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アスカの人たち

 突如現れた凄いばかりの美女に、ウラケンたちは凍りついた。

 アイアン・メイデンやシューマンたち、それにジュノも同様である。

 こういう展開が初めてではない青志とオロチだけが、なんとか平静を保っていた。それでも、シンユーが初めて服を着ている姿を見て、その美しさに圧倒されていたりするのだが。

 シンユーは、身体にぴったりして胸元の大きく開いた黒いドレスを纏っていた。ドレスには精緻な金の刺繍が施され、とてつもなくお金と手間がかかっていることが見てとれる。

「シ、シンユー!!」

 いち早く我に返ったのは、カシマ・マリエだ。席を立つと、迷う様子もなくシンユーに抱きついた。


「おぬし、まだ生きておったのか? 驚きじゃな」

 そんなマリエに、シンユーが愉快そうに声をかける。

「あれから、まだ100年ちょっとでしょ? 驚くほどじゃないわよ! あなたも、相変わらず美人ね!」

 いや、それは驚くだろと、心の中で突っこむ青志。

 実際、マリエはせいぜい30代にしか見えないのだ。何をどうしたら、そこまで若さを保てるのだろう。青志としても、大いに気になるところである。


 マリエに抱きつかれながら、シンユーは青志に視線を向けた。

「約束通りマリエを見つけてくれるとはな。少々驚いたぞ。褒美をやろう」

「え? そんな、見つけたのも偶然ですし、申し訳ないですよ」

「手を出せ」

 遠慮するのにも拘わらず、青志の手に何かを握らせるシンユー。何を手渡されたのかと思って見てみると、それは真紅の2枚のウロコだった。


「う・・・わ・・・!」

 頭が真っ白になる青志。ドラゴンのウロコの価値を考えると、こんな簡単に手に入れていい物ではないはずだ。何かを言いたくて口をパクパクさせるが、結局何も言葉は出てこなかった。

「黙って、受け取っておけ。いつか、役に立つこともあろう」

「は、はい・・・。ありがとう、ございます・・・」

 ブルードラゴンのウロコも入手したばかりなのに、青志は己のドラゴン運が怖くなる。


「で、マリエさん、この方は・・・?」

 そこに、やっと金縛りの解けたアラナミが、恐る恐る声をかけて来た。ウラケンとズダも、黙ったままシンユーを凝視している。

「ああ。彼女は、私の古い友だちで、シンユー。正体は、火竜山のレッドドラゴンよ」

「はあっ!?」

 再び、凍りつく一同。





 ウラケンたちが落ち着くのに、小一時間がかかってしまった。

「しかし、シンユーさん、どうやってここに来ました? シンユーさんが現れるまで、全く気配を感じませんでしたが」

 シンユーに酒を注ぎながら、ウラケンが言う。ウラケンの分厚くて真ん丸い拳にはゴツいタコができており、空手をやっていることが分かる。気配が読めるような発言からすると、かなりウデに自信があるのだろう。


