表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
司書さんのお仕事  作者: 水島緑
晴れない朝霧
4/43

そのさん

 真っ赤な夕日が窓から差し込み、薄暗くなりはじめた図書館を眩しいほどに照らした。


 開いていた本が暗いせいで読みづらくなっていることに気づいたカエリが蝋燭に火をつけて回ると、鳩時計を見て固まった体を伸ばした。


 そろそろ準備をする必要がある。といっても、カエリは仕事着に着替えるだけなので簡単だ。カウンターに読み終えた本を積んで、いまも恋愛小説を読み耽っているアズはすっかり時間を忘れて夢中になっている。


 読み始める前はあれだけそわそわしていたのに自分の好きなことを始めればこれである。おそらく、戦闘欲求なんて忘れているのだろうと思いながらカエリはアズの頭をぽんぽんと軽く叩いた。


「ん……ちょっと待って……」

「待てないよ。そろそろ日が暮れるから準備して。お待ちかねの時間じゃないの?」

「……あっ! え、あ、ほんとだ! ちょっと待ってね! すぐに準備してくるから!」


「あれ、そういえば休憩中だからここにきたんじゃ……」


 時計を見れば、アズがやってきてから既に数時間は経過している。当然休憩時間はとっくに過ぎているが、アズはそれに気づいていないようで、仕事の準備のため大慌てで帰っていった。


「これはどやされるかな」


 締めるところは締める、がモットーな普段は優しい店長に説教されるであろうアズを哀れに思いつつ、真っ黒のローブに着替えてフードを被り、口元まである襟を閉じれば準備完了だ。


 外へ出て、図書館の扉に鍵を掛けてからアズを待つカエリの隣に、ふと人影が寄った。


「や、準備出来てる? ってあれ、アズは?」

「準備しに行ったよ。いまは怒られてる最中じゃないかな」

「あーらら、遅刻したらあの子は留守番だなぁ」


 丸眼鏡をくいと押し上げたフロウが音もなくカエリの隣に降ってきたのである。


 これから人死にが出るかもしれない争奪戦に赴くというのに、二人は至って自然体である。以前、悪徳教団の頭を潰したときに見られたカエリの憎悪はいまはなく、落ち着いている。


 それを密かに確認したフロウが水平線に沈んでいく夕日と、通りの向こうを交互に見遣りながら口角を上げた。


「ギリギリ間に合ったねー。ちぇっ、もう少し遅かったらお尻ぺんぺんだったのに」

「え!? あ、あ、危なかった……」


 人目を引くノースリーブの極短ワンピースが仕事着のアズが、息を弾ませて駆けつけた。それと同時に夕日が消えて、辺りは薄暗くなる。


 ものすごく残念そうなフロウはどうやらアズが遅れたら本当にお尻ぺんぺんの刑を実行しようとしていたようで、アズは冷や汗を拭って安堵の溜め息を漏らしていた。


「さて、それじゃあお仕事の時間だ。私が先導するから、遅れないように」


 ふっ、とフロウが跳び上がると、彼女は屋根に着地して駆け出していった。すぐさまそれを追いかける二人も屋根に飛び乗り、篝火を避けるように闇夜に消えた。







 暗紅色の騎士団と呼ばれる、トレードマークである暗紅色の外套を身に纏った一団が松明を掲げて月明かりの下を疾走している。


 商業都市ブロッサを守る騎士団は二つある。日の光を浴びて表を守護する光青色の騎士団、そして日陰に紛れて裏を守護する暗紅色の騎士団。


 当然、知名度は前者のほうが高く、暗紅色の騎士団はほとんど知られていないのだが、その筋に詳しい人間からは国家最高峰の騎士団と名高い。だが、彼らの仕事は基本的に裏のもの。表立って動くことは少ないので、彼らにとっては久しぶりの実戦である。


 目的は貴族を殺そうとした少女の確保である。しかし、そう簡単にはいかないであろうことが予想されている。


 幾つもの組織が少女の確保に走っている、という話が諜報部からもたらされたのは今朝のことだ。


 暗紅色の騎士団を遠目から観察する瞳が三対。


 先頭を走るフロウが騎士団を指差し、顎でアズに合図をすると彼女は嬉々として近づいていった。その様子にやはり呆れた表情を浮かべたカエリはフロウの後を追い、騎士団を追い抜いた。


 間も無く背後から上がった悲鳴に思わず振り返ったカエリは、乱れなく疾走していた騎士団が総崩れになる光景を目撃して苦笑いを浮かべた。


「えげつないなぁ」


 少しずつ松明の明かりが消えていく。




 先日配属したばかりの新人の姿が消えた。


 隊列を組む騎士団の左翼を担当する騎士の一人が、目の前を走っていたはずの新人が消えたことに気づいたが、次の瞬間、暗闇から伸びた銀色の何かに側頭部を強かに殴打され、意識を失った。


 松明の光が届かない闇からアズの鎖が伸びて、一人ずつ行動不能にしていく。鎧を着た人間が意識を失い、盛大に転げていくのだから襲撃に感づかれるのはすぐのことであったが、アズはむしろ高揚していく。


