〔靄〕
「それで!どうだったの?」
エミヤは髪飾りのリミッターを外しながら言った。
「どうだった、って何がだ?」
俺は自分のリミッターである、ブレスレットを外しながら努めて平常心で言った。
「何って、高校生組よ
会ったんでしょう?」
高校生組…思い出したくもない。
あの後、ピリピリした空気の中でサキア先輩が悪魔を探したが、結局悪魔は見つからず無駄足に終わった。
「洗礼を受けたのでしょう」
「洗礼?」
エミヤは不思議そうに首をかしげた。
セツナが言う洗礼とは、おそらく俺が受けたものだろう。
「セツナも受けたのか」
「はい…。
受けてないのは懐架、倖架さんまでですね」
小学生相手に、ということに驚いていたのだが、むしろ中学生の人が受けていなかった。
だが、俺は中学生…どういう事なのだろう。
「カレンがどうかしたの?」
「え、っと…」
菫さんが心配そうに言った。
その声に俺はしどろもどろになって、セツナをちらっと見た。
エミヤの居る前で洗礼のことを話すのは…。
ましてや、カレンは菫さんの友達らしいのだ。
…何で友達なんだろ。
「ともかく、歌を聴きましょう」
「そうね!
生で聴けるなんて嬉しいわ」
菫さんには、ただ歌うとだけ伝えているようだ。
言っても信じてもらえるか解らないし話がややこしくなるだけだろう。
悪魔を見たとして、幻覚か夢と伝えれば良いだろうし。
「で、では…」
エミヤは苦笑いをしながら、そっと目を閉じた。
騙しているように感じているのだろう。
本当に騙してるのは俺らなんだがな。
「―罪深き悪魔たちを―」
エミヤのリミッターがヘッドフォンに変わった。
空気が震え、俺の体にまで震えが伝わってくる。
普通に歌っていても勿論上手いのだが、この歌ほど震えはしない。
能力によるものなのか、気持ちの問題なのか、歌の問題なのか…。
解らんな。
「っ…」
すると、菫さんの顔色が悪くなってきた。
気のせいか、黒い靄のようなものが見える。
…これが、悪魔なのか?
菫さんはずっと、乗っ取られていたという事か?
『ああ、う、あああっ』
菫さんの声が変った。
エミヤはリミッターの所為で聞こえてないようだが…。
信じてなかった訳じゃないが、本当に悪魔が。
じゃあ、今までの菫さんは…全部、偽物?
「タイガさん!来ます!」
俺はハッとして身構えた。
とにかく、悪魔なら倒すべきだ。
菫さんだけでなく、エミヤや他の人にも危険が及ぶ可能性もあるのだ。
「…火よ」
俺は右手に力を集中させて炎を出した。
出してから思ったが、病院内で炎って不味いよな。
能力者が営業してるのがせめてもの救いだな。
『~~~~~、~~~』
菫さん、ではなく悪魔らしきものが声を発した。
何を言っているのかはまるで理解できなかった。
そもそも意味のある言葉なのかも解らない。
菫さんの周りに有った靄は次第に量を増し、丸いバスケットボールほどの大きさになった。
菫さんは気を失ったのか、ベッドに倒れている。
『私を殺そうとするのは、だぁれ?』
こ、こいつ喋れるのか…。
靄は口のような部分を器用に動かして不気味な声で言った。
その口に意味があるとは到底思えないが、見た目にこだわるのだろうか。
『あらあらまあまあ、御機嫌よう?
我らが忌み子よ』
靄はエミヤに視線を向けると、口の部分をスッと持ち上げて、心底愉快そうな声を出した。
馬鹿にしているのか、喜んでいるのか、よく分からない。
「あ゛?
誰が忌み子だ。」
正直、今の俺にとって靄がどういう考えで、そう言ったのかはどうでもいい。
ただ、こいつはエミヤを忌み子と呼んだのだ。
カレンと同じように。
能力者たちと同じように。
『うふっ。
我らと対極の存在であり、同一の存在であり、中間の存在であるキミよ。」
靄は俺が怒るのが愉快であるように、俺を見降ろした。
もっとも、目は見当たらないが。
そして、そこからは俺に興味がなくなったのか、エミヤに視線を向けるようにして、穏やかに言った。
…目は無いが。
「どういう意味だ…。」
対極とか同一とか中間とか、結局どれなんだよ。
全部違うじゃねぇか。
中間ってのは分からない事も無いが、対極とか同一っておかしいだろ。
『っ…。
どう…ぞ、歌うのをお止めください…。
我は貴方の敵ではない。
どうぞ…。』
何故かはわからないが、エミヤの歌が効きだした。
それとも今の今まで強がっていたのだろうか。
だが、効くのならこっちのものだ。
倒せないまでも、弱らせながら交渉する事が出来る。
「………?」
「エミヤ!?」
エミヤが歌うのをやめてしまった。
なんでだ?!
エミヤは周りの声が聞こえてなかったはずだろう?
何で歌うのをやめたんだ?
『お分かりいただけて…
良かったわ。』
狐の靄は一瞬だけ息切れして、すぐに持ち直してしまった。
これじゃ、こっちが不利な状態だ。
今更歌いなおしても、そんな隙を与えてくれるかどうか。
「なに…、この靄。
悪魔…なの?」
エミヤは酷く驚いている様子だった。
自分で意識して、歌うのをやめた訳じゃないのか?
じゃあ、靄が操った…?
それは考えたくもないな。
もしくは、能力が判断したとか?
考えにくいが、有り得ん事でもないしな…。
「お前、本当に悪魔か?」
靄のような姿をしている力の弱い悪魔なら、エミヤを操れる訳がないし、
そもそも、言葉を喋れる時点で…。
「タイガさん、悪魔に違いないでしょう…!」
セツナは必至そうな声で、訴えかけるようにそう言う。
『それは何を持って悪魔とするか。
じゃ、ないかしらぁ』
靄はただでさえ、上がっている口角を、更にあげようとしている。
俺の質問がよほど愉快だったらしい。
何を持って…か。
一理あるな。
血が一滴でも入っていれば悪魔なら、エミヤだって。
魔法が使えれば悪魔なんだったら…。
「悪しき精神です」
セツナは靄に向かって力強く言った。
その言葉を聞くと、靄はまるで笑っているかのように天井を回り出した。
悪しき精神…か。
それこそ、だな。
『悪しき?何を持って悪だと思うの』
「何を持ってって…」
セツナは当然の事をいまさら、と呆れた顔をしている。
俺はそんな顔は出来なかった。
悪も善も、立場によって簡単に変ってしまう。
『私は、善悪を決めつける事こそ、真の悪だと思うわぁ。
傲慢さは罪。』
靄は最後の言葉だけ、酷く冷たく、言い放った。




