〔狐な願い〕
エミヤに近づこうとする靄に、俺は自分の右手に意識を集中させ、炎を出した。
その炎を靄に向けて、これ以上近づくな。と警告した。
「タイガさん!
何故攻撃しないのですか!」
確かに、攻撃してしまう事も出来るが、話の通じるやつに、いきなり攻撃するのは礼儀知らずだろう。
なにより、悪魔でない可能性のあるものに攻撃はしがたい。
争いは少しでも避けるべきだろう。
『ふふっ、賢明な判断よ
菫様を助けたいなら、私を殺すべきじゃないわ。』
「菫…さま?!」
セツナが動揺するのは初めて見たな。
だが、俺は納得がいってる。
こいつ、乗っ取ってるんじゃなく、憑いてるのか。
『そう。心優しい菫様。』
靄は狐のような形になり菫さんに纏わりつくように巻きついた。
瞬間セツナから刺すような殺意を感じてゾッとした。
お、俺への殺意じゃないし、俺の斜め前にいるのになんだ、この殺意。
いやいやいや。
仲間にびびってどうする。
『我がキミよ。
これも何かの縁。
菫様の為、私の願いを聞いて戴けませんか…?』
狐の靄は俺の警告を理解し、その場に留まったままで言った。
その姿とエミヤに向けていったキミという言葉は本当に敬っているようだった。
「…なに?」
エミヤは一瞬間を置いてから、狐の靄に聞き返した。
「おい!エミヤ!?」
俺は思わず振り向きそうになるのを必死に我慢して、声で止めた。
一瞬でも油断はならない。
後ろ向いた瞬間に攻撃されるかもしれないのだ。
「エミヤさん!
悪魔の言葉に耳を貸してはいけません!」
その通り。だが、セツナは本当にこいつが悪魔と思っているのか。
やっぱり、冷静さを少し失っているのかもしれない。
俺の思い過ごし、という可能性も十分あるが。
『私のことを信じていただけるのなら、
菫様のことを信じていただけるのなら。
この身に触れていただけますか?』
狐の靄はそう言いながら尻尾をゆっくり、一回振った。
触れるなんて、絶対にダメだろう。
何を考えているか解らないんだ。
…だが。
こいつは、菫さんのことを菫様と呼び、菫を助けたがっているかのような言動をとっている。
もし、万が一、それが事実なんだとしたら。
「エミヤさん!?
ダメですよ!
悪魔なんて…!」
そうだ。
もし、悪魔だった場合。
敵だった場合。
エミヤが危険に晒されてしまう。
「ねぇ、セツナちゃん」
「は、はい…」
エミヤの驚くほど冷静で、少し冷たいような声に俺とエミヤは驚いた。
まさか、この状況で、そんな声を出すと思っていなかった。
「それを言うのなら、私も悪魔だよ?
私を、殺さなくて良いの」
「…!」
「っ…。」
その言葉に、俺は息が止まるかと思った。
エミヤが、エミヤ自身が自分のことをそんな風に思っていたなんて。
自分の情けなさに怒りさえ込み上げてきた。
そう思わせてしまったのは、俺の所為だ。
「エミヤさんは人間じゃないですか…!」
セツナは振り返らんばかりに、慌てた声で言った。
「半分だけだよ。
スパイじゃない証拠なんて、どこにもない。
それに、寝返る可能性だってある。
その時のために、殺すべきじゃない?」
エミヤは一体、何を考えているだろう。
まるで、台本を読んでいるかのように波がない。
エミヤが何を考えてるのか分からない。
なぜ、そんな事を言うんだ?
「……………」
「おい、やめろよ…?」
セツナが突然黙ったことに俺は慌てて、斜め前に居るセツナを見た。
こんなところで、仲間割れなんてごめんだ。
エミヤは何で急にそんなことを言い出したんだ。
「タイガも、どうして殺さないの
私は、タイガとも…」
その先に言葉はなかった。
たぶん、エミヤは俺とも違う。
そう言おうとしたのだろう。
「…別に。俺は俺。
エミヤはエミヤだ。
それ以上なにもないだろう。」
確かに、俺とエミヤは違う。
でも、だからこそ、俺はエミヤを守っているんだ。
エミヤがエミヤである限り。
『ふんっ。
面白いことを言う。』
狐の靄は俺を見降ろしながら、尻尾を一回振った。
お前に面白がられるのはシャクだがな。
「お前が、お前である限り。
俺はお前の味方だ。」
「…そう。」
俺が前を向いたままだから、顔は見えないが、エミヤの声が少し明るくなった気がした。
エミヤは、単に不安だったのかもしれない。
どうして今になって不安になったのかは分からないが、自分と他の人達が違うと思ったのかもしれない。
「私は、信じたい。
この子の事。
良いでしょう?」
「…ああ。
お前なら、そうするだろう。」
お前は頑固だからな。
どうせ、俺がダメだって言っても聞かないんだろう。
それがお前の答えなら、俺は死ぬ気で守るだけだ。
「ありがとう、タイガ。」
「…」
セツナの肩が僅かに上がった。
覚悟を決めたようだ。
それなら、俺もとうに決めた覚悟を決め直そう。
エミヤは、ベッドから立ち上がって俺をスッと通り過ぎて狐の靄の元へ歩いた。
俺とセツナは、いつでも攻撃できるように構えた。
「ふぅ…」
エミヤは一呼吸おいて、狐の靄の、尻尾に触れた。
『貴方の勇気に心から感謝します。
我が皇よ。』
狐の靄はそう最後に言って、再びただの靄になり、妖しい光を一度はなってから菫さんの元へ戻って行った。
…あいつが言ったキミという言葉。
我がキミ。
我らがと言ってない所を見ると、自分が思っているだけのようだが。
まさか、それが王…だったりしないよな…。
エミヤは、もう、良いはずだろう…?
「菫さん!菫さん!」
セツナの必至そうな声に俺はハッと我に返った。
そうだ!
それより、今は菫さんの事が優先だ!
あの、狐の靄の感謝の言葉に、偽りがあったようには思えないが、その感謝が別の感謝だった場合、ヤバい。
俺は念の、念のために、リミッターは付けたままで、菫さんが目覚めるのを待った。
「…ふぁああ。よく寝たぁ。」
「……ぷっ。」
菫さんの、まったりとした声に、緊張は一気に解けた。
解けすぎて、俺は思わず吹き出してしまった。
セツナから送られる怖い視線から、俺はそーっと目をそむけ、見られないようにまた笑った。




