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のどかな1日

全くの私事ですが、稽古に出なくなって10年以上になる空手の先生とお会いし、『冒険者デビューには遅すぎる?』1・2巻をお渡しすることができました。

 すっかり明るくなってしまってから青志たちがゲストハウスに戻ると、一部の女性陣の視線が冷たかった。

 はっきり言うと、ユカとトワとナナンの視線が、とても冷たかった。

 シンユーは、どうやら面白がっている。

 マナ、ミウ、シオン、それにジュノとリュウカは、不思議なぐらいにいつも通りだ。

 青志としてはマナとミウの反応が一番怖かったのだが、人間相手に嫉妬などしないのかも知れない。それか、青志たちが何をしていたか分かっていないだけという可能性もあったが。


「アオシ、ユニーク魔法を調べてもらう件は大丈夫か?」

 男たちの悪行になど興味も見せず、ジュノが問いかけて来る。ジュノとしては、己にどんなユニーク魔法が備わっているかが、最大の関心事なのだ。

「ああ。マリエさんの居酒屋で、昼を食べながら見てもらうことになってるよ」

 

 アスカでは1日を8等分し、その区切りごとに(かね)が鳴らされる。まさに、あの日本の寺にあった鐘だ。

 1日が24時間だとすると3時間置きに鳴らされる勘定だが、この惑星の1日は24時間より少々長いらしい。正確なところは、アスカでも知られていないようだ。地球の月のような衛星がないこの惑星では、暦の発展が遅れており、万事が適当である。

