猪面の王
全然筆が進まず、いつものペースから1週間遅れになってしまいました。
変わらぬペースで書き続けられる人を、本当に尊敬します。
青志の放つ腐食球の危険さを理解したゴブリン・キングは、一気に勝負を決めにかかった。
空を蹴り、瞬間移動したかのような速度で、青志に襲いかかる。
それに反応できる運動神経を、青志は持ち合わせていない。
が、その前に、ミミズゴーレムが作り出した土の壁が立ちはだかった。スライムゴーレムにより硬化された金属並みの強さを持つ壁だ。
ギシャッ――――!!
その鉄壁であったはずの壁を、異音とともにゴブリン・キングの魔剣が貫いていた。更にその切っ先は、青志の胸にまで届いている。
「ぐぁっ!」
熱い痛みが己の胸に食い込むのを感じ、青志は必死に後ろに飛び退いた。ゴーレムたちが守ってくれていなければ、確実に心臓をくし刺しにされていたところだ。
それでも、傷は浅くはない。すぐに治癒魔法をかけたいところだが、ゴブリン・キングの連続攻撃が許さない。
青志は水面を転がるようにして、ギリギリそれをかわす。かわし続ける。
しかし、速度は圧倒的にゴブリン・キングの方が速い。青志はほとんど勘と運だけで、その攻撃から逃れていた。もう、ジリ貧だ。
苦し紛れに青志が取った行動は、足下の水に潜ることだった。
水深は、50センチもない。潜ったまま泳ぐには自由の利かない浅さだが、水魔法で推進する分には何の問題もない。
普通の泳ぎでは出せない速度で、青志はゴブリン・キングから距離を取ろうとする。悔しいが、ゴブリン・キングの相手はゴーレムたちに任せて、一時的に撤退しようとしたのだ。
その青志の真上に現れる影。
水中を高速移動する青志に、ぴたりと尾いてくる。
考えるまでもなくゴブリン・キングだ。水中を行く青志よりも、空を飛ぶゴブリン・キングの方が速かったということだ。
水中にいてもはっきり感じられるほどの殺気に、青志はとっさに直角に近い角度で進路を変更。その直後に、青志が進もうとしていた先に、魔剣が叩き込まれた。
どばん――――!!
その一撃は、水中に嵐のような衝撃を撒き散らした。
青志は逃げる間もなくその波に飲み込まれ、一瞬にして錐揉み状態になってしまう。上下左右が分からなくなり、失神寸前だ。
「くはっ!」
訳が分からないまま水底に身体が打ちつけられたので、その反動を利用し、たまらず青志は水上へと飛び出した。
全力での水流の噴出により、放たれた矢のように上空へ駆け上がる青志の身体。当然のように、それに追随するゴブリン・キング。背後からビンビン迫ってくる殺気だけで、青志の精神が削られていく。
ごうっ――――!
そこに、風を切って急降下してきたのは、甲冑鷹ゴーレムだ。
固有能力で己自身を加速させ、凄まじい速度でゴブリン・キングに体当たりを敢行する。体格差では圧倒的にゴブリン・キングに軍配が上がるが、急降下と加速による速度が、それを打ち破った。
甲冑鷹ともつれ合いながら、墜落するゴブリン・キング。生きているうちだったら、甲冑鷹に激突された衝撃だけで勝負が決まっていたかも知れない。
「き、貴様ぁ~~っ!」
しかし、ゾンビとなったゴブリン・キングは、それだけの衝撃を受けながらも、失神さえしていないようだ。怒りに任せて、落下しながら甲冑鷹ゴーレムを引き裂きにかかっている。
が、宇宙船の金属繊維を使って作られた甲冑鷹ゴーレムには、進化したゴブリン・キングの怪力も通用しない。逆に、密着した状態から放たれた石の矢が、ゴブリン・キングの胸を深々と貫いた。
その勢いでゴブリン・キングの身体は甲冑鷹ゴーレムから引き剥がされ、体勢を立て直す前に水面に激突。甲冑鷹ゴーレムは、ひらりと空に舞い上がる。
好機だ。
青志は別の鷹ゴーレムに両肩を掴まれ、吊り下げられた姿勢で眼下に鋭い視線を向けた。その先にあるのは、ヨロヨロと起き上がろうとするゴブリン・キングの姿。
ゾンビなだけに、胸を貫かれたり上空から墜落したぐらいでは、ゴブリン・キングの動きは止まらない。
が、その動作は、明らかに精彩を欠いていた。ダメージがない訳ではないのだ。
青志は細かな腐食球を大量に作り出すと、ゴブリン・キングに向けて――――。
ばぎゃっ――――!!
