モウゴスタ偵察
青志は北に向かっていた。
目的はモウゴスタ市近辺の偵察。
お供は、マナとミウ、ゴブリン・ウィザード、超音波ゴブリン、デンキゴブリン、ノーマル・ゴブリン2体、甲冑鷹、ノーマル鷹2体、スライム、猫ゴーレムのラインナップ。全てが、宇宙船の謎金属仕様だ。
青志だけでなくゴーレムたちの戦闘力もずいぶんアップしているので、都市近くでは怖いものなしである。
北の砦を過ぎ、更に北上しても、ごく普通に狩りをしている冒険者が目立つ。
モウゴスタ市の占拠者がゴブリンからオークに変わった事は、冒険者たちに通達が回っているはずだ。オークの集団が攻めてくるかも知れない中、それでも北側での狩りをやめないのは、武闘派と噂される北門ギルドの面目躍如というところだろうか。
クラン『不屈の探索者』のゴッホや、シムの友だちのグレコたちはどうしているのだろうという思いが、青志の脳裏を過ぎる。
シムと言えば、ユウコから教えてもらった情報を、青志は気にしていた。
最近、水魔法使いの冒険者が増えてきているというのだ。
これまで水魔法は、戦闘に向いていないということで、農民魔法などと揶揄されてきた。それが急に、水魔法を使う者が冒険者として力をつけてきたせいで、他の冒険者との小競り合いが、いくつかのギルドで起こっているという。
そして、そんな水魔法を使う冒険者たちの背後にいるのが、どうやらシムらしいのだ。
おそらくシムは、衝撃波の使い方を水魔法使いたちに教えたのだろう。
衝撃波については、青志が編み出した技とはいえ、特許を主張するような話ではない。そもそも、シムの方が上手く使いこなしていたのだ。青志の感覚では、元祖は自分で本家はシムと言ってもいいぐらいである。
水魔法使いの地位向上のような面倒くさい真似を、青志はやる気になれないが、シムはそれをやろうとしているのだろうか。
しかし、急激な変化は必ず軋轢を生む。
これまで馬鹿にしていた水魔法使いが大きな顔をするのは、他の属性使いには面白くないことだろう。また、ずっと虐げられていた水魔法使いの中には、他の属性使いに仕返しに走る者もいるだろう。
いずれシムは、難しい立場に立たされるかも知れない。オロチの件が片づいたら、シムを探してみようと思う青志である。
モウゴスタ市のオークを警戒するための新しい砦は、ぽつんとある小山の上に建てられていた。
小山の麓や中腹には空堀や木柵が設置され、見るからに堅固な構えだ。出入りしている兵士の数も多い。ゴブリン戦の後に、大量に補充されたに違いない。
クリムトも、そこにいるのだろうか? アスカで買ったクリムトの土産の日本酒を、どうやって渡したものかと悩む青志。
砦の周りにも変わらず冒険者はいたが、青志は兵士に見咎められないように、できるだけ目立たないルートを選んで、更に北上する。
青志がコソコソと行動するのは、モウゴスタ市付近が兵士たちによって封鎖されていると予測したためである。兵士に見つかって追い返されるようでは、偵察にならないのだ。
以前は、ゴーレムは青志から1キロメートルぐらいまでしか離れることができなかった。現在は青志の魔力量が増えたおかげで、2キロメートル以上離れることができる。
が、逆に言えば、その程度まではモウゴスタ市に近づく必要があるのだ。
モウゴスタ市まで半日ぐらいの距離になると、冒険者の姿は見られなくなった。代わりに目につくのは、二足トカゲに乗った伝令ばかりである。モウゴスタ市を監視する部隊と砦との間で、やたら頻繁に行き来させているのだ。
何かが起こった際には、すぐさま伝令によって報告が伝わるのだろう。もしくは、急に伝令が来なくなったことで、異変があったと知れる訳だ。
そんな兵士たちの目をかいくぐり、青志はモウゴスタ市の近くまでたどり着いた。
と言っても、陣取っているのは林の中。直接、モウゴスタ市を視認することはできない。思い切り身を潜めている訳である。