 しかし、それで誰も不自由はしておらず、正午の鐘を聞いてから居酒屋に向かえば問題ないという。


 何も言わずに、冷たい視線だけを送って来るユカたちに辟易した青志は、早めにゲストハウスを出ることにした。もちろん、ユカたちも無言のまま付いて来る。

 居酒屋に着くと、すでにウラケンが酒を飲んでいた。この男、居酒屋に常駐しているのかも知れない。

 そして、ウラケンの向かい側に座って、1人の幼女がウサギと戯れている。


「こんにちは、ウラケンさん。ちょっと早いと思いましたが、来てしまいました」

「おお、構わねぇぜ。こっちは、もう準備ができてるからな」

「え? じゃあ、その女の子が?」

「そうだ。名前は、サクラ。お前さんの望む能力の持ち主だ」

 青志は、改めてサクラに目を向ける。

 サクラは見かけだけならマナたちと同じ年頃で、真っ黒な髪を腰まで伸ばしている。意志の強そうな黒目がちの瞳が、静かに青志を見返した。


「はじめまして。青志です」

 見かけと実年齢が一致しないと、アスカに来て思い知らされた青志は、大人に対するのと同じように丁寧に頭を下げる。

「こんにちは」

 言葉少なに、サクラが挨拶を返す。

「サクラは、見たまんまのトシだよ」

「あ、そうなんですね」

 ウラケンにそう教えられても、気楽に子供扱いできない雰囲気が、サクラにはある。まだ、ドラゴンゴーレムのマナやミウの方が、子供らしいぐらいだ。


「サクラは、2年前にふらりとアスカに現れたんだ。そのウサギを抱えたまま、たった1人でな」

「それって、1人でこの近くに“落ちてきた”ということですか?」

「近くと言っても、歩いて10日やそこらかかる距離の所だったそうだがな」

「そんな日数を1人で生き延びて? あ。そのウサギが使い魔とか?」

「サクラの能力は、もう教えたろう。ウサギは、途中で拾ったらしい」


 確かにウサギは、何の変哲もないただのウサギにしか見えない。今も、サクラに抱かれたまま、意味もなく鼻をひくつかせているだけだ。身体が真っ白で、耳と鼻先が黒い。

「このトシで10日間も1人で生き延びたなんて、すごいサバイバル能力ですね」

「ああ、どんな育てられ方をしたんだか、親の顔が見てぇよ」

 ウラケンが、ほとほと呆れたように言う。


「そう言えば、報酬って、どうしたらいいんだろ? お金でいいのかな?」

「カネは、あまり必要ねぇだろうな。まあ、その辺は後回しでいいだろ。とりあえず、能力だけ見てもらいな」

「分かりました」

 ジュノを伴い、青志はサクラの横に立った。


「能力を見たら、いいの?」

 青志たちを見上げて、サクラが言う。

「うん。2人分頼む」

 了解してみせると、サクラが静かに2人を見る。

「お姉さん、珍しい能力ね」

「そうなのか?」

 サクラの言葉に、ジュノの表情が期待に染まる。


「お姉さんの能力は、瞬間移動よ」

「お?」

 驚いて、青志がジュノを見た。

 ジュノが自分の中の何かを探るような表情になる。そして、その身体の位置が、フッとズレる。その距離、20センチばかり。

「ふむ。これが、私のユニーク魔法か。魔ヶ珠を成長させれば、移動距離が伸びるのだろうな」

「そうね。まだ全然魔ヶ珠が大きくなっていないみたいだから、これからでしょうね」

 訳知り顔で、そう言うサクラ。


「じゃあ、オレは? ゴーレム魔法以外に、もう1つ何か使えるようになってるか?」

「お兄さんも珍しいね。2つもユニーク魔法があるなんて」

 サクラが素直に驚いた様子を見せるので、青志は気を良くする。

「ゴーレム魔法と・・・2つ目は、錬金魔法ね」


「錬金? 金を作る、あの錬金術?」

「正確に言うと、物質が変化するときの工程を1つ飛ばせるみたい」

「ん? むむ?」

 悩む青志。

「例を上げると、ゆで卵を作るときに、加熱という工程を飛ばせるの。できたゆで卵は、熱くないけどね。ただ、変化した後の形がちゃんとイメージできてるか、または飛ばす工程の内容が分かってないと、使えないらしいわ」


「なるほど。卵さえあれば、ゆで卵屋が開けるんだ」

「そうね。お客さんが来るといいわね」

 幼女の冷静なツッコミに、青志は凹む。

 そんな青志を、ウラケンがなぜか優しく見ている。きっと、いつもはウラケンが下らないことを言っては、サクラからツッコミを受けているのだろう。


「そうか。錬金か・・・」

 ゲームの中でなら、薬や特殊な素材を生成して役に立つ能力だが、それが現実となるとどうだろう。青志は、疑問に思わずにはいられなかった。

 そもそも、治癒魔法が使える青志には、薬なんて必要ないのだ。それに、戦闘にも全く関係するとは思えない。

 料理でも覚えるかと、考える青志であった。


「錬金なら、鍛冶屋で合金を作ってる奴もいるぞ。大がかりな炉を用意しなくていいから、助かってるらしい」

「なるほど」

 そう言いながら、すでに謎の宇宙船素材を手に入れてしまってるだけに、青志はもう一つありがたみを感じることができない。


「いや。その能力、面白いな。私の知識があれば、とんでもない物が作れるぞ」

 しかし、そこに変なテンションで入ってくるジュノ。その目が怪しく光っている。

「おい。何か超物騒な物を作らせようとしてないか? 反物質とかマイクロ・ブラックホールとか勘弁してくれよ」

「ブラックホールは無理だろうが、反物質なら可能そうだ」

「作らねーよ!」


「じゃあ、話も済んだんなら、メシにしようぜ」

 ウラケンがマリエに昼食を頼む。

「あんた、どれだけ食べるんですか・・・」

 青志がウラケンに呆れていると、いつの間にかサクラの周りをマナ、ミウ、シオン、それにユカとトワが取り囲んでいた。お目当ては、サクラ自身とペットのウサギだ。


「可愛い~!」

 ユカとトワがキャッキャ言いながらサクラを撫で回し、その横でマナたちは、不思議そうな表情でウサギをつついている。

 サクラも、ユカとトワに揉みくちゃにされながら、先ほどまでの大人ぶった雰囲気が薄れて、どこか柔らかい笑顔になっていた。

「やっぱ、子どもには子どもたな」と、ウラケン。


「ここには、子どもが少ないんですか?」

「住人のほとんどがトシを取らなくなってるせいもあるのか、子どもが生まれなくなってな。子どものまま“落ちて”来て、無事にこの街にたどり着ける者なんて、ほぼいないしな」

