のどかな1日 ②
少し間が開いてしまいました。
新作を書いたところランキングの上がりが良かったので、ついつい、そちらばかり更新していました。
残念ながらランキングの上昇も止まりましたので、これからは交互に更新を行うことにします。
引き続き、よろしくお願いします。
その店では、リュウカが棒手裏剣を5本買った。さすが日本人が作った街だけあって、日本的な武器が当たり前に置いてあったのだ。例えば、両刃の長剣よりも、日本刀の方がいっぱい置いてあったりという具合である。
リュウカは、棒手裏剣のホルダーを、ちょっと考えてから自分の太ももに巻きつけた。使うときに、一々スカートをまくって太ももを露わにする形だ。
「おい。いいのか、そこで?」
それを見て、なぜか青志が焦るが、リュウカはシレっとしたものである。
「他にホルダーを着ける適当な場所もありませんし、ユカやトワがやるより問題ないでしょう?」
ユカやトワなら、一部の嗜好の者が・・・と思う青志だが、もちろん口には出さない。それに青志としては、ユカやトワより、リュウカの太ももの方が嬉しい。
「アオシさん、目がやらしいです」
リュウカに冷静に指摘され、青志は顔を赤らめた。
「私も足を露出した方がいいか?」
「いえ。けっこうです」
ジュノの真顔の追撃に、青志は勘弁してくれと逃げ腰になる。ジュノの場合、冗談で言っている訳でないので、よけいに始末に負えない。
「見たいんなら、見たいと言ったらいいと思います」
なぜか、リュウカが更に追撃をかけてくる。思わず「見たい」と言いたくなって、青志は口を噤む。
リュウカも、冗談なのか本気なのか区別がつかない点では、ジュノと似たり寄ったりだ。
「もうその話はいいから、他の所も見てみないか?」
青志は強引に話をかえる。
「だったら、この街でしか食べられないようなものが食べたいです」
「あ、なるほど。日本らしい食べ物があるかもね」
「ぜんざいが美味しい店なら、すぐ近くにありますよ」
「ぜんざいっ!?」
お店の女性の言葉にリュウカが食いつき、そこまで移動することになった。ジュノも、甘い食べ物には興味津々である。
甘味処は、鍛冶屋が集まっている辺りと居住区の境ぐらいにあった。鍛冶作業で汗をかいた職人が、帰宅途中に甘味を補給しに立ち寄るのかも知れない。
店内は、京都の観光地にある茶店みたいな構えで、客層はごく普通のご婦人方ばかりである。
サムバニル市だと、こんな嗜好品を食べられる店には、裕福な女性しか来られないだろう。
「ふむ。甘いとは、こういう味か。なかなか好ましいものだな」
ぜんざいにパクつくジュノ。リュウカも黙々と木さじを口に運ぶ。2人が満足そうなので、青志もホッとする。
そうして甘味を楽しんでいると、店の中に子供たちが駆け込んできた。
シムぐらいの年ごろの子供たち。
「ぜんざい、4つ~!!」
とても元気そうな子供たちが着ているのは、おそろいの白い上衣に黒い袴。何かの道着のように見える。
近くに道場でもあるんだろうか? そう思いながら青志が子供たちを気にしていると、リュウカが不審者を見る目になっていた。
「アオシさん、そういう・・・?」
「えっと、どういう?」
「アオシは、あの子供たちに発情しているのか?」
ジュノの直球発言。しかも、間違っている。
青志は、目を剥いた。
「さすがに怒るぞ。あの子たちの着てる物を見て、何か武道をやってるのかと思っただけだ!」
「ほ、本当に・・・?」
「本当だ!」
リュウカに真顔で疑われたことに、青志が予想以上のダメージを受けていると、ジュノが子供たちに近寄っていった。
「お前たち、武道というものをやっているのか?」
相手が子供とは言え、それはダメだろうという口調で話しかけるジュノ。
「うん。そうだよ。お姉ちゃんも、やりたいのか?」
礼儀を知らないという意味では、相手の子供も同じレベルだった。
「武道か。興味はあるな。この近くでやっているのか?」
「すぐ近くだよ。今から大人がやる時間だから、行ってみたら?」
