ウワサのハチロク
とある峠の麓...GT-Rとハチロクトレノが止まっていた。
「参ったよ。ハチロクで俺を破るとはな」
悔しさを必死に隠す豪。碓氷のG4につづき敗北したのだ。
「いえ...そんな...」
「俺の敗けだ。機会があったらまたやろう」
「え...えぇ」
「そうだ。碓氷に行ってみろ。あそこには凄い奴がいるぜ」
「おっはよーございます!」
朝のガソリンスタンドに元気な声が響く。
「なんだぁ一樹...随分元気じゃないか」
輝之が不思議そうに一樹を見る
「えぇ!昨日は良いことありましたからねぇ!」
「どうしたんだよ」
「秘密っすよ!」
「なんだぁそれ...変な事してねぇだろうな」
「してないっすよ!...あ、そう言えば聞きました?ウワサのハチロクの事」
「あぁ。あの怪物GT-Rを破ったんだろ?」
「あのGT-Rをやっつけるハチロクトレノってどんな車なんすかね?」
「派手なエアロに、フルチューンのターボエンジン乗っけてるとかじゃねぇか?」
「多分そうっすよね」
そんな会話をしていると、聞き慣れたエキゾーストノートが近づいてきた。
「あ、明日川のG4だ」
「おっ...ほんとだ」
がちゃ...ばんっ
「おはよーございまーす」
おっとりした感じの声
碓氷のウワサのG4のドライバーは走らなければ本当に一般的な高校生。
「どうしたんだよ明日川」
「いやぁ...暇だったから...」
「バイトしなよ、楽しいぜ?」
「一樹の言うとおりだよ葵ちゃん。今度にでもやってみないか?」
「うーん...考えてみますね」
三人が話をしていると、1台の車がスタンドに入って来た。
「いらっしゃいませー!...オーライ!オーライ!...ストーップ!」
輝之の掛け声で止まった車。リトラクタブルでカクカクしたトヨタのハッチバックだ。
「明日川...あれって」
「うん...ハチロク」
白黒のツートーン。いわゆる「パンダトレノ」だ。
車高を落とし、カーボンボンネットを装備し、リアには地味ではあるがウイングが取り付けられ、よく見ると、トランク上部にはボルテックスジェネレーターがついている。
カスタム品の外縁が赤色の黒いCE28Nホイールがよく目立つハチロク。
「カッコいいね...トレノGTVかー...もしかしてウワサのハチロク?」
「明日川も知ってたのか!でもホイールはまだしもエアロは結構落ち着いた感じだし...」
一樹が言葉を言い終わるか、というところで、ドライバーが降りてきた。
暗めの女性。髪は白髪混じりと言ったところか。だが顔からして年は葵と同じ位しかない。
「一樹!葵ちゃん!ちょっと来てくれ!」
と輝之の声。
「走り屋なんだ!」
キラキラと目が輝く葵。
「え...えぇ...」
少し引き気味に答える女の子
「この時代に現役のトレノは珍しいな...カルト敵な人気車種だしなぁ」
「ハチロクが...好きだから...それに兄弟皆走り屋で...」
「へぇ...そう言えばあんた、名前は?」
「加藤 翠です...」
「翠ちゃんか...俺は古川輝之。こっちが南一樹で、こっちは明日川葵ちゃん」
「いくつなの?」
「18...」
「私と南君と一緒だ!」
「...」
「ホームコースは?」
「田口峠...」
「え」
田口峠。道路状況がかなり悪く、更に道が狭いため走るのにはこの上なく不適なのだ。
「あんな所を走っているのか...すげぇなお前」
「でも...田口だけじゃなくて色んな峠を転々と回ってます...」
「最近はどこ行ったの?」
「昨日...峠の名前は知らないけど...偶々会った榛名マッドスピードのリーダーさんとバトルしました...」
「それって...34型のGT-R!?」
「はい...」
「なっ...じゃああのウワサのハチロクは!」
三人の視線が一気に翠に集まる。
「え...ぁ」
戸惑う翠
「翠ちゃん!今夜空いてる?」
葵が話しかける。
「へ?...えぇ」
「折角だから一緒に榛名に行こうよ!」
「えっ...?」
「私今日GT-Rに乗ってる豪さんってひとに榛名に遊びに来いって言われてるし」
「そうなのか?」
翠より先に一樹が反応する。
「うん。今日はマッドスピードは走らないから自由にどうぞって」
「へー」
「で...一緒に行く?」
「で...でも...」
「あ...やっぱりダメ?」
「い...いえ、大丈夫ですよ」
「ほんと!?やった!じゃあ夜の10時位に榛名で待ち合わせしよ!」
「分かりました...では一応私はこれで...」
そう言うと翠は車に戻り、ガソリンスタンドを後にした。
「あんなのが怪物を破ったハチロクなのかな」
一樹が問いかける。どうやら信じられないらしい。
「うーん...外の車には無い何かがあるんじゃない?」
「なんだよそれって」
「さぁ...」
その日の夜10時。榛名の頂上にはハチロクとG4が止まっていた。
「こんばんはー!」
「こんばんは...夜なのに元気ですね...」
そういって笑う翠。が、元気な子に慣れてないのか笑顔がぎこちない。
「だって翠ちゃんが来てくれたんだもん!嬉しいに決まってるじゃん!」
「はぁ...」
「で...早速なんだけどさ、ハチロクに乗せてくれない?」
「え?」
「翠ちゃんのハチロクに乗ってみたい!」
「そこまで言うなら...良いですよ...?」
「ほんと!?やった!」
「ホントにカッコいいハチロクだね!」
「そうですか...?」
「うん!カーボンボンネットとかレース用のフルバケとかスパルタンなコックピットとかカッコいい!」
「元々は兄貴のですから...」
「そうなんだ...あ、ブースト系...ターボ!?」
「はい...一応180馬力...トルクとレスポンス重視です...」
「おー...凄い!」
「...(汗)」
元気な葵と暗い翠。まるでデコボココンビと言われそうな二人を乗せたハチロクは榛名の峠を走り出した。