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サムバニル市への帰還

 小雪が静かに舞う中、満身創痍のアメノトリフネは、アコーの港にたどり着いた。

 青志がこの世界に落ちてきてから、雨らしい雨を見た記憶はなかったが、シューマンによると、冬場はそこそこ雪が降るらしい。

 寒がりの青志には、あまり嬉しくない情報だ。こんなことなら、温泉地にちゃんとした家を建てておくんだったと悔やんでしまう。温泉三昧の毎日なら、冬も楽しく乗り切れるだろう。


 船を降りた一行は、まずルベウスの別邸に移動した。

 ここでサムバニル市に向かう準備を整えると同時に、ルベウスに面会の約束を取り付けるのである。サムバニル市に出発するのは、約束ができてからになる訳だ。

 青志は、アコーにてモウゴスタの情報を集め次第、出発することにしている。さすがに、オロチのことが心配なのだ。向かう先はサムバニル市の予定であるが、状況次第では直接モウゴスタに向かうこともあると思っている。もちろん、そこにアイアン・メイデンの3人を付き合わせるつもりはない。


 が、アコーにて、重大な要件を抱えている人間が1人いた。

 ズダである。

 別邸の自室に入ったズダは、わずか数分で着替えを終えると、また部屋から飛び出してきた。なぜか、羽織袴(はおりはかま)姿になっている。

「アオシ! アオシーっ!!」

「な、なんですかっ!?」


 自室に入ったばかりだった青志が、何事かと顔を出す。

「よし、行くぞ!」

 そんな青志の腕を掴むと、ズダは一陣の風と化して、別邸から走り出た。

「ちょっ! うわっ! あ~~れ~~!!」

 後に残るは、青志の悲鳴だけ。

 びっくりしたリュウカたちが顔を出したときには、もう2人の姿はどこにもなかった。






「で、ヒョウタは、どこなんだ?」

 およそ2ヶ月の船旅のおかげでズダたちとの仲も深まったと感じていた青志だったが、今のズダの表情は初めて見るものだ。

 柔らかく言うと「本気」、厳しく言うと「狂気」が垣間見えるのである。いつもの飄々としていたズダは、どこに行ってしまったのか? 嘆息しながら、青志は海に向かう。


 そんな青志とズダの後ろには、いつの間にかリョウが追いついてきていた。

 ズダとウラケンを守るために旅に同行してきた衛兵隊長としては、ズダの単独行動を許す訳にはいかないのだろう。リョウ1人とはいえ、よくズダのスピードに付いてこれたものだ。

 

 そして、リョウの機嫌はひどく悪かった。

 実は、サハギンの襲撃の際、リョウたち衛兵が雑魚を掃討している間に、ズダとウラケンがデカブツに突撃をかけたことで、リョウがズダとウラケンを1時間に渡って説教するという事件があったのだ。

 今日また、衛兵たちを置き去りにしたズダには、2度目の説教が待っていそうである。


 冷たい風が吹く突堤に着くと、子どもが2人寒さに震えながら、ヒョウタの荷物の番をしていた。

「こんにちは。ヒョウタさんは、海の中?」

「うん。そうだよー」

 こんな吹きっさらしな場所で待たされている子どもたちは可哀相だが、荷物番をすることによって対価をもらっているのだ。何かかけてやる言葉を探しながら、青志はそこでヒョウタを待つことにした。


「ヒョウタさんは、海中で漁をしてるみたいですね。寒いですが、ここで待ちましょうか」

「おお、分かった」

 ズダは鷹揚に頷くと、子どもたちのそばにしゃがみ込んだ。

「よお、寒いな。これ、食うか?」

 (たもと)から紙包みを2つ取り出し、子どもたちに渡すズダ。


 受け取った子どもたちが包みを開くと、中に入っていたのは色合いの綺麗な干菓子だ。

「これ、食べていいの!?」

 子どもたちが目をキラキラさせる。

「おう。美味ぇぞ。仲良く食べな」

「やったー!」

 喜ぶ子どもたちを見て、青志はなんだか敗北感に襲われる。

 気づけば、リョウまでが子どもたちにお菓子を上げているところであった。次からは、お菓子を持ち歩こうと心に決める青志。


 そんなところへ、ヒョウタが帰ってきた。

 海面を破って跳躍した巨大なヒグマが、ふわりと突堤の上に降り立つ。

「ヒョウタ!!」

 顔を喜色に染め、駆け寄るズダ。

「ズダなの!?」

 自分に駆け寄る者が誰なのかに気づいたヒョウタが、ズダを迎えるように両手を広げ。

 

