オロチの帰還 青志の帰還
旧年中は、大変お世話になりました。
年末より風邪を引いてしまい、投稿が遅くなってしまいました。
寝込んでいる間に、思わず侘しい俳句を詠んでしまいましたが、勝手にいいデキと思っているので、後書きで披露させていただきます(笑)
では、本年もよろしくお願いします。
例によって、その夜はマリエの居酒屋で宴会になった。
名目は、「巨大キリギリス討伐完了慰労会」である。
青志とオロチを除くメンバーが好き勝手にキリギリスをぶっ飛ばし回っただけなのだが、概ね目的は達成できたらしい。
なお、ウラケン、ズダ、リョウ、ジュノの己の拳だけで戦った4人は、キリギリスの体液を全身に浴びて、もの凄い匂いになっていた。宴会までにはさすがに風呂に入って綺麗にしていたが、まだ青臭い匂いが漂ってきているように感じる青志だ。
宴会には、キリギリス討伐に参加していないリュウカたちはもちろん、アラナミやサクラまで参加している。
「この居酒屋が、夜、ちゃんと営業しているところを見たことないんだけど」
「いいのよ。趣味でやってるようなものなんだから」
青志の心配を笑い飛ばすマリエ。
店が潰れないことを祈るばかりである。
今もウラケンとシンユーが、とんでもない勢いで飲み比べをしている。
「ホントに、毎晩これだけ飲んでて、よく酒がなくならないですね」
「アスカには、酒造りに生命をかけてる人たちがいっぱいいるからね、お酒がなくなる心配だけは、ないわね」
「まあ、食べ物がなくなったとしても、酒だけで3年ぐらい生き延びそうな人ばかりですけど」
「あはは! でも食べ物の方も、色々と生命をかけてる人がいるから、そう簡単になくならないわよ」
「なるほど。やっぱりアスカの住人は、分かってらっしゃる」
実際、テーブルの上には、寿司、唐揚げ、出汁巻き、天ぷら、漬け物といった、他の街では食べられない料理が当たり前に並んでいた。
日本の味を懐かしむ人間には、天国のような光景だ。
そして、日本の味を知らないドラゴンや宇宙人にも、同じように天国であるらしい。ひどく嬉し気な表情で、料理を楽しんでいる。
シンユーがマリエと仲良くなったきっかけは、この辺りにあるのかも知れない。
明け方――――。
寝込んでいた青志は、オロチに揺り起こされた。
なぜかオロチはシオンを従え、旅装を整えている。
「どうした? 何かあったか?」
オロチの真剣な表情を見て、青志は一気に目を覚ます。
「すまない。ここから別行動を取ることにした」
「え? あ。もしかして、モウゴスタで何かあったのか?」
昼間のオロチの言葉を思い出して、青志はそう訊いた。
「ああ。今、オークの群れと交戦中だ」
「だからって、今から出て行ってどうする? 一緒に船で帰るしかないだろう?」
「いや。実は、ワイバーンの魔ヶ珠を持っている。モウゴスタの領主館から持ち出した物だけど、今の僕なら使えるはずだ」
つまり、ワイバーンゴーレムの背に乗り、空を飛んで帰る気なのだろう。
「そうか。だったら、防寒用の外套や保存食ぐらいは用意すべきだ。ワイバーンだとどれぐらいで帰れるか分からないけど、4~5日じゃ無理だろ。途中で調達することを考えたら、ここで準備しておいた方がいい」
青志は寝床から出ると、オロチを連れてマリエの居酒屋に向かった。
店に入ると、案の定、ウラケンがまだ1人で酒を舐めている。
「ウラケンさん、お願いがあるんですけど――――」
簡単に事情を説明すると、ウラケンがてきぱきと指示を飛ばし始める。なぜか、ウラケン以外に誰もいなかったはずの店内に、黒装束の男が何人も現れていた。
