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ラゴン街は王都並みににぎわっている大きな町だ。オルリアン王国の貴族たちの大部分がこの場所を拠点とするだけあって様々な店が建っている。
二人の知る地と違い、本当に何から何まで揃っている。
「「すごく大きい……」」
少年たちはきょろきょろと物珍しげに周りを眺め、通り過ぎた人たちは皆、そんな彼らを微笑ましく思った。
そんな、春らしい、浮き立つようなポカポカ陽気で溢れるようになった日。
「ねえ、あそこに警吏がいる。ぼくたちほんとに見つかったりしないの?」
金髪に翠玉の瞳の少年が、遠くにいる巡回警備中の男性を指差し隣に話しかける。
「絶対見つからないって……ていうか本当に君何したの」
茶髪にどこまでも青い空色の瞳の、頭一つ分背の高い少年は、不思議そうに尋ねた、
「んー……家出っていうか、なんていうか」
むにゃむにゃ曖昧に応えるニコル。
対してアランはそんな相手を一瞥し溜息をついた。きっと言えないことなんだなあ、と。
「まあ、別に良いんだけれどもね。言いたくなったらいって」
「うん……」
ニコルは浮かない表情でうなずいた。暗い。
そこでアランは話題を変えて近くの屋台を指した。にっこり笑って。
「ところで、お腹すかない? あそこでご飯を食べようよ」
「……なんのお店」
「えーと、お肉焼いてる……まあ、人はすいてるし……」
なんというかアランは話題転換が上手ではなかった。笑顔だったが目が泳がさった。
「じゃ、そこでいいよ」
ニコルは彼のそんな様子を眺めていたが、アランの気を悪くすると思ったのか、ちょっとだけ微笑んでいた。でもすぐまたうつむいてしまう。
(……駄目だこりゃ)
店内は彼らを含めないでもたった二、三人いるだけだった。その沈黙は二人にとっては気まずいもので、早々に食事を済ませて街中をうろつくことにした。
満腹のお腹をさすってぶらぶらあてもなく歩いていると、活気あふれる街だということがよく分かって、だからこそなおさらさっきの店が異様に感じられた。
だけれど、ある一定の区間からはその騒がしさが不快感を伴うようなものに変わっていった。どうも建物の様子を見ると上流階級の別荘とかそういった感じなのだった。行き交う人も華美な服装、それでもって種もヘチマもないうわさ話に生きがいを見出している。優美な外見とはうらはらに、その仮面の下には燃えるような競争心や野望が暴れている。
「あの……さ、ほんとのほんとに大丈夫なのかなあ」
「もしかして君あの人たちの間じゃ知られた口なのかい。だったらわき道にそれるけど」
「うん、そんなに有名だったかはわかんないや」
「じゃあ自意識過剰だよ。気にしない、気にしない!」
「――君さ、なにげにヒドイこというね」
「そうかな」
「そうだよ……あー、もういいや」
ニコルはなんだか不機嫌そうにずんずん前を歩いてゆく。アランはそれがさっぱり分からなくて瞬きした。
「はっ……またいない! ……何で怒っちゃったんだろう?」
文字通り、瞬く間に姿をくらませた少年に、アランは溜息をついた。
――数分後。
ニコルは悶々と非常に入り組んだ路地を進んでいた。
(なにあれ! いちいちもう。本人がよく分かってない分にほんと性質が悪い!)
「いやいや、こんなことで怒るなんてあほらしいよ。とりあえず……ちょっと落ち着け、ぼく」
一呼吸して気を改める。冷静になれた。冷静になって初めてあることに気がついた。あれ?
我を忘れ、がむしゃらに突き進んだ結果、またしても表通りのハイソサエティな通りに行き着いてしまった。そう遠く歩いたつもりはないのだが、まあ、アランを待つほかないだろう。
(ぼく、情けないなあ……)
数日の間に困ったことがあるとすぐ彼に頼る癖がついてしまっていた。
「――おや、迷子ですかな。可愛い人」
「え?」
今なんていったんだ、この人。気のせいか。でも……今ぼくが着ている服は確かにそう思われておかしくはない格好だけど……。
思い出さずとも、ニコルの身体が揺れるたび、風が彼を包み込むたび、足がすうすうする独特さで分かるものなのだが。ちいさな頃からそういう服装でいることに慣れていたためにニコルはすっかり忘れていたのだ。
そう、ふうわりした絹のスカート。ドレススカート姿の子どもなんて、普通は女の子だって思うだろう? (普通……古き慣習を知っているものならばこちらの方が普通だなどと言い切りはしない。では普通っていったい何なんだ? 人が好き好んで勝手に決めた、正常さをはかるものさしでしかない。そうだろ?)