「もちろん、空間を渡ってに決まっておろう。妾の娘がマリエと出会ったのが分かったのでな、娘を目印に跳んで来たのじゃ」

 そう言って、シンユーがマナの頭を撫でる。目を細めるマナ。

「ワープとかテレポートとかいう感じか」と、ウラケン。

「そうみたいだな」

 呆れながら、ズダが相槌を打つ。


「でも、火竜山って船で何ヶ月もかかるような所だろ? そこから跳んで来れるって、けた外れ過ぎるな」

「ドラゴンて、凄過ぎ・・・」

 アラナミも、酒をあおりながら、ぼやく。

「あれ? そう言えば、何十年か前にタンタンさんがドラゴンと戦いに行くって向かったのは、火竜山じゃなかったか?」

「う。そう言えば、そうだったな・・・」


 突然、ウラケンの口から、青志も知っている名前が出てきた。

「タンタンさんて、外見は優男風なのに、無茶苦茶強いカンフー使いの?」

「知っているのか、お客人?」

「こちらに来る直前に、火竜山の麓の樹海で会いましたよ? イヤになるぐらい元気でしたけど」

 タンタンとの地獄そのもののような稽古を思い出し、青志の顔色が自然と悪くなる。


「おお、元気でやってるのか。それは良かった。いや、タンタンさんもこの街を作るときに尽力してくれた功労者だからな。心配していたんだ」

 そう言うウラケンとタンタンが戦ったら、どっちが強いのだろうなんて考えてしまう青志。想像の中では、完全に怪獣大決戦の様相だ。

「じゃあ、タンタンさんは、シンユーさんと戦ってないのかな?」

 そう言うアラナミもタンタンさんを知っている口調だが、少女然とした外見のままの年齢ではないらしい。怪獣が、また1人増えた。


「名前は覚えておらぬが、妾と戦いに来たとか言いながら、酒だけ飲んで帰った男が、樹海に住み着いておるのぅ」

「あ。シンユーの所までは行ったんだ?」と、マリエ。

「妾の顔を見た途端に、まだ修業が足りぬと落ち込みだしたのでな、適当に飲ましておいた」

「タンタンさん、何やってんだ。ドラゴンに気を使わせるなんて・・・」苦笑するズダ。


「では、あの人が樹海に居座っているのは、シンユーさんと戦うための修業をやってるのか・・・」

 それは、求めるものが厳しいはずだと、青志は嘆息した。だからと言って、駆け出しの冒険者を怪獣レベルの修業に付き合わせるなよと、文句ぐらいは言っておきたいところだ。


 昼間から飲み出した酒は、日が落ちても止まらず、更に他の客たちを巻き込んで、徹夜の大宴会へと突入した。






 青志が目を覚ましたのは、見知らぬ部屋だった。

 天井も壁も木の板で作られており、床は畳である。

 アスカの中の建物の1つなのだろう。もしかしたら、皆で飲んだ居酒屋の2階なのかも知れない。

 実に懐かしい畳の感触を、青志は横になったまま、しばらく味わった。


 身を起こすと、オロチとシューマンが伸びている姿が目に入る。酒が強くない青志は、飲むのもセーブしていたのだが、この2人はかなりハイペースで飲んでいたのだ。見事に沈没状態である。人間の街で、酔っ払って無防備に寝ているゴブリンなんて、大丈夫かと心配になってくる青志だ。


「まあ、初めて訪れた街で正体を失ってる時点で、オレもダメダメだけどな」

 自嘲する青志だが、いかにも日本人らしい者たちに囲まれるという体験に、驚くほど気が弛んでしまったのも事実だ。ここに来るまで、自分でも意識しないまま、気を張った時間を過ごしていたのだろう。


 オロチたちを起こさないように青志が階下に降りると、昨日と同じ場所で、ウラケンが丼をかき込んでいた。昼飯らしいが、もしかして昨日からずっと飲み食いし続けているのだろうかと、青志は目を見張る。

