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蛇体サハギンとの決着

「うわあ~・・・」

 青志は間の抜けた声を上げた。

 海面を突き破り、下半身が蛇体のサハギンが、次々と姿を現す。

 その数、6体。

 上半身は通常のサハギンよりはるかに大きく、体色は深い紫色。身体のあちこちからは、半透明の長い(ひれ)が羽根のように垂れている。

 鎧などは着けていないが、手には巨大な三叉矛が握られていた。

 闇の中、光球に照らされて浮かび上がる姿は怪獣そのもので、ひどく不気味だ。

 

 蛇体サハギンたちは三叉矛を振り上げると、一斉にアメノトリフネに向けて突き出した。


 ドガアッ!!

 ガギィッ!!


 凄まじい音とともに、とてつもない衝撃が船体を揺るがす。

 甲板で戦っていた水夫、サハギン、双方の全員が大きく身体をよろけさせた。

 明らかにマズい状況だ。何度も同じ攻撃を食らったら、アメノトリフネの横っ腹は、穴だらけになってしまうだろう。

 

「魔法攻撃ぃっ! 撃てぇっ!!」

 甲板のサハギンの掃討を行いながら、水夫たちが魔法を放つ。

 が、雑魚サハギンと同じように蛇体サハギンの体表でも、ほとんどの魔法は威力を失ってしまうようだ。

 もしかしたら、サハギンの鱗から魔法耐性のある防具が作れるかも知れないと考える青志。


「弩弓、用意ぃぃぃっ!!」

 甲板の数ヶ所に設置された大型の弩弓の防水布が取り除かれる。

 1基の弩弓に取り付いている人数は、2~3人だ。アルガ号のように、大人数で操作を行い、得られる魔力を分散させようという様子は見られない。

「お、おい! それでデカブツを倒したら、魔人化するぞ!!」

 青志は慌てて叫ぶ。


「大丈夫ですよ!」

 そんな青志に答えたのは、シューマンだ。サハギンとの乱戦の最中に、青志たちの元まで戻って来ていたようだ。

「この船の弩弓には、魔力を吸収するための魔ヶ珠が設置されているので、大物を倒しても平気なんだそうですよ。ただ逆に、全く人間が魔力を取り込めないらしいですが」


「そうなんだ? デカいのを倒しても魔ヶ珠が成長しないのはもったいないけど、魔人化を恐れてケモノを倒せないんじゃ本末転倒だもんなぁ」

 そう言いながら、ウィンダの件があるだけに、青志は複雑な気分になる。

 同じ技術がアルガ号の弩弓にも使われていれば、ウィンダ、それにガオンもあんな目に遭わずに済んだのだ。


「撃てぇぇぇっ!!」

 弩弓が一斉に放たれる。通常の槍よりも太い矢が、蛇体サハギンの鱗を貫く。

 血飛沫を上げながら、身悶える蛇体サハギン。

 ここぞとばかりに、ジュノも拳銃をぶっ放す。

 しかし蛇体サハギンの巨体には、大したダメージになっていないようだ。むしろ、怒りをあおっただけのように見える。


 蛇体サハギンたちは身体ごとアメノトリフネにぶつかって来ると、弩弓を狙って三叉矛を薙ぎ払った。

 轟音と衝撃。

 粉々に砕け散る弩弓。

 吹き飛ぶ水夫たち。

 大きく揺れる船体。

 圧倒的な破壊力だ。

 アルガ号で、首長竜に襲われたときの恐怖を思い出す青志。

 実際、早急になんとかしないと、アメノトリフネは呆気なく沈められてしまうだろう。


 足場の揺れる中、青志は溶解の錬金魔法を乗せた水の球を、蛇体サハギンに向けて放った。

 水の球の大きさは、ソフトボール大。重装サハギンを倒したときと同じ大きさだ。錬金魔法には大量の魔力が必要で、青志の魔力量ではこの大きさが限界なのである。

 蛇体サハギンの頭部に命中しようとした水の球は、肩口から伸びた鰭に穴を開けると、あっさりと消滅。続いて2発3発と水の球を放つが、鰭に穴を開けるばかり。なんとか1発が胸に当たったが、10メートルはあるかという巨体には、ソフトボール大の肉を失ったとて、なんの痛痒もないようだ。