(貴族だ。どうしよう……)
ニコルに話しかけてきたのは爵位のある男のようだった。人の好い笑みを浮かべてそれが張り付いたままになった笑み。少なくとも四、五十代。
「もしよろしければ私も貴方の付き人を探しても?」
悪い人じゃなさそうだ。見た目で判断するのはちょっと失礼だが、ニコルは半々の確率でいい人のように思った。というかむしろ半分の可能性があるならば人探しくらい問題がないように思えたのだった。人はみんないい人たちだしわるい人たちなのだ、と考えていた。
「じゃあ、お願いするよ、おじさん」
ニコルは敬語だとかそういう煩わしいものをすっかり省いて頼んだ。アランの特徴を伝えて捜索する。どっちが迷子なんだかよくわからなくなった。
……かれこれ三十分経過。
「あれ、アランさんじゃありませんか? 茶の髪に青い目、優しそうだけれどちょっとぬけてそうな顔立ち……全部貴方がおっしゃったことと一致していますよ!」
不思議なことに、男はニコルに対して敬語を使う。一体どこを見て彼は自分を貴族だと思ったのか。
「え……アランだ。おじさんやっと当たったね」
そして、人探し能力が著しく低い男だった。つい先ほどまでは実物とかけ離れた人を指して叫んでいたのだ。
少年は自分の名を馬鹿に大きい声で叫んでいる男を探し見て、明らかに胡散臭そうな者を見つめる目つきをした。場所は――ラゴン街の入り口。彼を取り囲むように大衆が集まっているのだった。
「ん? あれ、ニコル?! 何でそんなところにいるんだ。ずっと探してたのに!」
アランの目線がニコルにまで及んだとき、彼は驚きに目を見張って叫んだ。近づいて言う。「ていうか、その人誰?!」
「この人? ああ、アランを探すの手伝ってくれた人」
「ええ? そうなんだ……」
アランの顔が曇る。それは一瞬のことで、すぐ笑みを浮かべて男に向き合った。「すみません。お詫びしようにもあいにく、持ち合わせがないんですよ……堪忍してください」
「いえいえ、お礼なんぞ結構ですよ。お兄さん。私は困っている婦女子にはお声をかけずにいられないのです!」
「はあ。あー……そういうことになったんだね? ニコル」
「うん、そうみたい」ニコルは苦笑した。訂正しなくちゃ。「あの、ぼく、女の子じゃないんだよ? おじさん」
「おや、それはとんだ失礼を。あまりに可愛かったのでつい……」
男は大して驚きもせず平然としていた。アランが怪訝そうに顔をしかめた。「ニコル、この人本当に大丈夫な人だったの?」
「ちょっと変わってるだけだよ……きっと」
ふ、とニコルは口角を上げた。そうして思いついたように口を開いた。
「どうして、あんな人だかりができていたの」
アランはぎょっと引きつった表情でニコルを男を見た。そして早口に言った。
「君が消えて、僕は情報を集めようと人を集めた、それだけのことさ。そしたらたくさん集まってきて、要らん話をめいっぱい聞かされたんだ」
唇を固く結んでむすっとニコルを見る。ニコルはさらに尋ねた。
「要らないことってなあに?」
「……知らない、忘れたよ。もし覚えてたって君にはくだらないことだろうさ」
つんっとして取り合ってくれなくなった。一体何を話されたのだろう、少し気になる。
*
ニコルを探してさんざん聞きまわっていたとき、それはアランにとって苦痛以外のなにものでもなかった。ニコルの情報が欲しいのに、誰も好き勝手話すだけで、肝心なことは掴めずじまい。
――ちょっとお兄さんよお、この街に住んでる伯爵様がこれまた、一風変わってんだわ……。
――いや、子どもの話が聞きたいんですよ。
――子連れならオレの店に来いよ。いくらかまけてやるぜ?
――ありがとうごさいます……て、そうじゃなくって!
――そんなことよりさ、知ってるかい。あの魔術師界でフレッシュな奴、伯爵の招待、きっぱり断っちまったんだってよ!
