〔名もなき者〕
「こんにちは、エミヤちゃん」
穏やかな声にエミヤは呼ばれた。
顔をあげたエミヤが、声の主を探すとそこには思った通りモモナが居た。
夏休みに入ったある日、エミヤは再びモモナと会う約束をしていたのだった。
「今日はどこへ行くんですか?」
モモナの元へ駆け足で寄ると、エミヤは笑顔で聞いた。
「…森。」
「森?」
呟くように言ったモモナに、エミヤは聞き間違いだっかも知れないと、念のため聞き返した。
「うん。人気のないところ。」
「どう、してですか…?」
モモナのその発言に心なしか不信感を覚えたエミヤは思わず身構えた。
「何だか疲れちゃった。
人混みって苦手なの…」
「…とりあえず、移動しましょう。」
モモナが人混みが苦手であることを初めて知り、驚きつつもエミヤは早く移動することにした。
「私ね、私。
中学校のときイジメられてたの。」
「え……。」
移動しながらぽつりぽつりと話し出したモモナにエミヤは驚きを隠せず、立ち止まりそうになった。
「最初は仲間外れとかシカトとか陰口とかだったんだけど。
すぐにエスカレートして、物を壊されたり、暴力振られたり…。」
「そんな…」
自分には想像もできないような酷い仕打ちに、エミヤは憤りを覚え無意識に足早になっていた。
「エミヤちゃんには、言えないようなこともされた。」
「………」
ふと後ろを振り向くと、モモナの表情は思ったよりも穏やかで懐かしむように目を閉じていた。
「でもね。
私には二人だけ友達が居たの。」
「友達…?」
声が明るくなり、穏やかだった顔は笑顔になった。
幸せそうな笑顔に。
「そう。
その一人がカレンだったの。」
「カレン先輩が…」
想像できるような、できないような、モモナの友達としてのカレンの姿をエミヤは考えた。
「うん。カレンはイジメのことを知らなかった。
私が知らせたくなかったの。」
「…」
エミヤにはその気持ちだけは何となく分かる気がした。
「だけど、知られてしまった。」
心底悲しそうな…いな寂しそうな声に、エミヤは声をつまらせた。
「どうしてだと思う…?」
「…見られた、とかですか?」
薄く笑って見せたモモナに、エミヤは間をおいてから遠慮ぎみに言った。
「いいえ。
私が、自殺したから。」
「……」
モモナの言葉に、エミヤは深く息を吐いた。
「あんまり驚かないのね。」
「…イジメられてたら、無理もないかと」
ちょっとつまらなそうに言うモモナに、エミヤは顔を伏せた。
「そう。
ここは、カレンの敷地の森なの。
私たちはここで初めてであった。」
「……」
森に入ると、モモナは森についてそう説明した。
「二人の秘密の隠れ家。」
森の間から覗く景色を眺めるモモナに、エミヤは繋ぎ止めるように手を掴んだ。
「ところでエミヤちゃん。
どうして私が会いに来たと思う?」
「…カレン先輩に会いに来るため?」
森に来た理由を聞かれたのかと、エミヤは首をかしげた。
「いいえ。
私はモモナ。雷乃ももな。
だけど、本質はモモナじゃない。
“私”は貴方を倒すことを命じられて来た。」
「悪魔、なんですか?」
その言葉に、エミヤは驚くことなく落胆しながら聞き返した。
「悪魔でもない。
人は時に“私”達を
神と呼び
化け物と呼び
何でもないものと言う。」
モモナはまるで今まで何度も言ってきた、言われてきた言葉を繰り返すように表情のない声で言った。
「……名もなき者」
「そうだね。
かつて、モモナを愛した名もなき者。」
“名もなき者”は目を閉じて、とても穏やかで幸せそうな顔で言った。
「そして今は私を殺そうとするもの?」
「そう。」
名もなき者は目を開けると、冷ややかな笑みを浮かべた。
エミヤも、そしてモモナも表情ひとつ変えずにただ睨みあっている。
「貴方達!
ここでなにを!」
鋭い声が、冷たい空気を裂いた。
「カレン先輩…」
それは、紛れもないカレンであった。
モモナの言うことが本当なら、ここはカレンの家が所有する土地なのだから当たり前だ。
「え…、あれ~?
