プロローグ
走り屋。それは町も静かに眠る真夜中、自分の愛車を持ち出し峠を駆け抜ける者の事だ。
豪快にエキゾーストノートを轟かせ、甲高いスキール音を唸らし
強烈な横Gを振り切ってコーナーを走り去るその姿は
幾多の男達の血を騒がせた...
長野・碓氷峠
ここでも、そんな走り屋が毎晩のように走っていた。
昔はあのドリキンが操るAE86が最速であったその峠には今やGT-Rやロータリー、ランエボ、
シルビアなど、数々のハイパワー車が名を連ねる。
そんなモンスターがひしめく碓氷峠には、いくつかのチームがある。
そのなかで最小かつ最弱といわれているのが「碓氷スーパーコメット」
メンバーは5人程。メンバー達の愛車はお世辞にも良いマシンとは言えず、
リーダーこそ250馬力S14を持っているが、残りはAE86、NAロードスター、KP61スターレット
今の時代にはあまりにも戦闘力が少ないマシンだ。
そんな小さなチームに交流戦の知らせが届いたのは、ある日のことだった。
「古川先輩!!大変っすよ!!」
とあるガソリンスタンドで声をあげて騒いでいるのは、KP61を操る18歳の南 一樹
高校生ながらチームのダウンヒル担当で、カートをしていたためそこそこ速い。
「一樹!!お前今仕事中だぞ!静かにしろっ!」
と、注意したのが、一樹の先輩でスーパーコメットのリーダー、26歳の古川 輝之
「あっ...すいません。でも大変っすよホントに!」
「なんだよ...」
「碓氷ナイトエクセレントから...交流戦の誘いの手紙が...」
「なっ...!!?」
ナイトエクセレント。言わずと知れた碓氷最速チーム。速いチームはほかにもいるが、ナイトエクセレントだけは別格だった。
「なぜナイトエクセレントが...俺達と」
「ヤバいっすよ先輩!どうするんですか...」
「...」
「強制じゃないって書いてありますし、断ることもできますよ」
「けどな一樹...最弱チームと言われても俺達は走り屋なんだ。走り屋は車で挑戦されたら受けて立つもんだ。ぼろ負けになったって良いから俺はやる」
「俺もやりますよ!スーパーコメットのプライドだってありますもんね!マシン仕上げて来ます!」
こうして3日後に交流戦をすることになったのだが、あまりにも勝ち目のない勝負である。南にカッコいい事を言ったものの古川は正直参っていた。
自身も碓氷を必死に攻めてはいるが、ナイトエクセレントの足元にも及ばない。
そしていよいよ当日の昼、自分じゃどうにもならないと感じた古川はある人物に頼みを入れた。
「お願いです店長...せめて一勝はしたいんですよ。俺じゃ敵う相手じゃありません...」
スタンドの店長は元走り屋で、走り屋全盛時代を支えた一人だ。
「うーん...勝ちたいと思うのは分かるが...俺はもう走るのは無理だ」
「そこをなんとか...」
「この歳じゃきついよ」
「やっぱりそうですよね...」
諦めようか...そう思ったとき、店長が言った。
「...碓氷最速の走り屋を知ってるか?」
古川はあっけにとられた。そんなの決まっている。
「ナイトエクセレントのリーダーです」
「下りに限って言えば...違う」
そういって指をさした先にはジネッタ・G4の写真があった。
「ジネッタ・G4って言うんだ。昔のイギリス車だよ」
「ジネッタ...G4...」
「で、そのG4が最速なんだ」
「なっ...」
「本当に最速だ...嘘じゃない」
「...で、そのG4は誰が乗っているんですか?」
「俺の知り合いでな...明日川 竜太ってんだ。あいつはもう何十年と碓氷を攻めてるからな...ナイトエクセレントなんて目じゃねぇぞ...」
「店長!その人に走ってくれってお願い出来ませんか!?」
「メカニック明日川ってとこに居るから自分で頼め...一応電話はしといてやるよ」
「ありがとうございます!」
メカニック明日川。小さな整備工場だ。
そこには2台の整備中の車と、写真と同じG4の姿があった。
青いボディには白いストライプが入っており、ちょんとつけられたリアフェンダーとサイドマフラーが小粋だ。
「すいませーん!明日川竜太さんはいらっしゃいますかー?」
「なんだ?」
そこにはタバコ片手に座っているオールバックの中年男性がいた。
「あの、俺、古川輝之って言うんですけど」
「あぁ...話は聞いてるよ」
「本当ですか!」
「...だが」
「えっ」
「ガキの喧嘩に大人が首突っ込むようなもんだ...俺の柄じゃねぇよ」
「じゃあ...」
「おい待て待て。無理とは言ってねぇぞ。変わりが居る。そいつを送ってやるよ。若いが腕は確かだからな」
「本当ですか!ありがとうございます!今日の午後10時に碓氷峠まで来てくださいと伝えて下さい!」
「分かった」
古川が帰ると、竜太は振り返って言った。
「葵、そう言うことだから、行けよ?碓氷に」
「はーい」
その日の夜、碓氷峠には二つのチームと大勢のギャラリーがいた。
スーパーコメットはメンバー5人全員来ているが、
ナイトエクセレントはコーナーに配置された人も含めて60人
相当な大所帯だ。しかもこれでも全員来ていない。
「やっぱしナイトエクセレントはデカいチームだなぁ」
「今日はスーパーコメットとの交流戦だってよ?」
「ナイトエクセレントの圧勝だろw」
「わかんないぜ...もしかしたらスーパーコメットが勝つかも知れねぇ」
「んな訳あるかよ」
ギャラリーの声が止むことなく聞こえる
そんな中、頂上ではダウンヒルの準備が進められていた。
「おいおい...まだ来ねぇのかよ」
イライラしているのはナイトエクセレントno.2の工藤 隆人
400馬力のFDに乗っている。
「もう少しまってくれ...もうすぐ着くらしいから」
そういって古川が落ち着かせていると...
ブロォォオォォ...
排気音と共に丸いヘッドライトを輝かせた小さな車が近づいてきた。
(あんなのが俺の相手かよ...旧車じゃねえか)
あまりにもパワーの無さそうなその車に呆れた工藤は軽く舌打ちをした。
G4はゆっくりとFDの後ろでUターンし停止。
そしてドアが開き、降りてきた小さな人物に誰もが目を疑った。