[叔父と甥]
俺達は神夜によってとある一室に半ば強引に閉じ込められていた。
「募る話もあるでしょう?」
と微笑まれながら。
俺達は障子の窓の向こうを見つめながら胡座をかいていた。
「確かに、あるだろうね。」
ユウヤは俺を見て、肩を竦めた。
「………お前は…」
「ん?」
俺は向こうに見えていた月から、視線を落とした。
「…すまん。」
そうとしか、言えない。…俺は。
ナツカを殺したのだって、コイツじゃない。
命令したのだって、コイツの本意じゃない。
俺以上に、コイツが失ったものの方が圧倒的に多いに決まっている。
それでもユウヤは、エミヤを守ろうと考えた。
それを肯定することはできないが、否定はしない。
そういう考えも、理解できるからだ。
もし、俺がユウヤと同じ立場なら…そうしたのかもしれない。
それなのにユウヤは、何故か俺に訝しげな顔を向けた。
「何が?」
「何がって………」
そりゃ、もう。全部…だろうよ。
気付けなかったこと。重荷を一人背負わせていたこと。力になれなかったこと。
俺の言いたいことが解ったらしいユウヤは、眉を潜めた。
「君は、あまりに優しすぎる。
謝るべきは僕だ。
…でも、謝らないよ。
死んだもの達への冒涜になる。」
ユウヤはジッと満月を見つめたまま、確かな言葉でそう言った。
だが俺には、その瞳から今にも涙が零れそうに思えた。
それはつまり、全部の罪を自分のなかに閉じ込めるってことだ。
俺には…、耐えられない。
そんなに強くは…居られない。
「エミヤには、あまりに重すぎる。」
俺は唐突に本題へ入った。
エミヤは、弱くない。
けれど俺は、敢えてエミヤには背負えないように言った。
本心は、背負わせたくないだけだ。
…正直、もうどうして話せば良いのか解らなかった。
憎くはない。
もし俺が憎むとすれば、それは時代だ。
人を憎むことはない。
…少なくともユウヤに対しては。
「…そうだね。」
ユウヤは静かに同意してくれた。
その言い方に、俺はユウヤ一人に全ての重荷を押し付けたのだと理解した。
…だが、…………。
いや、これは、俺の我が儘だ。
ただしさなんて、微塵もない。
それでもユウヤは。
「ハヤテ、君に…君たちにエミヤたちを託す。」
そう言った。
「…エミヤ“たち”?」
複数形なのか?
ユウヤは目を瞑った。
「タイガも、その子孫も含めた話だ。」
…ああ、そうか。
自分の事を話していたタイガの表情を思い出していた。
……あの、大人びてしまった顔を、俺は…ユキカじゃなくて、俺が戻すことは出来るだろうか…
いや。
「ああ…。
俺が生きている限り、尽くそう。」
この身のすべてを。
俺の…汚いところをも利用して見せる。
ユウヤは微笑んだ。
「一番確かな答えだ。
何もかも、エミヤが望むのなら
もう仕方がない。」
「………ヤノ一族ってのはそんなに危険なのか」
俺の問に、ユウヤは驚いた顔をしてから、タイガが居る方を恨めしそうに見つめた。
「それはそれは…危険さ。
簡単に言えば、兵器。」
「兵器…………。」
俺達も、簡単に言ってしまえばそんな感じだと思うが、ヤノ一族はそれ以上の…。
エミヤが起こしたハリケーンが思い起こされる。
俺にしてみれば、可愛い妹でしかないんだがな。
どうにも、そうとしか見えない。
「もちろん、僕もね。
けどエミヤは…、僕以上。
純粋で愛らしい、力の塊。」
それは、とてつもなく恐ろしいことのように聞こえた。
純粋な何色にも染まる力の塊。
もちろん白にも染まれるだろうが…、黒に染まる可能性がゼロな訳ではない。
「僕とエミヤは闇と夜。
僕は闇。王と王の子。
けど、エミヤは夜。王と神の子。」
「神………。」
タイガが自分の事を神と言っていたことを思い出した。
おそらく、そう言ったものとの間に生まれたのだろう…。
「僕らは………、強すぎる。」
憂いを込めた瞳で、ユウヤは俺を見つめた。
俺は首をかしげた。
「そうか?」
「そうだろう。」
そんなことはないと思うぜ?
