〔満月の鎖〕
ユウヤは
消えてしまった。
本当に志野さんの事は恨んでも恨みきれない…
って言ってしまいたいけど
そうは出来ないのが、また志野さんの憎い所だ。
こんなことなら、最初から保留になんてせずに
誰に恨まれたって構わないから、僕が殺せばよかったとか
志野さんに最後まで隠し通していればよかったとか
僕が代りにやればよかったとか
どんな手段をとってでも止めればよかった
とか
そんな事ばっか考えてた。
一番辛いのは、僕じゃないのに
「………」
タイガは、すぐに入院する事になった。
死んでも無いし、外傷も無いし、ちゃんと息だってあるのに
タイガは夜になっても夜が明けても、また夜になっても…
目を覚まさなかった。
エミヤはまるで人形にでもなってしまったみたいに表情を変えず、言葉も発せず
食事もとらなかった。
三日目になっていよいよヤバいと思って、みんなで泣いて頼んだら、やっと食事をとって眠ってくれた。
それでも表情は変わらないし、声も出さないけど…。
「頼むよ…タイガ……」
泣く資格なんて無いのは解ってるのに、タイガの手を握ってたらどんどん涙が溢れてきた。
あのとき、あのとき誓ったじゃないか…!
お願いだよ…
君が居なくなったってダメなんだよ…
エミヤがずっと笑わないんだ
泣かないんだ
声を出さないんだ
さっきやっと眠ってくれたんだよ…
ハヤテも本当に弱っちゃって…
ユウヤも帰ってこなくて…
もうほんとに、どうしたら良いのか…わかんなくって…!
「お願いだよ…!」
そしてまた夜が明けた
「ふぁ……」
「おはよう、タイガ」
僕はあんまりにもビックリして死ぬかと思った。
タイガはケロッと目を覚まして、エミヤも昨日までのがウソみたいに笑ってる。
夢…?
…うん、痛い。
「なんだよ…」
僕はベッドに崩れ落ちた。
あんなに泣いてた僕が馬鹿みたいじゃないか…!
ほんっっっっとタイガはお騒がせなんだから!!!
あーーーー、なんか腹立ってきた!
「言いたい事は色々あるけど!」
「目を覚ましてよかったよ。
みんなに伝えてくるね」
僕とナツカはそう交互に言った。
僕は睨んでたけど!
……あとは、ユウヤを連れ戻すだけ!
僕らは病室を出て、今までエミヤに関わった全員に連絡を送った。
「誓いにはユウヤも入ってんだから」
「タイガ。」
タイガはすぐに退院して、家に帰ってくれた。
「ん?どうした。」
「今日、月が凄くキレイだから
お月見しない?」
満月なんて毎月のことだから、気が向いたときにしか買わないけど
今思えば、毎月、毎月やっていれば良かったと思う。
「満月なのか?」
「ううん。満月は明日。」
「なのにお月見?」
満月の日には出来ないんだ。
どうしても、今日じゃなきゃ
「うん。
…ダメ?」
「いや、…ダメじゃないが。」
タイガは少し困った顔をした。
やっぱり強引だったよね…けど、ごめんね。
「じゃあ、お月見しよう」
「………ああ。」
タイガは微笑んでくれた。
「なあ、どうしたんだ?」
一回の窓から月を見上げながら、私達はお餅を食べた。
お餅を食べる手を止めて、私は月を見上げたまま慎重に口を開いた。
「…タイガ。
魔界ってどんなところなのかな?」
「…なんだよ、急に。」
あからさまに機嫌が悪くなるのを感じた。
けど、気づかないふりをして私は続けた。
「気になったの。
お兄様の、私の故郷なんだし。」
タイガは、不機嫌から困った風に変わった。
「違うだろ…。
お前の故郷はここだ。」
「違うよ。
育ったのは確かにここだけど、
生まれたのは魔界。」
どうあっても、魔界は私の故郷だ。
それに変わりはない。
「そんなの、知らなくて良いだろ。
これからもずっとここに居るんだから。」
…私も、そうなんだと思ってたよ
ずっとタイガとここで暮らして
ここでみんなと生きてくんだと
…思ってた。けど
「…ううん。
タイガ、私、行かなきゃ。」
「は…?
行く?どこにだよ。」
わかりきったことでも、タイガは信じたくないのかもしれない。
それでも決めたことは揺るがない。揺るげない。
「魔界にだよ。」
タイガは目を見開いて、少しの間呆然として、今度は鋭い目になった。
「いや、ダメだ。
行かせないぞ、俺は。」
そんな…タイガに言われても、もう変えられない。
もう。もう。
どうして、理由も聞かないで否定しちゃうの…?