その瞬間、激しい粉砕音とともに青志の身体が宙に投げ出される。
青志の身体をぶら下げていた鷹ゴーレムが、何者かに破壊されたのだ。甲冑鷹と違って宇宙船の金属繊維で作られていなかったとはいえ、鷹ゴーレムがたった一撃で破壊されてしまうとは、青志にとって完全に予想外だった。
「くそっ!」
自由落下に入りながら、青志の脳裏を過ぎったのは、鷹ゴーレムの魔ヶ珠が失われてしまう喪失感と怒り。
周囲を見回した青志の目に留まったのは、領主館のバルコニーに立つ偉そうなオーク2体の姿。
――――あいつか!
――――俺のゴーレムを殺した罪は、重いぞ!!
バランスを崩しながらも、青志は用意していた腐食球をぶっ放す。
50メートルを超える距離を瞬時に結んだ腐食球の雨は、バルコニーをバラバラに粉砕した。
寸前に偉そうなオークたちがバルコニーから跳躍したことに舌打ちしつつ、青志はゴブリン・キングのすぐ隣に降り立つ。落下の衝撃は、水流の逆噴射で緩和した。バランスを崩して、頭から水面に突っ込んだのは、ご愛嬌だ。
青志が慌てて起き上がると、ゴブリン・キングもヨロヨロと立ち上がったところだった。動きは鈍いが、魔剣を振りかざそうとしているあたり、青志を狙う気は衰えていないようである。
青志は、剣を振り上げたせいでがら空きになったゴブリン・キングの腹部にミスリル棒を突き出した。
真っ黒な金属鎧にミスリル棒がぶち当たると同時に、錬金魔法の酸化を発動。ミスリル棒が接触した部分だけが瞬く間に錆びつき、青志の攻撃が貫通。ゴブリン・キングの身体に、直接ミスリル棒の先端がねじ込まれる。
そこで、錬金魔法の燃焼を発動。
「ぐあっ!!」
青志の錬金魔法の力では、その効果を瞬間的にごく狭い範囲にしか及ぼすことができない。腐食にしろ酸化にしろ、持続的な効果は期待できないのだ。
が、燃焼に限っては、少し様子が違った。魔法効果が一瞬しか働かないのは同じだが、一度燃え上がった炎は、そのままゴブリン・キングの身体を焼き続けたのだ。
肉の焼ける臭いとともに、黒い金属鎧の隙間から煙が上がり始める。すでに死んでいる肉体は、思いのほか燃え易いものらしい。
「馬鹿な。一度ならず二度までも、力の劣った人間に不覚を取るとは・・・!」
ゴブリン・キングは、自分の命運が尽きたことをあっさり認めたようだった。
「しかし、お前だけは道連れにさせてもらう!!」
が、それでも青志を見逃す気はないようだ。
「いや、オレみたいなおっさんを、好き好んで道連れにしなくても・・・!」
「うるさいわっ!!」
何の予備動作もなく、ゴブリン・キングの身体が青志に向かって打ち放たれた。風魔法により、背後に爆風と言ってよい強さの風を噴出させたのだ。
がきぃん――――!!
高速移動からの空気を焦がすような斬撃をミスリル棒で受けられたのは、ただの運だった。が、運だけでは、ゴブリン・キングの身体がぶつかってくるのまでは、かわせない。
青志はゴブリン・キングに跳ね飛ばされ、大きく宙を舞う。その手から離れたミスリル棒は、角度の浅い「く」の字に曲がっていた。
今日何度目かの着水後、青志は視界が朦朧とする中、必死にゴブリン・キングに向き直ろうとする。
上半身全てでゴブリン・キングの突撃を受け止める形になったらしく、目は回り、鼻血が噴き出し、肋骨が折れるかどうかしたようだ。治癒魔法をかけると目が回るのと鼻血は止まったが、肋骨の痛みはどうにもならない。痛みのせいだけで、脂汗が噴き出してくるほどだ。
しかし、ゴブリン・キングは追撃の手を緩めてはくれない。
動きの止まった青志に、魔剣を振り下ろしてくる。
かわしようのない一撃だった。
が、青志に届く寸前で、その剣が止まっていた。
「え!?」
青志が驚きの声を上げたのも、無理はない。
ゴブリン・キングの全身に、真っ黒な何かが絡みついていたのだ。
それは――――。
それは、漆黒の大蛇だった。
胴回りが一抱えもありそうな、巨大な蛇だった。
そんな巨大な蛇がゴブリン・キングの右腕に噛みつき、蛇体をゴブリン・キングの身体に巻きつけていたのである。
そして更に、水面を割って、次々と同様の大蛇が踊り出る。
その数、最初のものを合わせて、4体。
ゴブリン・キングの腕に、足に、首に牙を突き立てては、その長大な胴でもって、金属鎧ごと締め付けにかかったのだ。
ばきんっ!