「に、忍者!?」
目を白黒させる青志とオロチ。
「少しだけ待ってろ。すぐに準備させる」
「は、はい・・・」
あの人たちは、宴会の最中もずっと闇に控えてたんだろうか? 青志が唸っている間に、たちまちオロチの旅の準備が整えられていく。
2人分の外套。ソーセージにハムに餅にビスケットと、雑多に保存食が詰め込まれたリュック。それらを受け取ったオロチは、黙ってウラケンに頭を下げる。
「気にすんな。また、会おうや」
ウラケンも、鷹揚に頷いてみせた。
準備完了とともに飛び出していくオロチを、青志が慌てて追いかける。オロチが向かっているのは、大蛇ゴーレムの隠し場所だ。
「アオシ、見送りはいらないよ?」
「そう言いなさんな。ワイバーンゴーレム、見たいじゃないか」
「そういうことか」
青志とオロチが軽口を叩き合いながら門を出ようとすると、まだ日も昇っていないのに、門番が生真面目に職務をこなしていた。
「それより、戦況はどうなんだ?」
「良くはないね。大量のオークが、すでにモウゴスタに侵入している。今は要所要所に立て籠もって、オークの攻撃に堪えているところだ」
青志もオークと戦ったことはあるが、相手が1体だけだったにも関わらず、とてつもない重圧を感じたことを覚えている。あんな化け物が大量に攻めて来るなんて、悪夢のような光景であろう。
「僕の父親がユニーク魔法でオークを使役していた反動かも知れないね。だとしたら、こういう事態に考えが及ばなかった僕のミスだ」
オロチは、悔しそうに表情を浮かべる。
「大変なときに力になれなくて、すまない」
「何を言う。これは、我々ゴブリンの戦いだ」
「生き残れよ。また温泉に入りながら、酒を飲もう」
「ああ、もちろん」
ゴーレムを隠していた場所に着くと、すでに大蛇ゴーレムたちが待ち構えていた。
オロチがゴーレム化を解くと、大蛇たちはたちまち輪郭を失って、宇宙船の繭の素材である金属繊維の山へと返る。その金属繊維を使い、ワイバーンゴーレムを作る気なのだ。
ワイバーンで大蛇ゴーレム4体を運べない以上、置いて行くにはもったいない金属繊維そのものでワイバーンゴーレムを作るしかないという訳である。
オロチが取り出した魔ヶ珠は、深い緑色をした大物であった。
「それが、ワイバーンの・・・?」
「そうだ。できれば、自分でワイバーンを狩ってゴーレムにしたかったけれど、今は贅沢を言ってられないからね」
緑の魔ヶ珠を落とされた金属繊維の山が、シュルシュルと蠢く。元が繊維の束であるだけに、互いに絡み合い、巻きつきながら、急速にワイバーンの形を作っていく。
「お、大きいな!」
繭の金属繊維だけでは足らず、辺りの地面をごっそりと抉り取って誕生したワイバーンゴーレムは、翼長7~8メートルに及ぶ巨大さであった。
見た目は、海に棲む首長竜の肩に長大な翼膜を生やし、ヒレの代わりに逞しそうな四肢を付けたというものだ。
長い首の先の頭部には、凶悪な牙が並んだ顎が備えられている。
一見して、とても強そうということが分かる。
「じゃあ、行くよ」
「ああ、またな」
オロチとシオンを背に乗せると、ワイバーンの巨体がフワリと浮かび上がる。風魔法を使って、助走なしで離陸したのだ。
バサリ――――!
ワイバーンが翼を大きく羽ばたかせる。
その1度の羽ばたきだけで、巨体が一気に上空へと運ばれ。
バサリ――――!
2度目の羽ばたきで、すばらしい加速が始まる。
バサリ――――!