「どうして?
魔界は、私の故郷なんだよ?
私が行けば、悪魔になる人も減るって
だから、私―」
「煩い!!!
お前はここに居るべきだ!
そうしなきゃ、不幸になる!
お前は特別なんだ!」
タイガは私の話なんて聞かずに怒鳴った。
私を、特別、と、言った…。
「とく…べつ?」
「ああ!そうだ!
だから―」
目に涙がたまっていくのを感じて、ギュッと目を瞑って私は立った。
「特別!特別って!
どうして、どうして
そんなこと言うの?!
タイガには、タイガにだけは
そんなこと言って欲しくなかったよ!」
「は…?
なんで」
泣きたくなんて無かったのに、涙が勝手に出て落ちていく。
なんで、なんで泣いてるんだろ
悔しい…悔しい…
タイガは私のことなんて全然わかってなかった
私なんて特別って…
「私のこと他人だって!
異端だって!
違うって言うの!?」
あのときは、私は私だって言ってくれたのに…!
やっぱり違うの?!
私は…私は……
「エミヤ!
ちがっ」
「何が違うのよ!?!!」
私の言葉に、タイガは黙ってしまった。
否定…、してくれないんだ。
ああ、やっぱり、そう、なのね……
「…薄々は分かってた。
タイガは誰よりも私のことを他人のように言うもの。」
いつだってそうだった。
どこか、みんなへの言動と、私への対応は違ったもの。
そうだった。
「だって、お前は!」
立ち上がって、まだ何か言おうとするタイガを私は突き飛ばした。
「もう、十分よ!
聞きたくない!」
「エミヤ…!
俺は!」
「…っ……」
私は、タイガを生まれて始めて睨んだ。
タイガの傷ついた顔を見れば見るほど涙は溢れてくるし
恨めしい気持ちは募っていく…!
カチッ
お兄様からもらった懐中時計が、密かに私の胸に音を立てた。
もう、時間が来たのだ。
私は静かに目を閉じて、最後の涙、一滴を落とした。
「おやすみタイガ。」
気付いてしまった私の心も、もう告げることも叶えることも砕くことも許されない。
こんなことなら、いっそ、何もかも気付かないままで居られれば良かった。
でも…だけど、気付いてしまったら、もう見て見ぬふりはできない。
「エミヤ…」
後ろから不安そうなタイガの声が聞こえたけれど、もう振り向きはしない。
どうあっても、魔界は私の故郷だ。
御兄様を見棄てることだって、出来はしない。
部屋に戻ると、いつの間にか窓が空いていた。
見慣れていた景色のはずなのに、全然別の場所に思えてしまう。
「…」
ゆっくり瞬きして、予め書いておいた手紙をそっと机の上に置いた。
苦しくて、苦しくて、苦しくて仕方がなかった。
もう何が苦しいのか何て分からないけど、それでも何か苦しい。
タイガが目を覚ましてくれなかったときみたいに、苦しくて声がでない。
私はそれを無理矢理、無視して窓際に向かった。
窓の外に広がる闇に底は見えない。
少し怖くもなったけど、懐中時計を握ると不思議と安心した。
「エミヤ?!!?!」
「タイガ…」
タイガは謝って、仲直りして説得するつもりだったのかもしれない。
「お、い…何するつもりだ?!」
けど、もう遅いんだよ。
知ってるでしょ、私が頑固なの。
「死ぬつもりな訳じゃないよ。
手紙…読んどいて」
カッと顔を赤くして、タイガは音を強く音をたてて近づいてきた。
「はぁっ?!
訳わかんねぇよ!
良いから!戻ってこいって!!」
「それはできない。」
「何でだよ!」
部屋の中央まで入ってきて、私は大きく息を吸った。
「止まって!!」
「っ…」
タイガは一瞬止まったけど、すぐに動き出そうとした。
「止まったってどうせ行っちまうんだろ!!」
私はグッと息を止めて、後ろに体重をかけた。
「っ…」
背中は何かに寄りかかるすべもなくただ落ちた。
胃が浮くような感覚がして少し気持ち悪かったが、恐怖は感じない。
「…エミヤ!!!!」
手を伸ばせば、まだ届く。
反射的に伸ばしてしまいそうになった手を、懐中時計の鎖が止めた。
…………さよなら…タイガ
「エミヤァァァァァァァアアアア!!!!!」
闇のなかで、タイガの叫び声がしばらく響いていた。
私はせめて愛しい貴方が穏やかに眠れるように、と昔どこかで聴いた子守唄を歌った。
-今静かに眠れ-
願うなら、そのとき私の事を忘れてくれるよう。
…どこかに泣いている自分が居た