しかし、偵察を行うのはゴーレムたちだ。青志は身を隠したまま、その成果を受け取ればいい。
林の中、迷彩柄のタープを張って、屋根と壁を作る。壁は、モウゴスタ市に向けている。オークや兵士の目を誤魔化すためである。
タープの陰に、テントを設営。
焚き火もしたいので、スライムゴーレムの土魔法で、目隠し用に1メートルほどの高さの壁を作らせた。
青志の望む通りに、ゴブリンゴーレムたちが、黙々と居心地の良い野営環境を整えていく。問題は今が冬ということだが、夜はマナが火魔法で体温を上げ、湯たんぽ状態になってくれる。ここまでの道中ですでに3夜を過ごしているが、おかげで寒さに凍えずに済んでいた。
マナとミウは、超音波ゴブリンとともにコウモリ狩り中だ。コウモリのゴーレムを偵察に使うためである。青志が頼むと、2人ともやけに嬉しそうに飛び出して行った。
青志としては、嬉々としてコウモリを狩りに行くような娘に、2人を育てた覚えはないのであるが。
「とにかく、デカいコウモリを振り回しながら走ってくるのは、やめてくれ」
現在、ノーマル鷹2体が、すでにモウゴスタ市の上空を舞っている。
地下からは、必要になるかどうかは分からないが、土魔法を使えるミミズゴーレムを送り込み済みだ。
夜になると、そこに大量のコウモリが加わることになる。
空から見る限り、オークたちはモウゴスタ市の城壁の内側で、思い思いに過ごしているようだ。あまり統制が取れているようには見えないし、戦闘的になっている様子もない。
少なくとも、今すぐにオークの群れがサムバニル市に侵攻してくることは、なさそうだ。オークたちの様子を見て、青志はそう思った。
ならば、オロチを探すことを優先しよう。
オークが攻めてくるようなら、青志はもちろんサムバニル市防衛に参加する気でいる。が、オークがモウゴスタ市から動かないのであれば、自分から攻撃をかけるつもりはない。
王立軍の兵士たちは、モウゴスタ市奪還を狙っているようだが、少なくとも青志にはそれに協力する意志はなかった。
「サムバニル市に比べると、モウゴスタ市はずいぶん小さいな」
鷹ゴーレムの目でモウゴスタ市を一望し、青志は独り言ちる。
サムバニル市は山手線がすっぽり入るぐらいに広いが、モウゴスタ市はもっと常識的な面積だ。1周するのに半日ちょっとしかかからないだろう。
偵察するには、ありがたい話だ。が、それでもゴーレムの行動範囲を上回ってしまっている。
青志がモウゴスタ市の周りを移動しながら、少しずつ調べていくという方法もあるが、ここはオロチがやっていた技術をいただくことにした。
魔力を込めた魔ヶ珠を中継器として使い、ゴーレムの行動範囲を広げるものだ。コウモリゴーレムを大量投入する際に、魔ヶ珠を2~3個ずつ持たせることにする。
おかげで、マナとミウの狩りのノルマがグッと増えたのだった。
日が暮れると、コウモリゴーレム20体を投入。
翼長30~40センチ程度のサイズのせいか、それだけゴーレムを増やしても、青志の魔力量にはまだ余裕がある。王都行きの航海前から比べると、そのキャパシティーは段違いに上がっているのである。
コウモリたちは、両方の脚で1個ずつ、口で1個、合計3個の魔ヶ珠を運んでいる。全て、青志の魔力が込められたものだ。それを目立たない場所に落としながら、己たちの行動範囲を広げていく予定である。
辺りに散っていくコウモリゴーレムの群れを、青志は焚き火に当たりながら見送った。
右手に持っているのは、コーヒーの入ったカップ。ヒミカが頑張ってコピーしてくれたおかげで、コーヒーも砂糖も在庫はたっぷりなのだ。
身体の右側には、体温を上げたマナがぴったり貼りついてくれているので、とても温かい。
左側には、ミウがやはり貼りついている。元々ボディが金属製なので、そちら側はひんやりしていた。が、青志はほんのり温かい気分を味わっている。
焚き火のすぐそばにはゴブリン・ウィザードが控え、残りのゴブリンゴーレム4体が周囲を守ってくれている。
