[独りだからこそ]
「…御兄様。」
生気のない声に、僕は本気で驚いた。
また、それがエミヤだったことにも。
「えっ…エミヤ…?!
起きていたの……?!!」
てっきり、まだ眠っているのだと思っていた。
聞かれていた…?
…いつから…?!
エミヤは、うっすらと薄情な笑みを浮かべた。
「ええ。御兄様。
私を置いて行くつもりですか?」
まるで、僕の見てきた、僕のような王の表情に、戸惑った。
「いや…だって…」
「だって?何です?」
エミヤは微笑んでいるけれど、その感情は読み取れない。
ただ…本当の意味で笑っているのではないことだけは確かだ。
「…君は、タイガくんと居たいのだろう。」
「当然です。」
即答したことに、僕はかなり驚いた。
エミヤは、まだ自覚していないから、こんな言動を取っていると思っていたからだ。
「それなら」
「それとこれとは全く話が別。
私の望みと、世界がどうあるべきかは関係ありません。」
エミヤの言葉に、僕は困惑した。
君は…タイガくんのことが誰より好きなんだろう…?
それなら…何故……?
「総て全て統べて。
私は私の道を進む。」
エミヤの言う意味が、僕には解らなかった。
言葉の意味が分からなかった訳じゃない。
総てが全てを統べる。
矛盾だ…。
「どうしたんだい、エミヤ。」
それよりも、エミヤがどうしてそんなことを言い出したのか解らなかった。
少し前まではまるで人形のようだったのに。
僕の誘導のままだったのに…。
今では自分の意思で大切なものを棄てようとしてしまっている。
自暴自棄になっているのか…?
それとも…?!
「…私はそれほどまで強くない。強いものを持ってない。持ってはいけない。
世のため人のため尽くさなければならない。」
エミヤの声と表情に、僕はやっと理解できた。
今、エミヤの中には自己犠牲しかないんだ。自己嫌悪しかない。
きっと、自分の母をその手で殺めてしまったから。
この世で一番愛する彼をその手で刺したから…。
みんなが…タイガ達が、どれほどまでにエミヤを思っていて
エミヤが居なくなることで、どれだけ悲しいのか解っていない。
…いや、自分がそう思われることにすら嫌悪感を抱くのか…。
君は間違っていないよ。エミヤ。
その行動は、多くの人を救えるんだ。
誰よりも正しい。それが正しい答えだ。
けれど、僕はその正しさは受け入れない。
「………よく分かったよ。エミヤ。」
僕は闇で生成した剣を構えた。
今、ここでエミヤに正しさを求めたら…僕は一生後悔する。
エミヤが負った罪なんて、業なんて、ありはしないんだ!
エミヤは何の感情も持たぬ目で、僕の剣を一瞥した。
「……………」
しばしの沈黙のあと、軽く目を閉じると、髪飾り取って剣へ変形させた。
それを同意と取って、僕は条件を提示する。
「僕が勝てば、君はこの世界に。」
「ならば私が勝てば、私は魔界へ。
…御兄様はこの世界に。」
条件多くないか?とも思ったけど、トレードと思えばそれが普通か。
だけど
「それは断固お断り。」
どちらにしたって、エミヤを一人ぼっちにさせるわけにはいかない。
…まあ、負ける気はないんだけど。
エミヤは両手で剣を持ったまま僕へ走り出した。
「そのまま返しま…すっ!!!!」
両手で構えられた剣を、片手で受けるのは流石に厳しい。
そうでなくとも…重い!!!
「っ…!さすが。
だけど…!!!」
僕だって負けるわけない!
