『て』
榎本 亜美
ちょっとスポーツが得意なだけで、
何の変哲もない、極々平凡な中学二年生。
柊 孝彦
変哲しかない、極々非凡な中学二年生。
スポーツ推薦を見事獲得した私は、中学からこの聖神中学に入った。
そこで初めて出逢ったのは孝彦…ではなくエミヤ。
とにかく目立つ存在だった彼女に、私はある意味一目惚れした。
それで席が近かったことでヒナ、セイラと一緒にいるようになった。
とくにきっかけとかがあった覚えはない。
孝彦も同様、席が近かったことで仲良くなった。
そして、いつの間にか好きになってた。
これもとくにきっかけはない。
ずっと一緒に居たら楽しいだろうな…っと思うようになっていた。
だから、私は告白なんてする気は毛頭ない。
だってそうでしょ?
フラれるのなんて目に見えてるのに、なんで告白するの?
私は孝彦と側に居たい。
わざわざ離れる行動なんて起こさない。
みんなが告白するのは、可能性があるから。
でも孝彦は、もし、万が一、付き合ってくれたとしてもずっと一緒には居られない。
だって、彼は非凡だから。
私とは違う世界を生きてるから。
「孝彦、好き。」
…………………………え゛。
あれ、私、今なんて言いました…?
まさか、まさか、好きなんて…告白なんてしてませんよね…………?
「え」
とても驚いた顔をした孝彦…。
ああ、しちゃったよ…
しちゃったよ!!!
空気に思いっきり流されちゃったよ?!
あー、あー、あー、あーーー私のバカーー。
もーー終わりだよーーーー。
あと、タイガのバカー、お前のせいだーーー…。
「俺もだけど…」
分かってますよ。分かってましたよフラレることなんて。
…………………………あれ?!
「え、うそっ、えっ、ええ?」
柄にもなくめちゃくちゃ動揺した。
いや、もう、告白事態柄じゃないし、もうどうしようも。
そりゃ、驚きますよ。
告白した自分にも、何故か俺もとか言ってる孝彦にも。
「え、えええ?
まじ?本気で言ってる?俺だよ?」
「わ…分かってるよ!」
やっと頭が追い付いてきて、急に恥ずかしくなってきた。
自分でも顔が赤いのが分かるくらいだ。
ああ、それが余計に恥ずかしい。
もう後戻りできないじゃないか。
「えええええ。まじかよ。あり得ねー…。」
「っ…、そんなに言わなくったって良いじゃない…!」
あり得ない、と言われたことに涙が溢れてきた。
私が誰かを好きに、ましてや孝彦を好きになるなんて自分でも有り得ないって分かってるけど…。
好きになってしまったものは、仕方がないじゃない。
フラれるのは分かっていたけど、好きになった気持ちまで、否定してほしくない。
ああ、だから、告白なんてしたくなかったのに。
さっきまで友達だったのに、もう話せないじゃんか…。
「いや、だって、驚くだろそりゃ。
好きな奴の好きな奴が俺…とかさ。」
孝彦は照れ臭そうに自分の頭を掻きながら言った。
「え…?なに?どういうこと?」
「だから!
ああ、そうだな。」
言ってることがよく分からなくて聞き返すと、孝彦はちょっと怒ったあとにニヤリと笑って私にかしずいた。
「俺と結婚を前提に付き合ってくれますか?」
孝彦は私を見上げて、手を差し出しながら言った。
「な…にそれ。
私たちまだ中学生…っ」
そんなこと、結婚なんて…大人になるまでずっと、その先も、ずっと、ずっと、一緒に居られるの?
「イヤか?」
「そんなわけ…っ。」
孝彦が悲しそうな顔をして言うもんだから、私は慌てて首を振った。
自信満々にプロポーズ紛いの事したと思ったらこうなんだから…。
「じゃあ…?」
「yesに決まってるでしょ…」
私は笑いながら、孝彦の手を取った。
ずっと一緒だなんて、途方もないこと有り得ないって解るのに…。
孝彦が言うと本当にそうなる気がするから、不思議だね。
「じゃあ、今日から柊 亜美だな!」
「き…気ぃ早すぎ!」
「早い方がいいだろ!」
孝彦は無邪気に笑って私の手を握り返した。
その笑顔があまりにも幸せそうに見えたものだから、私また泣きそうになってしまった。
柊の名を受け継ぐことが、どれほど大変なことなのか今の私には想像もつかないけれど、それでもあなたと一緒にいる道を望む。
だって、あなたの側に居たいから。
それ以上の理由なんて要る?
「―じゃあ、私が―俺が悪魔でも?―」
「っ―!」
ガバッと起き上がると、辺りは真っ暗闇だった。
一瞬パニックに陥りそうになったけど、じっとりとした汗の感覚と慣れてきた目に、夢を見ていたのだと気がつく。
あがった息を整えるために、私はとりあえず深呼吸する。
心臓の鼓動は中々収まらないけど精神的には幾分落ち着いた。
夜風にでも当たろうと、私は静かに部屋を出た。
先生が見当たらないところを見ると、夜中の三時頃なのかな…。
さっきの夢は、今日のエミヤちゃんの言葉。
そして、いつかのイリヤくんの言葉。
何故二人が同じことを言ったのかは分からないけど、私はエミヤちゃんからその言葉を聞いたことに漠然とした絶望を感じた。
それは、きっと、二人が…私の大好きなエミヤちゃんとイリヤくんが自分自身のことをどうしようもなく、嫌ってしまっているから。
そして、ある日突然消えてしまいそうだから。
二人が突然に消えたら…それはとても恐ろしい。
何も言ってくれなかった
頼ってくれなかった
頼らせられなかった
助けられなかった
2度と、会えない。
だから私はこうして引き留める。
「側に居て」
お願いだから、ここに居て。
ううん。
どこでも良い。
側に居られるなら、どこでも構わないから…。
君が自分のこと愛せないなら、その分…それ以上に私が君を愛すから。
だから、一人にならないで…!
