[音の血族]
「…エミヤ」
二人はどちらからともなく抱き締めあった。
ただ、ただ、互いを離してしまわないように。
2度と、失わないように。
愛してる
2度と離さない。
2度と離れない。
世界を敵に回そうと
世界を見棄てようと
絶対に、失いたくない。
海よりも深く空よりも高く地よりも広い、この想い。
君と紡ぐ幸せだけが生きる道。
生きたいと思える道。
それだけが。
「好き…大好き…!」
エミヤは泣きじゃくりながらそう言った。
タイガは痛いほどエミヤを抱き締めた。
「俺だって…!」
エミヤも同じように抱き返した。
「……ずっと…
ずっと一緒に居て…?」
タイガは驚いて、僅かに一瞬力を緩め、そしてエミヤを抱き上げた。
「………当たり前だろ…!」
エミヤは瞳に涙を溜めて思いっきり笑った。
赤い瞳が“それ”を映す。
瞳からは次から次へ涙が零れ、時おり嗚咽も聞こえた。
「…………」
見終わった後にはサキアは絶望し、涙すら流れることもなかった。
サキアはゆっくり立ち上がり、リミッターを剣へ変えた。
仲間を、殺すために。
赤い瞳を呼び醒まし、まずはエミヤの位置を探した。
扉の向こう、更に庭の向こうにエミヤが居ることに安心したと共に悲しくなった。
そして驚いた。
その周囲にタイガだけでなく、ユウヤや見知らぬ女の子…否、あの時の生徒会長が居たことに。
サキアは徐々に混乱していった。
何故ユウヤが此処に居るのか
何故自分は此処に居るのか
何故 弥扇は此処に居るのか
「…後でいっか」
サキアは少し投げ遣りな思いになっていた。
“それ”になってしまうくらいなら、もう、もう。
私達が生きていたところで、死ぬほどの思いで頑張ったところで、死んだところで
何の意味もない。
ただ、ただ、もがき、苦しみ、喘ぐだけ。
そんなことなら、もう………………
「いっそ」
サキアは剣を構え、扉を開けようとした。
「ダ~メ」
凍えるような悪寒に、サキアは固まった。
後ろに居るであろう相手を見ることも出来ず、サキアはその場に棒立ちになった。
「今、良いところなんだ。
君なら見えるだろう?」
そう言われ、サキアは慌てて瞳に映した。
が、恐れていたようなことではなく、二人は笑いあっていた。
しかし、それ以上に背後の者の恐ろしさを知ってしまった。
この存在は、どう足掻いたところで勝てるような相手ではない。
…少なくとも、自分では。
それどころかエミヤやユウヤ。強いようだけれど生徒会長の弥扇でさえ、勝てる相手ではなかった。
束になっても………どうだろうか。
それ以前に、この町が、市が、国が、世界が、衝撃でどうなるか解らない。
戦うべきでないことは、一目瞭然だった。
「二つの生命体が愛し合うってのは、物凄い奇跡だと思うんだよね。
まあ、俺も君もその奇跡の元に生まれたんだろうけど。
愛はなくともね。」
それによりこの存在が産まれてしまったと言うのならば
自分を含めたすべてが生まれたと言うのなら
それは奇跡ではなく、災厄だ。
「…な、何者……ですか…」
震えた声のままに、サキアは聞いた。
「うーん…化け者?なんちゃって。」
飄々とした態度に、サキアはただただ恐怖を感じた。
何を考えているのか解らない。
この存在ならば何でも出来てしまうと言うのに。
自分を殺すことの、この場にいる人々を殺すことの、どれだけ容易いことか。
「俺ね、みんなの事好きなんだ。本当だよ?
だからさ、この世界とか神とか“君とかが”憎いんだよ。好きなんだけどね」
ああ、殺される。
サキアは悟った。
この存在の考えも望みも意味も解らない。
だが、自分はこの存在に何らかの恨みを抱かれてしまった。しまっていた。
抵抗することも一瞬は考えた。
だが赤い瞳は訴えている。
そんなことをしたところで、何の意味もない。と。
それよりも苦しまずに死なせてくれと頼んだ方が、ずっとずっと賢明だと。
「ら、楽に…」
「もちろん」
私に、何か意味があっただろうか。
生きている意味はあっただろうか。
生まれた意味はあったのだろうか。
あったのだろう。
世界が“そう”成る為に。
そんなの…あまりに酷い…
「そんな世界 俺が壊す。」
「サキア?起きたのか?」
血の気が引いた。
サキアは急に恐怖も忘れ、その存在に振り返り精一杯に首を振った。
ハヤテを殺さないで。と。
始めて見たその存在は、本質とは掛け離れた美しさを持っていた。
そのお陰で、恐怖を思い出すのは、幾分遅れてくれた。
その存在は微笑んで頷いた。
サキアは心底ホッとした。
深呼吸をして、震えるのを押さえた。
「今着替えてるから、絶対入らないでね」
「おおっ?!すまん!」
慌てて部屋の前から離れていく足音が聞こえた。
離れていってから、名残惜しさが少し、また少しと溢れていった。
そんな感情とも別れなのかと思うと、どうしたって涙が溢れた。
「またね」
と言って、その存在は腕を振り上げた。
サキアはゆっくりと目を瞑った。
世界のすべてを想って
………………
……………
…………
待てども、待てども、やってこない衝撃に、サキアを目を開けた。
もう死んだのかとも思った。が。その存在は腕を振り上げたまま固まっていたのだった。
そして、目の前にはハヤテが。
「…なんで?!」
サキアは悲痛な声を上げた。
ハヤテが自分の能力である糸を持ってしてその存在の動きを止めようとしていたのだ。
「いやこっちの台詞だよ?!