「パパ、任せて!」

 青志が次の手に苦慮している中、前に出たのはマナとミウ。

 赤い髪と青い髪の少女が近づいてくるのへ、蛇体サハギンの1体が牙を剥く。

 その眼前に、大きな水塊が出現。間髪を入れず、その水塊を真っ赤な熱線が貫いた。


 爆発。

 直撃を食らった蛇体サハギンが、大きく仰け反る。

 それは、ジュノの甲虫を吹き飛ばした、マナとミウの連携による水蒸気爆発だ。

 魔法攻撃に耐性のあるサハギンも、水蒸気爆発という物理的な威力にはダメージを受けるらしい。


「いいぞ! マナ! ミウ!」

 青志の声に2体の少女ゴーレムは小躍りし、蛇体サハギンたちの周りで水蒸気爆発を連続させた。

 マナとミウの息の合い方は、同じ青志のゴーレム同士であるが故、完璧だ。蛇体サハギンたちの動きを阻害しながら、じわじわとその身を削っていく。


「今だ! 撃てぇぇぇっ!!」

 水蒸気爆発が蛇体サハギンを押し返し始めたのを見て、アメノトリフネの生き残っている弩弓が連射を開始する。それだけではなく、今度は舷側から大砲が突き出され、轟音を発した。

 蛇体サハギン2体が胸に大穴を開け、海中に沈んでいく。

 残り4体。


 マナとミウの攻撃が勢いを増し、弩弓と大砲も次の獲物に狙いを付ける。

 海中では、雑魚のサハギンを屠り尽くしたミゴーとイルカゴーレムが、蛇体サハギンに襲いかかろうとしていた。空中からは、甲冑鷹と霊獣ゴーレムが爪を光らせる。

 青志も、わずかなりとも攻撃に貢献するために、溶解弾を放ちまくった。



 蛇体サハギンが苦しまぎれに水のブレスを吐いたのは、そんなときだ。

 サハギンが噴き出した水流は、マナとミウの水蒸気爆発を呑み込み、弩弓の矢を弾き飛ばし、大砲の玉の軌道を逸らさせる。そして、最終的にアメノトリフネの甲板に命中し、青志の身体を船上から掃き落とすことになった。

「アオシさん――――!!」

 リュウカの悲鳴を、青志は空中で聞く。


 う、嘘だろ~~~っ! 心の中で叫ぶ青志。

 数瞬の浮遊感の後、ザブンという音とともに、青志の身体は水の中に突っ込んだ。

 どっと押し寄せる水の圧力。そして、闇の圧力。

 一気に失われる上下感覚。

 青志の心が恐怖でいっぱいになる。


 完全な闇の中、己の手足がどこにあるのかも分からない。

 更に、その闇の向こうから得体の知れない怪物が現れるという想像が、青志の中で膨れ上がる。


 ゴバッ!


 パニックになった青志の息が漏れ、鼻に口に海水が流れ込んだ。

 もがく。もがく。

 無様に手足をばたつかせ、必死に水を掻こうとする。

 しかし、水から抜け出せない。闇から抜け出せない。

 死の予感が、青志の全身を縛る。


「パパ!!」

 そのとき、闇に呑まれようとする青志の脳裏に、少女の声が響く。同時に、船上から海へ身を躍らせようとするミウの姿が、閉じた目蓋の裏に視えた。

 ブルードラゴンのゴーレムであるミウなら、確かに海中でも自在に行動できる。青志を救うのも容易いだろう。

 しかし、すでに海中にはミゴーとイルカゴーレムがいるのだ。青志の救出にミウの手を借りる必要はない。いや、それ以前に青志は水魔法の使い手ではないか。青志の心がスッと冷静になった。

 

「待て! ミウはそのままマナと一緒に、サハギンを攻撃しろ!!」

 青志はミウに命令を送り、次いで、イルカゴーレムのソナーが読み取った情報を受け取る。すると、視界は利かないままだが、なんとなく海中の様子が読み取れるようになった。どうやら、付近には蛇体サハギンの他に脅威となる相手はいないようだ。