 右フックを叩きつけた。


 



 何事もなかったように、縄に繋がった大魚を引っ張り上げ、身体を拭き、服を着込むヒョウタ。

 青志とリョウと子どもたちは、抱き合ったままそれを見ていた。

 ズダは頭を突堤に半ば食い込ませたまま、ピクリとも動かない。

 ヒョウタが殴った瞬間、青志にはズダの首が飛んで行ったように見えた気がしたぐらいなのだ。正直、ズダの生死が心配である。


 清楚なワンピース姿となったヒョウタは、倒れ臥したズダに近づくと、その中年体型丸出しの腹にゲシゲシと蹴りを入れた。

 が、ズダは無反応。

 怪訝な表情で、ズダの顔を覗き込むヒョウタ。なぜか、クンクンと匂いを嗅ぎ・・・。

「ズダぁぁぁ~~~~~~っ!!」

 叫ぶと、全力で治癒魔法を使い始める。

 南無三。青志とリョウは、合掌した。






 かろうじて、ズダへの治癒は間に合った。

 抱き合って、涙を流しているズダとヒョウタ。

 ズダは分かるが、ヒョウタの泣く意味が分からない。ズダとの再会が嬉しいのなら、死ぬほど殴ったりなんかするまいに。ズダを殺さずに済んだことが嬉しかったのだろうか? 付き合い切れず、青志は別邸に帰ることにする。

 リョウが助けを求めるような目を向けてきたが、きっぱりと無視した青志であった。


 別邸に戻った青志は、ベグナを捕まえる。ルベウスの別邸を管理するベグナなら、モウゴスタに関する情報を持っているだろうと思ったのだ。

「モウゴスタですか? 確かに、動きがあったと聞きますね」

 青志の部屋まで赴いてくれたベグナは、お茶まで淹れてくれると、青志の勧めに応じて、応接用の椅子に腰を下ろした。

 相変わらず、アラブ商人のような癖の強い服装をしている。と言っても、それがアコーの住人の標準な訳だが。


「具体的には?」

「まず、モウゴスタがゴブリンに占拠されていたのは、ご存知ですね? しばらく前に、そこにオークの群れが攻め込んだようです」

 そこまでは、オロチから聞いたのと同じ内容だ。

 青志が知りたいのは、そこから先、オロチがどうなったかである。

「普通、ゴブリンがオークに立ち向かえる訳がありませんが、けっこう長い間、戦闘は続いていたそうですよ。結局は、やはりオークが勝って、モウゴスタを占領したようですが」


「今も、モウゴスタにはオークが?」

「そのはずですよ」

「ゴブリンは、どうなったか知ってるか?」

「逃げ延びた奴もいるでしょうが、全滅したんじゃないですか? オークやゴブリンが、降伏したり協定を結んだりするはずはないですから、どちらかが滅んで、やっと戦争も終わりでしょう」

「全滅・・・か」

 果たして、オロチはオークとの戦闘に間に合ったのだろうか? そして、間に合ったのなら、死んでしまったのだろうか? なんとかして、確かめたいと思う青志。


「サムバニル市への影響は?」

「オークが攻めてくることを警戒して、北の砦の更に北方に、もっと大きな砦を築いているとは聞きますが、オークとの戦闘はまだないようです」

「モウゴスタを奪って満足したか、それとも、サムバニル市に攻め込むための力を蓄えているところか・・・」

「それは、分かりませんね。ルベウス様なら、もっと正確な情報をお持ちでしょうが」


「なるほど。それは、そうですね」

 青志やオロチに気づかれることなく、樹海での青志たちの行動を監視していた配下を持っているのだ。ルベウスなら、オロチの行方を知っているかも知れない。青志は、やはりサムバニル市に戻るべきだと結論を出した。

