《俺が壊して見せる》
「ホント、胸糞悪い!!!!」
ユキカはそう言ってテレビを見ながら、拳をテーブルに叩き付けた。
「………手、ケガしちゃうでしょ」
言いながらユキカの手を取り、タイガは怪我がないか見た。
そうしたタイガに、ユキカは心底イラついたように胸ぐらを掴んだ。
「僕の事なんかどうだって良いんだよ…!!!!」
ユキカの形相に、タイガは何度か瞬きしてから、目をそらした。
「最近、そんなんばっかっすよ…俺達。」
泣き出しそうな声でそう言ったタイガに、ユキカは罰が悪そうな顔で乱暴に手を離した。
「志野…さん、達が使い物にならない土地全部買って
土の人達が土地を整地にしてくれて…
んで、岩とか木の人が貸住宅とか作って…」
柊家、枷家、弥扇家、一樹家、主にこの4つの家が協力して、処理に困っていた土地を買い占めた。
そしてその土地を能力者達が整地にし、その上に市民のための仮の家を建てたのだ。
援助と言えば聞こえは良いが、志野達はその傍らで自分達の都合が良いように町を作り替えている。
それはもちろん、市民を守るため、そして能力者達を守るためなのだが…
「けど、その為に僕らが…エミヤが利用されてる!!!!!!
それが気に食わない!!!!」
エミヤは、各地 各国を飛び回っている。
簡単に言えば、能力者の広報のため。
普通ならば良いだろうが…。
晒し者だ。
エミヤが望んでいたものから一番離れる形だろう。
奇異な目で見られ、不躾な質問をされる。
たくさんの人に、たくさんの言語で、似たようなことを聞かれ続けているのだ。
「胸糞悪い。」
その言葉しか出てこないようだった。
無論、タイガも似たような気持ちだったが…それ以上に悲しかった。
結局どこへ来ても同じだったのか……と。
ただこうして怒ってくれる人が居ることが、タイガにとっても、そしてエミヤにとっても救いだった。
「………怒ったってしょうがないのは解ってんだけど…。
そういうのが必要だってのも解ってるけど…
でも、そんなら何で、エミヤなんだ?
何で、エミヤがそんな生け贄みたいにされなきゃなんない?
まるで幸せになっちゃいけないみたいに―!!!!」
「ユキカさん!!!!」
タイガの声に、ユキカはビクリと体を震わせた。
「アンタが…そう言ってくれる、思ってくれる、アンタ等が居るだけで
俺も、エミヤも、充分なんだ。
何も憎まないでくれ。恨まないでくれ。」
タイガの必死の言葉に、ユキカは驚いた顔をした。
タイガはそれと共に恐ろしくもあったのだ。
ユキカが、何かその一つの感情に囚われてしまうのではないか、と。
「………お前に言われなくたって解ってるんだよ!」
と、頬を膨らませ、タイガの頬をつねった。
「いふぁい…」
「お前、僕の年下だし、後輩なんだからな?
忘れてないか?」
タイガの両頬を伸び縮みさせた。
「いふぁい いふぁい!!!」
「解った?」
タイガはぶんぶんと全力で頷いた。
それを見たユキカは、満足気に手を離した。
「ならば良し。」
恨んだりなんかしないよ。恨む前に、嘆く前に、僕が変えてやる。
俺が壊して見せる。
私は、佳代さんが楽屋の扉を閉める音を聴いた。
「………はぁぁぁぁあっっ!!!!
疲れたぁ!!!!
もうやだぁっ!!!」
そう言って暴れだした…と言ってもジタバタしているだけだが…私を佳代さんは優しく撫でてくれた。
「あともう少しで帰国できるわ。」
佳代さんの言葉に、私はガバッと顔をあげた。
「何日?!!?!!」
「3日ね。」
私は一瞬顔を緩んだが、すぐ顔を固くした。
「…そのうち自由な時間は」
「3日。」
佳代さんの微笑みに、私は今度こそ明るい気持ちになった。
「嘘!ホントに?!」
「ええ。」
「やったぁっ!!!!ありがとう佳代さん!」
私は喜びをそのままに佳代さんに抱きついた。
佳代さんは私を受け止めて撫でてくれた。
「良いのよ。
完全人間じゃないんだから、休まないと倒れちゃうわ。」
「…そうかな?」
佳代さんはクスッと笑った。
「当たり前よ。
私から見たらアナタなんてまだまだだわ。
…お説教、今からでもしてあげましょうか…?」
佳代の微笑みに、私は思わず体が震え、全力で首を振って逃げ出した。
「…だからね、アナタはそんなに特別じゃないのよ。
っていうか普通って何なのよ。
そんな自分基準の物差しに、自分と違う存在を当てはめるなんて馬鹿よ。
無論、常識というものはあるけれどね。
…って、そんなのは今更ね。」
「…ううん。言って貰えると、嬉しい。」
私のために怒ったり、叱ったり、悲しんだり、考えたり、笑ってくれたりすること、それが堪らなく嬉しく思える。
その人は、私を私として見てくれているから。
私のことを思ってくれているから。
どんな感情でも…心のどこかで嬉しく思ってしまう。
一番悲しいのは、私を見てくれないこと。
たったそれだけのことで、何だか世界全体から見放されたみたいで…堪らなく悲しい。
…たぶん、だからこそ私はこのお仕事が好きなんだと思うな。
私を知ってほしい、感じてほしい、見てほしい、聞いてほしい、覚えていてほしい。
私のすべてを。
忘れないでほしい。
私が私であったこと、生きていたこと、いつか死に逝くこと。
それが多分、私の存在の証明だから。
だから、私は逃げたりしない。
今は見てもらえなくて悲しくても、苦しくても、きっといつかは見てもらえる。
私自身のことを。
「…頑張るよ。私。」
私は佳代さんに微笑みかけた。
『あのね!あのねタイガ!!!!』
佳代さんに教えてもらったその夜に、…といっても、タイガにしてみればお昼頃だと思うけど…に、私はタイガに電話した。
定期的にしている連絡で、1週間に一回は必ずするように言われてる。
言われなくともするつもりだったけど、タイガから連絡してくることがないのは気遣ってくれてるんだと思う。
…つくづく本当に、幸せと言うものは、知ってしまったら到底手放したくはなくなってしまう。
『ん?どうした?』
4日振りのタイガの声は至極優しく穏やかだった。
電話越しだからか、少し緊張するけど…、とても心地よくて何故だか泣きそうになる。
けど今回は、それも吹き飛ばすように私は喜びに溢れていた。
『3日間休みもらえることになったの!!!