 最後の問題は、呼吸である。

 そこで思い出したのは、オロチやヒョウタが、息継ぎもなしに水中を移動していたことだ。ヒョウタはともかく、出会ったときのオロチにできていたことが、青志にできないはずはない。

 青志は、呼吸ができることをイメージしながら、思い切り息を吸った。


「――――!!」

 案の定、口から水は流れ込んで来ない。

 新鮮な空気が、青志の肺を満たす。

 理屈がどうなっているか、青志には分からない。が、呼吸ができるのなら、なんだっていいと思う。

 青志は更に水魔法を使うと、海中を移動しようとする。足裏から水の噴き出す感覚とともに、一気に加速感がのしかかる。


 が、前方に進もうとした青志の身体は、意志に反して海底に向かってしまう。

「くっ!」

 慌てて水流の噴出方向を調整しようとする青志。すると、今度はその場でぎゅるりと一回転。どうしても、望む方向に進むことができない。


 仕方がないのでイルカゴーレムを呼び寄せ、その背鰭に捕まった。

 自力で水中を移動するのは、時間があるときに練習しようと心に決める。考えてみれば、これは魔力の大きさの問題ではなく、運動神経の問題だ。20代のときにスノーボードを始めたときも、滑れるようになるまで、ずいぶん苦労したのだ。

 足裏から水を噴出させて進むような高度なバランス感覚を必要とする所業を、青志がさらっとこなせる訳がないのである。


 しかし今は、蛇体サハギンをなんとかするのが先だ。

 イルカゴーレムに引っ張られて、青志は蛇体サハギンに迫る。

 海上では、蛇体サハギンたちが交互に水流を放ちながら、アメノトリフネに攻撃を加えているようだ。マナとミウの水蒸気爆発も、ほとんど役に立たなくなっている。

 頼みの大砲も、三叉矛に次々と破壊されている最中だ。


 蛇体サハギンに近づいたところで、イルカゴーレムは水上に向けて、大きく跳躍。その高さは、巨大なサハギンの胸にまで達した。青志はそこからイルカゴーレムの背を蹴り、更に高く飛び上がる。

 その高さ、約10メートル。

 目の前には、蛇体サハギンの後頭部。

 一瞬の浮遊感の後、青志の肩が甲冑鷹ゴーレムにより、がっちりと捕まれた。

 

 空中に浮かんだまま、青志は溶解弾を生み出す。

 その青志の足元に霊獣ゴーレムが姿を現したかと思うと、ソフトボール大の溶解弾が、バレーボール大に膨れ上がった。霊獣ゴーレムの魔力増幅能力の効果だ。

 放たれた溶解弾が、音もなく蛇体サハギンの後頭部に吸い込まれる。

 びくりと身体を震わせ、サハギンの動きが止まる。


 どうやら、バレーボール大の溶解弾を急所に撃ち込めば、殺せはしなくても、一時的に動きを止めるぐらいはできるようだ。

 ならば、ここが勝負所だ。サハギンたちの意識がアメノトリフネに向いているうちに、青志は連続して溶解弾をばらまく。

 甲冑鷹の加速魔法をも乗せた溶解弾は、気づかれる前に全てのサハギンの頭部に穴を穿った。


「行け!!」

 青志が攻撃の命令を出すと、あろうことかマナとミウが舷側を蹴り、1体の蛇体サハギンの頭部に取り付いてしまう。

 大きくどよめく甲板の水夫たち。

 水夫たちの見守る中、マナとミウはサハギンの巨大な目に、それぞれの片手を突き刺した。マナは左目に、ミウは右目に。そして、発射される熱線と水流。

 頭蓋内を熱線で灼かれ、水流でズタズタにされたサハギンの巨体は、棒のように横倒しになった。

 残り、3体。


 マナとミウの戦いぶりに触発されて次に舷側を蹴ったのは、ウラケンとズダだ。

 中年体型の2人の身体が、宙を駆けた。

 が、サハギンの頭部に達することなく、2人の描く放物線は下降に転ずる。

「ちぇりゃっ!」

 それでもあきらめない2人の中年。

 そのままサハギンの胸に激突するように、放たれたのは渾身の突き。


 どがん――――!!


