〔ただ、君が好きだから〕
「こんにちは、エミヤちゃん」
エミヤが顔をあげると、そこには高校生くらいの女性が立っていた。
「こんにちは」
女性は録音スタジオの外で待っていた。
見覚えはないが、関係者以外はここには入れないはずだ。
関係者なら失礼な態度を取るわけにはいかない…
エミヤは反射的に挨拶を返した。
「私は雷乃ももな。雷。
カレンとマキリと同級生なの。よろしくね。」
モモナはそう自己紹介するとエミヤに手を差し出した。
エミヤは能力者か、と納得し握手を交わした。
「雷っていっても、凄く弱いから
私は実戦に参加できないわ」
「弱い…?」
モモナは高校生でありながら、あの時、その場に居なかった理由をそう話した。
「そう。静電気程度。」
そう言いながら、モモナは手をパンッと叩いて極小さな電気を見せた。
確かに、これでは戦力にはならないだろう。
「どうして私のところに来たんですか?」
エミヤは角のないようにして言った。
「カレンに代わって、お詫びさせて欲しいの」
モモナは申し訳なさそうな顔をして、エミヤにそう言った。
「お詫び、ですか」
エミヤは眉間に一瞬シワを寄せて言った。
お詫びされるような事でもないし、そうだとして、そのお詫びをももながする意味が分からなかったからだ。
「うん。なにか、欲しいものとか…行きたいところとかない?」
「いえ。大丈夫です。
タイガ…家族が家で待ってるので。」
エミヤはすぐに首を振って、小走りに帰ろうとした。
不愉快だ。
カレンとは別の人物が、おそらく勝手に詫びなどすることも。
年上が年下に向かって機嫌を取るような行動をすることも。
自分に、何の価値があるというのか…。
エミヤはそこまで考えを巡らせて、ため息をついた。
「わざわざ来ていただいて、ありがとうございました。」
エミヤはモモナにお辞儀してから、踵を返し今度こそ帰ろうとした。
「じゃ…、じゃあ、せめて…!」
「てことで、連絡先交換してきちゃった。」
「ほー、お詫びねぇ。」
夜ご飯を食べ終わり、食器を片付けながらエミヤはモモナの事を話していた。
あのあと、せめて連絡先だけでも、と断る理由もなく連絡先を交換したのだ。
「うん。
仕事もあるし、それにタイガも居るしムリだよね?」
「いや?良いんじゃないか?」
「え…」
ガシャーン!!
鋭い音が部屋中に響いた。
エミヤの手から食器が滑り落ちていたのだ。
「だ、い丈夫か?!」
すぐにタイガが飛んできて、エミヤの手を取った。
食器同士が当たって大きな音は出たが、幸い割れることはなかった。
エミヤは、当然同意が得られるものと思っていたので、あまりに驚いて食器を落としてしまったのだ。
「大丈夫…。大丈夫。
また、連絡があったら考えるよ」
エミヤは目を閉じてそう言い何事もなかったかのように、また食器を片付け出した。
「そうか…?
って、噂をすればだぞ。」
まるでタイミングを見計らったように、エミヤの携帯が鳴った。
モモナからのようだ。
「じゃあ…、来週行くことにする。」
エミヤは携帯の画面に目を通してから言った。
「おお!楽しんでこいよ!」
タイガが笑顔でそういった。
エミヤも、一瞬間を置いてから、タイガに笑い返した。
かなり前のこと…といっても、ほんの二、三ヶ月前。
でも、私にはそれ以前のことが遠い過去のように思える。
私が入院していたとき、ユウヤさんが来た。
それまでにも何度も来ていたけど。
偶然、…じゃないね、わざと菫さんが居ないときを狙ってきたとき。
私がもうすぐ退院する頃の話。
「調子は…?どう?大丈夫?」
「あ…、はい。平気ですよ?」
あまりにも心配そうな顔をするので、私は少し動揺しながら答えた。
自称、お兄さんだというユウヤさん。
本当の兄妹はこんな風なのかな、と時々考えてしまう。
私は、兄弟どころか本当の家族がわからない。
もっとも、タイガたちが居るから寂しいなんて…。
「そう…、良かった。」
「ユウヤさんって優しいですね」
初めてあったときから、物腰が柔らかくて親切な人だった。
私の名前を知ってからはより一層優しくなった。
お兄さんというものが、どういものか分からないけど、こんな人が家族だと暖かいだろうなぁ、と思う。
「…どうして」
ユウヤさんは急に俯いて暗い声で言った。
「え?
