2つ目の・・・
ジュノが生まれたのは、この惑星の公転周期で換算して、約8600万年前のことである。もちろん、こことは全く違う惑星での話だ。
そこでは、SF好きな青志でさえ「やり過ぎ」と思ってしまうほどに科学が発達しており、ジュノたちの住む銀河の大半を手中に収めていたという。
そんな中、とある災害級に危険な生物の棲息する惑星の掃討に派遣されたのが、ジュノたちであった。
これが、約6400万年前のことである。
派遣隊のうち、戦闘に従事するのは3名だけ。青志たちに襲いかかってきた2名とジュノだ。
その3名は戦闘用に肉体改造されており、裸で真空中に放置されても1000年は生き続けられるほどの生命力を有している。
惑星の掃討も、そんなタフな3名が超科学兵器を操ることにより、予定通りならば100年とかからずに完遂されるはずであった。
が、アクシデントが起こる。
恒星間航行用の亜空間ジャンプを行った際に、未知の原因により、全く計算外の座標に飛び出してしまったのだ。
宇宙船は、引き寄せられるように1つの惑星の引力に捉えられ、地上に落下。その機能の大半を失ったまま、地中に埋もれることになる。
そんな状態で、ジュノたちにできることは、ほとんどなかった。
宇宙船の修復については、宇宙船自体の自動修復能力に任せるしかなく、外に出ようにも、地中に埋まっているために外部ハッチも使用できなかったのだ。
それでも何とか可能だったのは、自分たちの子蟲を実体弾射出口から外に出すことだけだった。子蟲たちは土を掻き分けて地上に到達し、繁殖しながら惑星の探査に乗り出して行く。
以来、ジュノたちは子蟲の目を通して地上の変遷を眺めながら、ただ待ち続けていたのである。
墜落当時、この惑星に存在したのは8体の超生物――――龍だけであった。惑星上には常に嵐が吹き荒れるばかりで、他には微生物以外存在しなかったのである。
龍たちは長い年月をかけ、己たちに心地よい環境を作り出していく。言わば、惑星の改造を行ったのだ。これにより、火山が生まれ、海が生まれ、天に届く大樹が生まれた。
ジュノたちは、龍の言語を解析しようとする。
龍たちとコミュニケーションを取り、宇宙船を掘り出してもらうことを期待したのだ。
が、どれだけ時間をかけようと、龍の言語を解析し切ることはできなかった。
乗組員たちは外部に働きかけることをあきらめ、状況が変わる時まで眠って待つ道を選択する。宇宙船内の一部箇所に、不完全ながら龍の言語でのメッセージが刻まれたのは、このときだ。
そんな中、ジュノ1人だけが、他の乗組員たちと異なった行動に出る。
宇宙船の動力が生きているうちに元の任務に戻れるという望みを捨て、この惑星で生きるための準備を始めたのだ。
いつしか生命に満ちあふれるようになったこの惑星で、最も勢力を広げている人間になろうと考えたのである。ジュノは子蟲を通じて人間を観察し、言語を習得し、ついには己が肉体を人間そっくりに改造してしまう。
同時に、ジュノは子蟲たちを通じて人間たちにある噂を流した。宇宙船の埋まっている周囲で貴金属が採掘できるというというものだ。
実際、そこには、子蟲たちの身体を作り上げていた金属が6000万年以上にわたって堆積していたのである。採掘する価値は、十分にあった。
が、ここでジュノの計算外の事態が生じる。
繁殖を繰り返して野生化した子蟲の群れが、やって来た人間に攻撃を加えたのだ。
野生化した子蟲たちにしてみれば、宇宙船を守るという本能に従っただけだったのだろう。
人間たちも子蟲を掃討しようとしたが、その労力が採掘で得られる代価に見合わないと判断し、早々に撤退してしまう。
やがて宇宙船の動力も停止し、その余熱だけで最低限の生命活動を維持しながら、ジュノもまた眠りに着いたのだった。
そして、時間の経過とともに通常の乗組員たちは死に絶え、ジュノたち戦闘用の3人だけが、辛うじて生き残っていたのである。
「貴方たちがこの宇宙船を発見した上、外壁に穴を開ける能力を持っていたのは、私にとって奇跡以外の何ものでもなかった」
トワの渡した干し肉を食べ終えたジュノは、ゆっくりと立ち上がった。562年ぶりに動いた割には、スムーズな動きだ。
「感謝と、私には敵対する意志がないという証明のために、ぜひ贈り物をさせてもらいたい」
ジュノがそう言うと、床の一ヶ所に穴が開き、円筒形の台がせり上がってきた。
