〔マルデ魔法ノ様ナ〕
ピピッ
携帯の着信音に僕は現実へ引き戻された。
ソファーに寝転がりながら、ボーッとテレビを眺め続ける。
いつもは面白いテレビの中の大袈裟なリアクションも、今はただのウソツキ、道化師に見える。
…みんな、ウソツキだ。
みんな、僕の事騙してたんだ。
ハヤテも、志保先生も碓氷先生も、エミヤも!
僕の事なんて、信用できなかったんだ…!
「高校生組に会ってきたよ。
ユウヤくんが中三の転校生として部にも入った。」
ナツカがソファーに寝転がる僕の横に座ってそう言った。
僕は思わず起き上りそうになったけど、慌ててそれを押さえて興味がない振りをした。
そうだ。
僕の事仲間外れにしようとしてるんだ。
そんなの、こっちから願い下げだ!
命を懸けなくて良いなら、それに超したことはないじゃないか。
「ユキカ、見に行かない?」
「…気分が優れません」
本当に気分が優れない。
こんな状態で能力使ったって、たぶん暴走する。
…僕を信用してない人に背中なんて預けられない。
「じゃあ、僕も優れな~い」
ナツカは僕と同じように寝転がっていった。
真似されて怒ったと見せたくて、ナツカの顔を睨もうとしたけど、どうしても笑ってしまった。
「ねー、どっか出掛けてみる?」
「どっかって?
もうすぐ修学旅行じゃん」
私は仰向けで寝転がったままナツカを無茶な体制で見つめた。
ゴタゴタが多すぎて忘れそうになっていたが、来週の月曜からは修学旅行だ。
中学校生活最後の想い出。
エスカレーター式の学校とはいえど、大切な行事だ。
「勇翔と優翔。」
「…良いね。」
ナツカは私と同じ体制になって言った。
言わなくっても元々それしか考えていなかった。
「じゃあ、行こっか!」
「うん」
私は修学旅行とお泊まり会の準備のために立とうとしたが、面倒くさくて
ソファーをゴロゴロと転がり、床に落ちて起き上がった。
頭痛い…。
「ナツカ様っ!ユキカ!
久しぶりね!」
インターホンを鳴らすとドタドタという足音のあとに、水野 勇翔が満面の笑みで現れた。
「勇翔!」
「キャー!ユキカ大きくなったわねぇっ!」
僕は勇翔の胸に思いっきり飛び込んだ。
柔らかくて優しい手が、僕の頭を撫でてくれる。
しばらく離れなかった頭痛が消えていくようだ。
手当てとは良く言ったものだと僕は心の中で呟いた。
「勇翔好きぃ~。」
「私も好きぃ~!」
私が勇翔の胸にグリグリと頭を押し付けると、勇翔も私の事をギューッってしてくれた。
「おい、離れろイサト。
馬鹿が移る。」
「誰がバカ?!」
僕は、強制的に僕らを引き剥がしてきた、水谷 優翔に対して睨みを効かせた。
二人は従兄妹同士だけど、顔が似てるだけで性格は全っっっ然似てない!
明るくて包容力のある勇翔と、クールで口の悪い優翔。
あと、年も1才だけ優翔の方が上。
勇翔が高校3年生で、優翔が大学1年生。
「お前だよ、お前。」
「お前って誰ですか~?」
アゴで指してくる優翔に向かって、僕は腰に手を当てて言った。
「清水倖架っていう馬鹿な次期水の女王ですよ~」
2回もバカと言われたことに僕はカッとなって言い返そうとした。
言い返したところで、優翔を言い負かせたことなど生まれて此の方1度もないのだけれど。
それが分かっていても、ついついムキになってしまう。
優翔の口が悪すぎるせいだろう。
「まあまあ、そこら辺にして。」
「そうね。ナツカ様の言う通りだわ。」
優翔のせいでナツカと勇翔に注意されてしまった。
良く考えてみれば、まだ家に入ってすらいない。
「は~い。」
「…わかったよ。」
私と優翔は顔を見合わせ、視線で休戦の交渉をして家の中に入った。
僕とナツカはさっきまで修学旅行していたんだけど、学校から離れてそのまま勇翔の家に遊びに来た。
理由は簡単、修学旅行先から近かったから。
柊家や枷家の豪邸と比べてしまうと見劣りするが、かなり広い。
何が広いって土地が広い。
山一つが勇翔の土地なのだ!