だって、本当に妹かもどうか分からないのに、こんなに心配してくれて。」
私がそういうと、ユウヤさんはとても驚いた顔をして私の顔を見た。
「ううん。違う。君は…。
タイガ達から聞いてない?」
え…?
何を?
タイガや部長さんたちは、あれからも何度も来ているけど、ユウヤさんに関する話なんて…。
ほとんど、というか全くしていない。
「懐中時計。エミヤにも見せたよね?」
ユウヤさんはそう言いながら、胸元から懐中時計を私に見せた。
タイガに証明できるものはないのかと聞かれて、見せてくれたものだ。
「はい…、これが?」
「ハヤテに見せたんだ。
これで、もう証明されているよ。」
…そんな、話。聞いてない。
一度も、誰からも…!
「エミヤ、よーく聞いてほしい。」
ユウヤさんは私の肩を握って真剣な目をした。
「君には、魔界の英雄の血と、その英雄を殺した死神の血が入ってる。」
「……………?」
私は言っている意味が分からなかった。
驚いて、とかそういうことじゃなくて、私は今まで魔王の娘と言われてきたのだ。
それが今度は、英雄?死神?
全く意味がわからない。
「僕らの…、祖母は魔界の英雄で
君の…僕らの母は、その英雄、自分の母を殺したんだ。」
私の…お祖母ちゃんが、英雄?
ううん。
それより、お母さんが…人を、英雄を、私のお祖母ちゃんを、自分のお母さんを、…殺したの?
「うそ…」
そんな、こと信じられる訳がない。
まだ会った事もないお母さんが、お祖母ちゃんを…。
誰かを殺したなんて。
信じられない…信じたくない。
「ウソじゃない。そして―」
「イヤッ!」
まだ何かを言おうとするユウヤさんを私は突き飛ばした。
でも、肩を掴む力が強くなっただけで、ユウヤさんは離れなかった、離してくれなかった。
それでも私は必死に離れようとユウヤさんを押し続けた。
「…エミヤ?」
私は首を振った。
もうなにも聞きたくない。
知りたくない。
これ以上、何を言うというの?
これ以上、どうして突き放そうとするの?
これ以上…!
「お願い、聞いて…!」
「イヤァ…っ」
お願い、離して!
どっかに行って!
これ以上、何も聞きたくないの!!
「エミヤ!
君の、君たちの命にかかわることだ!」
「命…?」
私はユウヤさん押す力を緩め、首を振るのもやめた。
「その命をお母さんが奪ったって言うんでしょう?!」
「…!!」
パシーンッ!
「っ………」
イタッ……痛い…。
頬が…熱い。
目頭が、熱い。
心臓がドクドクと鳴る音、血が通る音が、五月蝿い。
「聞きなさい!」
「………」
ユウヤさんは私を殴ったその掌を真っ赤になるほど握って私の目を見た。
ああ、そうだ…、ユウヤさんにとっても、家族なんだった…。
「殺した、というのは飽くまで情報。
実際、お祖母ちゃんは寿命が近かった。」
寿命だったかもしれないという事…?
…ユウヤさんも本当の事は知らないの…?
「大切なのは、世間がどう思ってるかだ。
基本的に、君は英雄の孫ってことになってるけど
人によっては、その英雄を殺した死神の娘と思う人もいる。」
事実は…関係、無いってこと…?