「私がこの惑星で生きていく日のために、作っておいた物だ」
台の上に並んでいたのは、大量の剣や斧槍、そして鎧だ。その全てが漆黒の輝きを放っている。
「この色は・・・」
「そうだ。繭と同じ素材だ。この金属繊維は、命令を与えると自由に形を変えるのでな、加工がし易かったのだ。その上、この惑星上では最高級の強靭さを持っている。
宇宙船の動力が死んだ今では、もう作り様がないのが残念だがな。
さあ、どれでも好きな物を選んでくれ」
言われるまま、青志は1本の剣を手に取ってみた。
それを見て、他の面々も武器に手を伸ばす。
「ほう。しっくりくる」
武器に一番慣れ親しんでいるシューマンが、剣を片手に感心した声を上げた。
「計算上、理想的な位置に重心を取っている。形状は色々と試してみたが」
自慢気なジュノ。ヒマなあまりな、相当に作り込んだのかも知れない。
「斬れ味は?」とオロチ。
「外で試してみたら、いいだろう? さすがに、宇宙船内の物を斬るのは無理だ」
「それもそうだな」
各々、気に入った武器を手に取ると、地上に向かう。シューマンとナナンに至っては、鎧まで担いでいた。
地上は、ちょうど夕暮れを迎えている。
朱く染まった雲を見上げ、ジュノは魂が抜けてしまったようだ。約6400万年ぶりの夕日なのだから、無理もないだろう。
食料の調達をオロチに頼み、青志は、立ち尽くすジュノを見守ることにした。
アイアン・メイデンとシューマンたちには、野営の準備を頼んである。青志とゴーレムたちで、ジュノを取り囲んでいる状態だ。
まだ青志は、ジュノへの警戒を完全に解いてはいないのだった。
ジュノが忘我の境地にあるのを幸いに、青志はじっくりと観察の目を彼女に向ける。
本人が頑張って人間に近づけたと言うだけあって、その姿は人間そっくりだ。
作り物らしい手足に不自然さはないし、額にもう1つ目があった痕跡も見出せない。白過ぎる肌に灰色の髪と瞳は気になるが、この惑星の人間の多様性の前では、ちょっと珍しいの一言で済んでしまうだろう。
問題があるとすれば、首から下を、手足の先までぴったりと包み込む真っ黒なボディスーツの存在だ。どう見ても、この惑星の文明レベルを超えている。
マナたちの分と合わせて、着る物を購入しないといけないだろう。
アルガ号の寄港している港町には、小さいながら、女物の服を置いている店もあったはずだ。
それにしても、エッチな身体つきだなぁ。外の世界を観察し続けた結果、こういう身体を選んで作り上げた訳だよなぁ。青志がその凶悪なプロポーションについて考察していると、当のジュノがようやく現実世界に戻って来た。
「すまないな。子蟲の眼を通して見ていた風景とは、あまりに美しさが違っていて、惚けてしまった。許してくれ」
「仕方ないさ。6400万年ぶりの外の世界なんだろ。
でも、まずは食事でもして落ち着こうか。向こうで準備をしてくれている」
「ああ、分かった」
「で、その前に1つ確認したいことが出てきたんだけどな」
「うん?」
「ジュノは、人間を操れる・・・と言うか、思考や行動に干渉できるのか?」
青志の問いに、ジュノは目を伏せた。
「ジュノの姿を見るまで、オレは慎重に慎重を重ねて、宇宙船の探索を進めていた。そりゃあ素人だから、色々と抜けてる部分もあったろうけどね。
それが、ジュノの姿を見た途端に、慎重さが消え失せてしまった。直前まで戦っていた者たちの仲間と分かっていながら、不用意に仲間を近づけ、水まで与えてしまう始末だ」
「私の外見に、アオシが引きつけられたからという答えは、どうかな?」
「ああ。その答えでも良いんだけどね。女好きなシューマンも、ジュノを見た途端におかしくなった訳だし。
でも、問題はトワだ。普段は、あんな暴走する性格じゃなかった。宇宙船とかの話が大好きというのは事実なんだろうけど、そういう気持ちを、何て言うか、増幅されたんじゃないかと思ってさ」
「ふむ。これは、信用してもらうしかない話だが・・・。
私たちは本来、音声に拠らずに意志の疎通を行う種族なんだ。この惑星上ではまだ発見されていないエネルギーを媒介とし、思惟をロスなく共有するんだ」
「テレパシーみたいなものかな?」
「人間の持っている感覚器官では、私たちの思惟を受容することはできないはずなんだ。が、どうやら不完全になら、受け取れる者がいるらしいな」
「それが、トワ?」