優翔も家が離れてるはずだけど、僕らが来ることを知ってか知らずが当たり前のようにいる。
ま、優翔の場合は僕らより勇翔の家に近いし、偶々かもしれない。
「ねぇっ!ナツカ様!
今回は泊まっていかれるんでしょう?!」
勇翔が『今回は』というのは、前回来たときに泊まらずに帰ってしまったからだ。
あのとき勇翔は口にこそ出さないものの随分落ち込んでいた。
「うん。今日は泊まっていけるよ」
むしろ泊まるために、修学旅行から直接ここに来たのだ。
一旦帰ってからでは時間を無駄になってしまう。
「本当?!嬉しいわぁっ!」
勇翔の本当に嬉しそうな顔を見て、僕も顔がほころんだ。
暗黙のルールとして、口には出さないが
勇翔はナツカの。
優翔は僕の許嫁だ。
これは、僕らが生まれる前から決まっていた話。
おかしいと思うかもしれないけど、能力者のなかではよくあること。
今更悲観するようなことでもない。
視線を感じて横を見ると、優翔がまじまじと僕の顔を見ていた。
「…なんだよ?」
休戦は終わったのかと身構えるが、優翔はピクリとも表情を変えない。
「別に。」
優翔はかなり間を置いてから一言そういって僕の頭を乱暴に撫でた。
「なに。」
僕は、優翔の福の袖を掴んでいった。
優翔まで僕に隠し事なんてしてほしくない。
だけど、無理に聞くこともできない。
困らせたくない。
大好きだから…。
どうして、エミヤは…、エミヤ達は…!!
「お前こそ何々だ。
さっきから元気ないぞ」
「そうよ。
ナツカ様も少し変よ。」
その言葉に僕は、反射的に目をそらした。
視線を会わせただけで心を読まれているような気がした。
何故解ったのだろう。
誰にもバレていなかったのに。
「ほら、目をそらした。
隠し事がある証拠だ」
「ナツカ様もいつもより眉が2ミリ下がってるわ!」
「おう。その2ミリが何故わかる。」
2人の会話に僕らは吹き出した。
そうだ。
ここに居れば楽になれる、素直になれると思ったから僕らはここに来たんだ。
いっそ全てを話してしまおうか…。
いや、話して良いものなのか?
………きっとダメだ。
…でも、もう隠し事なんて…
「ユキカ…?」
勇翔の手が私の頬を撫でた。
みんなが心配そうな顔をしている。
僕は、誰にもバレないように唇を噛み締めた。
「ナツカにも、話さなきゃダメなことがある。」
僕はリミッターを外して言った。
「用意したけど…こんなの必要なの?」
勇翔に頼んで、桶に水を溜めてもらった。
勇翔がそういうのは、水の能力者、ましてや水の女王である僕なら自分で出せるからだ。
「うん。」
しかし、今からやることには絶対に必要になる。
「―水よ、全てを現せ―」
「こ、これ、私達?!」
僕が静かにそう唱えると、桶の水が立体となってミニチュアのようになった。
そこには四つの人形、僕らが映っている。
「この霧のような物はなに?」
勇翔が指した霧は量の違いはあれど、僕ら全員にまとわりついていた。
「僕らが能力者である証拠。
そして―」
更に続けようとすると急に体の支えが効かなくなった。
「ユキカ?!」
ナツカが支えてくれたお陰で倒れずには済んだけど、桶の水のミニチュアは消えてしまった。
「大丈夫か?!」
「大丈夫…。いきなり使いすぎただけ…。」
実際大丈夫だ。
ただ、無意識のうちに物凄い力を使っているようで自分が思っているよりも疲れてしまう。
「水にこんな事ができるなんて…」
勇翔は信じられないという風に水の桶を眺め、興味深そうにしている。
「空気中には…水分が含まれてるから
その水が現してくれるんだ。」
その水の記憶?のようなものが水の桶にそれを現してくれる。
だからリアルタイムのものを見ようとすると、ずっとずっとその水を呼び続けなくちゃならない。
その一瞬の水の方がまだマシだけど、水の記憶力って大したことない…。
