《identity》
横文字!
3日後、俺は志保さんに柊家に来られる?、と聞かれた。
志野さんに呼び出されたらしい。
気は進まないが、俺は素直に応じることにした。
…本当に気が進まない。
元はと言えば、あの人があの時あんなことを言わなければ、こんなことにはならなかった。
だが、そんなことを言い出したらキリなんてない。
憎しみや恨みの連鎖を産み出すことは、エミヤも…ユウヤも。望んではいないだろう。
…でも、ちょっと、“さん”付けはしたくないかもしれない。
アンタっていっとこ。
「怪我は」
何の覇気も感じられない志野の声に、俺は戸惑った。
「な…いですけど」
何かの罠と思って、俺は慎重に返した。
何の話にせよ、俺は責められるために来たのだろうから。
揚げ足を取られたら、堪ったもんじゃない。
「ならば…良いのです」
安心半分、拍子抜け半分。
…いや、というか、失望した。
この人は素でこういう人なのだ。普通の人なのだ。
…失望した。嫌悪した。
それを今更感じさせる彼女に。
そんな、生半可な感情がユウヤを責め立てたのだ。崖のふちへ、底へ追いやったのだ!
素が生半可なものは仕方がない。
それは人が生まれ持った性分だ。
だが!!!
こんな、俺にさえも感じ取らせてしまうような隙を見せるな!!!
人の上に立つ覚悟があるなら…、そうあるべきと思うなら、最後までそうあれ!
そんな生半可な覚悟で、ユウヤを陥れたことが許せない!!!!!
「…」
今すぐにでも殺してやりたい。
微かにそう思った。
…だが、ふと気づいた。
俺は今、エミヤのその覚悟を砕こうとしていたのだと。
それに関して、後悔はしていない。
だってエミヤは魔界では決して幸せにはなれない。
この世界に居れば幸せになれる。
少なくとも、真綾様達はそう思って、エミヤをこの世界へ逃がしたのだ。
真綾様自身がそうだったように。
だがその、俺のするエミヤの幸せを願っての行動。
それこそが、エミヤの覚悟を砕くのだ。
俺は生半可な気持ちで、こんなことをしているんじゃない。
だがそれは、エミヤも同じなはずだ。
………ならば…ならば………、俺は覚悟が砕けてしまうことを否定できない。
むしろ、そうあって欲しいと願いべきだった……?
ああ。そうか。
今の怒りは、ただの八つ当たり。
自分の、不甲斐なさへの怒りだったのだ…。
俺も随分、堕ちたものだ。
部屋に着くと、そこそこ年のいった男性がいた。
…その人しか居なかった。
意外だな。
大勢の能力者達に責められるのだと思っていたが。
そういえば、志野は全然老いているように見えない。
まあ、見てくれはそんなに関係ない。
「初めまして、火砕 泰芽殿。
僕は枷 隆覇だ。
君を高貴なものと見受け、敢えてタイガくんと呼ばせてもらうよ。」
枷…アリアさんがリミッターを造っている家だと言っていたか。
腕輪をチラリと見て、少し納得した。
おそらくこの腕輪から俺の性質を知ったんだろう。
…着けてて損はないとか、嘘ばっかりだな。
エミヤの部屋で夜中聞こえた物音を思い出しながら、溜め息をついた。
「別に構いませんよ。
堅っ苦しいのは嫌いですから。」
そう言いながら俺は、2つの座布団と向かい合っている一番入り口に近い座布団に座った。
…というか、位置が三竦みみたいになってる…。
仲悪いんだな。
最上に立つもの達は、どうしても仲が悪くなるんだろうな。
じゃなきゃ、1つになってるか。
俺は出されていたお茶を一口飲んで、二人をスッと見つめた。
「で…、おそらく一番の御偉いさん二人が、何の御用で?」
堅苦しいのは嫌いだとは言ったが、出来ないとは言っていない。
子供だからと嘗められて、こっちに不利な条件出されたら不愉快だ。
この世界ですら居づらくなってしまう。
「タイガくん。君は…魔界の者なんだよね?」
その言い方から、この二人は悪魔と魔界に住む人が=同じ。ではないことを知っているのだと分かった。
…ああ。いや、隆覇さんだけか。
志野はその言い方に若干違和感を抱いてるようだった。
どちらにしても、俺の場合はその魔界に住む人にも該当しない。
「アンタらの概念が分かりませんが、
過ごした長さや、生まれた場所なら魔界でしょうね」
ハッキリ言って、俺から見たこの世界のやつも魔界のやつも違いが見当たらないのだ。
魔法も能力も俺にとっては大差ない。
文化と歴史だってそうだ。
住む場所が違えば、考え方や文化や生きる術が違うのも当たり前。
正直、一体何で争ってるのか、理解できない自分も居たりする。
「それなら、どうして君はこちらへ来たんだい?」
そんなものは決まってる。
「エミヤの幸せのためです」
今も昔もこれからも、理由はたったそれだけだ。
「…魔界でも良いんじゃないのか?」
「無理です。
だが、その理由を話したら、ここですらエミヤは幸せになれなくなる。
…誰も知らなければ何の効力も持たない秘密です。」
同じヤノ一族である、闇ノ一族のユウヤでさえも王なのだ。
夜ノ一族は、その秘密が知られてる以上、魔界では永遠に、普通には生きられない。
その秘密が知られればこの世界でも同じことだ。
けれど、知りさえしなければ、本当に何の意味も持たない。
知らなければ、ただそこにいる隣人だ。
その隣人が強大であると知るから、話が可笑しくなってしまうのだ。
「君が嘘を吐いていないのは解るよ。
けれど、君が思っているだけじゃないのかい?