 普通、子どもが1人きりで、ケモノが跋扈する場所で生き延びるなんてできないし、運良くどこかの街に行き着けたとしても、その街で生を終えることになるだろう。

 サクラが例外中の例外なのだ。

 

「でも、子どもが生まれないのは、問題ですね」

「全く生まれない訳じゃないんだがな。まあ、死ぬ奴も少ないから、なんとかやっていけてるがな」

「ゴブリンを住まわせる気は、ありませんか?」

 おとなしく話を聞いていたオロチが、突然思い切ったことを言い出す。

「ゴブリンか。人間との混血は、無理だよな? ゴブリンばっかりが増えて、いずれ街を乗っ取られちまうような気もするが、ゴブリンが住むのは別に構わねぇぜ。今より、よっぽど活気も出るだろうしな」

 さらっと、大変なことを言うウラケン。


「本気ですか? だとしたら、仲間を連れて来たいところですが」

「ああ。いつでも、連れて来な」

「そんな重大なこと、あっさり決めちゃうんですね。ここって、合議制なんでしょ?」

 余所(よそ)の街のことながら、心配になる青志。

「もちろん、独断で言ってるんじゃねぇぜ。ゴブリンだろうと獣人だろうと、この街じゃ差別しねぇと、すでに決定済みなだけだ」


 サムバニル市でも獣人を差別している様子はなかったが、実際のところ、住んでいる獣人はほとんどいなかった。そういう意味では、やはり目に見えない差別があったのだろう。

 日本人中心の街なら、他の所よりは、獣人たちも住みやすくなるのかも知れない。

 ただ、それがゴブリンにまで適用されるとは、青志にとっても意外な話だ。ゴブリンは、一般的には人類の敵とされているのである。


「オロチ、新しい街を作るのは、やめるのか?」

「いや。そうではない。しかし、一からゴブリンの街を作るなんて、簡単なことではないからね。それまでの間だけでも、ここに住まわせてもらえるのなら、とてもありがたいと思わないか?」

「なるほどね。ここの街作りを参考にして、この近くに新しい街を作ればいい訳だしな」

「新しい街を作るっていうんなら、いつでも協力するぜ」

 酒をあおりながら、またウラケンが安請け合いをする。

「期待している」

 オロチは、爽やかに笑ってみせた。





 午後から青志は、ジュノの希望で鍛冶屋巡りに向かった。

 同行するのは、リュウカのみである。シンユーはマリエと、オロチはウラケンと飲み、ユカとトワ、マナたちはサクラと遊ぶのだそうだ。シューマンとナナンに至っては、ズダたち相手に難しい話し合いがあるという。


「リュウカは、オレたちと一緒で良かったのか?」

「鍛冶屋に興味ありますから」

 ジュノが作った漆黒のレイピアを両の腰に吊りながら、リュウカは他の武器の導入も考えているらしい。

「ジュノは、何が目的なんだ?」

 ジュノの左腰にも、自らが作った長剣が装備されている。


「銃という物を見てみたい。離れた敵を攻撃できるのなら、便利でいい」

「そう言えば、ジュノが作っていたのは、近接武器だけだったな」

「遠隔武器は、どうしても材料の補充が問題になるからな。しかしアオシが錬金魔法を使えるのなら、火薬の生成も可能になる訳だ」

「お前、ずっとオレに付いてくる気か?」

「当然だ」

「そうですか・・・」


 