 ウラケンたちに付き合うと、下手をするとサムバニル市行きは10日ぐらい先になってしまうかも知れない。だったら、ここで別行動に入るのが得策だ。





 翌日、日が昇ってすぐに、青志はアコーを出発した。

 連れは、アイアン・メイデンの3人とマナ、ミウ、それにゴーレム軍団だ。ゴーレムは、ゴブリンを主体とした地上編成である。

 ジュノは、アメノトリフネの修理という名の改造を手伝うとのことで、アコーに残った。一応、サムバニル市の女子高生たちの拠点の場所は伝えてある。縁があれば、また青志と行動をともにすることもあるだろう。


 ウラケンには事情を説明し、簡単に別れを告げた。が、数日後にサムバニル市を訪れることが確かなだけに、ウラケンたちとまた顔を合わす可能性は高いはずだ。

 なお、ズダとリョウは帰ってきていなかった。

 ズダがヒョウタと色っぽい時間を過ごしているのだとしたら、リョウにはいい迷惑だろう。


 往路は、サムバニル市からアコーまでは、5日をかけた。

 が、それは、狩りをしながら、のんびりしたためだ。普通に歩けば、3日というところである。

 青志たちは強行軍で突き進み、2日目の夕刻には、女子高生たちの拠点である『なでしこ』に到着した。

 リュウカたちと青志の無事な生還を喜んでくれる女子高生たち。

 シャクシに着いた時点で、入れ替わりに出航しようとする船に託したのが、リュウカたちが出した唯一の手紙であった。女子高生たちが心配するのも、無理からぬところだろう。


 モウゴスタの件を確認しても、やはりキョウたちもベグナ以上の情報を持ってはいなかった。

 仕方がないので、ルベウスの第二夫人におさまっているユウコに連絡を取ってもらうことにする。

 後は、待つだけだ。

 クリムトにも確認に行きたいが、ユウコから情報が入るまでは、そちらに向かう訳にもいかない。

 電話でもあれば、情報収集も簡単なのにと、歯痒く思う青志である。


 その夜は、久しぶりの我が家で、青志はのんびりとした時間を過ごした。

 マナとミウは、女子高生たちと一緒だ。おそらく、着せ替え人形になっていることだろう。

 おかげで青志のお供は、ゴブリン3体とスライム、そして猫のゴーレムだけである。ちなみに、甲冑鷹を含む鷹ゴーレム3体は、サムバニル市の上空を巡回中だ。

 

 青志は1人で果実酒を舐めながら、どれぐらいぶりか分からない静かな夜を過ごした。

 1人になると思い出すのは、ウィンダのことだ。

 青志を助けるために魔人と化してしまい、今はブルードラゴンに保護されているはずだが、どんな思いを味わっているのだろうか。青志にウィンダの気持ちを察する(すべ)はないが、せめて、泣いてなければいいと思うばかりである。


 夜が明けると、青志はシャガルの元に向かう。

 アスカ土産の日本酒を持参である。

 朝から槌を打つ金属音が響き渡る一帯の中、そこだけ静かな建物に入ると、加工魔法で何かを作っている、いつものシャガルがいた。

「おう。久しぶりだな」

 顔を合わすのは半年ぶりに近いのに、シャガルの物言いはぶっきらぼう極まりない。


「久しぶり。アスカのお土産」

 机の上に一升瓶を置くと、シャガルの眼がピカーンと光る。

「おうおう、すまないな」

 最初の挨拶とは打って変わって、いそいそと飲む準備を始めるシャガルを、青志は静かに制した。

「飲む前に、頼みたいことがある」


「な、なんだ?」

 青志は、懐から取り出した物を一升瓶の横に並べた。

 赤いウロコが2枚。青いウロコが2枚。

「これで、何かを作れないか?」

「お、お前さん、ブルードラゴンにまで会ったのか!?」

「ああ。それに、シンユー様からも新しくウロコをもらえた。だから、これで何かを作って欲しい」


「くっ・・・、俺も付いて行くんだった・・・」

 本気で悔しがるシャガル。相変わらず、酒より希少素材に目がないらしい。

「報酬は、こいつで」

 お供の超音波ゴブリンの背嚢から青志が取り出したのは、ジュノの宇宙船から持って来た謎の金属繊維の塊だ。元々シャガルに進呈するつもりで、余分に持ち出していたのである。