――いいや、それがさ、ちょっと違うんだなあ。ソイツをさそったんじゃなくってさ、その隣にいた麗しの子どもをさ。で、手を払ってその子どもと逃げたっちゅうのがソイツなんよ。
――君らも気イつけえよ? この街、昼間はいいかもしれんが、夜はケッコウ物騒なんだからよ。
(……本当に、何もつかめなかったよ)
アランは町民の話にただうなずくことしかできなかった。町民パワー、恐るべし。
あの男は何の魂胆があってあの子と一緒にいるんだ。
一応感謝はしている。しかし、アランは警戒していた。本当に親切心でしたことか、それとも――……。
警吏に突き出す気なのか。
こんな街にまで情報がまわってきているなんてないと思うけど、上流の人たちの情報網は侮れない。
(それなのに、ニコルは……)
男になんの疑念も抱いていないようだった。馴れ馴れしく、「おじさん」とまで呼ぶ始末だ。ニコルも少しは警戒するってことを知った方がいい。
男はまだついてくる。
「いつまでついてくる気ですか? ほかに何か用でも?」
「貴方方は旅行中なのでしょう。泊まる宛はあるのかな? 私の家は誰もいなくてね、寂しいんだ。どうぞここにいる間は私の屋敷に滞在を」
「要りません。第一、僕らは宿代くらいちゃんと持ってます!」
「ラゴンが夜には危険な街と化すことを知っていてもかな……? ふふ。最近、宿屋では爆破予告が来るらしいけれども? それで、いいのかな。君は」
男は相当に意地の悪い笑みを浮かべて、脅しを吐いた。アランにしか見えていない。ニコルから男の顔は完全に見えないのだった。
「夜襲夜盗が多発しているんだよ。君たちは可愛いからさ、悪い人たちにさらわれてしまうよ?」
「夜盗……う」
事実ではあるのだろう。だけど、アランはますます不信感が膨れ上がるのを感じた。男の口調が先ほどまでと違うというのもその一つ。なんだ。この男。
「やとうってなんなの? おじさん」
男の背で聞いていたニコルが首を傾げる。
「ああ、夜にこっそり忍んで金目のものなんかを盗むことですよ。犯罪ですね。たまに貴方のようにかわいらしい子どももさらうといいますよ」
「え?! 怖いな、それ。ねえ、アラン。このおじさんの提案、悪くはないでしょ? 恩を返すと思ってさ、ね?」
「うん……」
ニコルが怖がってしまった。すっかり男を信用している。アランの頭のなかはぐちゃぐちゃだった。これは、男の狙い? まさか。でもだったら男は何が目的で僕らを屋敷に泊める?
不安だ。しかしニコルはもう宿屋に泊まる気はさらさらない。
「……それじゃ、お言葉に甘えます」
見たところ、男はアラン一人でも倒すことは楽勝そうだ。ニコルのことを片時も目を離さなければ問題ない。しぶしぶ男の申し出をのんだ。何事もないことを祈りたい。
男の屋敷はどちらかといえば質素……そうはいってもやはり大きな敷地を有していた。門をくぐる手前、一本道ではあったけれど、アランはニコルの横に並んで、二度とはぐれないように手をつかんだ。
男はやはり伯爵だった。齢四十ほどの中年。独身。召使など一人もいない。
「伯爵なのに、こんな無防備でいいんですか。屋敷に誰か入ってきたら」
「盗まれてもいいんですよ」
相変わらずニコニコ顔を崩さぬ男。アランはこの男を見ているといらいらしてくるのだった。
男は四六時中笑みを絶やさない。不気味だ。ニコル曰く、貴族にとって愛想は彼らを都合よい人物に思わせる素晴らしいツール、というらしいが。
「――ニコル、伯爵様なんだから、”おじさん”はまずいよ……」
ここまでニコルは伯爵をずっと”おじさん”呼ばわりだ。ニコルは柔らかくふうわりとアランに微笑みかけていった。
「……ぼく、あんまり敬語って好きじゃないな。そんな階級を重んじて距離を作るより、むしろ……対等な関係でありたい」
「君……」
言い終えると彼はアランの手をすり抜けて門をくぐった。ぽかん、後姿を見つめてアランは静かに呟いた。
君はなんだか、変わったね――――――………………。