林の中にもコウモリゴーレム5体を飛ばしているし、猫ゴーレムも巡回中だ。それに、甲冑鷹ゴーレムも近くの梢の上にいる。
久しぶりにゴーレムたちに囲まれて、青志は不思議と落ち着いた心持ちになっていた。
「オロチを探しに来ておいて言うのは変だけど、こういうのが落ち着くなぁ」
「パパ、リュウカたちのこと嫌いなの?」
「いや。好きだけどさー。可愛い女の子とずっと一緒にいたら、気が休まらないだろ?」
「なんで、自分の娘ぐらいの子に緊張するのよ?」
「放っておいてくれよ・・・」
そうやって、マナたちと軽口を叩いている間にも、コウモリゴーレムたちはモウゴスタ市とその近辺の探索を進めていく。モウゴスタ市全域を調べ尽くすには数日を要するだろうが、すでに分かってきたこともあった。
まず、オークたちに見張り役がいない。
城門付近に数体のオークが陣取っているが、見張りをする様子は全く見られない。どの個体も勝手に好きなことをしているだけだ。
見張りだけではない。
そもそも、オークたちには役割分担がないようだ。
ほとんどの個体は横になってゴロゴロしており、だらけ切っている。焚き火や灯りなどのために火を使う習慣はないらしく、真っ暗な中、地面に直接横たわっていた。
ひどく原始的なコミュニティーのようだ。
これなら、王立軍もモウゴスタ市奪還しようと画策するだろうなと、青志は納得する。
ゴブリンの占領時には、そうはいかなかったのだろう。
その規律がどの程度のものかは知らないが、ゴブリン全体の意識がリーダーを中心に緩く繋がっているという話だったことから、蟻や蜂のように高度に組織化されていたに違いない。
そんな中、気になるのは、オークたちの不潔さだ。
オークたちの食べたケモノの骨や排泄物が、所構わずぶちまけられているのである。オークたちも、自分の身体が汚れるのを嫌う素振りがない。
偵察中のゴーレムから匂いまで伝わってきたら、青志は悶絶してしまっただろう。モウゴスタ市を攻めるとしたら、最大の敵は悪臭になるかも知れない。
「やっぱり、できるだけオークには関わりたくないな・・・」
「あたしたちも、服が汚れるのはイヤだな」
新しく女子高生たちにもらったゴシックドレスを触りながら、マナが言う。寒さを感じないマナたちだが、着ているものは、冬らしく厚手の生地で長袖に変わっている。マナの服は赤色で、ミウの方は青色。2人ともその上に、おそろいの腰下までの黒いケープをまとっていて、よく似合っていた。
「うん。オレが汚れるのもイヤだけど、お前たちを汚す訳にもいかないね」
もしモウゴスタ市に攻め込むのなら、まずは大量の水で街を洗い流してやろうと、青志は心に決める。今の青志の魔力量であれば、それも可能なはずだ。
と、コウモリゴーレムの1体が、オロチのワイバーンゴーレムの残骸らしき物を発見した。
それがあったのは、モウゴスタ市の北側の城壁のすぐ内側。
見覚えのある漆黒の宇宙金属が、細かな破片となって、広い範囲に散らばっていた。その飛散具合から見ると、上空でゴーレム化が解けて、構成物が広範囲に散らばった印象だ。
アンデッドになったゴブリン・キングに叩き落とされたという話だが、ダメージを受けて地上に落下したのではなく、上空にいる間に破壊されたと見るべきだろう。
果たして、究極に強靭な宇宙金属製のワイバーンゴーレムを、どうやって破壊できたのかと青志は首をひねる。
しかし、それ以上に問題なのは、オロチが城壁の内側と外側のどちらに落ちたかということだ。外側に落ちて無事に逃げていればいいが、内側に落ちていたら、どこかに身を潜めていることになる。
上空から落ちたとなれば、大きな怪我を負うことは免れられないであろう。もちろん、死亡してしまっている可能性も捨てられない。
ルベウス配下の忍者部隊が見失ったままということは、オークに捕まってはいないはずだ。
