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司書さんのお仕事  作者: 水島緑
あすの太陽
39/43

そのさん

 奇妙なことに、巡回の兵士は一人ととして存在しなかった。


 これだけの豪邸となれば、ケチな泥棒の一人や二人侵入してきてもおかしくはないのだが、そんなときはどうしていたのだろうか。まさか漁らせるだけ漁らせて全員で隠れていた、なんてことはないないだろう。


 するすると屋敷の中を探索しながら、フィーリアの自室を探っていると、一室にメイドたちが集まってこそこそと話しているのを見かけた。


 なんの相談だろうか、と聞き耳を立てると、なにやら啜り泣くような声も聞こえてきた。


「お可哀想に……お嬢様にお父上のことを聞かれましたが今年も頷けないなんて……」

「どうして旦那様はお嬢様のお誕生日にも帰ってきてくれないのですか……」

「ああ、貴方は今年からだったわね。毎年そうなのよ。どうも、旦那様は男の子が欲しかったみたいなの。それでお嬢様にはいつも冷たくされていて……」


「そんなっ、そんなのお嬢様が可哀想ですわ!」

「ええ、だからこうしてわたしたちでお誕生日会をしよう、ってお話になったの。でもここ数年はお嬢様、あまり嬉しそうではなくて……」


 予想はしていたが、やはり複雑な家庭事情があるようだった。


 まるで娘に興味を持たない父親に比べ、メイドたちの心優しいこと。


 どうも母親も早いうちに亡くしているらしく、家族と呼べる人間はいないようだった。


 ざまあみろ、と思うのは流石に下衆だろうか。別段、フィーリアに対する恨みは父親に比べれば小さいものだ。親と子は関係ないとはわかっていながら、どうにも私情が混ざってしまう。


 話を聞いている限り、どうもフィーリアとメイドたちは些か距離が出来ているらしい。これはチャンスだ。フィーリアにべったり張り付いているメイドがいないのならば、ずいぶんと近づき易くなる。


 が、懸念はもうひとつある。あの青年執事のことだ。


 屋敷に侵入してからというもの、メイドは見るがあの執事の姿はまったく見ていない。彼がフィーリアのそばについているのだとしたら、少し厄介なことになる。


 というのも、足運びや身のこなしを見るに、あの執事は相当に『出来る』であろうことがわかったのである。


 カエリよりも上か下か、いまのところはなんとも言えないが、修練者であることは紛れもないだろう。


 その執事と対峙している間に目標に逃げられてしまえば事だ。なんとか執事に気づかれないよう近づく方法はないか。


 さて、メイドたちの話をある程度盗み聞いて、これ以上益になる情報はないと判断して、料理の話に逸れたメイドたちから離れていった。


 改めて屋敷の中を歩き回る。


 脳内地図は四割がた埋まっただろうか。これだけ歩いても七割に遠く及ばないのだから、ブロッサ屈指の豪邸なのかもしれない。


 とにかくいまは執事とフィーリアの居場所を把握しておきたい。動くにしてもタイミングというものがあるし、いまだにフィーリアから執事を引き剥がす方法は思いつかない。


 あまり、メイドたちを巻き込むわけにもいかないだろう。この点は別に、カエリが慈悲深いだとか善良であるとか、胡散臭い理由ではなく、単に屋敷の空気が変わってしまうのを恐れたからだ。


 いまはまだカエリが侵入していることを知らないから、和気あいあいとお喋りしているが、既に見つかっていればメイドたちの間には緊張が走るだろう。それは巡り巡って屋敷の空気に変化が起こるし、それに執事が気づけばフィーリアを逃がしてしまうに違いない。

