《懐かしき架け橋》
サキアは、瞳を赤くしたままにリミッターを鉄扇へと変え敵と応戦しながら、周囲を見渡していた。
「…近づいてきてる」
「敵か?」
「おそらく。」
ハヤテはスッと前を見つめ、腕で制止の合図をとった。
ハッとして全員は足を止めた。
わずかに見える月明かりに反射する糸の姿を見たからだ。
「ここから先は通さないよ。」
茂みから唐突に現れた姿に、ハヤテ達は驚くこともなく、それぞれ武器を構えた。
「さっきの雷の奴らか…」
始めに遭遇した3人の悪魔達だった。
「何か人数が増えているね」
風の力を持つ悪魔の言葉に、ユキカは挑発的な笑みを浮かべた。
「逃げるなら今のうちじゃない?」
風はユキカよりずっと穏やかな笑みを浮かべた。
「…まさか」
その言葉と同時に、ハヤテの糸が一斉に動きだした。
サキアの瞳にしか映っていなかったハヤテの糸は、無数に張り巡らされていたのだ。
それにいち速く気付いてしまった雷の悪魔は、左右隣りに居た二人の手を引いて、後ろへ下がった。
「糸……?
やっかいだね」
「そんなもの…!」
風の悪魔に無作為放たれた風の刃に、いくつかの糸は斬られ姿を失った。
「…そうか」
ハヤテは哀しげに小さくそう呟き、カッと目を見開いた。
「―………火よ!―」
タイガの剣先から放たれた二つの火は、悪魔3人を散らせた。
顔を見合わせ、タイガは風、サキアとハヤテは雷、ナツカとユキカは土だ。
「何故、我らを裏切った!!!」
風の悪魔は、風の刃と攻撃と怒りのこもった言葉をタイガへ放った。
攻撃は避けたが、その言葉はまともに食らった。
「始めっから、お前らの味方してる訳じゃねぇ!!」
そう言いながら放った火の弾丸を、風の悪魔は避け、いくつかは風で消し去った。
「そんなもの…屁理屈だ!!」
「違う!
俺が使えるのは、たった一人、真綾様だけだ!!!」
風の悪魔は怒りに歯を食い縛り、これでもかというほど目を見開いた。
「大罪人がぁぁぁああ!!!!!」
風によって形成された大鎌に、タイガは細剣一本でいなし、相手の懐に入った。
「どっちがだよ。」
冷たくそう言われながら、首に突き付けられた剣に、風の悪魔は怖じ気づいたのか、その場に崩れ落ちた。
タイガはそれを逃さず追って、風の悪魔へ剣を向けた。
タイガは、周りをチラリと見た。
「それでも俺は、人殺しにはなりたくねぇんだよ。」
そう、ハヤテと同じように哀しげに呟いて、タイガは細剣を腕輪に戻して腕にはめた。
周りを見ると、雷の悪魔とハヤテ達はまだ戦闘中だったが、土の悪魔とナツカ達はほぼ決着がついていた。
それでも土は諦められずに居るようだったが。
「勝負はついたぜ。
これは戦争じゃねぇだろ。」
タイガの言葉に、雷の悪魔は一瞬迷って動きをやめ、土の悪魔へ目配せした。
土の悪魔も少しの間は諦めきれない様子だったが、やがて雷の悪魔に従った。
「…だが、やがて戦争になるだろう。」
雷の悪魔の射抜くような視線に、タイガは何か言いたげに口を開こうとしたが、やがて顔を伏せた。
「………ああ。避けられない。」
この世界と魔界が、いずれ戦争をする事は、もはや避けられない運命と言っても良い。
どちらとも、相手が邪魔なのだ。
財を、力を、支配権を手に入れられれば良い。
財を望む者も、己の幸せを望む者も、平和を望むものでさえ、結局行き着くところは二つの世界の戦争なのだ。
知ってしまった以上、もう戻ることは出来ない。
この世界で生き、人が人である以上は。
「それでも俺はエミヤを奪わせない。」
例え、エミヤが魔界に行く事によって、その戦争が止められるとしても。
それもただの時間稼ぎにすぎない。
根本的な解決には何もなっていないのだ。
それでも、時間稼ぎでも何でも良いから…、という人も居るだろう。
だが、エミヤが魔界に行く事によって、例え未来永劫の平和が約束されるとしても、その平和のために誰かが不幸になって良いのだろうか。
少なくともタイガ達はそうは思えなかった。
いいや、そんなことは関係なく、ただタイガは、この世で唯一の愛する人を失いたくはないだけだった。
「ぐっ…」
「―ユスティーナ?!」
突然、風の悪魔の様子が変わった。
タイガはハッとして後ろに下がったが、ふと見ると土の悪魔の様子もおかしかった。
「カルル…?!」
何なんだ…?
何が起こっている…?!
「堕天…」
サキア先輩の言葉にハッとした。
まさか。
何故?