僕はエミヤの剣を横へいなし、今度はこっちが攻める側となった。
「うぅっ……!」
「経験の差が大きすぎるよ。」
力尽くじゃ勝てない。
生まれた頃から剣を握ってきた僕と、赤子のようなエミヤじゃ、差が大きすぎる。
タイガの剣の師匠だって僕なんだ。
「音よ。」
エミヤは剣に音を与えた。
「そう来たね」
あんなのに当たったら、並の鉄じゃ直ぐに斬られる。
「音に勝るものは…」
ない訳じゃない。
「光と時と重さ
重さならあるよ。」
重さ。
それ即ち力の塊。
「………」
涙を流しながら、エミヤは僕を睨む。
憎いんだね、
憤っているんだね、
悲しいんだね。
…すべてが
ナツカが死んだことも。
僕が殺したことも。
こういう結果になってしまったことも。
自分が僕の元へ来たことも。
みんなを説得できていなかったことも。
己が、息をしていることも。
よく解る。
僕も…僕らも同じさ。
ヤノ一族はそういう運命なんだろう…。
だから死ねない。
僕は、まだ、死ねない。
君がどれだけ世界を憎もうと、愛そうと、
僕は君達以外、どうだって良かったから…
「「ハァァァァアァアアアアアッッッッ!!!!!!!!!!!!」」
僕らは、肉親で争い合う運命なのかもね。
「それで…決着はついたの?」
神夜は地面に倒れる、自分の子孫を見つめた。
すると二人は立ち上がろうとした。
…だが、二人とも既に体力は底をついていて、立ち上がることはもとい、座ることすらままならなかった。
「……」
神夜は、はぁ。と溜め息をついた。
「本当に理解できないわ。
何故すぐには決められないからといって、暴力に訴えるのか。」
と、言いながら、神夜は二人を治療し始めた。
治療と言っても外傷は殆ど無いため、体力を分けているだけだが。
「…どなたか存じませんが。
それは、人が一人だからでしょう。」
エミヤは地へ寝そべったまま、空を見上げて言った。
「どういうこと?」
神夜は少し微笑んで聞いた。
エミヤと話すこと。ただそれだけが楽しいようだった。
「…人は一つの個体だから。他の人とは違うから。
自分の考えを持って、自分の意思を持っているから…。」
治療はすぐに終わって、二人はある程度は歩けるようになっていた。
だが、二人とも寝そべったまま。
「だから解らないのよ。
何故それを暴力を持って、どちらかだけにするの?」
神夜はその意思を暴力を持って決める理由も。
また、必ずしもどちらかだけにする意味も解らなかった。
「手っ取り早いから…、でしょう。
譲れないこともあるでしょうし。
…それに、暴力も口論も大差ないかと。」
エミヤは淡々と喋った。
神夜の顔も、ユウヤの顔も見ず、ただ夜空を見上げて。
やはりそれを理解できない神夜は肩をすくめた。
「こういうのも考えの違い?」
「おそらく。
どれだけ人の話を聞いて体験した“つもり”になっても
やっぱり違いますからね。」
神夜は微笑んだ。
「それでも、私は同じものを持っていると信じてるわ。
それが何かはまだ解らないけれど。
絶対にどこかには有るはずなの。」
神夜も夜空を見上げ、月へ手を伸ばした。
神夜は握った拳を下ろし、エミヤとユウヤへ手を伸ばした。
「ねぇ、エミヤ?」
ユウヤは神夜の手は借りずに立ち上がった。
「……はい。」
「歌、歌ってくれない?
貴方の声を聴いていたいの」
エミヤは伸ばされた手を掴み、立ち上がった。
「…………良いですけど。」
「ありがとう。」
3人は縁側まで移動して、ユウヤと神夜は並んで座った。
ユウヤは戸惑いながらも、大人しく前に立っているエミヤを見つめた。
月に照らされた金の髪がどこまでも輝き、桃色の瞳は優しげに光を灯している。
スゥ……
エミヤは大きく息を吸って、優しい歌を歌い出した。
決戦の時に歌ったものと同じ歌だったが、全く違う歌に聞こえる。
何の力も持たない。
けれど、今まで歌った、どんな歌よりも人の心の奥へ届くような。
素直で優しく、そして痛いほど悲しい歌。
エミヤは歌いながら、段々と涙を流していった。
まるで歌を歌うことでエミヤの感情が呼び起こされて行くように。
それを見て、聴いていたユウヤや神夜まで泣きそうになっていった。
ああ。嗚呼。
私は一体、何を思って涙を流しているの?
歌いたい。
ここで。この世界でどこまでも自由に歌っていたい。
籠の中から愛でられるのでなく、私は私の足でその人の元へ歌を届けに行きたい。
その人?
その人は…、御兄様。
ハヤテさん。ユキカさん。サキアさん。
ハンナちゃん。ケイくん。セツナちゃん。
カレン先輩。マキリ先輩。リクホ先輩。
ミナトくん。アリアさん。
アミちゃん。
ヒナちゃん。
セイラ。
みんなみんなに。歌を…思いを届けたい。
……タイガに。
好きって
…そっか。
そっか。
………私は、ずっとタイガの事が―
瞳にタイガが映った。
「―ねぇ、心から愛しています―」
私は生まれて初めて自分のためにそう言った。