海とか池みたいな大きくて、そこそこ留まってるものなら1、2日くらいもつけど、
川や、ましてや空気中の水だと一時間覚えてるかどうか…。
「遠隔で操れるってこと…」
「そ…うなるね。極々少量だけど。」
勇翔に言われて初めて気が付いた。
今までは視界にちゃんと入るまでの水しか操れないと思っていたけど、操れている。
とはいえ、本当に目に見えないほどの量だけ。
「物凄い進歩よ!」
「分かったから。お前はもう休め。」
勇翔は嬉しそうな顔をしているが、優翔は対照的に少し怖い顔をしている。
勇翔はこの四人のなかで、一番 能力者であることに誇りを持ち、責任を感じている。
反面、優翔は四人のなかで、一番 能力に嫌悪感を抱き、放棄を望んでいる。
「違うの。これを話したかったんじゃない…」
「何だと?」
睨まんばかりの声に僕は少し体が強張ったが、ここまで来て話さないわけにはいかない。
「僕が話したかったのは、これに映った…よく解らないものだ。」
靄をまとった何か、というより、靄そのもの。という感じだった。
実態があるように見えたけど、その本質、性質は、無いような。
本来音も聞こえるものだけど、さっきも言った通り水の記憶ってあんまりよくない。
感触より、視界。視界より、音。音より、匂い。という感じにどんどん分からなくなる。
しかも一番覚えてくれる水の感触って、人間の僕にはほとんど理解できない。
「悪魔か?」
「そう…なのかな?」
今のところこれに悪魔が映ったことがないから、なんとも言えない。
「分からないのね。」
「…うん。
ただ物凄く強力な、何か。」
勇翔の真剣な眼差しに頷くしかなかった。
その大きさから強力、ということだけは分かっていた。
少なくとも僕一人よりは全然強かった。
「…そう。
それで、ナツカ様の話は?」
「………話しては。」
勇翔に視線を向けられたナツカは迷った様子だった。
ナツカの話は、ほぼ間違いなくエミヤのこと。
この能力を得て、エミヤが、あの仇篠 真綾の娘ということは、ほぼ確定した。
「ナツカが話したいなら。」
話しても話さなくても構わないと思う。
仇篠真綾はお父さんとお母さんと一緒に戦ってたんだから。
それも忌み子って呼ばれてた理由、おそらくハヤテと異母兄妹だから。
人と悪魔のハーフだから。
それなら、半分は人だ。
ていうか、悪魔でも仇篠の子でも何でも、エミヤだし。
「…いや、そうだね。
別に大したことでもないか。」
ナツカは微笑んでいった。
そう。その事実事態は大した問題じゃない。
問題なのは、エミヤ達が僕らに隠し事をしてたこと。
エミヤ達が僕らのこと信用しきれてなかったってこと。
「…解決しちゃったみたいね。」
「うん。ありがとう。
気が付いてくれて。」
勇翔がちょっと悲しそうに言った。
たぶん力になれなかったと思ったんだろう。
でも、僕らにとっては気付いてくれただけで充分だった。
「これくらい、当然。」
勇翔は優しげに微笑んでくれた。
「おはー、よ。」
「はよー」
優翔は僕だとは思わなかったのか、僕の姿を見ると何度も目を瞬かせた。
「お前か。
随分と早起きじゃないか?」
「そっちこそ。」
僕だって、誰も居ないと思ってた。
居るとしても、ナツカか勇翔だと。
「俺はいつもだぞ?」
「…あそ。」
優翔の意外な習性に、なんだか僕だけが寝坊助みたいで面白くなくて、素っ気なく言った。
「勇翔は?」
「まだ寝てるよ。5時だぞ?」
「そっか…」
優翔がそれを知ってるってことは、本当にいつも早起きで勇翔は意外と早起きではないらしい。
ナツカはまさに平均で、僕は見たことないけど7時きっかりに起きるとか起きないとか。
「眠いなら寝てこれば良いだろ?」
僕が元気ないのに気づいたらしく優翔はテレビをつけながらそう言った。
優翔のつけたテレビにはちょうど、エミヤが映っていた。
「なんか寝付けなくて…」
