大切なハチロク
コーナーを駆け抜けるハチロク。
「翠ちゃん?」
「はい?」
「なんで走り屋になったの?」
「え...わ、私は...このハチロクが好きだから...それに兄弟も皆走り屋ですし...」
突然の質問に戸惑いつつも淡々と答える翠。
しかしその表情と言葉は暗く、ただ単に好きだから。という理由ではなさそうだ。
「翠ちゃん?」
「?」
「ホントにそれだけ?」
「え...?」
「私にはもっと深い理由があるように感じるの...もしあるなら教えて」
「...」
「あ...でも無理して話さなくて良いよ?」
しばらく黙ると、ハチロクを道路脇に止め、翠はゆっくりと話し出した。
「半年前の事です...」
「?」
「実は、兄貴は事故で亡くなってるんです」
「えっ...」
「そのときは友人から借りたバイクに乗ってたんですけど...信号無視のトラックに跳ねられて...」
「そんな...」
「でも...遺品を整理しているときに私宛の手紙があって...そこにもし俺にもしもの事があったら、あのハチロクを綺麗にしなおして翠にあげてくれって...」
「...」
「私は髪が白いからよく意地悪されて...でもその時に守ってくれた...唯一の味方が兄貴だったんです」
「そっか...」
「私もハチロクに乗せてもらってましたし...何より兄貴とハチロクに乗ってる時が一番幸せだったんです
だから兄貴が何よりも大切にしていたハチロクに乗ってると...兄貴の乗っていた運転席に乗っていると...兄貴が一緒に居てくれる気がして...」
そっとステアリングを握る翠。
「大切なハチロクなんだね」
「...」
そうか...。と葵は納得した。このハチロクは特別なのだ。他にはないドラマを持ったハチロクは
ドライバーと...いや、兄妹とひとつになっているのだ。
「葵さん」
「ん?」
「葵さんが榛名を走ろうって言ってくれたこと...凄く嬉しかったです」
「そう?」
「はい...一緒に何かしようって言われたの兄貴以外の人には初めてで...ほんとにうれしかった...」
「そっか...良かった...♪」
「だから..」
「んー?」
「よ...よかったら..友達に...なってくれます...か?」
いきなりこんなこと言って良いのかな...と思いつつも思い切って言った翠。
葵はニコッと笑うと
「なにいってるの?もう友達だよ!」
と明るい声で答えた。
「え...?」
「だってほんとの理由教えてくれたじゃん!お互いに信用してないとそんな事できないじゃん!」
「そっ...か」
「あと敬語もやめちゃいなよー?同級生だよ?」
「は...はい...えと...よろしく...ね?」
「うん!よろしく!」
葵がニカッと笑うと翠も微笑んだ。先程とは違い、心から笑っている。
「じゃぁ、一旦上に登ります?」
「そだね...あ、敬語!」
「あ...タメ口むずかしい...」
「ゆっくり慣れてこう!」
「そうだね...!あ...運転してみ...る?」
「いいの!?」
「うん...いいよ。兄貴も喜んでくれる」
「そっか...じゃ、お言葉に甘えて」
「はーい」
ドライバーチェンジ。そしてターンして坂を駆け上がるハチロク。
「ぐいぐい引っ張るね」
「兄貴が苦労して手に入れたツインスクロールターボです...だからね」
「ツインスクロールターボ!トルクがあるわけだ!」
「たしか25kg.mはあった...はず」
「凄い...しかもNA並にレスポンス良いじゃん!」
「マックスパワーを犠牲にする代わりにトルクとレスポンスにこだわってて...エアフロレスだし...」
「そうなんだ!...やっぱりすごいよこのハチロク...」
「あー...!楽しかった!」
頂上に戻った二人。さっきまで曇っていた空が嘘のように綺麗だ。
「それは良かったです..あ...敬語」
「あはは...でもさっきより声のトーンが明るいよ!それに表情も」
「葵さんのおかげ...不思議な人だね葵さんって」
「そう?」
「だって今朝初めて会った人に走り屋だからってだけでこんなに話しかけてくる人いないよ...ましてや私みたいな暗い人になんて...」
そういってくすっと笑う。
「まぁ...そうかもね...私も不思議な感じ」
「でもおかげで気持ちがとても楽になった...」
「そっか♪」
「兄貴がね、『お前は一人じゃない。きっと信じ合える友達が見つかる。その友達は一人だけかもしれないけど、そいつは絶対お前を大切に思ってくれる』って言ってたことがあったの。その意味がやっと分かった...ありがとうね葵さん」
「ううん...私も翠ちゃんが笑ってくれたからうれしかった!」
そう言うと、二人は満天の星空の下で笑い合った。