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ジャイアント・オーク

「最近、水魔法使いがあちこちで揉め事を起こしてるって聞いたけど、あんたたちのこと?」

 いつもは丁寧な言葉づかいをする青志が、珍しく(とげ)を含んだ口調になっていた。

「何を!? 水魔法使いがどんな思いをしてるか知らねぇクセして、適当なことを()かしてんじゃねぇぞ!!」

 その棘を敏感に感じ取って、またチンピラ風の少年が(わめ)き立てる。


「その調子じゃ、揉め事を起こしてるのは本当らしいな」

「なんだとっ!」

 年嵩(としかさ)の男が止めるのも聞かず、チンピラ少年が青志に向けて魔法を放った。

 水の鞭。

 青志にとっては、見覚えがあり過ぎる技だ。

 ユウコの言った通り、やはりトラブルを起こしている水魔法使いたちとシムは無関係でないらしい。


 パンッ――――!


 間の抜けた破裂音。

 水の鞭に込められた衝撃波が弾けた音だ。

 しかし、それを浴びたのは青志ではなかった。

「な、なんだ、お前!?」

 突如現れた外套姿の小柄な伏兵に、驚きの声を上げるチンピラ少年。自分の放った衝撃波をまともに受けて、まるで平気そうな様子が信じられないのだろう。


 小柄な伏兵は、デンキゴブリンゴーレムだった。

 生体ではないゴーレムには、体内の水分に衝撃を伝える技は、なんの効果も及ぼしはしない。ただ、外套を濡らしただけだ。

 が、目の前の相手がゴーレムであることを知らないチンピラ少年は、自分の技が利かないことに恐怖した。

「て、てめぇっ!」

 結果、短剣を抜いて、デンキゴブリンに刃を突き立てようとする。


 ぱりっ――――。


 デンキゴブリンが放ったのは、やはり水の鞭だ。

 ただ、そこに込められていたのは、衝撃波ではなく電流だった。

 チンピラ少年は、呆気なく昏倒。うつ伏せに倒れたまま、ヒクヒクと痙攣する。

「お、お前!!」

 年嵩の男が叫ぶや、残りの男たちも腰を落として戦闘体勢に入る。


「先に手を出したのは、そのチンピラだろう?」

「黙れっ! 俺たち水魔法使いは、2度と舐められる訳にいかないんだよ!」

「固いなー。そんなのじゃあ、敵が増えるだけだろうに。そんなのがシムの目指してるものなのか?」

「おい! どうしてシムさんの名前を知っているんだ!? や、やっぱりお前、俺たちを潰しに来たのか!?」


 言うや、年嵩の男が水の鞭を放つ。それも、両方の手から1本ずつだ。

 2条の鞭がデンキゴブリンをかわしながら、青志に迫る。明らかにチンピラ少年より、使う技が高度だ。

 が、青志もまた2条の水の鞭を繰り出すや、それをあっさり相殺してしまった。


「な!? お、お前も水魔法使いなのか!? それに今の技は俺たちと同じ・・・。さては、他の属性使いに(くみ)した裏切り者だな!!」

 被害者意識が強いのか、年嵩の男はどうしても青志を敵と決めつけたいらしい。

「全員でやるぞ!!」


 6人の男が、一斉に水の鞭を飛ばす。その数は10近い。

 デンキゴブリンがその身体を盾にして数条の鞭を止めるが、半分以上の鞭が青志へと襲いかかる。

 年嵩の男は、確実に水の鞭が青志に命中すると考えたはずである。それと同じだけの水の鞭を作り出し、全てに衝撃波を込めた上で、鞭同士をぶつけ合って相殺するなど、不可能な技だからだ。


