『もう怖くないよ』
「…」
普段、能力者当主達によって、議論が繰り広げられているその空間では重苦しい沈黙が続いていた。
「こんにちは~」
その沈黙を破ったのは、大学生組の彩瀬 満逢だった。
予期せぬ来客に、その場に居た、
清水 懐架、倖架
仇篠 夕闇
火砕 泰芽
音澤 愛雅
操辻 颯天の全員は軽く目を剥いた。
秘密にした覚えはないが、だからと言って誰か来るとは思っていなかったからだ。
「来てはいけなかった?
私も、一応知っておきたいのだけれど…」
アリアの不安げな声に、全員はアリアに視線を送るのをやめた。
「いや…、大丈夫です」
その場で一番最年長で、部長であった名残からハヤテが代表してアリアに答えた。
ハヤテの言葉にアリアは微笑んで、普段、彩瀬家が座る位置へ座った。
エミヤとタイガは普段座る場所がないために、ハヤテの隣に座っている。
「それで…、エミヤちゃんとユウヤくんは悪魔なの?」
なんと躊躇もなく、アリアは直球に聞いた。
エミヤも、それに答えるため、アリアを真っ直ぐに見つめた。
「はい。
そうらしいです。」
「らしい?」
「え…、はい」
そこに食い付かれると思っていなかったエミヤは、少し戸惑いながらも答えた。
それに付け加えたのはハヤテだった。
「俺たちが話すまで知らなかったんです」
「それは、ユウヤくんも?」
アリアの質問に、ユウヤは首を振った。
「いや、僕は知ってたよ」
「どうしてエミヤちゃんは知らないの…?
両親は?」
ユウヤが現れた経緯などを知らないらしいアリアは、質問を重ねた。
その質問に、ハヤテは双方に気を使いながら答えた。
「…………行方不明です」
「いつから?」
アリアは、特に悪そうにすることもなく聞いた。
「え…っと、16年くらい前から…」
ハヤテの言葉に、アリアはさらに不可解そうな顔をした。
「…おかしくない?
エミヤちゃんは、今14才でしょう?
そもそも、どこで生まれたの?」
それに関して口を開いたのはユウヤだった。
「生まれは魔界だ。」
ユウヤも答えられるのだと分かったアリアは、二人に向かって聞いた。
「誰がつれてきたの?
どうしてエミヤちゃんが悪魔だなんて分かるの?
そもそも、悪魔と人で子なんて生めるの?」
「ま、ってください…」
急激に増えた質問の多さに、ハヤテは対応しきれず待ったを掛けた。
そんなハヤテを横目に見て、ユウヤが変わりにアリアに語り掛けた。
「真綾の事は知ってる?」
「ええ、悪魔なんでしょう?」
アリアの言葉に、ユウヤは訂正をした。
「ただの悪魔じゃないんだ。
言ってみれば、魔王。」
「……」
ユウヤの言葉に、全員は息を飲んだ。
それを知っていた人も、知らなかった人も。
「じゃあ、貴方たちは魔王の子ってこと?」
けれどアリアはそれほど驚く様子はなく、なおも聞いた。
「そうだ。
エミヤは、魔王である真綾の使者に、人界へ連れていかれたと僕は聞いている。」
あくまでも自分の中の知識であると付け加えたユウヤに、アリアはハヤテにも真相を訪ねた。
「そうなの?」
「…解らない。
エミヤを受け取ったのは志桜さんだ。
志野さんなら知ってるかも知れないが…」
「シオウ?」
「志保先生のお祖母ちゃん。」
エミヤの呟きに答えたのは、他でもないユキカだった。
答えてくれた意外な人物に驚きながら、エミヤはおずおずと頭を下げた。
「あ…、ありがとうございます」
ユキカはエミヤの事は見ずに、まばたきで返事した。
柊 志桜
現在の柊家当主の、柊 志野の母であり
エミヤたちが所属している中学生組の顧問である、柊 志保の祖母に当たる人だ。
現在は他界しているため、志桜に直接聞くことは叶わない。
「魔王の使者は、そのまま魔界へ帰ったのかしら…
仮にも魔王の子を一人置いて…?
そもそも何故……………」
アリアはそう独り言を呟いたっきり、思考の奥へ入って黙ってしまった。
質問攻めが完全になくなったのを確認して、ユキカが口を開いた。
「それより僕らが気になるのは
どうしてそれを隠してたの?って事なんだけど。」
「それは―」
さっきほどと同様にハヤテが変わりに説明しようとしたのを、ナツカが制した。
「僕らはエミヤの口から聞きたい。」
先程の話は、エミヤ本人が知らないことが殆どだったため仕方がない。
それにアリアもエミヤ本人から聞くことを重視してはいなかった。
けれど、ナツカとユキカは、本人の意思を知りたいのだった。
睨んでくるユキカにいち速く気付いたナツカは、エミヤと言った理由を話した。
「ユウヤは隠す気なんて無かっただろう?」
「まあね
けど、エミヤを責めるのは御門違いも甚だしい」
ユウヤの言葉を否定するように、エミヤが頭を下げた。
「ごめんなさい…!」
騙していたと言う意識が、エミヤにはあるのだった。
けれど、ナツカとユキカが欲しい言葉は、そんなものではなかった。
「…別に謝ってほしい訳じゃない」
それに再び、嫌な顔をしたのはユウヤだった。
「何だそれ?