「こいつは、何だ? 見たことのない金属だぞ?」

「宇宙を渡ってきた船に使われていた物って言ったら、信じるか?」

「ほお? そんな物にまで出会(でくわ)したのか? 次に行くときは、絶対俺も誘えよ」

「で、ウロコで何か作れるか?」

「さすがに、ウロコだけで何かを作るのは難しいな。でも、これを見てくれ」


 そう言って、シャガルが青志に見せたのは、1本の金属の槌である。全体的に赤みを帯び、オーラのようなものを発しているようだ。

「これは?」

「お前さんと掘りに行ったろ? スーパーミスリルで作った槌だ。それに、レッドドラゴンのウロコを混ぜた。魔力を込めたら、火を噴くんだぜ」

「おお、火属性の槌か。すごいねー」


「で、だ。スーパーミスリルは、お前さんの分もある。それで、剣でも作って水か火を混ぜるのは、どうだ? この槌と同じ、属性武器が作れるぞ。もう1本剣があれば、火と水両方作れるんだがな」

「これでは?」

 青志は、ジュノの作った剣を取り出した。

「む? これは、報酬のと同じ物で作った剣か?」

「そうだよ。宇宙人が作った剣さ」

「面白いじゃないか。これと、スーパーミスリルで、それぞれ相性のいい方のウロコと合わせてやるぜ」


 火の剣と水の剣の二刀流とは、なんとも男心を刺激する話である。青志は、一も二もなく了承した。

 それでも、青志のメインウェポンが、ミスリル棒であることは変わらない。本当なら、スーパーミスリルで水属性の棒を作ってもらうべきなのだろうが、青志はロマンに走った訳である。そして、それが分かっていながら、剣を作ろうというシャガルも、青志と同じ病気なのだろう。


 そのまま酒盛りに突入するかと思ったが、ドラゴンのウロコと日本酒の一升瓶を見比べたシャガルは、しばしの逡巡の後、ウロコの方を手に取った。

 酒よりも、希少な素材への欲求が強かったらしい。

 これは、しばらく鍛冶仕事に没頭することになりそうだ。

「じゃあ、また来るよ」

「ああ」シャガルは、もう上の空だ。

 青志は言葉少なに(いとま)を告げると、シャガルの工房を後にした。


「むぅ~。シャガルが 付き合ってくれると思ってたのに、当てが外れちゃったな」

 ドラゴンのウロコを出した時点で、こうなるのは十分予測できていたのに、青志はつまらなさそうに口を尖らせる。

「仕方ないな。たまには、ギルドにでも顔を出すか」

 外套で顔を隠した超音波ゴブリンを連れ、青志は久しぶりに冒険者ギルドを訪れた。


 まずは、作業所だ。

「買い取り、お願いします」

 船旅の間に手に入れた魔ヶ珠をカウンターの上に並べていく。もちろん、ゴーレムに使う予定のないものばかりである。

「おう、ずいぶん貯め込んでたな。魔ヶ珠ばかりか?」

「そうです。しばらく旅してたんで、素材は持ってこれなくて」

「道理で、しばらく顔を出さなかった訳だな」

 数えるほどしか素材を持ち込んだことのない青志だったが、顔を覚えられていたらしい。

 マッチョな係員から精算書を受け取り、青志は事務所に向かう。


 時間が中途半端なせいで、事務所内に冒険者の姿はほとんどなかった。

「換金、お願いします」

「あら。色男さん、ずいぶんご無沙汰だったじやない?」

 換金を受け付けてくれたのは、青志が初めて東門ギルドを訪れた際に、ウィンダとのことをからかってくれたオバサンだ。逆立った真っ赤な髪が、うるさいぐらいに個性を主張している。


「ちょっと旅に出てたので・・・」

 作業所の係員に話したことを繰り返すと、青志は本題を切り出した。

「なんだかモウゴスタの辺りで騒動があったって聞いたんですが」

「ああ、オークの変異体のことね。ジャイアント・オークやハイ・オークが何体ずつか確認されてるから、青の鑑札持ちぐらいが近づいたら生命はないわよ?」


「え? ジャイアントとかハイとか、何なんです?」

「普通のオークよりはるかに強いオークのことよ。間違っても、興味を持たないでよね」

 一応、心配してくれているらしい赤髪オバサン。

 でも、予想以上に、状況は厄介のようだ。

 最悪、ジャイアント・オークとかハイ・オーク相手に特攻をかけなければならなくなるかも知れないと思うと、青志の表情はどんよりと曇るのであった。

 

 

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