最近落ち着いてきたし…だからね』
まだ見ぬ将来を思って私は続けようとした。
『エミヤ、元には戻らないよ』
タイガは私が言おうとしたことを知って、私が口に出す前に否定した。
『………』
だからね、みんな前みたいに笑えると思ったの。
すべてが元通りに。
今は会うことすら儘ならないみんなと、またあの頃のように笑い会えると。
けれどタイガは、それを敢えてハッキリ否定した。
『…………』
それを自分が否定することも、また私がそれを夢見ることも、タイガはどちらも辛いのだろう。
願ってやまないみんなとの暮らし、けれどそれが決して叶うことのないこともまた、タイガは充分すぎるほど知っていた。
だってもう、みんなで暮らした場所はどこにもないのだから。
…そして、その中の一人は、もう、…この世にいない。
私は深くため息をついた。
『みんな、どうしてる?』
タイガはすぐに答えた。
『復旧作業手伝ったり、普通に勉強したり。』
タイガの言葉に私は笑った。
『普通?』
『………いや、普通を演じてる。
こんな状況、どう考えたって普通じゃないのにな』
それはそうだと思うけど、それより私は、別の言葉を思い出していた。
『普通って何なのよ。』
『え?』
その人を真似てみた少しぶっきらぼうで怒ったような口調に、タイガは驚いたようだった。
『って、佳代さんが言ってた。』
タイガは納得したように笑ってから、ふと口を開いた。
『…俺、あの人あんま知らないんだよな』
そういえば二人はあの時…中学生組みんなで行ったときの一度しか会っていない。
懐かしい…
けれど、その時あった“佳代さん”は悪魔に乗っ取られた偽の姿だったのだけれど……。
あの時、もし私に力がなければ殺さなければ為らなかったかも知れないのだ。
生きていてくれて、本当に良かった。
とはいえ、
『怖いよ。凄く。
そのあと危うくお説教タイムに入るところだった…!!!』
お説教しないって言ったのに、一瞬、雲行きが怪しかったもの…!
あれだって、ある意味言えばお説教だよ!!!
『そりゃ…相当だな』
苦笑いするタイガの声には、若干恐怖の黒色が混じっていた。
自分で言っておいて何だけれど、タイガには佳代さんを怖いだけの人と思って欲しくない。
『でも優しいよ。凄く好き。』
私がそう言うとタイガは笑った。
『…そうか。好い人なんだな。』
タイガの声からは一瞬で黒が消え去り、やわらかな桃色に変わった。
『うん!』
他の誰に誤解されたって構わないけれど、タイガには私に関する全てを解っていて欲しい。知っていて欲しい。
全てなんて、ムリなのは分かってるけど…タイガなら出来てしまう気がするのは何故だろう。
『…………俺とどっちが好きだ』
『何真面目に馬鹿なこと聞いてるの?』
神妙な声で何を聞いているんだろうと、私は心底聞きたくなった。
『真顔で言わないでくれ。見えないけど。』
『真顔だよ。多分。』
だってそういう気持ちだもの。
『…………で?!』
まだ聞くのね…。
わざわざ聞かなくても分かると思うけど…?
『そんなの…………』
良い掛けてちょっと躊躇った。
『迷うのか!迷うのか?!』
焦りきったタイガの声を聞いて、私の広角はみるみるうちに上がっていったことだろう。
『帰ったら、教えてあげる。』
それでも私は、持ち前の演技力でつとめて落ち着いた声で言った。
『別れ話はごめんだぁぁぁあああああ』
プッ―…
電話を切ってからも、広角はなかなか下がることはなかった。
「ふふっ」
どっちが好きかなんて、そんなことは判りきってる。
最悪、どうしようもなくなっちゃったら、私はタイガさえ居れば良いと思うよ。
けど反対に、タイガがこの世から居なくなってしまったなら、どうしたら良いのかな。
もう何にも必要ないから…世界も消しちゃおうかな。
それは流石に冗談だけどね。
でも、私が死んだら世界はどうなるんだろう。
やっぱり、どうともならないのかな?
それとも…
でも!タイガが世界から消えるまでは、滅ぼしたりなんか絶対しないし、させない。
それまでは、どれだけ残酷であっても、私は世界のすべてを愛せるから。
タイガさえ、貴方さえ、居てくれれば。