 確かに、青志にもそんな器用な真似は無理な話だった。

 そこでやったのは、自分を中心に水の壁を作り出すことだ。

「――――!?」

 全ての水の鞭が、水の壁に命中したところで弾け飛ぶのを見て、男たちは声にならないどよめきを上げた。

「そんな。普通の水の壁なら、衝撃波で吹き飛ぶはずなのに・・・」


 青志がやったのは、作り出した壁の中で水を高速で対流させるということだった。その壁に命中した水の鞭は、衝撃波を伝える前に、その水流によって弾き飛ばされたのだ。

「あんたたちの邪魔はしないと言ってるだろ? 平和的に話をしないか?」

 相変わらず焚き火の前に座ったままで、青志は余裕を見せつける。


「オレが訊きたいのは、シムのことだけなんだ」

「うるさい! 本気でいくぞ!!」

 年嵩の男が腰の斧を手にすると、他の男たちも自分の得物を抜き放った。

「やめないか。こっちだって、少しは本気になるぞ?」

「かかれ!」

 青志の言うことに聞く耳も持たず、男たちは攻撃に移った。後方の3人が水の鞭を放ち、年嵩の男を含む前方の3人が武器で襲いかかるという連携だ。


 バチィッ――――!!


 しかし次の瞬間、物理攻撃をしかけた3人は棒のようにぶっ倒れた。水魔法の応酬でできた水たまりに、デンキゴブリンが電流を放ったのだ。

「お、おい!」

 後衛役の1人が声を上げたが、直後に肉を打つ音が連続し、その3人もあっさりと地に沈む。こちらは、物陰に隠れていたゴーレムたちに殴られたのである。

 青志からすると、拍子抜けするぐらいに呆気ない幕切れであった。





 意識を取り戻した年嵩の男が目にしたのは、焚き火の炎とそのそばに座る青志、そして2人の少女だった。

「気がついたか?」

「・・・」

「先に言っておくけど、あんたたちの伏兵も倒しておいたから、変な期待はしない方がいいよ」


「なっ!?」

 縛られたまま、辺りを見回す男。

 確かに男の周りには、11人の人間が縛られ、転がっていた。つまり男たちは、姿を見せた7人以外に5人の伏兵を用意していた訳だ。

 もちろん、倒したのはマナたちである。


「こんなことをして、ただで済むと思っているのか!?」

「しつこいけど、オレはあんたたちの邪魔をする気はないんだよ。オークを討伐してくれるんなら、逆に都合がいいぐらいだ。オレはまだここでやる用事があるから、朝になったら、黙って出て行ってくれない?」

「ふざけるな。ここまで虚仮(こけ)にされて、おとなしく引き下がれるものか!」


 さすがに考えなしに魔法をぶっ放しはしないが、男は怒りを隠そうとしない。青志としても「邪魔はしない」と言いながら、男たちを煽ってしまった自覚があるだけに、それ以上男を(なだ)めるのはあきらめることにした。

 男たちとシムが関係あるのが分かっただけでも、良しとするべきだろう。シムが何を目指しているかなど、本人に確かめるしか知りようがないのだ。少なくとも、チンピラ少年を尋問しても、正確な情報は得られないだろう。


 また男を気絶させると、男たちが凍えないように焚き火を増やし、青志は朝を待った。

「でも、どうしようかね、この連中・・・」

 男たちはこのまま放置しておいて、青志たちが移動するのが簡単なのだろうけど、この林はオークから隠れるのに都合がいいし、モウゴスタ市からあまり離れたくもない。


「口封じしちゃう?」

 マナが可愛く、しかし物騒なことを口走る。

「はい、却下。可愛い女の子が、そんな怖いことを言わないの」

「は~い。でも、じゃあどうするの?」

「やっぱり、一旦こっちが姿を消すしかないかな」

「シムのことは、どうするの?」

「この連中を尾行してたら、居場所が分かるんじゃないかと考えてるんだけど」


 もしかするとオーク討伐も、目の前の連中だけでやるのではなく、後からシムを含む他のメンバーが合流するのではないかと、青志は思っていた。

 が、周囲が明るくなりかけて、再び鷹ゴーレムを上空に飛ばした時点で、青志は状況が変化していることに気づく。数体のオークとジャイアント・オークが1体、林に近づいて来ていたのだ。