「分かった。行ってみるとしよう」
そう言って、ジュノはそのまま店から出て行こうとする。
「おい、待て待て。オレたちも行くから!」
青志は、慌ててぜんざいを平らげた。
甘味処の数軒隣に、道場は建っていた。
外観は、ちょっと大きな武家屋敷風。内部は、だだっ広い板張りの稽古場になっている。
ちょうど稽古が始まる前のようで、10人を超える大人たちが、それぞれに準備運動をしている。
青志はその中にズダの顔を見つけ、見学を申し込んだ。
集まっている者たちは、甘味処で会った子供たちと同じく、白の上衣に黒の袴姿。
やっているのは、空手と合気道、それに古武道が一緒くたになったような武道だった。いや、その全てを一緒くたに稽古していると言った方が、正解かも知れない。
2人1組になって、様々な技をかけ合っている。
突きや蹴りより、むしろ相手の姿勢を崩す技を重視している雰囲気。
「面白い。2本足で立つ者の弱点を狙うのだな」
ジュノは、ひどく感心しているようだ。
そんなジュノを見て、8本足の生物はどんな戦闘技術を持つのだろうと、青志は考える。
8本も足があったら、そう簡単に倒れないだろうし、重心を崩すなんて考え方はないのかな? それとも、タンタンあたりなら、足が何本あろうと、関係なく投げちゃうのかな?
青志が適当なことを考えていると、ジュノが突然立ち上がった。
「お? トイレか?」
「私の肉体は、トイレを必要としない」
「え、そうなの? うらやましい!」
ブラック企業に勤めていたころ、青志のお腹はよく氾濫を起こしていたので、真剣にトイレに行かない身体が欲しいと思っていた時期がある。まさか、そんな身体が実在したとは・・・。真剣にうらやましがる青志。
「それより、あれらの技を実際に体験してみたい」
「稽古に参加するぐらいは許してくれると思うけど、あれはあくまで稽古なんだからな? ミサイルとか発射するなよ?」
「相手の身体を壊すような真似はしない。それに、私の身体にミサイルは内蔵されていない」
どうやら大丈夫そうなので、青志はズダにジュノの稽古の参加を頼んでみた。快くそれに応じてくれたズダだったが、なぜか青志とリュウカも稽古に参加することになってしまう。
「え? あれ? なぜ?」
青志の相手をしてくれたのは、ズダ本人。
「じゃあ、行きますよ」
そう言うと、嬉々として青志を投げ回した上、関節を極めまくってくれた。
「ちょ、ちょっと、もう勘弁~!」
「もうダメか? 俺は打撃が本職なんで、そっちも付き合ってもらいたいんだけどな」
「いやいや、無理だから!」
ひょうきんそうな風貌のズダだが、武道をやるときは危ないスイッチが入るようだ。
タンタンもそうだったが、武道に打ち込んでる人間は、武道のことになると超Sな人格が顔を出す。とても、付き合ってはいられない。それが欠けていたせいで、自分は途中でケツをまくってしまったんだろうかと、青志はおかしな反省をしてしまう。
逃げるように稽古から離脱した青志は、ジュノに目を向ける。
ジュノは、実力者らしい禿げた男に技をかけられながら、まるで無表情なままでいた。投げられても、関節を極められても、淡々とデータの分析でもしているような雰囲気だ。
実はジュノが心配というのもあって、稽古を勘弁してもらった青志は、その様子にホッとする。ジュノは、ミサイルは内蔵していないと言っていたが、高周波ブレードとかレーザー銃ぐらいは内蔵していても不思議でない存在なのである。
技をかけられながら、それを解析しているように見えるのも、おそらく青志の気のせいではない。その証拠に、そうこうするうちに稽古相手に見事に技をかけ始めた。
その動きは、不自然なぐらいに、ジュノが相手にしている禿げ男そっくりである。まるで、ジュノの中で解析が完了したかのようだ。
「いや、本当に解析が済んだんだろうな・・・。よし。サムバニル市に戻ったら、ジュノをタンタンさんの所に連れて行こう」
驚くタンタンの表情を想像し、青志はニヤッと笑う。