 アスカでも、サムバニル市と同じように、鍛冶屋は決められた地区に密集している。街の北側、鉱山に近い辺りだ。

 街の中ほどにあったゲストハウスから、青志たちはブラブラと北に向かう。

「綺麗な街ですね」

 歩きながら、リュウカが目を細める。

「そうだな。琵琶湖の周辺なんかに、今でもこんな街があるよな」


 アスカの街には、澄んだ水の流れる水路が張り巡らされ、家々の中にまで引き込まれているようだった。

 水路に揺蕩(たゆた)う水草には、薄い桃色の小さな花が咲いている。日本で言う梅花藻ばいかもに近い植物だろうか。綺麗な水にしか咲かないものだ。

 水路沿いには枝垂(しだ)れ柳が植えられ、荷物や人を乗せた小舟が水面を行き交う。


 住人たちの住む家は、2階建てで統一され、木造。壁には白い漆喰が塗られ、屋根には瓦が光っている。

 街路は舗装されてはいないが、白い砂が敷き詰められ、塵1つ落ちてはいない。

 道行く者たちは、着物や作務衣姿がほとんど。皆、清潔そうで、柔らかな笑みを浮かべている。


「いいな。この街・・・」

「私もこんな所に住んでいた訳じゃないですが、すごく懐かしい気持ちになりますね」と、リュウカ。

「ほう。アオシたちが元々住んでいたのは、こういう街だったのかい?」

「ああ。オレたちが知ってるより、少し前の時代の風景だな」


「ここに住むのか?」

「いや。ウラケンさんにも言ったけど、一度はサムバニル市に戻るよ。でも、将来ここに移り住む可能性は、けっこうあるかもなぁ」

「そうか。まあ、好きにすればいい。アオシが生きている間は、それに付き合わせてもらうだけだからな」

「オレ、長生きするかもよ?」

「気にするな。それでも、私の寿命に比べれば一瞬と変わらない」

「うへ・・・」





 そうこうするうちに、鍛冶屋の集まる区画に到着。

 あちこちから、金属を叩く音が聞こえてくる。

 ざっと見て回ると、鍛冶仕事だけしている所もあれば、作った武器等を商っている所もあるようだ。

 とりあえず、入り易そうな店構えの所を選んで、中を覗き込んでみる。


「いらっしゃいませ!」

 日本にある店のように、フレンドリーに声をかけられ、面食らう青志。

 サムバニル市では、お客を歓迎する声をかけられたことなどなかったのだ。いや、青志の住む家を斡旋してくれた商会だけは、別だった。しかしそれも、背後には日本人がいた訳だが。


「置いてある商品はこれだけですけど、ご希望があれば、その通りの物を作りますよ?」

 青志と同年代に見える女性が、愛想良く言葉を並べる。明らかに、日本人の顔だ。

「銃は置いてあるか?」

「はい、そっちの棚にありますよ」

 ぶっきらぼうなジュノの物言いにも気を悪くした様子もなく、女性が丁寧に教えてくれる。


 女性が指し示した棚には、10丁ほどの銃が飾られていた。

 樹海にいたキサクが持っていたものと、そっくりな銃もある。

 1丁1丁が高価に違いない銃を、常時これだけ並べていられるなんて、資金繰りも余裕があるのだろう。

「触ってもいいか?」

「構いませんよ。弾代を払ってもらえたら、試し撃ちもできますよ」

「ほう」

 ジュノが驚くのも無理はない。この世界で、このサービスの良さは、異常以外の何ものでもない。


 ジュノは何丁か銃をいじってから、持っていた紙に、何かをスラスラと描き始めた。

「?」

 怪訝な表情の女性。

「ここにある銃の改善すべき点と、私専用に改造してもらいたい部分を図にしてみた。この通りに作ってもらうのは可能か?」

「え? あ、ちょっと、待ってもらえますか」


 女性が店の奥に声をかけると、しばらくして(いか)つい大男が出て来た。

 上半身裸の身体は赤銅色に焼け、太い筋肉の束が浮かび上がっている。オーガって、こんな感じかなと思う青志。

 大男はジュノが描いた図面を見ると、難しい表情で唸り声を上げた。

「これ、あんたが描いたのか?」

「そうだ。その通りに作れるか?」

「難しい・・・、難しいが、面白いな。いいだろう。作ってやろう」


 青志にはさっぱり分からないが、ジュノの図面は専門家を唸らせるものであったらしい。

「あ。待って待って。オレたち、ここに、あとぎりぎり20日いられるかどうかなんだけど――――」

「10日で作ってやる! お前たち、どこに泊まっている?」

「ウラケンさんが世話してくれたゲストハウスに」

「そうか。できたら、知らせを出す!」

 そう言い残すと、ジュノの図面を持ったまま、店の奥に引っ込んでしまう大男。


「はは。なんだか、亭主に火を付けちゃったみたいだね」

 女性は苦笑すると、呆れたように肩をすくめてみせた。

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