少々の怪我なら自らの水魔法で治せるはするが、骨折は土魔法の領分なので、オロチには治すことができない。骨折し身動きの取れない状態で、どこかに隠れているオロチを想像し、青志の胸はチリチリと焦げるようである。
とりあえず、ワイバーンゴーレムの残骸を中心に、捜索範囲の見直しだ。モウゴスタ市全域に散っていたコウモリゴーレムたちを、その近辺に集中させる。
できれば、青志のいる林の周辺を警戒させているコウモリゴーレムたちも、オロチ捜索に参加させたいぐらいである。
が、その警戒中のコウモリゴーレムが、林に接近する男たちを察知した。兵士たちがいるのとは、逆の方向から近づいてくる。
「冒険者か?」
焚き火の炎を隠す壁は、兵士たちやモウゴスタ市側にしか作っていなかったので、その反対側からやって来る冒険者たちには、すでに気づかれているだろう。
「さて、どうするべきか・・・」
「やっちゃうんなら、あたしたちがササッと済ませてきちゃうけど?」
ニコニコしながら言うマナ。
「怖ぇよ。とりあえずオレが相手するから、マナとミウは隠れててくれるか? 連中が手を出そうとしたら、好きにしていいから」
「了解!」
マナとミウが、いそいそと闇の中に消えていく。
ゴブリンゴーレムたちも、静かに姿を隠す。
焚き火のそばに残ったのは、青志だけ。冒険者たちの接近に気づかない振りをして、ゆっくりとコーヒーを飲む。
「あ。このコーヒーは、見られない方がいいな」
少し温くなっていたコーヒーを、青志は一気に飲み干す。
冒険者たちが青志の前に姿を見せたのは、それから1時間ほども後だった。そのうち半分は、木立の陰から青志の様子を窺っていた時間だ。もちろん同じ時間、青志もゴーレムたちの目を通して冒険者たちを観察していた訳だが。
「やあ、こんばんは」
姿を見せた冒険者は7人。男ばかりだが、年齢はバラバラ。その中の一番年嵩の者が声をかけてきた。
「こんばんは。こんな時間にどうしましたか?」
真っ暗な林の奥から松明も持たずに現れた時点で、男たちは怪しさ満点だが、一応友好的に言葉を返す青志。
「いや。野営場所を探してたら、焚き火が見えたもんでさ。どうせならって来てみたんだよ」
会話を担当しているのは、鍛えられた身体つきながらどこか柔和な印象のある、あまり冒険者らしくない40代の男だった。腰には片手で扱える斧を吊っている。
「良かったら、焚き火に当たりますか? ちょっと狭いですが」
「それはありがたいが、その前に、あんたはここで何をしているか訊いていいかい?」
言葉を発する男の後ろで、残りの男たちが少しずつ位置を変えていく。青志から見て、全員の立ち位置が重ならないようにだ。
「モウゴスタ市を見てみたかったんですよ。兵士もいるし、これ以上近づけそうにないですけどね」
「そうかい? オークどもを狩りにきたんじゃなく?」
「そんな自殺行為、やる気はありませんよ。でも、それを気にする貴方たちは、まさかオークを狩りに?」
「そうだよ! 俺たちがオークどもからモウゴスタ市を取り返してやるのさ! 聞いたことあるだろ、『アンダインの爪』の名をよ!!」
会話担当の男を差し置いていきなり突っかかってきたのは、10代半ばのチンピラ風の少年。
「ごめん、初めて聞いた。『アンダインの爪』って?」
「なんだとぉ! 調子に乗ったこと言ってるんじゃねぇぞ!!」
「お前は黙ってろ」
簡単に激昂した少年を、会話担当の男が後ろに押しやる。
「悪いな。ちょっと熱い奴もいてな。
で、あんたが本当に何をしにきたかは知らないが、ここから引き上げてくれないか?」
「貴方たちがオーク狩りをするなら、別に邪魔はしませんよ? 俺がここにいたって問題ないでしょう?」
「それが邪魔なんだ。俺たちには敵が多いんでね。危険につながる芽は1つでも残しておきたくないんだ」
「神経質過ぎる気がするけどね。オレが後ろから攻撃をかけると思ってるのか?」
「その通りだ。俺たち水魔法使いだけが集まった『アンダインの爪』は、そういう道を歩いてきてるんだからな」
「水魔法使いだけ・・・!?」