一人にさせないで…!!!
フと目を覚ました。
妃南が泣いてる。
何故泣いているのかは分からない、けど多分僕の…いや俺の所為なんだろう。
いつもそうだ。
妃南が泣くのは…彼女が泣くのは大抵は俺の所為。
でも僕は妃南のことは離してやれない。
強欲だから。
欲しくなったものは手に入れたい。
どうしようもなく。
欲しくて、欲しくて、堪らない。
だからって…泣かせたい訳じゃ、ないんだけどさ。
「妃南。」
広間にはやはり妃南が居た。
呼び掛けると、分かっていたように驚かずに振り向いた。
昔からそうだからだ。
僕は妃南が泣いていれば、悩んでいれば絶対にわかる。
他の人は知らないけどね。
興味がないから。
ああ、でも、あの四人だけは少しは気にかけてるよ。
「どこにも行かないで」
「…どうして?」
妃南は真っ赤な目を僕に向け、必死に引き留めるように言った。
泣き腫らしたんだろう。
そんな顔も可愛い。
「………エミヤ、ちゃんが…
イリヤくんと同じ…こと…っ…」
ああ…、そうか。
それは……妃南にとってはキツいだろうな。
「ごめん。」
「どうして謝るの…!!」
それは、エミヤがそうなってるのも俺の所為だからだよ。
すべては、僕の所為だからだよ。
すべて…すべて、すべてすべてすべて!!!!!!!!
俺があそこに!
あの時代に!
あの世界に!
存在していた所為だ!!!
「イリヤくん…?」
妃南の柔らかくて暖かい手が僕の頬に触れる。
「ごめんね。
全部が、俺の所為なんだ。
もし、エミヤが…
エミヤ達が居なくなったら、それは俺の所為だ。」
そう、俺の所為だ。
俺さえ存在していなければ、こうはならなかった。
これは紛れもない事実だ。
「そんな、こと…」
「でも!!!」
否定しようとする妃南を、僕は否定した。
理由を聞かずに否定してくれるのは、妃南の優しさだ。
だからこそ、僕は君にだけは話せる。
いつか、全部話せると良いんだけど…君にとってね。
「俺は、少しだって後悔してない。
欲しいものを手に入れようとして
手に入れた。
だから、恨まれたって…構わない。」
それもこれも全て、すべて恨まれるのも覚悟で俺の意思でやったことだ。
どう考えたって最善策だった。
何より俺が欲したんだ。
それで恨まれるなら、それは俺が、僕が当然受けるべき罰。
「ウソつき。」
「…妃南。」
妃南は俺の両頬に手を当てた。
視線を逸らせないようにしたいんだろう。
そんなところもまた可愛い。
真っ赤な目で睨んだって怖くも何ともない。
「後悔してるんでしょ?
もっと違うやり方があったんじゃなかって
他に良い方法があったんじゃないかって」
「その通りだよ。」
妃南には敵わないな。
何にも話していないのに、そういうところだけは分かるんだから。
「イリヤくんはじゅうぶん頑張ってるよ」
妃南は悲しそうに僕を見つめる。
「ありがとうヒナ。
でも…」
そんなことないんだよ。
もっと、もっともっと頑張るべきだったんだ。
そしてこれからも頑張るべきなんだ。
「ムリしないで。
イリヤくんが居なくなっちゃったら…」
妃南は僕が口を開こうとするのを塞いで言った。
「居なくなったら?」
僕は笑みを浮かべながら聞いた。
「泣いちゃうから!」
「…ふふっ、それは嫌だな。」
さっき泣いたばかりなのにな、と思いながら僕は微笑んだ。
「ずっとずーっと泣いてる。
泣き止んでも、思い出して
また泣いちゃう!」
「それは、すごく想像できるよ。」
ずっと泣いてることはないと思う。
でも、ふとしたことですぐに思い出して、またしばらく泣いてしまうんだろう。
妃南はとても寂しがり屋だから。
そんなところも可愛い。
「私のこと泣いて死なせないで」
「そうだね、君は笑って死なせたい。
できれば僕の手で」
泣き顔も可愛いけど、やっぱり僕は妃南の笑ってる顔が一番可愛いと思うし好きだ。
特に、僕の手で笑ってる妃南。
「できれば?」
妃南は少し頬を膨らませて言った。
「…絶対に俺の手で。」
僕は頬に触れる妃南の手を取って言った。
「…なんで急に。」
妃南は真っ赤な顔で更に頬を膨らませた。
恥ずかしがってる顔は笑ってる顔の次に好きかもしれないな。
「その方が決まるかなって」
「もう…。
どっちも愛してるよ。」
茶目っ気たっぷりに笑って見せると妃南は頬を膨らませるのをやめ、真っ赤な顔のまま僕に抱きついた。
「ありがとう。
僕も君のこと愛してるよ。」
妃南は僕のことも、俺のことも愛していると言ってくれたのだ。
妃南は泣き虫で寂しがり屋で恥ずかしがり屋で笑顔がとても可愛い。
僕の愛する人。
だからさ、僕が妃南から離れるなんて有り得ないよ。
僕らを引き裂くのは悪魔だろうが天使だろうが罪だろうが、例え妃南だろうが無理なんだよ?
諦めてね。
気付いたらセイラが完全に空気だった…。
ごめん!セイラ!
でも、ちゃんと愛してるよ!