べきべきべき!
ぼきんっ!
4体の大蛇が巻きつき、絡み合って作り上げた黒い玉の内側から、金属がひしゃげ、潰れる音が響き渡る。
「お、己ぇ~っ! 何度も父親に楯突きおってぇぇぇえええっ!!」
ばきゃんっ――――!!
蛇玉の中からくぐもった怨嗟の声が聞こえた後、際だって大きな破砕音がして、青志の胸に激しい痛みが生まれた。ゴブリン・キングが2度目の死を迎えたのだ。
大蛇たちが身を離すと、バラバラになった金属鎧が水面に滑り落ちた。
魔ヶ珠が成長する痛みに堪えながら、青志は大蛇たち――――いや、大蛇ゴーレムたちに笑いかける。
「じゃあ、オロチは生きているんだな」
青志の問いに、少し前に進み出た大蛇ゴーレムの1体が、はっきり頷いてみせた。
「そうか――――」
ずっと心配していたことだけに、ホッとする青志。
ならば、一刻も早くこの状況を片付けて、オロチの元に行くだけだ。ゴーレムだけを差し向けてきたということは、まだオロチ自身は動けないということだろうから。
「全く、親不孝というものだな。せっかく蘇った己の父親を手にかけるとは。おかげで我の目算も、大きく狂ってしまったではないか」
そんな青志の背後から現れたのは、先ほどまでバルコニーにいた偉そうなオーク2体だ。
ローマ時代のトーガのような白い1枚布を身体に巻き付けた格好のオークは、真っ赤な鬣を逆立て、余裕ぶった様子で青志たちに近づいてきた。
その風格だけで、とんでもなく強いのが分かる。
青志1人では倒し切れなかった、ゴブリン・キング以上だ。
そんな化け物が、2体である。
1体は猪面なのに、ちょい悪ダンディなイケメンと表現したくなるような偉丈夫。手には、やけにキラキラした槍を持っている。オーク・キングなのだろう。
そしてもう1体は、やはり猪面なのにやけに色っぽさが漂う熟女系である。こちらがオーク・クイーンという訳だ。手にしているのは、ワイヤーを束ねたような鞭。
うわぁ、逃げたい・・・。青志は、心の中でそう吐露した。
折れた肋骨は、足元のスライムゴーレムが土魔法で治しにかかっているが、ゴブリン・キングとの一戦で身も心も消耗し尽くしているのである。
できれば、安全な場所に移動して眠りたいぐらいなのだ。オロチの大蛇ゴーレムたちだけで、勝てたりしないかなと思ってしまう。でもそれは、無理な話というものだろう。
ゴブリン・キングをゴーレム化すれば大きな戦力になるだろうが、必要とする魔力のコストが多すぎて、他のゴーレムたちが機能停止してしまいそうだ。まあ、それ以前に、オロチの手前、その父親をゴーレム化するのは論外な訳だが。
つまり状況は、すこぶる悪い。
マナたちもまだ、生きているのと死んでいるオークの混成部隊に囲まれたままのようだ。
「死せるゴブリンの王は失ったが、代わりに良い駒が見つかったわ。叩き殺した上でゾンビにして、更に進化させてやれば、少しは使えそうじゃないか!」
青志を見て、嬉しそうに笑うオーク・キング。その後ろで、オーク・クイーンも上品にコロコロと笑っている。
あれ? 目を付けられちゃった? 真剣に危機感を覚える青志。
オーク・キングのユニーク魔法は『進化』。オーク・クイーンは『死霊術』。どちらも、今は警戒する必要がないはずだ。問題となるのは、単体の戦闘力だけ。
さっき、キングが鷹ゴーレムを倒したのは、土魔法を使ったのだろう。クイーンの方の魔法属性は分からないけれど、どちらとも、その魔力は青志を上回っていると見て間違いない。
「ゴブリン・キングの後釜なんて、大出世だね」
