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ルネ邸での夜

 時刻は、すでに夕刻。

 青志は、クリムトと2人でカシルの用意してくれた食事を摂っている。

 何かの肉を煮込んだものと野菜のスープ、それにパンという献立だ。飲み物は、薄いワインである。

 肉は柔らかく、悪くはないが、味付けが物足りない。

 調味料とか香辛料の問題かも知れない。

 リュックの中にはコショウや醤油も入っているが、青志は黙って料理を平らげた。


「実は、アオシにお願いがあるんだ」

 クリムトが神妙な表情で切り出したのは、食後に出された紅茶っぽい飲み物を味わっていた時だ。

「何カ?」

「アオシの荷物の中にある杖を、俺に譲って欲しい」

「杖?・・・アア、小鬼・・・ゴブリンガ持ッテイタ杖ダネ?」


 青志がこの世界で最初に出くわした炎を使う小鬼=ゴブリン。クリムトが言ってるのは、そいつが持っていた炎の杖のことのようだ。

「あの杖を持っていたゴブリン・ウイザードに、俺たちは大打撃を受けたんだ。

 ・・・ちなみに、あのゴブリンはどうなった?」


 一瞬にゴブリン5匹を燃やしてしまうような魔法が相手では、クリムトたちもさぞや大きな犠牲を強いられたのだろう。

 クリムトの腹部のひどい火傷を見たときに、なんとなく察してはいた。

 つまり、あのゴブリンを単身で倒したとなったら、クリムトには大手柄になる訳だ。


「アノゴブリンハ、自爆シタンダ」

「自爆?つまり、死んだ?」

「間違イナク死ンダヨ」

「そうか。詳しく聞きたいところだけど、あまり悠長にもしてられないんだ。

 ずるい話なのは承知でお願いしたい。あのゴブリン・ウイザードを倒した栄誉を、このクリムトに譲ってくれないか?」

 そう言って、クリムトは頭を下げた。


「構ワナイヨ。ダカラ、頭ヲ上ゲテクレ」

 頭を下げるなんて、やけに日本的な頼み方だなと感心する青志。

「ソノ代ワリニ、コノ世界デ生キテイク為ノ手助ケガ欲シイ」

「もちろんだ。この件で報奨金が出れば丸々アオシに渡すし、住む場所や仕事も俺に任してくれていい!」

 勢い込むクリムト。


 青志が炎の杖を渡すと、クリムトは再び大きく頭を下げた。

「ありがとう!本当に恩に着る!!」

 そう言うと、慌ただしく飛び出して行く。

 青志たちが門をくぐった時点で報告が行っているとすれば、クリムトが道草を食っていることはバレバレだ。

 どう言い繕うのかは知らないが、急ぐに越したことはないだろう。


「あらあら、クリムト様ったら・・・。

 クリムト様から連絡があるまで、アオシ様はこちらでゆっくりしていて下さいな」

「ゴ迷惑デハ?」

「今、アオシ様にいなくなられては、私がルネ様に叱られてしまいますわ」

 もともと異世界の知識に触れたくて、ルネは青志に魔ヶ珠を使ってくれたのだ。

 頭の中に入ってきた知識を理解するために、青志の助言を求めることは、自然の流れと言えよう。


 この世界の人たちの性向がまだ掴めていない現状では、名誉や知識の代償として力を貸してくれるという話の方が信用し易い。

 ただの好意で面倒を見ると言われても、絶対に裏を勘ぐってしまう。

「分カリマシタ。シバラク、オ世話ニナリマス」

 そう言って頭を下げる青志を見て、カシルはにっこりと微笑むのであった。





 数時間前に目覚めた部屋が、そのまま青志にあてがわれた。

 ランプも消して真っ暗になった部屋で、ベッドに身を横たえ、頭の中を整理中である。

 ちなみに、服はカシルに渡されたものに着替えている。貫頭衣と言うのだろうか。分かり易く言えば、膝丈のゆったりしたネグリジェだ。

 女物という訳ではない。


 ホテルによっては、こういう寝間着を置いていたなと思い出す。

 スリーパーとかいう名前だったか。

 これが、この世界の寝間着らしい。

 着ていた物は全て、カシルが洗濯物として回収していったので、ノーパンで薄い生地のスリーパー1枚しか身に着けていないのは、ひどく落ち着かない。


 でも、慣れるしかないのだ。

 寝間着も食事も、そして怪物も、全部慣れるしかない。

 21世紀の日本に比べれば、何事においても不便だろうし、危険なことも多いだろう。

 でも、この世界に“落ちて”きた以上は、腐っていても仕方がない。

 

