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『なでしこ』での会談

『なでしこ』から呼び出しがかかったのは、青志がシャガルと会った2日後だった。

 青志が買い物やら何やらで街の中をうろついていると、いきなり現れたキョウが、ルベウス第二夫人のユウコと連絡がついたと教えてくれたのである。

 夕刻には、ユウコが直々に『なでしこ』を訪れるという。


「まだ、時間があるな。キョウ、良かったら、また魔ヶ珠を見繕ってもらえないか?」

 アコーで、キョウにユニーク魔法持ちの魔ヶ珠を見つけてもらった青志は、またそれを期待して揉み手を始めた。

「おじさんが、そんな真似しても可愛くないです」

「げふっ」

「お昼をご馳走してくれるんなら、付き合ってあげてもいいですよ?」

「それで、お願いします」


 という訳で、青志とキョウの雑貨屋巡りが決定した。

 アコーで手に入った魔ヶ珠が、『加速』や『硬化』といった役に立つユニーク魔法を持っていただけに、期待が大きい青志だ。

 ユウコを待たすようなことがあってはいけないので、あまり時間が取れないのが残念である。

 もう昼が近かったので、まずは食事から。

 入ったのは、麺料理の店だ。


「あ、美味い」

「本当。普通にボロネーゼぽいですね」

 ボロネーゼって何だろうと思いつつ、適当に頷いておく青志。日本にいたときラーメンはよく食べていたが、パスタを好き好んで食べに行くことはなかったのだ。

 そういえば、アスカにラーメン屋はあったのだろうか? もしあったのなら、食べ損なったのは痛恨のミスだと、青志は歯噛みする。


「何か他のことを考えてませんか?」

「あー、いやいや。こっちの世界にも、色んな食べ物があるんだなと思って・・・」

「そうですね。ゲテモノにしか見えないものも、けっこうあるみたいですけど」

「それは、イヤだな」

「アオシさん、お上品ですもんね」

「育ちは悪いけどな」

「そうなんですか?」

「少なくとも、お上品な生まれじゃないな」


 日本にいたころなら、10代の綺麗な女の子と2人きりで食事をしながら軽口を叩き合うなんて、青志には有り得ない状況だった。のぼせ上がっても仕方がないと思うのに、不思議なぐらいに平静な気分だ。

 肉体の方は明らかに元気になっているのに、精神の方は枯れかかっているのだろうか?

 ウィンダと恋愛関係にあったのかは微妙だが、そのことが原因で、性欲がどこかに行ってしまっているのかも知れない。実のところ、アスカで娼館に行ったけれども、全く性欲抜きだったように思う青志である。


「アオシさん、何か変わりましたよね?」

「魅力的になった?」

「いえ。そんなことは全然ありません」

「・・・。本気で傷ついた」

「人間離れしてきました」

「それ、どんな反応をしたらいいんだ?」

「正直に言ってるだけだから、特に反応は求めてませんけども、なんだか人間としての壁とか一線とかを超えちゃったような感じがしますね」


「自分では、全然強くなれた気がしないんだけどねぇ。守りたいものも守れないし・・・」

「だって、まだこの世界に落ちてきて、1年経ってないんでしょう? 私たちからしたら、急ぎ過ぎに見えますよ。アオシさんて、いつもあんな戦い方してるのかって、リュウカも心配してましたからね」

「うわぁ、ああいうマイペースそうな子にまで心配されるなんて・・・」

「リュウカはああ見えて、普通の女の子ですよ?」

「ああ。それは、分かってるつもりだけどね」





 とか言いながら話し込んでしまったなので、雑貨屋を回る時間がずいぶん削られてしまった。

 青志とキョウは、駆け足でなんとか3軒の雑貨屋をはしごする。

 今回の目当ては、ユニーク魔法持ちの魔ヶ珠のみだ。

 そしてキョウが見つけてくれたのは、一時的に物理パワーを飛躍的に上昇させるものと、不可視の力で対象の動きを止めるものの2つだった。前者は『倍力』、後者を『拘束』と呼ぶことにする。