「むぅ。オロチを探すのにゴーレムを集中させ過ぎたか。オークの監視が穴だらけになってたな」

 街中でだらけているオークを目撃したせいで、青志はオークから攻めてくる可能性をまるで考慮していなかったのだ。

 オークの一団は城壁の破れ目から、すでに街の外に出て来てしまっていた。『アンダインの爪』との戦闘時の魔力を感知されたのかも知れない。


 今すぐ撤収すればオークをかわすこともできそうだったが、そうすれば失神中の男たちがエサになってしまう。

 どうやら、選択肢は絞られてしまったようだ。

「気に入らないと思いながら、結局助けてあげるんだ?」

「うるさいぞ。悪いか?」

「悪くないですよー」

 仕方なさそうな振りの青志。それを見るマナの目が、なぜか嬉しそうだ。


「ミウ、デンキゴブリンと一緒に、連中に治癒をかけてくれるか? ついでに、連中を守ってくれると助かる」

「気は進みませんが、分かりました」

「・・・すまん」

 ミウのそばに、更に甲冑鷹とミミズゴーレムを配し、青志は林の外縁でオークたちを待ち伏せることにした。


「ノーマルのオークは6体か」

 駆け出しのころにオークに遭遇したときの恐怖が、青志の胸のうちに甦る。そのときはグレコたちと協力して、なんとかぎりぎり1体のオークを倒すことができたのだった。

 今回は、頼りになるゴーレム軍隊がついている。それに、青志自身の戦闘力が各段にアップしている。ノーマルのオークが6体ぐらいいたって、大した脅威にはならないはずだ。


 問題は、ジャイアント・オークという未知の存在。

 オロチが勝てたのなら、青志も勝てると信じたいところである。しかし、その身体は予想以上に大きかった。身長は3メートルを超えているだろう。

 太く短い足は、ひどいがに股。上半身の筋肉は不自然なまでに分厚く、長い腕は己の足よりも太く逞しい。


「前傾姿勢といい、体型だけならゴリラだよねー」

 しかし、その大きさのせいで、ゴリラというよりは、有名なハリウッド映画の巨大猿を思い出してしまう。

 ただ、顔はあくまでイノシシっぽくて、全身は褐色の短毛に覆われている。

 口の両端から緩く湾曲して伸びた牙が、まるでマンモスのようだ。


 そして他のオークもそうなのだが、完全な裸である。股間の逸物を隠そうという気もないらしい。ジャイアント・オークのそれに至っては、人間の子どもぐらいのサイズだ。

「地面にこすれそうじゃん。何か、無性に腹が立つな・・・」

「パパ・・・」

 なぜかマナが、青志の背を優しく叩く。


「マナ。ゴーレムたちと一緒に、ノーマルのオークをやってくれるか? ジャイアントは、オレが引きつける」

「了解。すぐに片付けて、手伝いに行くから!」

 林の中に青志たちの姿を認めたのか、オークたちが騒ぎ始める。

 作戦など、まるでないようだ。それぞれがいきり立ち、ゴツい棍棒を振り回している。


 オークたちの接近に合わせて、ゴブリンゴーレム4体が進み出た。

 ゴブリン・ウィザードが火魔法を発動。生み出される炎の塊。同時に超音波ゴブリンが風の渦を巻き起こす。

 生じたのは、火炎旋風。

 炎の渦が空気を焦がしながら、オークたちに襲いかかった。

「ぷぎゃっ!!」


 自前の毛皮に火がつき、オークたちが慌てふためく。ただし、後方にいるジャイアントまでは、炎が届いていない。

 青志は、炎をまとってジタバタするオークたちをかわすように、横合いから前へ出た。

 直進しようとするジャイアント・オークに、斜め前から水の球をぶつける。もちろん、衝撃波付きだ。


 ばしゃっ――――!


 しかし、衝撃波が炸裂したのは、ジャイアント・オークが持つ金属の大盾の表面でだった。

 ジャイアント・オークは服を着ていないくせに、左手には巨大な盾を装備していたのである。その大きさは、青志の背丈と同等だ。

 そして右手には、野球のバットの先端を膨らませたような、やはり巨大な棍棒を持っている。


「明らかに、ジャイアント専用の武器と盾だろ。オークにも鍛冶屋がいるのか?」

 文句を言う青志に向かい、ジャイアント・オークの進路が変更される。その巨体のためか、動きが鈍いのが救いだ。3メートルを超える図体で、イノシシ並みの突進をして来られたら、人間にはなす術がないだろう。


