表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
司書さんのお仕事  作者: 水島緑
散りゆく花は美しく
14/43

そのよん

 都市国家ブロッサにおいて、近日の治安悪化に憂いた行政府は新たな告示を張り出した。


 すなわち、治安維持のための警備強化である。


 その中でもっとも人目を引いたのは、新たな騎士階級の追加だ。


 兵士を取りまとめるのが騎士なのだが、彼らは位の低い貴族の次男や三男が受ける名誉職のようなもので、子供が憧れるような華々しい活躍、つまり有事の際にでもならないと基本的に動かない。そのため、治安維持はもっぱら兵士たちが行なっている。だが、それだけでは不十分だと考えた行政府は治安維持に関するほとんどの権限を有した騎士、猟騎士を置くことにしたのである。


 彼らを見分けることは簡単だ。鎧に三つ爪の紋様があれば猟騎士と判断が出来る。

 猟騎士の権限はかなり自由が効くらしく、治安維持のためならば何をしても構わない、といった具合だ。


「猟騎士ね……公にはされてないけど、かなり前から存在してたみたいだね。試験運用だったのかな」

「例の騎士、のことだよね? 色々嗅ぎ回ってたみたいだよねー」


 降りしきる雨を遮るために窓を閉めながらカエリは呟いた。

 思い浮かぶのはバロウズ・グルスリッドのことである。


 いまも何かしらの事件を調べているであろう彼は、猟騎士の告知がされる前から何かと動いていた。


「まあでも、関係ないかな。僕たちは顔さえ見られなければいいんだし」

「んー、でもあの人只者じゃないよ。頭のほうはわからないけど、かなーり強いみたいだしやっぱり用心しておいたほうがいいよ?」

「……これ以上顔を合わせたくないね」


 と、カエリたちからしても、猟騎士について用心する、というだけで大した反応はなかった。






 一行に止む気配のない雨のせいで、アズが泊まっていくのにはもう慣れたカエリが蝋燭の備蓄が残り少ないことに気づいたのは、夕食を終えた後のことである。


 その広さ故、図書館では蝋燭の消費が早い。日が暮れる前には閉館するが、天気が悪い日もあれば最近のように雨が続く日もある。日中でも火をつけることが多くなったため、予想よりもずっと早く蝋燭がなくなってしまった。


 ちょうど雨も弱まってきたから、とアズの明日でもいいんじゃないか、という提案を却下してカエリは一人、雨具と雨で視界の悪い中外へ出た。


 とりあえず、この雨季が明けるまでの数日だけ持つ量を確保すればいい。流石に雨の中木箱にぎっしりと詰まった蝋燭を運ぶことはしたくない。一番近い雑貨屋で買い物を済ませてしまおうと、雑貨区画へ向かっているときだ。


 雨音を掻き消すような悲鳴が響いた。


 発信源はかなり近いようで、足音がこちらに向かってくる。咄嗟に建物の影に隠れたカエリがそのまま動かずにいると、雨具を被った人影が駆け抜けていくのが見えた。


 月明かりもない暗闇の中では体格くらいしかはっきりしない。


 長身で痩せていた。性別は判断出来なかった。


 人影が見えなくなるまで見送ったカエリは、兵士たちが集まらないうちにその場を離れた。


 普段芸術区画から離れないため実感はしていなかったが、確かに物騒になってきているようだった。




 そして、帰り道の途中でカエリは刃物を突きつけられた。





 なんてことのない、ただのナイフだ。触れれば切断されるような大業物ではなく、変哲のない数打ち物である。それが首に突きつけられている。


 ただ、奇妙なことに殺気がまるでない。そのため、カエリは反応が遅れて背後から抱きすくめられていた。


「騒がないで。君を傷つけるつもりはないの」


 首元にナイフを突きつけながら言う。説得力はなかった。


 声からして女性のようだ。素人の動きだったが、妙だ。とこか手馴れた気配があるのにまるでそれを隠しているような感覚がする。


「ごめんね。兵士かと思って念のためこうしているけど、君は違うみたいね」

「さっきの悲鳴は、貴方が?」


 女が動く前に振り払い、息の根を止めることが出来ると判断したカエリは大胆にも質問した。よほど驚いたのか、女はしばらく黙り込むとナイフを喉元から離した。


「すごいのね。これで怖がらないのなら、ナイフはいらないか。質問だけれど、答えは是よ。理由は、そうね。復讐かしら」


 復讐、という言葉にぴくりと反応したカエリだったが、女は何も言わずにカエリを解放した。


「妙なことに巻き込んでごめんなさいね。もう辺りは暗いから早めに帰るのよ」


 思わぬ親切な言葉に振り返ると、女は辻に消えるところだった。どうやら本当に万が一カエリが兵士だったときのためにナイフを突きつけていただけらしい。


 復讐、ともいっていた。もしそれが本当のことであれば、バロウズが追っているのは元々被害者だった人間ということになる。


 背後から抱きすくめられたとき、カエリは女の首筋にスズランを見た。つまり、彼女がバロウズの追いかける犯人なのだろう。


「復讐、か」


 馴染み深いその言葉は、カエリの胸の中でぐるぐると回り続けている。果たして、女の言葉は本当だったのだろうか。もし本当だとすれば、その復讐が気になる。彼女は一体なにを奪われたのか、誰に奪われたのか。そして、果たせたのか。


「……気になる」


 自身の復讐を終えていないカエリとしては、他人の復讐の結末に興味があった。

 スズランの刺青。しばらく追いかけてみよう、とカエリは思った。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