テレビのなかで笑うエミヤの顔を見ながら僕は独り言のように言った。
「怖い夢でも見たか?」
「子供扱いしないでよ」
僕はカッとなって優翔を睨んだ。
よく考えてみれば、大学1年生にしてみれば、中学三年生なんて子供以外の何者でもないんだろうけど。
ずっと一緒に過ごしてきたから、そんなの気付かないし、気にならないし、言わないで欲しかった。
「怖い夢見たら俺だって寝付けねーよ。」
あ、なんだ。
子供扱いしてるんじゃなかったんだ。
僕は何となく安心して、またテレビを見つめた。
「…友達に、裏切られる夢見た。」
「そりゃ、恐ろしい夢だな。」
僕は体育座りの体制になって優翔に言った。
エミヤが僕から離れていってしまう夢。
裏切られた、というのはあの抽象的な夢には大げさな言葉かも知れないが、僕はそう感じた。
「すごく悲しかった…。
そんな夢見た自分もイヤ。」
悲しかったし、本当にそうなるんじゃないかって不安にもなった。
そして、それと同じくらいそんな風に思った自分もイヤだった。
なんでこんな風になっちゃったんだろう。
確かに、笑いあってたのに。
「そいつと喧嘩でもしたか。」
「喧嘩すら、してない…。」
喧嘩していたなら、まだ良かったのかもしれない。
思いの丈をぶつけて言いたいこといって、言ってもらって…。
エミヤの考えてることって実は全然わかんない。
僕らとは違う感じがする。
全然機械的じゃないのに、何故だか無機質なような。
子供らしくも、人間らしくもない。
たぶん、悪魔だから…、とかじゃなくて。
「じゃあ、そのまま別れちゃえば?」
「そんなこと出来ないよ!」
優翔の軽い言葉に僕は反射的に答えた。
エミヤとこのまま離れるなんて嫌だ!
それこそ正夢になってしまう!
「何でだ?」
「………」
優翔にじっと見つめられ言われた。
そう言われてみると…、何でだろうか、わからない。
「そもそも論、なんでそうなった?」
「嘘つかれた。」
僕はまるで拗ねた子供のように言った。
ちょっと後悔したけど、でもそれ以外に言いようがなかった。
「そりゃ、立派な裏切りだな」
優翔はテレビの画面を見たまま、僕の頭を撫でて言った。
「そ…そうでしょう?!
僕、僕、信じてた、のに…」
優翔の言葉に、つっかえていた何かが外れたみたいに言葉が溢れてきた。
そのうち、何だか泣きそうになってしまった。
「どうして欲しかったんだ?」
優翔は僕の頭を撫で続け僕の顔を見て言った。
勇翔と優翔の手は魔法の手だ。
頭痛も悪夢も拭い去ってくれる。
「…嘘つかないで……、
いや、信じて欲しかったんだ…」
僕は素直な願いを告げた。
言葉にして初めて気が付いた。
エミヤが半分でも悪魔だったことが悲しかった訳じゃないし、怖かった訳じゃない。
そりゃもちろんビックリしたけど。
僕らだって悪魔みたいなもんだし。
…そうじゃなくて、信じていて欲しかったんだ。
信じ合いたかったんだ。
信じ合うことが、僕らの人である唯一の証拠だと思うから。
「んじゃ、それを伝えるこったな!」
優翔は僕の頭をワシャワシャして明るく言ったけど、僕は暗い気分になった。
「……まだ会いたくない…」
会って何をどうしたら良いのか、全然わからない。
それを伝えるって言っても、直接信じてって言うの?
押し付けがましくない?
「そうか。
ま、時間はまだまだある。」
「うん。」
優翔は私の頭をポンポンと優しく叩いてテレビを消した。
見るのが嫌だってわかったのかな?
優翔はエミヤのこと知ってるんだろうか。
…たぶん知らない。
柊の御祖母ちゃん…志野さんが一々知らせるわけないもん。
「とりあえず、もう一勝負するか!」
「うん…!」
優翔の明るい笑顔にとりあえず、今は楽しむことにした。
口では勝てなくても、ゲームならいい勝負だ。
絶対に負かせることに決めて僕は優翔を睨み笑った。




