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司書さんのお仕事  作者: 水島緑
死遭わせのクローバー
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そのはち

「っと、遅かったみたいだねぇ」

「ああ、館長。どうしたんですか?」


 突然降ってきたフロウに驚きもせず、頬についた血痕を拭いながらカエリは冷めた目で痙攣する男を見下ろした。


「いやね、この前の作戦に参加したみんなが襲われてるって首領がさ。それで飛んできたんだけど、いらなかったね」

「いえ、このまま手伝ってください。アズが『白詰草』に攫われたみたいで」

「……ふぅん、それは穏やかじゃないね。わかった手伝うよ。もう尋問は済んだの?」

「いえ、下っ端らしくて、拠点の場所は教えられていないみたいです。連絡役と落ち合う場所は吐かせましたけど」

「上出来上出来。じゃ、早速行こっか」

「はい」


 体中の骨という骨が砕かれ、泣きながら折れた顎で喋った男は、ゴミ捨て場に投げ捨てられた。かろうじて死んでいないが、後遺症は残るだろう。


 ぐしゃり、とゴミ捨て場のほうから放り投げた男が落下した音が聞こえたが、既に興味はなく、カエリとフロウは駆け出した。



 二人が向かったのは、以前悪徳宗教の教会だった跡地である。そこは既に他の宗教が新たな教会を建てていて、カエリとは無縁だったのだが、どうやらそこは既に廃墟になっているようで、『白詰草』がよく利用しているらしい。


 というのも、例の悪徳宗教のせいで信仰そのものを訝しんだ人が多く、かつ都市国家ということで宗教が浸透しにくいため新しい神父も早々に引き上げてしまったとのこと。


 つまるところ、ブロッサで宗教は流行らなくなったのである。


 新しく建て替えたばかりなので、教会の外観は至って綺麗だ。清潔感溢れる白に、十字架を象った三角屋根、美しいステンドグラスなどなど、とても廃墟とは思えない。


 建物自体は綺麗でも、手入れのされなくなった庭は雑草が伸び放題で、細部は薄汚れている。


 鎖が巻かれ進入禁止になっている門を飛び越えた二人は、開きっぱなしの扉は避け、割れた窓から侵入した。


 男の話では夕刻に落ち合う手筈となっているらしく、空はちょうど夕日が落ちはじめている。


 赤い夕陽が割れた窓から射し込んで、砂だらけの床が露わになる。


 連絡役は二階の物置に来るらしいので、カエリは念のため一階の祭壇場の裏、フロウは二階物置に隠れることになった。


 息を潜める、開きっぱなしの扉を見つめながらアズの無事を祈っていると、砂を踏む音がかすかに聞こえた。


 扉から入ってきたのは長身の男。カモフラージュなのか、神父服を纏って聖書のようなものを抱えている。


 彼はしばらく一階を用心深く見回すと、カエリには気づかず階段を上った。





 まだか、まだか。まだなのか。


 胸に渦巻く焦燥感が膨らむに連れて、組織とアズの天秤は後者に傾きはじめた。


 似非神父が二階へと上がってしばらく、まだフロウは降りていない。

 連絡役から拠点を聞き出す担当がフロウで、カエリが見張り。そういう分担だったが、時が過ぎれば過ぎるほど、カエリは焦れていく。


 『白詰草』に慈悲を期待してはいけない。彼らに囚われたのであれば潔く諦めるべきだ、と言ったのは過去に家族を攫われた兵士だった。


 そんな言葉が残るほど、『白詰草』は敵対者に容赦しない。


 胸の鼓動が嫌に大きく響く。浮き出た汗を鬱陶しげに拭い、カエリは階段を睨んだ。


 早く、早く早く!


 もたもたしてたらアズが死んでしまう!


 耐えきれずに階段を駆け上がったカエリは、危うくフロウとぶつかるところで足を止めた。


「おっと、ごめんごめん。待たせちゃったね。大丈夫、全部喋ってくれたから心配はいらないよ。さ、首領のところに行こう」

「駄目ですっ、そんな暇ありませんよ!」

「おや、急に焦ってどうしたんだい?」

「どうしたもこうしたもないでしょう! 奴らがどんな性格か、貴方だってわかってるでしょう!?」

「まぁねぇ。あんまり遅いとアズちゃん殺されちゃうよね」

「だったらっ、呑気に報告なんてっ」


 掴みかからんばかりのカエリの豹変に、フロウは片眉を上げた。


「ふぅん、きみは大ではなく小を選ぶんだ。さっきまでは理性的だったのに、どうしたんだ?」

「そんなこといまはどうだっていいっ! とにかく、奴らの拠点を……!」

「そんなこと? 少し頭を冷やしなよ。こんな問答に割いてる時間はない。きみは『木陰』の人間だ。個人として動くことは許されていないよ。それくらいはわかっていると思っていたけど……」

「くそっ、わかりましたよっ、早く報告しましょう!」

「そうそう。なに、首領も様子見なんて冷たいことは言わないさ」


 さっきよりもずっとひどい焦燥感が胸のうちに渦巻くなか、カエリはフロウとともに教会を出た。

 すると、


「ああ、驚くことはないぞ。妾も事態を重く見ている故な」

「首領!?」

「言ったろ、首領は冷たくないんだよ」


 フリステンはいつものように人形のような装いのまま、背後に男装の麗人を付き従わせて教会の前にいた。


「とりあえず、アズは『白詰草』に。拠点も判明してるよ」

「それは良かった。ではフロウはそのまま報告を。カエリ、そなたはアズを助けに行ってくれ。そちらのほうが無駄がないであろう?」

「あ、カエリくん。アズちゃんはブロッサの歓楽街に押し込まれているみたいだよ。『アルムシード』って酒場の地下を探してみて」

「わかりました」


 即座に駆け出したカエリを見送ったフリステンは、頭痛を堪えるように額にちいさな手のひらを当てた。


「まったく、あそこは短絡的で困る」

「まぁ、復讐するためだけの組織ですからねぇ」

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