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司書さんのお仕事  作者: 水島緑
死遭わせのクローバー
28/43

そのじゅう

「やー、ごめんごめん。少し準備に手間取ってねぇ」


 アズと、ついでに同じように攫われていたらしい他のメンバーも助けたカエリは、衰弱している彼らを守るため、傷だらけの体で先頭を進んだ。


 料理人は厨房へ捨て置いたままなので、既に侵入したことは気づかれているはずだ。最低でも、あと一度は『白詰草』と戦う必要がある、と睨んでいたのだが、意を決して階段を登ってみれば待ち構えていたのはフロウだった。


「おつかれ、カエリくん。後の処理はわたしに任せてよ。歓楽街の外に救護班が待機してるからさ」

「あ、はい。館長、まだ二人くらいいたはずなんですけど……」

「ん? あ、あー、あの店員さん? 向こうで白目向いてるよ」

「なるほど……」


 思わぬ救援にほっと息を吐いたカエリは、それでも気を抜かずに酒場から出た。


 なるほど確かに、店員の二人は白目を向いている。生きてはいるだろうが、後遺症は残りそうであった。


 攫われた者たちが待っていた救護班に付き添われて去っていくのを見届けて、ようやくカエリの仕事は終わった。


 結構な重傷を負ったまま、カエリはアズと共に図書館へ戻った。木片と化した扉をいま思い出して、泥棒に入られていないか不安だったが何故か新しい扉がそこにあり、ドアノブにはメモが張り付いていた。


『直しておいたよ』


 とだけ書かれていて、フロウの名前も小さく書いてあった。


「なんだ、館長らしいこともするじゃん」


 なんのことだかわからないアズが不思議そうにカエリを眺めた。


「ほらカエリっ、傷見せて!」

「ん、ああ」


 図書館に到着するなり、大慌てで離れへ走ったアズをぼんやりと見送ったカエリは、気の抜けた表情でソファに深く腰掛けた。


 救急箱を抱えて戻ってきたアズに急かされ、緩慢な動きで仕事服を脱いだカエリは自らの左腕をどこか他人事のように眺めた。


 上腕には刺し傷、前腕には骨まで見える四本の裂傷に加えて両拳の皮膚は派手に裂けて血まみれである。痛みこそ感じるものの、どこか鈍い感覚に戸惑いながら、アズの治療を受けた。


「い、痛くないの?」

「うん、なんでだろうね。普通、安心したからこそ痛むものなんだけど……」


 ここ数日の心労が一気に噴き出たのか、心身共のにぐったりとしているカエリが眠たげにまばたきをした。


「とにかく、無事でよかったよ。喫茶店のみんなも心配してたよ?」

「あ、そっか。大事な時期なのにサボっちゃったんだもんね……」

「今日のところは休んで、明日にでも顔を出せばいいよ。僕も疲れちゃったから」



 言いながら、カエリはうつらうつらと船を漕いで、ついには瞼を閉じてしまった。何か喋ったようだったが、むにゃむにゃと欠伸に紛れて聞こえなかった。


「あのね、あたし、カエリには死んでほしくなかったんだ。でも、あのとき、あたし余計なことしたってずっと思ってて……あ、寝ちゃったかな……?」


 次第に遠のいていく意識の端で、右肩に温もりを感じた。


「助けてくれて、ありがとね……」


 カエリに寄り添ったアズもまた、静かに瞼を閉じた。






 カエリとアズが眠りについた頃、フロウは一人『アルムシード』の店内で眼鏡を押し上げた。


 丸眼鏡が見下ろす先には、簀巻きにされた店員と、凄絶な拷問の跡が残る料理人、更には別働隊が捕らえてきた『白詰草』の全構成員が転がっていた。


「さてさて、よくもウチの大切なメンバーに手を出してくれたね。身の程知らずの雑魚さんたちにはお仕置きしろ、っていうのがうちの首領の命令でさ。まぁ、お仕置き、なんてぬるいものじゃないんだけどねー」


 無感情に言うと、その冷徹な声色に数人が震えた。


 既に『木陰』の人間は撤収しており、後の始末をフロウが任されているのみである。

 フリステンは相当おかんむりのようで、笑顔こそ浮かべていたものの、人形のような容姿には似つかわしくないほど苛烈な命令をフロウに与えた。


 『白詰草』の殲滅。


 その命を受けたフロウは手際よく残りの構成員を捕まえて彼らの拠点に転がしているのである。


「まぁ、首領だけじゃなくてわたしも含めたみぃんなが怒ってるから、生半可なことはしないよ」


 普段の、カエリやアズに接するような茶化した態度は一切見られず、ひどく無機質な目で床に積まれた麻袋を眺めた。


 なにか、液体が滲んだ跡が残る麻袋からは独特の匂いが漂ってくる。意識を取り戻した『白詰草』の数人がその正体に気づいて、拘束された手足で激しくもがいた。


「ああ、気づいた? そう、油だよ。きみたちが呑気に気絶している間、この酒場にはたっぷりと油を染み込ませたからね。といっても、壁に染み込ませただけで屋内には一滴も入れていないから、しばらくは平気なんじゃないかな」


 その言葉の本当の意味に気づいたのは、たった一人だ。


 他の人間は皆、屋内へ炎は広がらないと安堵の様子だったが、彼だけは違った。


 蒸し殺すつもりだ。


 炎で壁に触れられぬようにして、充満した煙と熱で嬲り殺すつもりなのだ。


 彼はそれに気づいたが、気づいたところでどうすることも出来なかった。

 まるで導火線のように、油の染みた麻袋が壁に積まれている。そこに火のついた木片を投げ込んだフロウは蒸し殺されるであろう哀れな敵対者たちを一瞥もせず、外へ出た。




 不審な人物を見かけた、と騎士団に通報があったときには、歓楽街の一角が焼け落ちた後だった。


 通報したのは眼鏡を取り払って地味な装いをしたフロウである。


 焼けた酒場には従業員が数人、客とおぼしき人間が取り残されていたが、誰一人として救出は間に合わず、全員が焼け焦げた死体となって発見された。


 ほとんど炭化した死体の身元はわからず、その不審者も発見できなかったことから、ブロッサはしばらくの間再び警戒態勢に入ったが、結局犯人は見つからず、次の放火も起こらず、歓楽街がいつの間にか立て直され、酒場のあった敷地こそ空き地のままだが、時が経つにつれて元通りになった。



 こうして、『木陰』に手を出した『白詰草』は静かに滅んでいった。

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