「お前がエミヤの…伯父?なら
俺にとってもお前は伯父だろ。」
「変な理屈だね」
「いやいや、法律的にそうだ。
お前らは俺たちの家族だ。
ただのな。」
兵器なんか神なんか、とんでもない。
ただの愛する俺の家族達だよ。
満月を見つめ、ユウヤは呟いた。
「僕は夜が明ける前にここを去る。」
月が沈む前に…、ということか。
「…ここに残らないのか」
「当然だ。ユキカに刺されておじゃんだね。」
ユウヤはおどけて言った。
「…ユキカはそんなことはしない。」
どれだけ憎もうと、ユキカにユウヤを殺すことはできない。
ナツカも、自分も、ユウヤの事が好きだからだ。
そりゃ最初は…取り乱すだろうが……、でも結局のところは―
「……知ってる。
だが恨みは消えない。憎しみは癒えない。
僕はユキカに恨まれないと。」
ユウヤは、ユキカの憎しみすべてを受け入れ、それをユキカの生きる意味にしようと言うのだ。
苦しくても辛くとも生きてくれるように。
「……俺は恨まないぞ。」
せめて、俺だけは何も恨まない。何も憎まない。
ただ、ただ、愛す。
そんな俺を、ユウヤはわざと冷めたような目で見るふりをした。
「恨みもしない僕を殺せる?」
俺は自分の手を握りしめた。
「殺さない…!!!」
「じゃあ、僕の子孫。その民。」
「んなこと!!!!」
しない。と言う前に、ユウヤが被せてきた。
「それは不可能だ。
この世は時期に戦争だ。」
それが……、エミヤを、俺たちが連れ戻したせいなら。
「止める…!!!!」
俺の言葉に、ユキカは大きく息を飲んで
「無理なんだよ!!!!!」
泣きそうな声で叫んだ。
そのまま、ユウヤは頭を抱えてうずくまった。
「もうっ…もう…遅い。
すべて終わりなんだ…!」
声も涙も見えなかったが、きっとユウヤは泣いている。
俺が優しすぎるとか言ってたやつが、俺は一番優しいと思うぜ。
だからこそ王様なんだろうが。
……やっぱり俺は、時代を恨む。
どうしてコイツをこの時、こんな時代に生んだんだ。
…せめて俺が変わってやりたかった。
そんなの、出来るわけもないのに、思ってしまう。
ユウヤは、やはり涙でぐちゃぐちゃになっていた顔を、ふと上げた。
「ああ。そうだ。
いっそ終わらせてしまえば良い…」
「ユウヤ?!?!!」
タイガ…もといタイガ達の居る方を見て言うユウヤに、俺は慌てて肩を掴んだ。
「っ………しない。しないよ。そんなこと。
…出来ない。」
どうしようもなく優しいのだ。易しい?
残酷にもなりきれない。みんなを思っているから。
俺は好きだ。
…だが、本人は苦しくて堪らないだろう。
エミヤも。
人の幸せや不幸は誰にも計れない。
だからエミヤは、数の多さで計ったのだろう。
俺達か、魔界か。
ユウヤは袖で涙をぬぐった。
「ごめん。取り乱した。」
俺はユウヤに軽く首を振った。
慰めの言葉なんて思い付かない。
ただ、俺の考えを伝えるしか。
「…俺は生きるよ。生きて生きて、その先に何があるか見届ける。」
「先…先なんて…!!!」
ユウヤは眉間にシワを寄せ苦しそうな顔をした。
俺は、敢えて確かな確信を持ったようにユウヤをジッと見つめた。
「いいや。何かはあるはずだ。
万物には終わりがある。
そのとき何を思い、何が起こるのか。」
「争いの先に?」
俺は頷いた。
実際、確証がないわけでもないんだ。
「ああ。
笑顔があると、良いんだがな。」
そこに何が待っているかまでは…まるで見当がつかないが。
「…君も大概変わってるね。」
ユウヤは涙で赤くなった目を細めた。
そういう顔は、エミヤにも似てる気がする。
「当たり前だろ。家族は似るんだぜ。」
そう言ってニカァっと笑って見せた。
「一々鼻につくなぁ」
「酷くね?」
「気を置くまでもない仲だからね。」
「…そう、だったな。」
いつか、ユウヤと話したときにそう言うことを言っていた。
あの時は、あの頃は、間違いなく幸せだった。
何も知らずに馬鹿みたいに笑っていた。
笑ったあとは顔の筋肉が痛かった。
それすらも、今考えると堪らなく幸せに思える。
ユウヤは立ち上がった。
「そろそろ行くよ。可愛くない甥よ。」
「ああ。
可愛くない叔父。」
仕返しにそういうと、ユウヤは首をかしげた。
「可愛い叔父って何だよ?」
「…知らん。」
どっかには居るだろうが、俺が知るわけがない。
「アハハッ。じゃあね。」
本当に去っていこうとするユウヤに、俺は慌てて声をかけた。
「エミヤやタイガには…!」
ユウヤは立ったまま俺に振り替えることはなかった。
「…話すことはないよ。
じゃあね。」
「…またな!」
俺の問いに、ユウヤが答えることはなかった。