 どちらも役に立ってくれそうだと、口元を緩める青志。


 そのまま『なでしこ』に向かうと、店の扉には休業の札がかけられていた。ユウコの来訪に備えてのことだろう。

「それより、変な緊張感が漂っているような」

「ああ、『なでしこ』の周りに、こういうときのために兵隊さんが詰める場所があるんですよ。監視とかも始まってるはずですし、その気配じゃないですか?」

 時代劇で「殺気を感じる!」なんて言うシーンがあるが、青志も他人の気配を感じ取れるようになった訳だ。変な感動がこみ上げてくる青志であった。


「おかえりー!」

 建物の中に入ると、『なでしこ』の面々が明るく出迎えてくれる。今は会談時に食べるお菓子を焼いているそうで、なぜかマナとミウが真剣な様子で手伝いをしている。

 黒いゴシック・ドレスの上からエプロンを着け、なぜか鼻の頭の白い粉まで2人お揃いだ。

「2人とも、料理を頑張ってますよ」

 キョウが微笑ましそうに、そう教えてくれた。


 ゴーレムであるマナとミウは、食事を摂れない。摂る必要がない。それでいて料理を習おうとするのは、自分たちのためであるはずがない。

「オレのためというのは、自惚れ過ぎ・・・かな? なんにせよ、優しい子たちだな」

 青志はマナとミウを見ながら、目を細めた。

「パパがこんなでも、娘は健全に育つのですねー」

 キョウの指摘に、青志は「ははは・・・」と力なく笑うだけである。





 夕刻、ルベウスの第二夫人たるユウコは、いつもの3人の侍女だけを連れて、『なでしこ』を訪れた。侍女とはいえ、その3人も元は女子高生。落ちてきた者仲間である。

 もちろん、護衛も同道してきていて、『なでしこ』の周囲を警戒中だ。

 侍女3人は、到着と同時にユウコを放り出して、マナたちの作った菓子に飛びつく。


 青志とユウコは、食堂に通され、テーブルに着いた。キョウやリュウカといった面々も、同じテーブルを囲む。

「アオシ殿、お久しぶりです」

「ご無沙汰しております」

 チョコレートの一件で、ユウコとも砕けた口調で会話ができるようになった青志だが、余所行きな顔で、頭を下げた。

「王都行きでは予想外のこともあったようですが、まずは無事に帰って来られて、嬉しく思います」

 

 本来、青志が王都に赴いたのは、ウィンダの護衛のためだった。

 そういう意味では、青志はルベウスの依頼を失敗したことになるのだが、護衛というのは、青志をサムバニル市から一時的に遠ざけるための名目に過ぎなかったので、特にお叱りを受けることもないようだ。

「ウィンダ様のことは、申し訳ありませんでした」

「それは、私に謝るような話ではないと思います。ルベウス様も、お咎めにはならないでしょう」


 青志とウィンダの微妙な関係を知っているのか、ユウコは優しげな瞳で青志を気づかう様子である。

「では早速ですが、本題に入りましょう。モウゴスタ市でのことでしたね?」

「そうです。最も知りたいのは、オロチの現状です」

「モウゴスタ市にオロチ殿が向かったのは、確かなのですね?」

「アスカから向かったのは、確かです。もちろん、たどり着けたかまでは分かりませんが」

「なるほど。では、その情報も踏まえて、私たちが知る限りのことをお話しましょう」





 約2ヶ月前、オークの群れが、モウゴスタ市に押し寄せた。

 確かにモウゴスタ市周辺にオークは棲息していたが、数はそれほどではなかったらしい。

 それが、モウゴスタ市に攻め込んだときには、その数は500体前後に及び、しかも高度に統率が取られていたという。

 迎え撃つゴブリンの数は1000体を超え、上位種も存在していたが、一気にオークの群れに呑み込まれてしまった。


 短時間に大きく数を減らしたゴブリンたちは領主館に籠城し、ぎりぎりの抵抗を開始する。

 が、5体ものジャイアント・オークを前面に立てたオークたちの攻撃は苛烈で、領主館の陥落は時間の問題と思われた。

 そこに、ワイバーンに騎乗した上位ゴブリンが来襲。ゴーレムらしい大蛇を数体操りながら、たちまちオークの攻撃部隊を壊滅させてしまう。ジャイアント・オーク5体も、あっさり倒されてしまったという。