 出来るならこのままフィーリアだけを連れていくのがベストだ。


 ふと、窓の外に人影を見つけて、カエリは咄嗟に身を屈めた。


 目だけを覗かせて外を見ると、どうやらそこは中庭のようで、ぽつぽつと花が咲いていた。


 寒い時期でも咲く花だけが生き残っているようで、花壇の大部分は土が顔を覗かせている。


 そんな花壇を寂しそうに見つめているのはフィーリアだった。


 はたして、彼女はなにをもの思いに耽っているのだろうか。


 カエリを刺したことによる葛藤か、それとも父親への悩みか。

 都合の良いことに、フィーリアは一人で佇んでいた。


 周りに執事の姿が見当たらない。一人になりたかったのか。


 カエリは急いで適当な部屋からベッドシーツを持ち去ると、窓を開けて外へ出た。


 足音を忍ばせてフィーリアの背後へ回ると、彼女がぽつりと呟いた。


「どうしてこんなにも上手くいかないのでしょうか……」


 そう、うまくいかないことだらけだ。


 だが、少なくとも、貴族であるだけマシなのだ。それに気づかないのであれば、貴方は十分幸せでいる。


 言葉を堰き止めて、カエリはフィーリアの細い首に腕を回した。





 目的は果たした。


 首を極められて気絶したフィーリアをそのまま担ぐわけにもいかないのでシーツに包み、荷物に偽装してカエリはまんまと屋敷から脱出することに成功した。


 が、よくよく考えてみればフィーリアを攫った後のことなどなに一つとして考えていなかった。彼女の父親、大総統補佐の目の前で殺したところで彼は眉一つ動かさないであろうことは予想でできるし、かといってフィーリアに目覚めてもらっては騒ぎになる。


 思案の果てに、カエリはひとまずフリステンに協力を仰ぐことにした。


 ブロッサ郊外の掘っ建て小屋に到着したカエリは、手慣れた様子で床を引っぺがし地下への階段を降りていった。


 肩に担いだフィーリアはいまだ目覚めずぐったりとしている。



「……どうしたんだ?」

「きみがここに来るのは珍しい。しかも自主的に」


 扉をノックすると、いつも通り男装姿のルクスが怪訝な眼差しを向けてきて、不審そうにカエリの担いだ布袋をじろじろと睨んでいた。


 その後ろから、ベッドの端に腰を下ろしたフリステンが意外そうな顔をしてカエリを見た。


 これがアズならこんな反応にらならないだろう。なにせ彼女、週に二、三度はここに訪れているというのだから当然だ。


 ベッドに座っているフリステンの顔色はもう元通りになっているようで、そろそろ復帰するのだろう。


 人形染みた容貌を薄笑いに変えて、フリステンはカエリを部屋に入れた。


「それで、どうしたんだ?」


 ルクスからの同じ問い。だが、どこか心配げな色が混じっているのことにカエリは苦笑して、フィーリアを床に置いてからシーツを剥がした。


 ルクスは顔をしかめ、フリステンは面白そうに目を見開いた。


「大総統補佐の娘なんです。捕まえたのはいいものの、人質に取っても効果はなさそうなので相談に来たんです」


「なるほど、道理だ。うん、短絡的に動かなかったことを褒めよう」

「そういえば大総統補佐は家族に対する情がないという話だったか。確かに、それでは使い道は限られてしまう」

「なにか良い案ないですか?」


 流石に理解が早い二人にカエリが聞くと、ルクスは思案するように黙り込みフリステンは愉快そうに口の端を吊り上げていた。


「情のない貴族に効く方法か……正直に言うが、人情のない人間ほど隙のない者はいないだろう。特に大総統補佐は自分以外誰も信じないというような人間だからな。尚更難しい」

「そう、ですよね」


 やはり無駄だったか、と肩を落としたカエリに、これまで黙って二人のやりとりを聞いていたフリステンが口を開いた。


「なに、別に大総統補佐を直接害さなくてもいい。問題は、彼が警備の厳しい行政区画にいることで手が出せないことだ。彼を引きずり出すのに、その娘を使えばいいのだ」

「引きずり出す……?」

「言い換えれば、貴族としての権威を地に落とすんだ。そうすれば自然に大総統補佐は解雇になり、行政区画にはいられなくなる」

「そうか、観衆の目の前で……」

「思いついたみたいでよかった」


 まったく考えもしなかった方法だ。


 殺すことばかりを考えていたせいで直接的な案しか浮かばなかったのだ。


 やることはそう難しくない。


 大勢の住人が見ている前で、己の娘と己の立場を天秤にかけさせるのだ。

 大総統補佐が前者を選ぶことはない、とわかりきっているからこその天秤だ。


 十中八九後者を選ぶであろう大総統補佐は、その時点で血も涙もない冷血漢ということになり、おおむね家族を大切にするブロッサの住人からは大顰蹙を買うことになる。そうなればもはや大総統補佐として、誰も支持しなくなる。最悪の場合、行政の信頼を落としたとして他貴族から追い出されるまであるかもしれないのである。


 単純だが、強力だ。


 しかし、大総統補佐はずいぶんと頭が回るようなので、言葉だけは娘のことを心配するかもしれない。


 そのときはブロッサからの立ち退きと引き換えに返してやる。

 行政区画から出てしまえば後は簡単だ。


 三人は夜が更けるまで話し合った。

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