七夕
「……フ。…ミ…を…む」
強く優しく美しい…その女性が俺の腕に赤子を渡す。
その横には俺の親友が居た。
その赤子は俺に何の警戒心を持つ事もなく無邪気に笑う。
俺の親友に似て、愛嬌があり
瞳はその女性のように…力強い。
愛おしい。それは俺が生まれて初めて抱いた感情だった。
「………様!……ト!」
ふと、顔をあげると二人の姿は、どこにもない。
いくら呼んでも、2度と会えない。
その姿を見ることも2度と叶わない。
それでも俺は、強く生きていかなければならない。
俺の腕には赤子が生きているから…。
…ああ、こんなのは嘘だ。
夢なら早く覚めてくれ。
しかし、俺はまるで
底無し沼にハマったように悪夢から逃げ出せない。
誰か俺を起こしてくれ、そうしなければ、俺は……………………。
「タイガぁぁぁぁぁぁぁぁあ!
起きなさぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁい!!!」
頭を貫くような物凄い叫び声に
俺は思わずベッドの上で正座していた。
「おはよう♪」
「お…おはようございます………。」
エミヤは笑顔だが、めちゃくちゃ怖い。
俺はおずおずとお辞儀し、土下座の体勢になった。
そのついでに枕元にある目覚まし時計を見ると
もう、お昼前だった。
土曜とはいえ、我ながら随分と寝ていた。
「もう、お昼御飯できるわよ」
「すまん。あとで行く。」
エミヤはそう。と頷いて階段を降りていった。
俺はふうっと息をついた。
いつも、うなされていたのがバレないかと焦る。
俺はエミヤに心配だけは掛けさせたくない。
(にしても、あの夢は何なんだろう…)
物心ついたときには、もうあの悪夢を見ていた。
色んな悪夢を見るのだが、
それらは全てあの女性と男性が出てくる。
もちろん、全く知らない人物だ。
妄想とは思えないほど、鮮明というか生々しいが
覚えている限りでも幼稚園から見ていたから
現実と言うのはあり得ない。
…そう思っていた。
俺は着替えを済ませ、下に降りた。
旨そうな匂いが部屋一杯に広がっている。
「はよー」
おはよう。と全部言うのは照れ臭くて
俺はつい、濁すようにはよーと言ってしまう。
これでも頑張ってる方なのだ。
今更思春期だとでも言うのだろうか…。
「おはよう」
エミヤは恥ずかしがる素振りも見せず
普通におはよう。と言える。
これが男女の違いなのか…!…な?
「今日は仕事ないのか?」
「もう、終わったのよ」
「ああ…。」
俺が寝ている間に、
エミヤは仕事に行って、帰ってきていたらしい。
まるで、俺がニートみたいじゃないか。
…強ち間違いではないんだが。
いや、まだ学生だし。………でも、いたたまれない。
「タイガ!今日、イリヤくんとタカくんと
遊びに行くのよね!」
「え…。ある…けど、何で知ってるんだ?」
エミヤは俺が食べ終わったのを見計らって声をかけた。
俺の友達…いや、マブダチか?
柊 孝彦と鎌井 入也。
あれ、そういえば柊…。いや、それは今は良い。
三人で遊ぶことはたまにあるが
わざわざ、エミヤに言った覚えはない。
というか、なんで早く行って欲しそうなんだ…。
邪魔なのか…、邪魔なのか!?
「えっ!タ、タイガ、言ってたでしょ?」
「いや、言ってないぞ」
「えーっと、イリヤくん!ヒナから聞いたのよ!」
…そんなわけがない。
確かにイリヤと一樹 妃南は仲が良いが
そんなことを話すイリヤでもない。
ナゼ、そんな嘘をつくのか…。
「い、良いから!早く行って来なよ!」
「お前、何隠してんだ…」
俺が目を細めてじとーっとした目で見ると
エミヤは解りやすく目をそらした。
…年頃という奴なのだろうか。
父さんが聞いたら泣くな。俺も泣くけど。
「な、な、なんでもないよ!」
「…まあ、いいけど。じゃ、行ってくるよ」
よく解らないが、さっさと出た方がいいらしい。
俺は不満に思いながらも家を出た。
「よっ。タイガ」
「おー…」
公園に着くと、入也と孝彦がキャッチボールをしていた。
「…入也、お前なんか
エミヤと話した?」
俺は孝彦の肩を叩いて答え、
真っ先に入也の方に行った。
「あー…。」
入也は視線こそ、そらさないが、
何か、心当たりがあるように微妙な笑みを浮かべている。
「…何だよ」
俺は少し睨むように入也に詰め寄った。
「いや~、あはは。」
「言えって。」
ただ笑っている入也に俺は少し苛立った。
何に苛立ってるって、
俺が知らないエミヤのことを入也が知ってるのに苛立つ。
「うーん。…無理だ」
入也の顔から一瞬にして笑顔が消えた。
鋭い瞳が俺を貫く。
こいつらには逆らえない。
血が、運命がそう言ってる。
そうでなくとも、入也は怖い。
ホントに。敵に回したらダメ。絶対。
「………」
「エミヤちゃんに直接聞いてみな?」
俺が黙っていると入也は
普通の笑みを浮かべてそう言った。
「何の話だ~?
キャッチボールしないのか?」
孝彦が能天気に笑いながら
グローブを持って俺たちに駆け寄ってきた。
そもそも、聞く気はないのだろう。
孝彦は変に空気が読める。
やっぱり、志保さんと同じ、あの柊なのだろうか…。
だが、違った場合取り返しがつかないし、また今度で良いか。
「わーったよ。キャッチボールやろ」
「おう!」
孝彦からグローブとボールを受け取って、
俺はハライセに入也に思いっきり投げた。
「ただいま…
って…、エミヤ?居ないのか?」
六時くらいになって帰ると、家は真っ暗だった。
買い物に行っているのだろうか。
俺はそう思いながら、電気をつけた。
パァァァァァァァァァァァアン!!!
…瞬間、デジャブを感じた。
特殊能力部に初めて行った時と同じ音だ。
「タイガ!誕生日おめでとう!」
そこには満面の笑みで
クラッカーを持っているエミヤが立っていた。
…これだから俺は、エミヤを。
エミヤ自身を、愛おしく思わずには、居られないんだ。
こんな俺の生まれた日に。
願うなら、この日々が永久に続くように。