 これで一気に力関係が逆転したかと見えたが、オーク側から進み出た意外な存在により、また天秤はオークに傾くことになる。

 それは、異形のゴブリンであった。

 ワイバーンとともに現れたゴブリンは、異形のゴブリンの出現に激しく動揺し、ワイバーンに乗って逃亡。異形のゴブリンは風魔法によって鳥のように飛翔し、ワイバーンを追撃し、叩き落としてしまう。


 この戦闘の際に、領主館に籠もっていたゴブリンたちは撤退に成功。ワイバーンに乗っていたゴブリンは、生死不明となった。

 現在、モウゴスタ市は完全にオークに占拠されており、王立軍が北の砦より1日進んだ地点に新たな砦を構築し、その侵攻に備えている。

 オーク軍はモウゴスタ市にて、力の回復に努めている様子である。


「ワイバーンに、大蛇ゴーレム・・・。間違いなくオロチでしょうね。でも、まるで誰か戦闘を見ていたようですね」

「見ていたのです。さすがに、最初のモウゴスタ市侵攻については伝聞情報ですが、ルベウス様がすぐに手の者を放ったため、その後の経過については正確なことが分かっています」

「ここでも出ましたか、忍者部隊」

 自分の樹海での行動が筒抜けになっていたことを思い出して、青志は背筋を震わせる。


「それで、オロチはどうなったか分からないんですね?」

「ワイバーンで飛ばれてしまっては、さすがに追い切れませんでした。ただ、異形のゴブリンは無傷で帰ってきていますし、ワイバーンであったらしい残骸も発見されています」

「ワイバーンが? 特殊な金属でできていて、簡単に破壊されるようなものじゃなかったはずなのに・・・」

「確かに、見たことのない金属だったという話ですね」


 ワイバーンゴーレムが破壊されたとなると、オロチが無事である可能性が、ひどく低くなってくる。

 しかし、オロチが逃げ出すような異形のゴブリンって何者だ? 青志が「まさか」という気持ちとともに思い浮かべるのは、ただ1人。が、そのゴブリンはすでに死んでいるはずである。