「おはようございます。いつの間にか沈没してて、すみませんでした」

「おう。目が覚めたか。良かったら、昼飯を付き合わねぇか」

「丼ですか? いいですね。お付き合いします」

 ウラケンの向かいに腰を下ろす青志。


「マリエ! 親子丼、2人分な!」

「って、まだ食べるんですか? て言うか、昨日からずっと飲み続けですか?」

「ああ、こんなの、いつものことだ」

 そう言って、ガハハと笑うウラケン。胃袋と肝臓の強さも怪獣並みのようだ。色んな意味で、青志はウラケンに勝てそうにない。


「おはよう。気分は大丈夫?」

 親子丼を運んで来たマリエが、青志を気遣う。青志が憶えている限りは、マリエもかなりのペースで飲んでいたはずだが、まるで酒が残っている様子がない。

「ええ、おかげさまで。それに、2階で寝かせてもらって、すみませんでした」

「気にしないでいいのよ。女性陣は、アラナミに連れられて、風呂屋に行ってるわ」


「え? 風呂屋があるんですか?」

「そうよ。サウナタイプじゃなくて、ちゃんとお湯に浸かれるタイプのお風呂だから、後で行ってらっしゃい」

「分かりました。後で行ってみます」

 頭を下げ、青志は親子丼に箸を付ける。

「美味っ。これは、鳥肉ですか?」

「そうよ。鶏に似た鳥を養殖してるのよ。この味を出せるまで、苦労したわ~」


 古き良き日本の空気の中、青志は無心に親子丼を口に運んだ。記憶にある親子丼とは肉の味が微妙に違うが、文句なく美味しい。

 食後に出てきたのは、なぜかコーヒーだ。砂糖とミルクをたっぷり入れた甘ったるい味を、青志は堪能する。

「ごちそうさまでした。ああ、満足です」

「気に入ってもらえて、良かったわ」

 マリエが目を細める。


「で、アオシさんたちは、移住希望かい?」

 落ち着いたところで、ウラケンが切り出して来る。

「いえ。ここに来たのは、観光ですね。日本人が作った街だというので、見ておいて損はないだろうと思って」

「そうか。この街は日本人なら無条件に受け入れてるからな、その気があったら、いつでも言ってくれよ? それに、あんたたちみたいな面白い顔ぶれなら大歓迎だぜ?」


「ありがとうございます。でも残念ながら、サムバニル市に家もあれば、仲間もいますからね」

「サムバニル市か。近くにタンタンさんもいるんだよな?」

「ええ。それに、温泉もありますよ」

「温泉か。それは魅力だな。いっそ、サムバニル市に船を出すかな・・・」

「え?」

「アオシさんたち、いつまで、ここにいる?」

「そうですね。最大で20日間ぐらいですかね」

 

 考え込むウラケン。そして、何かを思いついたような表情で、ニヤリと笑う。

「よし、決めた!」

「は?」

「サムバニル市に船を出す」

「ほぇっ?」

「ついでだから、乗っていけや。な!」

 言うと、ウラケンは、丸い拳でゴツンと青志の胸を小突いた。

 青志、悶絶――――。





 なんだか分からないうちにアスカとサムバニル市の交易が決定され、青志たちにもゲストハウスが1軒貸し与えられた。

 シューマンに言わせると、アスカと関係を持てたことは大手柄だそうで、ウラケンの手配する船で帰るという件も、手放しで喜ばれる始末だ。

 青志自身は、自分が何かした訳でもないので、非常に心苦しい状態である。


「妾と近づきになりたいのであろうよ」

 いつになく長居をしているシンユーが、鳥型ケモノの肉の唐揚げを摘まみながら、持論を述べる。昼間は、女性陣と一緒に風呂屋に行っていたらしい。日本風の生活様式や食べ物に興味津々のようだ。

「確かに、それはあるでしょうね。どんなメリットがあるとは予測できなくても、ドラゴンと交流があるという事実だけで、周りから一目置かれるでしょうし」

 慎重に答える青志。シンユーの言葉にも一理はあるが、それを言ったのがドラゴンでなければ、「なんでやねん!」とツッコミを入れたいところだ。


「それより、魔ヶ珠の情報を読み取れる能力の持ち主は、紹介してもらえるのか?」

 シンユーの顔色を気にする素振りもなく、口をはさんできたのは、ジュノだ。ドラゴンが怖くないのか、そもそも恐怖心がないのか、ジュノの言動には、たまにハラハラさせられる青志である。

「ああ。ウラケンさんが紹介してくれるってさ。明日、引き合わせてもらえることになった」

「そうか。いよいよだな」


 狩りを経験することにより発現したジュノの属性魔法は、土であった。そして青志と同じく“落ちてきた者”であるジュノにも、ユニーク魔法が使えるはずである。

 ジュノとしても、自分がどんな魔法が使えるか、かなり楽しみにしているらしい。青志から見れば、ジュノたちの科学力は魔法と思えるぐらいに発達しているが、やはり本物の魔法にはワクワクするそうだ。


「じゃあ、今晩は何も用事はないのね?」とユカ。

「うん? 特にないけど、どうした?」

「マリエさんからお呼ばれしてるから、女の子チームで行ってきていい?」

「女子会か? まさか、ユカたちも飲むのか?」

 昨夜の宴会でも、未成年組はアルコールを口にしていなかったはずだ。日本の法律に縛られる必要はないとはいえ、青志もユカたちも積極的に日本の法律を破る気は持っていない。