「しかし、それよりとんでもないのは・・・」
青志は視線を、ジュノからもう1人の人物に移した。
性別を疑いたくなるぐらいに体格の良い女性を相手にしているのは、リュウカだ。
さすがにミニスカートのままでは稽古をできないので、袴に着替えており、高い位置にポニーテールを結った出で立ちが妙に似合っている。
何の武道経験もないというリュウカなのに、長年稽古を続けて来たかのように、相手の女性と淀みなく技をかけ合っている。
天才という言葉を簡単に使いたくない青志であったが、リュウカに対しては他に形容する言葉を思いつけない。
「リュウカもタンタン道場行きだな」
ぼそっと呟く青志であった。
翌日は、ズダに連れられてのケモノ狩り。
アスカから2時間ほどの距離にある山の中で、巨大な昆虫型のケモノが大繁殖しているとのことで、数を減らす目的である。
本来はアスカの住人が向かうべき案件だったが、世話になるばかりも心苦しいので、青志から手伝いを申し出たのだ。
青志としては、ジュノの魔ヶ珠を成長させてやりたいという思いがあったので、ちょうど良い話でもあった。
参加者は、ジュノ、オロチ、シューマン、マナ、ミウ、シオン。アスカ側からは、ウラケン、ズダ、衛兵のリョウ。
リュウカたちは、シンユーも含め、女子ばかりで楽しくやるそうだ。シンユーは、マリエと再会できたのが嬉しいのか、なかなか帰ろうとしない。もしかしたら、アスカに居着いてしまう気かも知れない。
目的地の山は、元々緑の豊かな所だったらしいが、まだらに禿げてしまっていた。遠目にも、赤茶けた地面が剥き出しになっている場所が目立つ。
「ずいぶん、自然破壊が進んでますね」
「この山だけで済んでいるうちはいいんだが、これがアスカの方まで広がって来ると、やべぇからな」
アスカの住人たちの多くが強力な戦士であるのに関わらず、好き好んでケモノを狩る者は少ないらしい。みんな、生活水準を上げる方向に血道を上げているのだ。港町から魚を高速輸送したり、温泉を掘ったりという風に。
おかげで、異常発生したケモノがいても、放置されていることが多いという。評定衆と衛兵たちは、大変そうである。
「その割には、毎日昼間から飲んでたけどな・・・」
「あん?」
「いえ」
山に入ると、木を齧る音や、鳴き声らしきギジギジいう音が、あちこちから響いてきた。
「これは、あんまり気味のいいもんじゃねぇな」
ウラケンがぼやく。
鷹ゴーレムを先行させている青志には、その気味のよくないものの正体が、すでに視えている。
体長2メートルを超えるキリギリスだ。
それが、うじゃうじゃと・・・。
「むう。冗談抜きで気持ちの悪いのが、大量にいますよ」
ウラケンたちにもゴーレムのことは知られているので、ゴーレムが得た状態を積極的に知らせる青志。
「しかも、どんどん集まって来てるね」
当然、オロチもフクロウゴーレムを使って、偵察を行っている。
ちなみに、ゴブリンや大蛇ゴーレムは、アスカに入る手前に残してきた。土に埋もれたまま、活動を休止しているはずだ。
そうこう言っているうちに、騒がしい音を立てながら、緑色の大きな影が姿を現した。
巨大な後ろ脚。ギジギジと音を鳴らす、縦に割れたギザギザ顎。赤黒い複眼。なぜ今回、女性陣が来なかったのかがよく理解できる。
「ヒャッハー!」
が、そんなこと関係なく、走り出すウラケン。
「ちょっ・・・!」
武器を持たず、防具らしい防具も着けずに、巨大キリギリスに突っ込むその無謀さに、青志は驚きの声を上げる。
が、次の瞬間、青志の驚きはあっさりと上書きされた。
素手のウラケンが、拳骨で巨大キリギリスを吹っ飛ばしたのだ。
横っ腹を殴られ、ひしゃげたキリギリスの巨体が、黄色い液体をまき散らす。
「うん。ちょいとキレが悪いな」
ウラケンがコキコキと首を鳴らす。
「あれは、本当に人間かい?」
呆れるオロチ。
「いや、どうだろ?」
「ずりぃな、ウラケンさん!」
そう言うと、ズダとリョウまでが突撃をかける。
ドン――――!