英雄の孫、死神の娘…、どっちにしたって…!!!
「だからこそ僕は、君を魔界に連れていきたい。」
「ま…か、い?」
悪魔たちが居るという世界。
お母さん、お祖母ちゃん、ユウヤさんが居たという世界。
とても、矛盾してる。
私の故郷のはずのその世界は、悪魔の故郷だという。
私も悪魔なのに、どうして…、他の悪魔たちのようにならないの?
悪魔は、本当に。
魔界の人達は本当に、絶対悪なの?
「…ハッキリ言って、人界に居るより魔界に居る方がずっと安全だ。
君が王位に着けば、魔界の大勢の人が助かる。
君の身の安全も、間違いなく保証できる。」
安全…、私が襲われれば、みんなにタイガに迷惑がかかる。
それなら、一人、静かに。
…でも、魔界の人が助かるって…。
もし、それで悪魔が増えたら…。
「でも、大丈夫。
君の存在は誰にも知らせてない。知らせない。
君がここに居られるようにするつもりだ。」
「え……?」
話の方向が、急にガラッと変わった。
「今、ちょっと魔界で変な事が起こってるから…。
それがちゃんと解決できれば、何事も無く元通りだ。」
「元、通り…?」
ユウヤさんは、そう言って顔をほころばせた。
魔界に、行かなくても良いっていう事…?
解決できれば?何事も無く。
「ああ。タイガとここで普通に、暮らせる。」
「本当に…、ホント?本当に?」
普通に?
タイガと?
ここで?
普通に、学校に行って、
普通に、みんなと笑いあって、
普通に、部活の中で笑ったりして、
普通に、タイガとご飯食べて、
普通に、おやすみって言って、
普通に、みんなにおはようって言って…。
全部、全部、全部、掛け替えの無い、私の普通…。
「希望は持たないでほしい。
本当に変な事が起こってるんだ。
説明は、できないけど…。
でも、僕はそうするつもりだから。」
「…ありがとう、ございます……。」
私はユウヤさんに、戸惑いながらも深々と頭を下げた。
少しでも、そんな可能性があるのなら。
そんな可能性に協力してくれるなら。
その人に抱く感情は、感謝以外の何ものでもない。
「とにかく、君の存在を知ってる奴が居たら、真っ先に殺す事。
無理な相手なら、僕だけに伝えて。
良いね?」
私が、英雄の孫である事、死神の娘である事。
そのどちらの存在を知っていても…。
でも、ユウヤさんにだけって…。
「タイガ、や…みんなには?」
私がそういうと、ユウヤさんは、一瞬視線を外し、また私に視線を戻して、
ゆっくり、しっかり、首を振った。
「…でも……」
「分かった!
こうしよう。
僕の事、兄だって伝えなかったお返しだ。」
私は意味がわからなくて首をかしげた。
…今度は驚きすぎてだ。
「お返し…?」
「ああ!
だって、ずっと他人みたいで寂しかったんだ。」
「あ…ごめんなさ」
私は慌てて頭を下げた。
確かに家族に他人のように接されるのは、きっと寂しいものだろう。
「違う違う!
タイガへのお返しだって、ね!」
「ユウヤさんって、タイガのこと好きなんですね…」
ユウヤさんがあんまりにも嬉しそうに言うものだから、私はほぼ無意識にそう言った。
ユウヤさんはタイガの話をするときは、決まって嬉しそうだ。
「ははっ。勘弁してよ。」
ユウヤさんは目を見開いて驚いた顔をしてから、また笑ってそう言った。
言葉ではそう言うが、私の瞳には少し嬉しそうに映った。
思わず顔がほころぶと目を細めた事で、いつの間にか目に溜まっていた涙が落ちた。
…涙は去った。
今は、耐え、考える時。
笑え、笑おう、誰にもバレてはいけないのだ。