僕らにも判断する権利はある。」
もっとも…な人間らしい発言だ。
「俺はハッキリ言って、アンタら人類を信じちゃいない。
魔界の奴らも同じだ。
仮に。仮に、アンタらが秘密を知って尚、エミヤを普通に扱ったとする。
だが、次の世代も、その次の次の世代もそうする保証がどこにある?
現に魔界は無理だった。
俺はもう、アンタらを信用できないよ。」
真実だ。
人は、正しくは居られない。
知能があって考えるからこそ。
誰かを大切に思うからこそ、というのもあるのだろう。
食物連鎖だと解っていて、弱肉強食だと解っていても、人が他の生物を助けたくなってしまうのと似たようなもようなだ。
…まあ、そうじゃない悪どいやつも居るが。
「けれど教えてくれないと疑ってしまうよ」
そりゃそうだ。
正直、そんな奴を住まわせたくはないだろう。
思いっきり争いの種だ。
だがそれに関しては本当にどうしようもない。
教えたところで、誰にもどうすることもできない。
まさに神のみぞ知るというか…。
生憎、俺は実際のところ神様じゃない。
100歩譲っても神様の子孫止まりだ。
…てかそんなもん皆そうだろうし…………。
むしろ教えた方が争いの種が増える。
「知ってどうする?」
「その秘密の内容によるね」
俺は少し考えて、口を開いた。
「この秘密の解決方法は、世界を終わらせる以外にないぞ。」
大袈裟に言ってない。
実際、それ以外に方法はない。
その秘密の解決は、どれをとっても世界の終わりを意味する。
それならば知らずに忘れることだ。
生きた伝説ではなく、不思議なおとぎ話として終わらせるべきだ。
「それなら君は、
この世界は永遠に、エミヤちゃんを護る為だけの、盾になれって言うのかい?」
「そうだ。
エミヤを魔界へ引き渡せばどうなるか解らないぞ?」
夜ノ一族の秘密を手にすれば、世界をどうするかなんて容易いだろう。
この世界を滅ぼすも操るも秘密を手にしたもの次第だ。
…まあ、その前に秘密を手にしたものが、壊れるかもしれんが。
俺はもうひとつ付け足した。
「それにひとつ違う。
永遠じゃない。
魔界には歴史という概念がないから、いずれは忘れ去るはずだ。」
そうすれば、もうこの世に秘密を知るものは居なくなるはずだ。
その秘密を知っていた、知っているのは、俺と真綾様達とユウヤだけのはず。
おそらく、輝夜様も知っていたのだろう。
…だが今となっては知っているのは、俺とユウヤだけ。
…………のはずだった。
それが何故か魔界の一部へ知られたための事態だ。
ユウヤはおそらく、その“一部”は口がきけないようにするだろう。
だが問題は、俺たち以外にそれを知っている存在がいることだ。
それに関して俺たちは真っ向から対立した。
俺は今まで通り、エミヤはこの世界に居るべきと考えた。
どんなやつにも寿命はある。あともう少しの辛抱のはずなのだ。
だが、ユウヤは
いっそ、エミヤを魔界へ連れていき王として安全な立場へ置かせることを考えた。
確かに王となれば安全だろう。
だがそれは、真綾様が一番望んでいなかった形のはずだ。
独りぼっちの玉座など、それほど悲しいものはない。不幸であるものはない。
ユウヤには、理解できないようだったが…。
「…ならば策を練りましょう。
魔界に対抗し得る策を。」
志野の言葉に、かなり俺は驚いた。
随分とあっさり納得してくれたものだ。
こちらとしてはありがたい限りだが。
「解りました。」
考えてみればそのために呼ばれたのかもしれない。
それなら俺は、エミヤをこの世界へ連れ戻すため、何にでもなり何でも利用し何でも敵に回そう。
それが、エミヤお前だけの使い魔である俺の唯一無二のアイデンティティだ。