「とりあえず、盾から壊しておくか」

 ジャイアント・オークが迫って来るが、青志は平然と次の魔法攻撃の準備に入る。前方に、ゴルフボール大の水の球を30個ばかり浮かべたのだ。

 が、そうする間にも、ジャイアント・オークが大きな歩幅で近づいて来ようとする。


 あと5歩。

 あと4――――。

 その足元が、突然沈み込んだ。

 不意の陥没に片足を取られ、姿勢を崩すジャイアント・オーク。

「スライムくん、ナイス!」

 スライムゴーレムが、土魔法で落とし穴を作ったのだ。

 ここぞとばかりに、ジャイアント・オークに水の球を撃ち込む青志。


 散弾のような水の球の攻撃を、ジャイアント・オークはとっさに大盾で受け止めた。

 しかし、今回水の球に込められていたのは、衝撃波ではない。込められていたのは、青志の2つ目のユニーク魔法である錬金魔法。その腐食の力だった。

 30の水の球が命中した大盾に穿たれたのは、30の腐食した穴。

 そこにスライムゴーレムが魔法で作った岩塊をぶつけると、大盾は粉々に砕け散った。


 無防備になったジャイアント・オークの頭部を狙い、青志は更に30ほどの腐食球を発射する。

 棍棒を振り、腐食球を叩き落とそうとするジャイアント・オーク。

 が、全ての球を防ぐのは無理だ。

 10ほどの腐食球が頭部に命中し、血がしぶく。

 そして腐食し、穴だらけになり、砕け散る棍棒。

「ぎゅおおおおおっ!!」


 怒りと怖れ、それに驚愕が()()ぜになった悲鳴を上げるジャイアント・オークに、青志は追撃の水の球を放った。今度は衝撃波が込められた大型の球だ。その直径、1メートル。


 轟――――!!


 水の球が命中するかと見えた瞬間、ジャイアント・オークの口から放たれた何かが、それを吹っ飛ばす。

「うぉっ、ブレスを吐いたのか!?」

 伝説の中で、ドラゴンが火や毒の息を吐く場面があるが、ジャイアント・オークがやったのも、それに似たもののようだ。


 しかし、青志はすぐさま2発目、3発目の衝撃球を発射する。

 ブレスの連発はできないらしく2発目は左手で防がれたが、3発目がジャイアント・オークの頭部に命中。ジャイアント・オークの目、耳、鼻、口、そして腐食球に穿たれた穴から、大量の血煙が噴出した。

「よしっ!」


 どうやら、現在の青志にとって、ジャイアント・オークはそれほどの脅威ではないようだ。大きな地響きを上げて地に沈む巨体を見やりながら、青志は満足げにそう思う。

 マナたちはと見れば、そちらも簡単にオークたちを殲滅したようで、青志の戦いを眺めていた。

「衝撃波を飛ばせるなんて、あんたは一体・・・?」


 ミウの治癒で失神から覚め、1人で後を追って来たのだろう。年嵩の男が、青志の戦いぶりに驚いていた。

 水魔法で作り出した水を通じて、敵に衝撃波を伝える技は、その水が術者の身体に接していないと、上手く衝撃を伝えられない。そのため、水を鞭状にして、術者と接した形で使うのだ。

 青志がやるように、身体から切り離した水の球に衝撃波を込めることは、まだ他にやれる者はいないだろう。


「シムの師匠って言ったら、信じるか?」

「し、師匠!? 馬鹿な・・・。いや、でも、シムさんも、別の人から衝撃波を教えてもらったと・・・」

 ジャイアント・オークをあっさり倒すのを見て、やっと年嵩の男は青志の言葉に耳を貸す気になったようだ。


「もしシムが近くにいるんなら、この林に青志がいると伝えてくれないか」

「アオシ・・・さん? ああ、分かった。そう伝えるよ」

 失神から覚めた男たちは、ぎこちない動きで林を去って行った。向かったのは、更に北方向だ。

 チンピラ少年はまだ青志につっかかろうとしていたが、今度は年嵩の男が強く押し止めた。


「さて、オロチが見つかるのが先か、シムがやって来るのが先か・・・。その前に、またオークの襲撃があるかな?」

 ゴーレムたちに見張りを任せると、遅まきながら、焚き火のそばで青志は眠りについた。

 

 

 

 

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