「では、おとなしく我が手にかかるか?」
「もちろん、断る!!」
青志は直径50センチほどの衝撃球を、真っ正面からオーク・キングに叩きつけた。ゾンビやゴーレムでなければ、1発食らえば大ダメージ必至の一撃だ。
が、その攻撃は、オーク・キングの眼前に出現した岩塊に遮られた。青志は連続で衝撃球を放とうとするが、オーク・キングの生み出した岩塊が破裂し、無数の欠片が襲いかかってきたのを見て悲鳴を上げる羽目になる。
しかし、すかさず青志の前にも土の壁が立ち上がり、石飛礫の雨を食い止める。スライムゴーレムのファイン・プレイだ。
「邪魔だ!!」
オーク・キングが右足を踏み鳴らすと、青志とオーク・キングの間の地面が、爆発したように吹き飛んだ。その上に溜まった水と混ざり合った泥と土砂が、凄まじい勢いでスライムゴーレムを宙に舞い上げる。
むろん、青志だって無事ではない。土砂の噴流に打たれ、全身から血を撒き散らしながら、ぶっ倒れることになった。
オーク・キングは青志に目もくれず、宙に飛んだスライムゴーレムに特大の岩の槍を打ち込む。青志より先に、ゴーレムたちから片付けようという気らしい。
細かな指示を必要とせずに自律的に青志を守ろうとするゴーレムたちがいる限り、青志を殺すことは難しい。そういう意味で、先にゴーレムから倒そうとしたオーク・キングの考えは間違ってはいない。
が、オーク・キングの誤算は、ゴーレムたちの多くが超科学的な素材で作られていたことだ。
岩の槍が命中しても、スライムゴーレムは跳ね飛ばされただけで、まるでダメージを受けなかった。水中に落下するや、スルスルと青志の元に舞い戻って、その身体を守りにかかる。
「ちっ! やけに頑丈な・・・。ゴーレムどもが鬱陶しいが、やはりマスターから倒すしかないようだな」
槍を構え、青志に狙いを定めるオーク・キング。
「い、痛ぇ・・・。今のは、さすがに痛ぇ・・・」
片や青志は、呻きながら、なんとか立ち上がろうともがいていた。全身に細かな傷を負ったせいで、意識が集中できず、治癒魔法をかけるのも霊獣ゴーレム任せだ。
そんな青志を守ろうと、ミミズゴーレムと甲冑鷹ゴーレムが果敢にオーク・キングに攻撃をかける。
ミミズゴーレムは地中を移動しながら地面から石の槍を突き立て、甲冑鷹ゴーレムは上空から石飛礫をばら撒いた。上と下からの波状攻撃に、並みの者ならなす術もなく穴だらけになってしまうところだ。
しかし、オーク・キングは同時にいくつもの石の盾を作り出し、悠々と全ての攻撃を受け止める。そして青志を仕留めるために、槍を片手に歩を進めていく。
「ここまでだ。ゴーレム使い!」
「くっ!」
青志も衝撃球を連射するが、石の盾に阻まれるだけだ。
ならばとミミズゴーレムに落とし穴を作らせようとするが、オーク・キングの魔力は己の足元までもを支配しており、得意の戦法も通用しなかった。やはり、水魔法は土魔法に対して、分が悪いのである。
青志の目の前に達すると、オーク・キングが槍を振りかぶる。
もう打つ手がなく、呆然とそれを見上げる青志。
しかし青志に打つ手はないが、そうでない者もいた。
オーク・キングの周囲の水が割れると、4体の大蛇ゴーレムが飛び出したのだ。むろん、オロチのゴーレムである。
甲冑鷹ゴーレムたちと同じ金属で作られた大蛇ゴーレムは、石の盾を軽々と粉砕し、オーク・キングの四肢に牙を突き立てる。
「やっぱり、大型のゴーレムはいいね!」
ここぞとばかりに、青志は衝撃球を打ち放った。