〔悪魔病〕
「おじゃまします」
「どーぞ」
昼になって、サキア先輩が時間通りに来た。
ちょっと驚いたんだが、部長は一緒じゃなかった。
サキア先輩にしてみれば確かに必要ないんだろうが、後輩とは言え…なぁ。
この警戒心の無さは、どっかの誰かさんを思い出す。
「タイガくん?」
「あ、すいません…。なんでした?」
話しかけられていたようだ。
考え事をしていたせいで、思いっきり聞いていなかった。
「エミヤちゃんの服の場所と、何食べたい?」
「あ、はい
…え、食べたい?」
服はともかく、何食べたい、ってどういうことだろう…。
「うん。エミヤちゃんから」
…過保護か、あいつは。
あと、俺にどんだけ信用ないんだよ。
サキア先輩にばっか頼ってるな。
服はしょうがないが、自分の面倒くらい見れん事も、無くも、無い。
「いや、いいっすよ。
自分の事は自分でやります」
「あら、そう?
だけどエミヤちゃん、心配しない?」
サキア先輩はにっこりと笑っていった。
心配…、は絶対にかけさせたくないが、人に恩を売る。
というか、頼りたくないし迷惑はかけたくない。
そもそも何でエミヤは会って一年もしない人に手放しに頼れるんだ。
「とりあえず、服を」
「ええ…」
俺は色々詰め込んだ旅行鞄を持って二階に上がった。
信用してない訳ではないが、何か嫌だ。
エミヤが居なくても良いみたいで。
「このくらいで良いわね」
「なんか、慣れてません?」
エミヤの荷物を手早くまとめたサキア先輩の動きに慣れているのでは、と思った。
「う~ん。ハヤテとか、
セツナちゃんが倒れたときに、ちょっとね」
「え、セツナも?
親居ないんすか?」
部長は解らんこともないが、そういうことは本来親がやればいいはずだ。
ナゼ、セツナの事まで、何の関係もないサキア先輩が。
「居るわよ。
でも、セツナちゃんのお母さんは忙しいから。」
「父親は…?」
「………亡くなったの」
亡くなったって…。
エミヤの事もあって、一瞬息が止まるかと思った。
てっきり共働きとか、悪くとも離婚したとか、そういう話だと思っていた。
「セツナちゃんのお父さんの病気は
菫さんとよく似てる。」
「菫さんと…?」
そういえば、結局菫さんの病気とは何だったのだろう。
似ている、ということは原因不明なのだろうか。
「セツナちゃんのお父さんは、
ある日を境に体力が極端になくなったの」
「体力が?」
それは、年をめしたからでは…。
いや、菫さんの場合違うか。
それに亡くなったと言っていたし。
「悪魔病。悪魔に何らかの攻撃をされたことで
体力を日々奪われ続け最後には死ぬ。」
そんな病気、聞いたこともない。
闇の力特有の何かなのか?
「セツナちゃんのお父さんは、
エミヤちゃんのお母さんに。」
「え…」
単純に信じられない。
セツナの父と言う事は年も近い、仲間だったはずだ。
その仲間を攻撃する。
しかも、わざわざ特殊な方法で。
「それ、確かなんですか?」
「ええ…。柊のお婆さんが言ってたもの」
柊のお婆さん。志保さんの親か。
能力者の大将のようだが。
そんなに信用に値する人なのか?
…それをサキア先輩に言っても仕方ないのだが。
「あと、何年もつか」
そうだ。菫さんの命が削られているのは事実なのだ。
エミヤに少しの間だと思うけど、と言っていたのには、もしかすると、そういう意味も有ったのかも知れない。
そう考えると…。
「そうなんですね…
じゃあ、菫さんもこのままじゃ…」
「ええ…。」
どうにか助ける方法はないのだろうか。
長く生きたら幸せとは全く思はないが、菫さんの場合、長い間病室だったのだろう。
「…さ!エミヤちゃんに届けに行きましょ」
「あ、はい。」
サキア先輩は気持ちを切り替えるように、わざと大きな声を出して、カバンを持った。
「エミヤちゃんの歌で、どうにかなったりしないかしらね…」
「サキア先輩…?!」
カバンをサキア先輩から貰ってすぐ聞こえたサキア先輩の言葉に、俺は思わず責めるような声を出した。
一瞬後悔したが、俺はすぐに考え直した。
そんなこと、万が一にもエミヤの前で言われては困るのだ。
それは、サキア先輩も解っているはず。
「あ、ごめんなさい。
エミヤちゃん、気にしちゃうわよね」
そうだ。
それを出来る確証があるのならともかく、確証もないのに責任だけ追わせるような事は間違っても言ってほしくない。
それで助けられなければエミヤは自分の所為だと思うだろう。
ましてや、セツナの父の事を聞いてしまったら。
「エミヤには、何も知らせたくありませんから」
エミヤを守るために。
暗い真実なんて微塵も知らなくていい。
ただ、笑っていてくれれば。
例え、そこに俺が居なくとも。
「何も?」
「はい。」
俺は力強く頷いた。
「何も知らないまま、無知で居なさいって?
愚者で居なさいって?」
その言い方に驚いてサキア先輩の顔を見ようとした。
でも、サキア先輩は部屋から出て階段に向かったので顔は見えなかった。
「そう言う訳じゃ…」
俺は否定すると同時に、カバンを肩にかけて慌てて追いかけた。
「そうでしょう?
だって、知らなかったら、
自分で選ぶ事すら出来ないのよ?」
サキア先輩はいつもの穏やかな口調とは打って変わって、早口に言った。
「でも、知ったら…」
「確実に傷つくわね」
いつの間にか下がっていた自分の顔をパッとあげて、そうでしょうと続けようとした。
「だけど、私は全て知った上で
自分で決めたいわ。」
サキア先輩はカバンを持っているのオレに向け玄関を開け、言った。
その声はいつものように穏やかな口調に戻っていたが、その顔には明確な意思があった。
「って、私がハヤテに言ったの
私も昔はそういう状況だったのよね。」
え…。
てっきり、俺に言っていると思っていた言葉は、過去自分が言った言葉。
もしくは過去の部長を思い浮かべて言った言葉だったらしい。
「まじっすか」
「まじっすよ?
やっぱり、自分の事は
自分で決めたいと思わない?」
サキア先輩と同じように俺もそう思う。
自分の意思で決めたいと思う。
エミヤも、そうなのかもしれない…。
だけど、事実を伝えてしまったら?
二度と、前のように戻れなくなってしまうのではないか?
以前のような、エミヤの笑顔が見れなくなってしまうのではないか?
それは、おそらくオレが最も恐れることだろう…。
ならば、どうするべきか。
俺はそんな事を考えながら、エミヤの待つ病院へ向かった。