羽ばたきの残響だけを残し、その影は朝焼けに消えて行った。
「おお、あれもゴーレムなのか?」
不意に後ろから聞こえた声に、青志が振り向けば、ズダが目の上に手を翳したまま空を見上げていた。
「そうですけど・・・ズダさん、いつからいました?」
オロチの出発にかまけて、鷹ゴーレムをそばに置いていなかったとは、大失態だ。現れたのがケモノだったら、青志は尻の1つも齧られていたところである。
「近くをランニングしてたら、でかいのが飛び立つのが見えたから、来てみたんだけどな」
「そうでしたか」
確かに、あんな大物が飛んで行くのは、大いに目立ったはずだ。
でもそれより、異世界に来てまでランニングをやっていたというズダに、ちょっと驚きを感じる青志。別に、異世界でランニングをするのが悪い訳ではないが、どうにもイメージがしっくり来なかったのである。
「偉いですね。昨日も遅くまで宴会やってたのに」
「ああ。ウラケンさんを見ていたら、この世界では一度強くなった肉体は衰えねぇのかも知れないという考えも浮かんでくるが、実際にどうかは分からねぇからな」
「あれだけ飲んだくれてて強いっていうのは、確かに普通じゃないですもんね」
「だろ? でも、俺はまだまだ強くなる必要があるから、手が抜けねぇんだ」
「何か目的があるんですね?」
「うん。これが実は、探してる女がいてな」
「おお?」
「その女が、とんでもなく強いのよ」
「ええ? ズダさんよりですか?」
巨大キリギリスを素手で殴り飛ばしていたズダより強い女なんて、熊人や獅子人でもなければ存在しないだろう。
「強い。あいつは、とてつもなく強い。なんせ、ヒグマなんだからな」
「は? それって、もしかしてヒョウタさんて人じゃ?」
ヒョウタの名を聞いた瞬間、ひょうきんそうなズダの表情が、一気にシリアスになる。
「知って・・・いるのか?」
「最強の水魔法使いで、熊人のヒョウタさんなら、知ってますよ?」
ズダの顔が喜色に染まった。
その日から、ズダが異常に張り切ってサムバニル市行きの準備を進めたため、青志たちの出発が繰り上がることになった。
青志にしてみれば、オロチのことが気になっていたので、出発が早まったのは、ありがたい話である。
ジュノが頼んでいた銃の製作も完了している。
準備は万端だ。
アスカ側から、サムバニル市まで同行するのは、ウラケン、ズダ。そしてリョウを始めとする衛兵が数名。
マナたちと仲良くなっていたサクラも強く同行を希望していたが、さすがに認められなかった。海の旅では、どんな脅威が待っているか予測がつかないからである。
マナがシンユー並みの力を得れば、いつでもサクラに会いに飛んで来れるようになるだろう。ただ、そこまで成長するのが何百年、何千年先になるかは分からないけれど。
問題は、青志が死んだ後にマナたちがどうなるかというごとだ。他のゴーレムは、青志がいなくなれば動きを止めるだろうが、マナたちは果たして・・・。
親目線になって目蓋を押さえている青志の横で、マナとミウはサクラとの別れを惜しんでいた。その輪には、ユカとトワも混ざり込んでいる。
ゲームの中には当たり前にある、離れた場所に一瞬に移動するシステムがあればいいのにと、考えてしまう青志であった。
なお、瞬間移動のできるシンユーは、青志たちの出発など気にも留めていないようである。青志とともにマナがいる限り、必要があればいつでも跳んで行けるということなのだろう。
アスカからは、何事もなくシャクシに到着。まず向かったのは酒場である。
アルガ号の艦長、カウラウゴに面談しておくためだ。
青志たちがアスカの船でアコーまで戻ることは、すでにシューマンより伝えてあった。
が、往路で世話になったカウラウゴたちに挨拶しておくことは、当然のことである。
アルガ号は、王都での人員の引き継ぎ、そして少なからぬ物資の売買が完了するまで出航できないため、まだ10日前後の逗留を余儀なくされているのであった。
よって、カウラウゴたちにできることは、飲んでいることだけ。
たちまち、その輪に潜り込んでいくウラケン。
「出航は明後日ですからね、それだけはお忘れなく」
そんなウラケンを、ズダは当たり前のように放置していく。