ドカン――――!!
ドゴン――――!!!
腹に響く打撃音。
その音と同じ数だけすっ飛ぶキリギリス。
ジト目になる青志。
天を仰ぐオロチ。
「オレたち、来る必要あったか?」
「さあ?」
「私も行っていいのか?」
しびれを切らしたように、青志に確認して来るジュノ。
ウラケンたちの狂騒に引いている青志たちとは違い、ジュノはそれに参加したくてウズウズしていたらしい。
「どうぞ。無理しない程度にね」
「了解だ」
返事と同時に、ジュノの身体が弾丸のように飛び出した。
静止状態から、一瞬で最高速に。
そのまま、巨大キリギリスの元に到達。
勢いを殺さないまま、ワンパンチ。
爆散するキリギリスの頭部。
グロい。
そのまま山の中に突入して行くジュノ。
ウラケンたちの姿も、すでに見えなくなっている。
「パパ、あたしたちも行っていい?」
「マナ、お前もか・・・。いいけど、あまり遠くに行くなよ?」
「うん!」
喜ぶマナ。
「シオンも一緒に行っておいで」とオロチ。
「やった。ありがとー!」
マナ、ミウ、シオンがテケテケと走り去る。
「まあ、あの子たちなら心配ないだろ」
「そうだね」
青志とオロチは、狩りに参加する気にもなれず、適当な倒木に腰を下ろしてしまう。
「一応、ボディガードだけ出しとこうぜ」
青志はいくつかの魔ヶ珠を取り出すと、次々にゴーレム化させる。
猫、霊獣、ミミズ、コウモリ、オオトカゲだ。
「僕も、普段使わないのを出しておくか」
オロチもそう言って、ゴーレムを召喚した。
フクロウ、カニ、ムジナ、クモ。
適当に周りに散らばらせ、自分たちを守らせる。
「いいのかい? アオシは戦わなくて」
「いいよ。錬金の研究でもするよ。オロチこそ、いいのか?」
「ああ、それが、実はさっきからイヤな予感がしていてね・・・」
「イヤな予感て、いきなりここに体長10メートルのが現れるんじゃないだろうな?」
「ここのことじゃないんだ」
「え? どこのことを言ってるんだ?」
「君たち風に言えば、モウゴスタ市のことがね」
モウゴスタ市とは、元々ウィンダの父親が領主だった場所だ。現在はゴブリンたちに占領され、そのリーダーがオロチである。
「知識の魔ヶ珠で人間の知識を得た部下が、うまくやってるんじゃないのか?」
「部下は、ちゃんとやってくれているさ。ただ、その部下が何かイヤな雰囲気を感じているようだ」
ゴブリンは、群れごとに緩く意識が繋がっているらしいが、遠い地にいる仲間の不安感がオロチに伝わって来ているのだ。
「自然災害? それとも外敵か?」
「分からない」
「歯がゆいな」
「ああ」
ウラケンが船を出してくれると言っていたが、船旅だけでも2~3ヶ月もかかる場所に、青志たちはいるのだ。どれだけ急いでも、オロチは仲間たちの危機に間に合わないだろう。
自分たちには手の打ちようのない不安を感じながら、青志とオロチは顔を見合わせた。