「くっ、敵襲ーっ!」

「敵襲だぁー!」


 統率の取れた騎士団はすぐさま足を止め襲撃に備えるのだが、見えるのはどこからか凄まじい速度で飛来してくる分銅で一向に襲撃者の姿は発見出来ずにいる。それをいいことに、アズは次々と騎士を気絶させては鎖を振り回している。だが、機転をきかせた一人の騎士が松明を鎖の伸びてくる方向へ投げることで、暗がりに潜んでいたアズの全身が浮かび上がった。


 運よくアズの攻撃を免れ、更にもっとも彼女の近くにいた騎士が抜剣したのだが、襲撃者はきわどい格好の上、年若い少女であったために一瞬だけ躊躇ってしまった。


 その隙が、暗紅色の騎士団の命運を分けた。


 強く手元に引いて大きく弾ませた鎖はアズを照らす松明を粉々に砕き、抜剣した騎士の背中に戻ってくる分銅が激突した。吹き飛んでくる騎士をかわし、再び闇に消えたアズは、団長も団員も、全て平等に一人ずつ的確に撃破していった。


 結局、暗紅色の騎士団は混乱から立て直すことが出来ず、総勢八十名が地に伏した。幸いなことに、死者は一人も出ていなかったが、むしろ手心を加えられていたことで彼らのプライドと立場は粉微塵に砕けてしまった。


 騎士団の足止めどころか叩き潰してしまったアズが満足げに先に行ったカエリたちを追いかけていく。


 先行したカエリとフロウは、一足先に目標であるクロエが潜伏しているらしい街外れの廃墟に到着していた。


 野晒しにされた廃墟は、元々とある貴族の別荘だったが破棄されたものだ。門構えはしっかりしていまも形を残しているが、館のほうは見る影もない。ずいぶんと年月が経っているのか、屋根は抜け落ち、壁は崩れ、雑草は伸びっぱなしで肝試しにはちょうど良さそうな場所である。


 浮浪者やならず者が居座っていたようだが、クロエという少女が潜伏するに当たって全て排除されたらしい。目の前の廃墟は静まり返っている。


「あー、いないね」

「ですね。人の気配がしませんよ」

「あーあ、やっぱり追いかけっこかぁ」


 本来、そういった組織に抜け駆けは存在しない。全て早いもの勝ちだ。騎士団が動く時間にカエリたちも動いたのは目立たないようにするためであって、他の組織は既に情報が入った時点で確保に走っているだろう。しかしそう上手く行かないのがこの世界だ。


 今回は得難い人材の確保である。ただ目標を殺すよりも数段上の難易度だ。


 各組織で潜伏先に見張りを立てる。これは互いを監視し合うという意味合いが強く、どこが動いたのか把握するためだ。例えどこかが先に回収しても追跡出来るように身軽な人間が配置される。そのため、基本的に戦闘は発生しない。後々回収するための人員が回され、他の組織が先に回収していても追跡する人間がいれば横槍を入れることは可能だ。その場合、回収した組織は追われることとなり、人材を伴いつつ追手を振り切ることは相当難しくなる。そして今回、カエリたちはその追手になる。


 カエリたちの上は、カエリたちであれば十分にクロエを奪えると判断したのだろう。だからこそ初動を遅らせて、追う側に回ったのである。


 実際には、そう小難しく考える必要はない。単に人手が足りないだけだ。おそらく、どこの組織も相違ない。適性のある人間を見つけるほうが難しい。だからこそ人材の確保が重要になる。


「さてさて、うちの見張りが無事なら何か残ってるはずだけど……」


「あ、これだ」


 きょろきょろと辺りに目を配るフロウとカエリだったが、門の下の土に掘り返された痕跡に気づいて、二人はそこを掘った。


 出てきたのは幾何学模様の描かれたメモである。『木陰』の人間が使う暗号文だ。


「ふぅん……『夜会』の連中かぁ」

「ああ、あそこ」


 『夜会』が目標を確保。


 簡潔な一文だけ記されたメモを細かく千切って破り捨てると、二人は一様に苦虫を噛み潰したような表情を浮かべた。


 『夜会』は悪名高い裏組織の一つだ。金次第でどんなことでもこなす外道が集まった組織で、その悪辣さは『夜会』の名前を聞くだけで騎士たちが顔をしかめるほどである。ある意味で有名な裏組織だ。


「んー、『夜会』の拠点は幾つか知ってるけどどこだろ……」


 本拠地までは把握していないが、仮拠点は幾つか判明している。それは『夜会』のみならず、有力な同業組織の拠点ならば互いに把握しているものである。


「一番近いか一番遠いところですかね」

「じゃあ、近いところから当たってみよっか。ま、一足飛びに遠方まで行くのは難しいし、準備もあるだろうし、カエリくん多分大当たりだよ」

「だと余計な手間が省けていいですけどね」


 廃墟を後にした二人が向かうのは、商業都市ブロッサからほど近い、ケリオスの滝と呼ばれる観光名所へ走った。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