ちなみに、半魔人化した獅子人のガオンは、王立の軍に引き抜かれたらしい。元々、ただの雇われ水夫で、サムバニル市の所属ではなかったため、王命には逆らえなかったようだ。
と言っても、当のガオン自身は喜んで話を受けたという。
地方都市の持つ船の雇われ水夫から、王立軍の正規兵になったのだから、大出世なのだ。半魔人という立場で白眼視されることも多いだろうが、現在のガオンなら、ちゃんと乗り切れるだろうと青志は思う。
次に向かったのは港だ。
アスカ籍の船を見ておくためである。
船の名前は、アメノトリフネ。空でも飛びそうな名前だが、日本人が造った船だとはいえ、さすがにそんなギミックは有していない。
外観は、マストを2本持つ優美な帆船だ。アルガ号のようにケモノ除けのツタもまとっておらず、この世界では異質な船体である。ケモノを寄せ付けないということより、速度を重視した設計思想なのであろう。
それを最もよく表している物に、青志は気がついた。
「あれは、もしかして煙突?」
甲板上に巨大な煙突があったのだ。
「そうだ。まだ完成途上ではあるが、こいつにゃ蒸気機関とスクリューが付いてるんだぜ」
驚く青志を見て、ズダが得意そうに笑う。よほどの自信作のようだ。帆と櫂で他の船が動いている中で、蒸気機関を動力としたスクリューで動けるとなると、その運用性は別次元のものとなるだろう。
「往路に2~3ヶ月かかったんなら、復路は1ヶ月かからないだろうぜ?」
蒸気機関とスクリューの性能にもよるが、蒸気船は帆船に比べて単純に航行速度も速くなる上、風の強さや向きに影響を受けにくくなるのだ。確かに、それぐらいの期間で移動できてしまうかも知れない。
「他にも、色々と詰め込んでるからな。期待してくれよ?」
翌日は、1日かけて物資の積み込みが行われた。
また、蒸気機関のボイラーにも、前もって火が入れられる。ジュノは、ズダに許可をもらい、ボイラー周りに籠もっているらしい。システムの改善について、色々意見を出しているという。この航海を境に、アスカの船は更なる進化を遂げることになるだろう。
青志たちは、シャクシの街を観光しながら、その日を過ごした。
そして、出航。
曳航船に引かれて離岸し、しばらくしてアメノトリフネはスクリューを作動させた。
帆も上げていない全長60~70メートルの船体が、力強く前進を始める。
「おお、凄い。産業革命の匂いがする」
ファンタジーな世界に落ちてきて、青志が初めて機械文明を感じた瞬間であった。
水夫たちも、きびきびと仕事をこなしている。日本人の、それも顔に皺が深く刻まれた高齢な方が多いように見えるが、着用しているのは真っ白いセーラー服だ。もちろん、下半身はズボンである。
「これが本物のセーラー服なんだ・・・」
ユカとトワが、複雑そうな視線で、それを見つめていた。
港から出てしまうと、輝くように白い帆を上げて、更に加速。アルガ号とは別次元の速度で波を切って行く。
マストの上はもちろん、舷側に何人もの見張りが立ち、生真面目に異常の有無を監視している。あまりに統制のとれた水夫たちの動きに、もしかして船ごと落ちてきた人たちなのかもと、青志は思い始めた。
「そろそろ、船室に案内するよ」
ズダに連れて行かれた先には、大きめな部屋が2つ。なんと、畳敷きだ。
入り口で靴を脱いだり履いたりするのは、緊急時には時間のロスになってしまう。しかし、日常的に寛ぐには、靴が脱げた方がありがたい。
アルガ号では、ベッドの中でも靴を履いたままというのが基本だったのだ。と言いつつ、青志もリュウカたちも寝るときは靴を脱いでいたのだが。
そして一番驚いたのは、船室内に小さいながら風呂があったことだ。ボイラーで沸かしたお湯を利用していたのである。
もちろん、全ての船室に風呂が付いている訳ではない。一般の水夫用には、銭湯並みの大風呂が用意されていた。
どうしても風呂を作りたかった気持ちは分かるが、そのためにどれだけの機能や施設を犠牲にしなければならなかったかと思うと、頭を抱えたくなる青志である。
なお、これを詠んだのは、年末のことです。
寒き部屋 年の瀬ひとり 咳ひとり
毒舌先生~!