「ううん。飲み会じゃなくて、職人さんが集まってくれて、新しい服を作るのに採寸したり、生地やデザインを決める会なの!」

「ええ? ずいぶん待遇のいい話だな。男子の参加はダメなのか?」

「下着の話もあるから、ダメ~!」

「あらら、りょ~かい。なら、オレたちはオレたちで、飲みにでも行ってくるよ」

 青志がそう言うと、ユカは一応申し訳なさそうな表情になって手を合わせてみせる。その向こうで、なぜかニヤリと笑うシューマン。


「まあ、ここ以上に安全な街もないだろうし、楽しく過ごそうや」

「うん!」

 日本式の街で日本人ばかりに囲まれ、ユカやトワもいつになくリラックスしているように見える。今もリュウカを含めて3人で、畳の上をゴロゴロしている最中だ。畳の感触が嬉しいのだろう。


「で、それってシンユー様も一緒に?」

「もちろんじゃ。最近は、服も作っておらなんだからのぉ。いい機会じゃ」

 シンユーが人の街をうろつくのは不安だが、ご機嫌そうな表情を見ていると、それを咎める訳にもいかない。もちろん、青志が止めてなんとかなる話でもないのであるが。

 それにしても、シンユーが人間と取り引きをして服を入手していたとは、意外な話だった。





 その日、夕刻にマリエとアラナミが迎えに現れ、女性陣はいそいそとお出かけ。

 シンユーはもちろん、ジュノまでが嬉しそうに出て行くのが印象的であった。しかし、現金を持っていないジュノの服代は誰が払うのだろうかと、青志は少し不安になる。

 さて、男たちばかりでどうしようかと青志が思ったところで、なぜかアラナミがそのに残っていることに気づく。


「あれ? アラナミさんは、行かないの?」

「私は、男衆の接待をさせてもらおうと思って」

 そう言って、なぜか黒い笑いを浮かべるアラナミ。

「えーと、なんか悪いこと考えてる?」

「私、こういうお店を経営してるの」

 アラナミが自分の衣装を見せびらかしながら、言う。


「そういうお店って、どういう・・・」

 戸惑う青志たち。

 アラナミの衣装と言えば、花魁風の着物だ。

「あ! もしかして、花魁がいるようなお店!?」

「当・た・り。お座敷で、綺麗なお姉さんとお酒を飲みたくなぁい?」

「飲みたいです!!」

 間髪入れずに答えたのは、シューマンだ。若くても体力を持て余しているせいで、かなり女の子に飢えているようである。


「アオシさんとオロチさんも、いらっしゃるでしょ?」

 どのみち青志も、シューマンと悪所に出かけようかと思っていたのだ。見た目が少女にしか見えないアラナミのお誘いでというところに抵抗はあるが、ここは素直に応じることにする。

「オレは行くけど、オロチはどうする? 人間の女の子には興味ないよな?」

「別に、飲み食いするだけでも構いませんよ? お話だけでも、退屈はさせませんわ」と、アラナミ。

「じゃあ、一緒に行くかな。1人で残っていても、つまらないしな」

 そういう訳で、男衆は遊郭に行くことになったのである。


 アラナミに案内されたのは、街の外れの一画だった。

 が、街の外れではあるが、道の両側には真っ赤な提灯が並べられ、日も落ちているというのに、昼間と見紛うほどの明るさだ。そして、建物からは三味線をかき鳴らす音が聞こえ、大勢の男たちが楽しげに行き交っている。

 女たちは艶やかな着物姿で、格子の向こうから男たちを誘う。

 それは、青志が時代劇で見た吉原の光景そのものだった。


「こ、これは、燃えますね!」

「うん。僕も、なんだか心が踊ってきたよ」

 シューマンが鼻息を荒くするのは分かるが、なぜかオロチまでテンションが上がっているようだ。

 青志がオロチを指差し、「大丈夫か?」と確認すると、アラナミが「お任せ下さい」と微笑む。どうやら、オロチがゴブリンであると知りながら、きちんと接待してくれる女性が用意されているらしい。それより先のことは、アラナミに任せておくしかないだろう。


 そういう訳で、青志たち3人がゲストハウスに帰ったのは、翌日、太陽が登り切ってからになった。

 


 




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