なんか震えてんなぁと思ったら…。
誰だよこいつ?!」
そうだ。
ハヤテも音の血族…声に関して騙せるわけなかった。
サキアはハヤテに説明するのを放棄して、ジッとその存在を見つめた。
その存在はサキアに視線は返さず、ハヤテを見つめていた。
その光景にサキアは心底ゾッとした。
「お願いハヤテ!どこかへ行って…!」
サキアはハヤテの肩を掴み瞳一杯に涙を溜めて懇願した。
「は…、ははぁ?!」
「一生のお願いだから!!!」
言葉通り。一生の願いだ。
目の前で、自分のせいで愛しい人が死ぬところなんて見たいはずがない…!
「その子には、死んでもらわないといけないんだ。」
ブチッ
何かが切れる音がした。
それがどっちの糸だったのか。
「…あ゛?
誰がテメェなんかに」
どちらにしてもサキアにはハヤテのその怒りが、違う意味での恐怖でしかなかった。
どれだけ抵抗したところで、そんなものは何の意味もない。
自分達とその存在との間には、まさに天と地ほどの差があるのだ。
「君、は…確か、音澤の。」
「あ゛?」
音澤は現在、エミヤの名字であるが、血の話で言えばハヤテも同じ。
だからこそバレてしまったんだから…
「そうだよね。
そんなに殺して欲しくないの?」
「何言ってんだ、テメェ。」
サキアも、益々その存在が考えていることが解らなかった。
「所詮は音澤の。品がないね。
でも、良いよ?
遠いけど歴とした血族だからね。
君が望むなら、その子を殺すのはやめよう。
どうせ、人なのだから寿命が来る。
僕が殺すべきはその子の祖だ。」
その存在はまるで初めから、拘束などされていなかったように、滑らかに腕を下ろした。
本来ならば決して斬れぬ糸……。
その存在を拘束できるなど、初めから思ってなどいなかったが……目にしてみるとより恐ろしい。
しかしサキアには、それ以上に気になることがあった。
「…祖?バケモノ…?」
サキアは自分の祖先がバケモノであると知っていた。
あくまで幼い頃に聞かされた話だが。
「そう。よく知ってるね
この世界ではバケモノと神様だ。」
ハヤテは自分の糸が斬られた事に眉を潜めながら、その存在を睨んだ。
「バケモノと神?
それが、サキアの祖だと?」
ハヤテの言葉に、その存在は微笑んだ。
「そう、サキアと言うの。
良い名だね。
君達に、天の加護があらんことを。…なんちゃって」
その存在はそれだけを言って、微笑むと窓から飛び去っていった。
「おい!」
執拗に追いかけようとするハヤテを、サキアは慌てて掴んだ。
今から追いかけたところで、追い付くはずも殺されるはずも、もうないのだが…。
「ここに、居て………」
サキアは膝から崩れ落ちた。
先の戦争でも、今までの人生のなかでも、サキアはこれといった命の危機を感じることはなかった。
…それも、すべて赤い瞳のせいだったのだが。
サキアは今、初めて、命の危機を感じた。
サキアは今ここで死ぬ運命ではなかった。
それなのに、サキアが命の危機を感じたと言うことは…。
「いや、いい訳けねぇだろ!!」
崩れ落ちたサキアに屈みながら、ハヤテは窓の方を見た。
「良いの!大丈夫。知ってた。」
もちろん、あんな存在がこの世にあるなど思ってもみなかった。
「は…?知ってた?何をだ。」
サキアはハヤテの腕をギュッと掴んだ。
「…私の目、紫の瞳。普通じゃない。
時々、赤と青が分裂したり、どちらかだけになったりする。
特に、力を使うと赤だけになる。」
「ああ…。」
その事はハヤテも、仲間も知っていた。
まるで、それが当たり前のようになっていた。
「時々、本当に時々。
未来まで見えるの…」
正確には、未来ではない。
サキアが見ているのは、飽くまで運命にすぎない。
通常においてはそれは“=”なのだが、正確にはニアイコール。
「未来!?」
「うん。」
神の決めたような運命。
それの見えるサキアにとって、命の危機を感じるようなことはなかった。
すべてが見えているわけではない。
ただ、自分が今ここで死なないことは知っていた。
それなのに、サキアが今ここで死ぬと思った。
それはつまり、あの存在が運命を変えたのだ。
あの存在は、神の運命を捩じ伏せる。
神をも凌駕する存在ということ。
この、神をも凌駕する子は、私のトップファイブには入る可愛い子です。