仇篠のいみ…っ」
マキリは一瞬驚いた顔をして、すぐにニヤニヤしながらエミヤに何かを言おうとして言葉をつまらせた。
「モモ、ナ………?」
マキリが言葉を詰まらせたと同時に、カレンも信じられないと言う様子で言った。
「カレン…」
モモナは無表情でカレンを見つめるだけ。
「エミヤちゃん、その人から離れるんだ」
「…」
リクホ一人は焦った様子で、エミヤにモモナから離れるように言った。
エミヤはモモナをちらりと見ただけで動きはしなかった。
「久しぶりね!カレン!」
「モモナ…?
やっぱりモモナなの?!」
リクホが更に何か言おうとしたのを遮るように、モモナはパッと明るい笑顔を見せカレンに近寄った。
カレンも驚きつつも、つられて明るい顔になった。
「そうよ!私よ!」
「カレン!!」
なおもカレンに笑いかけ近寄ろうとするモモナ。
リクホはカレンに正気に戻るよう叫ぶように呼び掛けた。
「マキリくんも久しぶり!
私の事覚えてる?」
リクホの声は無視して、モモナは次にマキリに語りかけた。
「そっ…そりゃ、もちろん………。」
戸惑いながら、マキリはいつもの調子を崩して言った。
「わー!
背もこんなに大きくなって!
アクセサリーまで着けて!」
そう言って、モモナはマキリからアクセサリー…もといリミッターであるピアスを驚くほどスムーズに取った。
「ふふっ。
リクホくんも居て…本当に懐かしい。」
不意に見せた寂しげな表情に、さっきまで警戒を怠らなかったリクホでさえ警戒が緩んだ。
「なんて。イマサラね。」
モモナはそう自嘲気味に呟くとマキリのピアスをもつ右手を握りしめた。
すると、ピアスは瞬く間に身の丈ほどあろうかという棒に変化した。
その棒は雷を纏っている。
「ねぇ…知ってた?
これって能力を増幅させることもできるのよ。」
そう言い終わるのが早いか、モモナは目の前にいたマキリに襲いかかった。
「―土の壁!―」
いち速く我に帰ったリクホが咄嗟の判断で、マキリとモモナの間に土の壁を作った。
「カレン!マキリ!
あれはモモナ様じゃない!しっかりして!」
「っ…。
わかってるわよ……!」
リクホに言われたことで、カレンは悲しげな顔を浮かべてから、きりっとした顔に戻った。
そして、首のチョーカーを外し攻撃体制に入った。
「あら、偽者だって言うの?
それは勘違いよ。」
土の壁の向こうにいたモモナはそう言うと棒を剣のように操って土の壁を真っ二つにしてしまった。
「土を斬るって……。」
「ふふっ。雷を嘗めちゃ駄目よ」
それなりに分厚くしていたはずの壁を、意図も容易く斬られたリクホはげんなりしてため息をついた。
そんなリクホを見て、モモナは楽しそうに笑った。
「…こっちの台詞だね」
リミッターを奪われたマキリは、奪われたそれを使うまでもなく雷そのものを棒状にして見せた。
「すごい!
けど、だからなに?」
モモナはマキリの武器を鼻で笑うと、再び襲いかかった。
今度はマキリも自分の武器で応戦し、更に電力を加えようとしたが、モモナの電気に相殺された。
「私もいるのよ。」
カレンは冷たく言い放つと、手のひらから指ほどの氷柱数本モモナに放った。
「季節外れ!
…今仮にも夏なんだけど!」
モモナはそれを避けると棒を高速で回して氷柱を粉砕した。
カレンの手を離れ、そのうえモモナに粉砕された元氷柱はすぐに地面に溶けた。
「氷の女王を嘗めないことね。」
「え、なにそれ初耳。」
不適に笑って見せたカレンに、マキリから突っ込みが入った。
カレンはバツが悪そうに視線を泳がせた。
「って!」
そして、マキリを煩いとばかりに殴った。
「エミヤちゃん、歌って。」
その間に、立ち尽くしていたエミヤにリクホがこっそり話しかけた。
「あ…。
で、でも……。」
エミヤはリクホの言葉に戸惑い、リミッターを外そうとはしなかった。
「モモナ様だからって気にしてるの?