 拳で殴ったにしては異様な響きを発すると、大きく胸が陥没し、サハギンが大量の血反吐を吐く。

 嘘のような顛末だが、それが致命傷になったらしい。サハギンの巨体は2人の中年とともに海中に没すると、再び浮上してくることはなかった。

 残り、2体。


 続いてサハギンに向かって飛んだのは、リュウカ、ユカ、トワの3人――――アイアン・メイデンである。

 先の中年組と比べると、あまりに軽やかな跳躍を披露する。

 それは、重力魔法と風魔法を併用し、半ば本当に飛んでいるがための美しさだ。

 危なげなくサハギンの頭部に着地すると、ユカとトワは両目に短剣を、リュウカは耳の穴にレイピアを突き刺した。そこから発動したのは、火と土の魔法。燃える石飛礫が剣先から放たれ、脳髄を完全に破壊する。

 倒れ行く蛇体サハギンを尻目に、3人はひらりと甲板に舞い戻った。

 残り、1体。


 最後に跳んだのは、ジュノだ。

 跳躍するジュノの両の手のひらから漆黒の刃が伸展。

 1メートルを超える長大な2本の刃が、左右から噛み合わせるように振られると、蛇体サハギンの首が何の抵抗もなく宙に舞う。

 あまりに非常識な光景は、むしろ幻想的に青志の目に映った。

 サハギンの身体を足場に後方へ跳躍すると、ジュノは華麗にアメノトリフネに舞い戻る。

 掃討完了。


 その直後、魔ヶ珠の成長する痛みが、青志たちに襲いかかった。

 甲冑鷹に吊り下げられたまま、痛みに堪える青志。

 ギリギリと歯を食いしばる。

 しかし蛇体サハギンは大物ではあったが、今回はダメージの与え方を分散できたおかげで、失神まではせずに済みそうだ。

 しかし、気が遠くなるような痛みであることは違いない。

 青志は海中に没したままの中年2人組を思い出すと、ゴーレムたちに救出を命令した。さすがに海中でこのような痛みに見舞われたら、溺れるしかないだろう。






 打ち上げられたトドのようになっているウラケンとズダを眺めながら、青志は呼吸を整えていた。

 甲板の上である。

 魔ヶ珠の育つ痛みは、微かな鈍痛となって、身体の奥に残っている。

 リュウカたちやジュノも、甲板にぺたりと座り込み、虚脱状態だ。

 マナとミウは元気そうであるが――――。

「マナ、ミウ、髪が伸びたか?」

 2人の髪が、お尻に届きそうになっていた。


「うん。成長すると、髪の毛が長くなるみたい。おっぱいが大きくなった方がいいのに」

「ねー」

 マナの言うことに、言葉少なに同意するミウ。

「ばか。まだ、そのままでいいよ」

 なぜか、ジュノまでが自分の胸を掴んで、首を傾げている。


「あんたは、もう十分だろ」

「いや。厳密に言えば0.3センチだが、今のでサイズアップしたようだぞ」

「え? ホント!?」

 虚脱していたくせに、異常な速度で反応するユカとトワ。いや、リュウカもだ。

「魔ヶ珠が成長すると、魔力によって肉体の成長が誘引される可能性があるな。ふむ、面白い」

 考察を始めたジュノを、リュウカたちが期待を込めた目で見つめるのであった。





 検査の結果、アメノトリフネは深刻なダメージを受けていることが判明した。

 蒸気機関やスクリューは無事だったものの、船全体に歪みが生じ、各所にも無数の損傷を負っていたのである。

 あちこちから、耳障りな金属音が聞こえてくる。

 それも当然だ。怪獣のようなサハギンたちから、好き勝手に攻め立てられたのだから。

 むしろ、曲がりなりにも航行できるのが奇跡と言える。


 近くの漁村で最低限の修理を行うと、アメノトリフネは騙し騙しアコーに向かうことになる。

 それから大規模な襲撃こそなかったものの、航行速度は上がらず、結局アコーに到着するのに、シャクシを出てから2ヶ月を要してしまった。

 

 もう、季節は冬である。

 

 

 

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