「その異形のゴブリンですが・・・」

「それも含めて、確かめるためにキョウとリュウカに協力して欲しいことがあるの」


「あれをやるのね?」

 それだけでキョウとリュウカは、ユウコが何を頼もうとしているか察したようだった。

「カオリ、貴女も早くこっちにいらっしゃい」

 もう1人ユウコが呼んだのは、侍女3人衆のうちの1人だ。

「あ。は~い」

 クッキーを咥えたまま、カオリと思しき少女が近寄ってくる。


「一応訊いてみるけど、『あれ』って?」と青志。

「カオリの能力は、自分の魔力を込めた魔ヶ珠を置いてある場所を、自由に覗けるもので、照準式千里眼て感じなの」

「それに、リュウカの三位一体の能力で、キョウの魔ヶ珠の情報を読む能力を合わせて・・・?」

「オークの能力を読んでもらうわ。モウゴスタ市の各所には、もうカオリの魔力を込めた魔ヶ珠を設置済みだから」


 リュウカの両隣にキョウとカオリが座ると、3人が同時に目を閉じた。

「まずは、デカブツから――――」

「デカブツって、ジャイアント・オークのこと? オロチが全滅させたのでは?」疑問を口にする青志。

「それが、10日をかけて、5体補充し直されました」

「補充? 自由にジャイアント・オークを作り出せる?」

「それも、今からのキョウの見立てではっきりするはずです」


「うわっ、ホントにデカブツ・・・!」

「通常のオークが体長2メートル超のところ、ジャイアント・オークは3メートル近くになります。

 それで、ユニーク魔法は?」

 千里眼で見たジャイアント・オークに驚きの声を上げるキョウ。その言葉を受けて、解説を入れてくれるユウコ。

「ユニーク魔法は、持っていませんね。属性魔法も、おそらく使えないと思う」


「なるほど。ジャイアント・オークは、物理的パワーだけを気にしていればいいのね。やはり問題は、異形のゴブリンとハイ・オーク2体・・・」

「じゃあ、次はゴブリンに行くねー」

 カオリは各オークやゴブリンの居場所を把握しているらしく、千里眼の覗き先を速やかに移動していく。


「え? これがゴブリン!?」またも驚くキョウ。

「異形のゴブリンは、むしろオーガに近い外見になっていると聞いています」

「確かに・・・。えーと、能力は、異種族を支配する能力・・・。その支配力は、ジャイアント・オークなら、ちょうど5体分・・・」

 ぴったりである。

「つまり、異形のゴブリンがジャイアント・オークを操っていると?」

「オロチのお父さんだったゴブリン・キングも、オークを何体も操っていたそうね」


「ますます、異形のゴブリンの正体がゴブリン・キングだと思えてきましたが、生きてたんですか?」

「あ。このハイ・オーク、死者に擬似的な生命を与えて使役できる能力を持ってる!」

 青志の疑問を、キョウの叫びが打ち消した。

 つまり、ゴブリン・キングは、ハイ・オークに操られたゾンビな訳だ。

「やっぱりね。じゃあ、もう1体のハイ・オークの能力は?」


「もう1体は・・・生物を強制的に進化させる能力を持ってるわ」

「進化ですか。それで、大体の関係は分かりました」

 ユウコが納得したように言うのに合わせて、カオリが能力を解除すると、キョウが「ふぅ」と息を吐いた。

「オークの群れって、すごい迫力なのね。でも、その中でもハイ・オークの2体は、別格だったわ。もう、悪魔だって言われても信じちゃうぐらい」


「ハイ・オーク2体は、それぞれオーク・キング、オーク・クイーンと呼称されています」

「そう言えば、死者を操る方は、女性形だった」

「ルベウス様の見解に今の情報を合わせると、まずオーク・キングが自らとクイーンを進化させて、そのクイーンがゴブリン・キングの死体を使役。そして、ゴブリン・キングとゴブリン・キングの操るオーク5体を、オーク・キングが操っているようね」


「わざわざジャイアント・オークをゴブリン・キングに操らせてるのは、どうして?」

「おそらくだけど、進化したオークが、オーク・キングに服従するとは限らないんじゃないかしら? ジャイアント・オークをオーク・キングが支配できるのなら、5体と言わずにもっと大量のジャイアント・オークを生み出すはずでしょ?」


「クイーンとは、裏切られる心配のない関係だった訳か」

「アオシさん、遠い目になってるよ!」

「ああ、うう、そんなことないです」

 キョウの指摘に、なぜか落ち込む青志。

「じゃあ、オロチが全滅させたはずなのに、またすぐジャイアント・オークが補充されたのは、普通のオークをまたキングが進化させたからなんですね」


「そういうことですね。なかなか厄介な話です」

「ジャイアント・オークが5体より増えないというのは、朗報と言えば朗報ですが」

「オーク・キングが慎重な性格というのも意外ですけどね」

「それでこの件、ルベウス様はどう動こうとしてますか?」

「ルベウス様は静観ですね。情報収集は欠かしていませんが、基本的に対処するのは王立軍です。王立軍が、防衛だけを考えているのか、この機に乗じてモウゴスタ市を奪還しようとしているのかまでは、分かりませんが」


「ふむ・・・」

 問題は、オロチの居場所だ。

 とりあえず自分の目で偵察をする必要があるなと、青志は考えるのであった。



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