 精神的に病んで会社を長期休暇となった自分が、なんて前向きな発想をしているのだろうか。

 青志は、軽く自嘲した。

 しかし、病んだ精神を回復させるという意味では、今回の出来事は最高の結果をもたらしたと言えよう。

 これだけ生きる意志が湧いてきたのは、何十年ぶりだろうか。


 その為にも、この世界で生きていく術を身につけねばならない。

 大して身体を鍛えてもいない42才としては、商売でもやるのが賢いのだろう。

 日本から持ち込んだ製品のいくつかは、うまくやれば相当な高値で売れる筈だ。

 それを元手にすれば、色々とやれることもあるに違いない。


 が、青志の心は、まるで子供のように、冒険者という職業に惹かれていた。

 青志の脳内に刻み込まれた知識によると、冒険者とは、猟師とほぼ同義である。

 動物を狩り、肉や皮などの有用な部位を売って、お金を稼ぐ。

 が、この世界では、全ての動物が魔力を利用して生きている。

 そのせいで、青志の持つ生物学的常識からはかけ離れた異形の生き物たちが、狩りの対象となるのだ。


 人間を含むこの世界の生物が魔力を持つのは、その細胞内に魔力を生み出す組織を有する為だ。

 この組織は、ミトコンドリアに似ている。

 ミトコンドリアは、細胞内にあって、エネルギーを生み出す器官だ。これは、中学の理科で習う程度のことである。

 が、それが元々は一個の生物であることは、あまり一般的に知られていない。


 ミトコンドリアは、動物の細胞内に寄生し、動物の細胞が分裂するのに合わせて、自分も分裂を行う。

 それは卵細胞にも及び、子々孫々受け継がれていくのだ。

 この世界では、魔力を生み出す器官について、それと同じことが行われている。


 魔胞体(マジック・セル)と名付けられた器官は、魔力を生み出す。

 が、これは最初から生物の細胞内にあった物ではない。

 別の世界から落ちて来た際に――――即ち、異次元世界を越えて来た際に、細胞内に取り憑いたのだ。

 

 1つの世界から別の世界に移転するには、四次元より高い世界を経由する必要がある。

 例えば、二次元というと平面の世界である訳だが、1つの平面から別の平面に移ろうと思えば、立体的=三次元的に動くしかないのだ。

 三次元世界を渡るには、同じ理屈で、更に高い次元世界を越えることになる。

 魔胞体(マジック・セル)とは、四次元より高い世界に存在する“何か”の一部という事だ。


 高次元世界から洩れてくるエネルギー、それが魔力という訳である。

 そういう意味では、魔胞体(マジック・セル)が魔力を生み出しているのではなく、魔力の通り道と言った方が正しいだろう。


 そして重要なのは、魔胞体(マジック・セル)を持つものを殺せば、その殺害者に魔力の通り道が統合されるということだ。

 こうして、この世界の生物は強くなっていく。

 青志は、炎使いのゴブリン――――ゴブリン・ウイザードを倒した時に、己の身体を襲った痛みを思い出した。


 あれが、魔胞体(マジック・セル)が成長する痛みだった訳だ。

 そして、全身の魔胞体(マジック・セル)を束ねる為に肥大化したものが魔ヶ珠(まがたま)と呼ばれる。

 青志のゴーレム魔法で使用される宝石のことだ。

 

 青志は、このトシにして、自分が強くなることを夢想して、沸き立つ心を押さえ切れないでいた。

 

 



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