だったら、どうして呼び出したんだ」
ユウヤとあまり関係を持たないユキカは、苛ついてユウヤを睨んだ。
「ユウヤは黙っててよ!」
その言葉に、ユウヤは真っ向から反抗した。
「僕だってエミヤと変わらない!
何故、エミヤだけを責めるんだ?!」
「ユ、ユウヤさん…」
エミヤは困った顔でユウヤを止めようとした。
けれど、ユウヤはもちろん、ユキカも止めるつもりなど無いらしく。
「さっき言ったじゃないか!
ユウヤには隠すつもりなんて無かっただろう?!」
「そうだね。」
ユウヤは一旦はユキカの言うことを受け入れた。
すぐに、だが、と言って言い返した。
「隠す隠さないの話なら、それこそエミヤは責められるべきじゃない!」
ユウヤが実際その場に居たわけではない。
だが、そんなユウヤでも察しがつくような状況だった。
確かにエミヤは、ハヤテや、志保、海翔に黙っておくように言われていた。
「人に言われたから、そのまま黙って言うこと聞いてたって?!
エミヤは人形じゃない!」
「悪魔の存在すら知らなかったんだ!
混乱してそれどころじゃなかっただろう!」
「それがすぐならね!
だけどもう一年も経った!」
ユキカの言うこともそうだ。
最初のうちは混乱して当たり前だ。
けれど、その混乱もいつまでも続きはしないはず。
ユキカはそう思っているのだ。
そのユキカの言葉に、ナツカも同じくうなずいた。
「僕もそう思うよ。
聞かされてすぐなら仕方がない面もあるかもしれない。
だけど、一年も仲間として戦ってきたのに」
「…」
その言葉に、ついにユウヤも押し黙った。
そこから先の真意は、さすがのユウヤにだってわかりはしない。
本当のところ、どう思ってるかなんてエミヤにしか解らないのだ。
「…要するにエミヤ
君は僕らのことが信じられなかったんじゃない?」
ナツカは、穏やかに、けれど射抜くような鋭い瞳で言った。
「そん…な…っ、こと…」
「ない。とは言い切れないんだね。
やっぱり、それは、君と僕らが違うからなの?」
ナツカは、酷く悲しそうな顔をして、それでもエミヤからは目を離さずに話した。
「えっ…?」
「…ナツカ先輩とユキカ先輩はどうなんですか」
今までずっと黙っていたタイガが、突然に口を開いた。
それも、怒っているでも悲しんでいるでもない声音で。
ユキカは訝しげにタイガの顔を見つめた。
「タイガ…?」
「エミヤが悪魔の血を引いてるって知って
どう思いました?
どう思ってます?」
タイガのその言葉に、エミヤはビクッと肩を震わせた。
「どうって…」
「そりゃ…」
「ビックリした!」
突然の声に全員は驚いてアリアに視線を集中させた。
いつの間にかアリアは、自分の世界から抜け出していたらしい。
「ね?」
アリアは、微笑んでナツカとユキカを見た。
「う、うん…。」
「そうだね。正直今も半信半疑。」
戸惑いながらも、答えるとアリアは満足げに笑ってエミヤを見た。
「悪魔ってもっと黒いイメージだけど
エミヤちゃんは光のイメージだものね」
「光…?」
目を細めているアリアは、まるで本当にエミヤが光っているように見えているようだ。
「ええ、金色の。
あ、髪じゃないわよ!
…髪なのかな?」
「ふふっ…、ありがとうございます」
アリアの言葉に、エミヤはここに来て初めて笑顔を見せた。
エミヤの笑顔を見て、ナツカとユキカは顔を見合わせ、再びエミヤを見つめた。
「「………僕ら」」
「悲しかったんだ」
「怒ってたんだ」
「どうして、そんな大事なこと話してくれないの?って」
「どうして、一人で抱え込もうとするの?って」
「…要するに?」
アリアの言葉に、ナツカとユキカはしばらく黙った。
そして、二人で目を見合わせ頷き、エミヤの目を見ると口を開いた。
「「信じてほしかったんだ。」」
二人の真っ直ぐな言葉に、エミヤは顔を伏せた。
「わ…、私……」
そしてナツカとユキカと同じように、意を決して口を開いた。
「私、怖かったんです……
今まで皆さんが、悪魔と呼んで、倒してきたものと
私が…、何も…、変わらない存在なんだって……、知って…」
少し間をおいて、エミヤは顔をあげた。
「話して……
嫌われたら、どうしようって…
拒絶されたら……どうしよう…?…って」
エミヤの声は本当に怯えるよう震え始めていた。
その瞳には涙さえ浮かんでいる。
けれど、それを流すまいと、必死に目を開いてナツカとユキカを見つめた。
「分からなくって…自分のことも、皆さんのことも…
みんな優しくて好い人で…だけど、だからこそ…
………怖くて……」
エミヤはそれっきり口を結んで、二人から視線を下げた。
「まだ怖い?」
アリアの言葉に、エミヤは何度も首を振った。
「っ…ぅ……いいえ…!」
エミヤの涙を見たのも、これほどまでに感情を高ぶらせるのを見たのも、これが初めてだった。
ナツカとユキカは、とても自然にエミヤを抱き締めてきた。




