盟を結んだソニアン王国が導入しているものだ。この二ヵ国に出自を持つ者、或いは規定年数在住している者のなかで、申請した場合にのみ贈られる首飾り――該当者の階級や業績などありとあらゆる情報が事細かに全て記録されている媒体。専用の機器を用いれば情報の閲覧も可能な代物。ちなみに情報は年一送られてくる書類を返送することで更新されてゆく。

 この首飾りを店主に提示すれば経済状況や年齢を考慮し相応の仕事が与えられる。上手くいけば空き家を無料タダで貸す気前の良い人物を紹介してくれるかもしれない。いつも順調に事が進むとは限らないけれど。希望的観測だ。

 もぞもぞ毛布に入りながら今後の事を考えているうちに意識が朦朧とし始める。異常な眠気。これは普通の睡魔じゃない……そう考えたのを最後に、アランは深く静かな眠りの底へと引き擦り込まれていった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