今この場で堕天など起こる?
普通に考えて…有り得ない!
だが…だが…!
一番強いと思われる雷の奴だけ異変が出ていない。
それを考えると…そうとしか思えない!
タイガは思わず、晴天の空に浮かぶ赤い月を仰ぎ見た。
「あれのせいか…!?」
自分にも、ハヤテ達にも何ら変化はない。
それがもし、悪魔の部分を増幅させるものなのだとしたら…!
悪魔の群れがあれほどまでに居たのも説明がついてしまう。
「ユウヤァァァア!!!!」
タイガは気が付けばその名を憎しみを込めて呼んでいた。
こうなると解っていないままにやっていたのなら、それは愚者としか言いようがない。王なんて名乗れるものではない。
だが、だがタイガにはユウヤがそんな男でないことは解っていた。
こうなる可能性があることを知っていたのなら、罪深きにも程がある…!
一度堕天してしまった生物は…もう
もう…!
「殺すしかない…
浄化するしか…、ない…」
戻る方法などありしはない。
悪魔に、情などないのだから…!
力を、欲を、望み奪い殺すだけの奴らだ!!!
「―ッ!!!」
間一髪で受けられた。
風の奴…ユスティーナという奴の速さ。
さっきの比じゃない。
そりゃそうだ。
理性なんて、もう欠片もないんだ。
記憶があるかどうかすら、怪しいもんだ。
「ユスティーナ!!」
雷の奴は懇願するように、ユスティーナに叫びかけた。
だが、その大きな声に驚くことはあれど、もう二度と、その人をその人として、人類として、生物として、雷の奴に興味を示すことはない。
ただ、本能のままに生きとし生けるものを殺し、奪おうとするだけ。
「ユスティーナ!!!」
さっき争いは止めてくれると言ってくれたばかりの雷。
だが、それに気遣えるほど余裕はない。
タイガは炎を剣にまとわせ、勢いをつけた。
「―!」
ユスティーナの風の剣は、タイガの炎の影響で分裂してしまった。
その隙に俺は、首を狙った。
「やめろ!!!!!」
「タイガくん!!」
ドンッと押し退けられると、タイガの後ろでバチバチッと鋭い音がした。
「…サキア!!!!!」
ハヤテの叫び声にも、サキアはピクリとも動かなかった。
少しの間、何が起こったのか解らなかった。
再び斬りかかってきたユスティーナにタイガは我に返った。
何度も同じては食っていられない。
タイガは…雷のやつから庇われたのだ。サキアに。
もう片手に炎で造った剣を取り出した。
タイガがチラリと見ると、雷の奴をナツカが、土の奴…カルルをユキカが相手をしていた。
再びユスティーナに視線を戻し、
「はぁあッ!」
思いっきり炎の剣を振りかざした。
瞬間、ユスティーナがニヤリと笑うのが見えた。
一陣の強烈な風は、剣だけでなく俺さえも吹き飛ばした。
「タイガ!!」
タイガにはユキカの声が聞こえたが、それには応える余裕もなく、とにかくユスティーナに向かって炎を放った。
当たっても怯まないユスティーナに肝を冷やしたが、何とか立ち上がることができた。
クソッ
どうしたら良い?
悪魔は疲れを知らないのか?
…いや、そこも理性のひとつだったか。
名前からして、たぶん暴食の奴…それなら紋章は胸辺りにあるはずだが…。
…………本当に、本当に、悪魔なのか…?
もしかしたら…もしかしたら…!
混乱しているだけなのかもしれない。
「ユキカ!!!」
叫び声にも似た、ナツカの声に、タイガはハッとなった。
ユキカ達の方へ視線を向けたタイガは、全身から血の気が引いた。
「う゛っ…」
「カルル…?!」
雷の奴でさえ、驚いていた。
カルルが…土の悪魔が、ユキカを庇ったナツカを、槍で刺していたのだ。
それは深く突き刺さっていて、貫かれているのがタイガからにも見えていた。
銀色に輝いていたはずの槍は、赤く、黒く、恐ろしく。
ナツカは震えた赤い手で槍を掴み、抜かせないように固定すると、ニヤリと笑った。
「ふっ…ァァアアアッ!!!」
槍を伝ってナツカが水をカルルへ放ったのだ。
いくつもの水の刃に貫かれたカルルは跡形もなく消え去った。
「…カ…ぅ…ル………?」
僅かな隙から見えた紋章を、俺は貫いた。
悪魔であったはずなのに、ユスティーナは、この人は、心を一瞬取り戻した。
どうして、なのだろう…?
『…ありがとう』
何故だか、ユスティーナがそう言った気がした。
…そう、思いたかっただけかも知れない。
俺は、人に戻れる可能性があったかもしれない奴を、この手で、何の躊躇いもなく、殺したのだ。
けれど、ユスティーナが居たはずの、その場には塵も残らなかった。