だけど、あっちは倒す気満々だよ。」
「…そう、でしょうか。」
エミヤはリクホの言うことに更に戸惑った。
「そうだよ!
何をためらってるの?!」
エミヤはリクホに叫ぶように言われ、肩をビクリと震わせた。
エミヤは顔を伏せ、5秒ほど間をおいて顔をあげた。
「…名もなき者!」
エミヤはモモナを見つめて言った。
「……ええ。
それで良い。」
モモナはエミヤを見て、微笑みながら言った。
「―この力で救い―」
「…っ……」
エミヤは表情を硬くして、リミッターである髪飾りを外し歌った。
エミヤの歌を聴くと、モモナは表情を歪め苦しみだした。
「…モモナ!」
ついには崩れ落ちたモモナに、カレンは一瞬で攻撃をやめ駆け寄った。
「カレン!」
リクホはそんなカレンを止めようと声をかけた。
エミヤは歌うのをやめ、それを制止した。
「…あ…ああ。
貴方はいつまで経っても…泣き虫のままね。」
カレンは、息の浅くなったモモナを膝に乗せた。
そんなカレンにモモナは頬に手を伸ばして言った。
元々その手にあったはずの武器は、いつの間にか消えていた。
「そんなこと…っ、ないわっ…」
「そう…かしら?」
そんなことないと言いながら、ボロボロと泣いているカレンにモモナは微笑んだ。
「モモナ、なの…?」
マキリは信じられない様子で呆然とモモナを見つめた。
「ふ…ふふっ……。
そう…ね、殆…ど、モモナ…そのものよ。」
マキリは武器を消し、カレンとモモナの傍らに座り込んだ。
モモナは、エミヤに静電気ほどの力しか使えないと言っていた。
あれはおそらく事実だろう。
だから態々マキリからリミッターを奪った。
だが、それでもリミッターには限度があるはず。
能力をムリに使い、エミヤの歌を聴いたモモナは、もう何もしなくとも息耐えるだろう。
「モモナ様…」
そんな3人を見て、リクホも、座りこそしなかったが少し側に寄った。
「もう。
…様付けは……やめてって…、何度も…言った、じゃない…。」
そう言って微笑むモモナを見て、リクホは目を見開いた。
見開いた瞳から、涙が零れ落ちた。
「申し訳、ありません…っ」
それを合図にするようにリクホは崩れ落ちた。
まるで栓が抜けたように。
「ふふっ…。
最後の…最後、に会えて…良かった。」
「モモナ…っ」
モモナは深く息を吐いて、嬉しそうに言った。
「ああ……そう…。」
モモナは思い出したように、目を開けた。
「私が…死ん…だ、のは誰の…せい、でもない。
それ、を…どうして…も、伝え…たかった、の…みん、なに」
モモナはカレンの手を強く握り、息を絶え絶え、それでも力強く言った。
「わかった。わかったわ。モモナ。
だから…っ」
「しゃべ、るわ…よ。最後まで…。」
モモナはニヤリと笑ってカレンの言葉を遮った。
「エミ、ヤ…ちゃん、ごめ、んね…こんなこと。」
エミヤは一歩離れたところから、緩く、静かに、首を振った。
エミヤは、何となく解っていたのだ。
モモナは一度もエミヤを倒したい、殺したいとは言っていなかった。
ただ、命令されていただけ。
それを実行する気もあるようには思えなかった。
もし、本当に殺す気ならもっと前にチャンスはあったはずだ。
油断させる気なら、何もここに来る必要はなかった。
神氷の土地になんて来ずに、もっと別の場所で殺せば良かったのだ。
それをしなかったのは、きっとカレンやマキリやリクホに会いたかったから。
エミヤの生死はモモナにとって興味のないことだったから。
「…………カレン、マキリ、リクホ…アオイ
みんな、大好きよ…ずっ…と………。」
モモナはそう言い残すと、静かに息をするのをやめた。
それと同時に、徐々に姿が陽炎のように揺らぎだした。
そして最後には、マキリのピアス以外には何も残らなかった。
「……っ…」
カレン達は静かに、長い間、泣き続けていた。
突然の、ダレトク裏設定!
カレンの親友だったモモナは、
ハンナの親友のスズナの姉だったり…
さらにその間にネネナという子もいたりする。