「そして、アオシとシューマンもだ。
助けて欲しいという私の思惟を、知らずに受信してしまったため、アオシは途中から慎重さを失ってしまったし、トワに至っては、最初から私の姿を探し求めたのだろう」
ジュノたちのコミュニケーション方法への親和性が、それだけトワは高かったということだ。トワがずっと口にしていた眠れるお姫様という話も、トワの妄想ではなく、正しくジュノの姿を読み取っていた訳である。
「このことは、皆に承知してもらっていた方がいいだろうな。時に、私の思惟の影響を受けることがある、と」
「オレたちの思考は読めないのか?」
「それは、無理だな。こうしていても、何も伝わって来ない。そもそも貴方たちには、私たちと同じ方法で思惟をやり取りする器官がないのだ。一部だけでも私の思惟を受信できたことが、不思議なぐらいだ」
「なるほどね。今のオレが、どこまでジュノの思惟の影響を受けてるか分からないけど、そんなことを疑っても疲れるだけだし、この辺にしとこうか。
さあ、食事だ、食事!」
精神汚染の可能性に言及しておきながら、それを「そんなこと」と言ってのける青志を、ジュノはポカンとした表情で見やった。
ゴーレムに周りを囲ませているとはいえ、無防備な背中を向け、歩き出した青志に、慌てて付いて行くジュノ。
その口から、思わず「なんだか、かなわないな」という言葉が、苦笑とともに漏れる。
「アオシ殿、これは、いいですよ!」
野営場所に着くと、シューマンが満面の笑みで、ジュノからもらった剣を振り回していた。すでに、真っ黒な鎧まで着込んである。
「剣はよく斬れる上に扱いやすいし、何より鎧が金属のクセに軽くて、動きやすい! ジュノ殿、ありがとうございます!!」
ナナンも同じ鎧姿になっており、言葉は発しないが、嬉しそうにジュノに頭を下げる。
「気に入ってもらえて、良かった」
ジュノも嬉しそうに笑い返す。その振る舞い方は人間そのもので、まるで違和感がない。
「オロチは、剣だけか?」
「いや。短剣も頂戴したよ。鎧は魅力的だけど、僕が前衛で戦うことはないからね」
それにオロチには、鎧姿より貴族的な服装の方が似合ってるのは確かだ。
「アオシこそ、剣だけかい?」
「オレの武器は、棒だからね。さすがにジュノも、ただの棒は作ってなかったからな」
青志の左腰には、今までの小剣に代わって、黒い剣が吊られていた。小剣は予備に回り、腰の後ろに横向きに固定している。
鎧に関しては、確かに魅力的だったが、シャガルに作ってもらった装備が気に入っているので、現状のまま行くつもりだ。
「リュウカたちは、武器と胴当てか?」
「はい。良い装備がもらえて、感謝しています」
両腰に真っ黒な剣を吊ったリュウカが、丁寧に礼を言う。
今までよりサイズが大きくなった黒いハルバートを持ったユカとトワも、かなり上機嫌だ。
3人とも、ゴシック・ドレスの上に着けていた胴当てが、ジュノの作った物に変わっている。きっと、今までより軽く、強靭になっているのだろう。
夕食は、定番とも言えるウサギ肉のシチュー。それに、パンとサラダ。
ジュノは、初めての人間流の食事にご満悦だ。
味覚や消化器官がどうなっているのか不明だが、出されたもの全てを、美味そうに平らげた。
「感動したよ。美味かった」
「食べられない物とかは、ないのか?」
「ああ。言い方は悪いが、有機物なら何だって食べられる」
「そ、そうか・・・」
「それより、次は私も狩りをしてみたいんだが、構わないだろうか?」
「まだ身体が本調子じゃないだろ? 気にする必要はないぞ?」
「いや。そうではなくて、魔法を使えるようになりたいんだ」
「あ、そうか」
宇宙船に籠もっていたせいで、魔ヶ珠の発達していないジュノには、魔法が使えないのだ。しかし、“落ちてきた者”であるジュノには、属性魔法だけでなくユニーク魔法も使えるはずである。
「私の知っている星系には、魔法なんて力は存在しなかったからな。この惑星の人間を観察しながら、ずっと魔法に憧れていたんだ」
「そうだな。ジュノがどんなユニーク魔法が使えるか、興味があるな」
得体の知れない異星人が、魔法まで手に入れることに漠然とした不安を感じないでもないが、青志の中では好奇心の方が大きかった。ジュノに操られている可能性だって否定はし切れないが、やはり、「そんなこと、どうだっていい」と思う青志である。
「人間を観察していて、魔ヶ珠を2つ以上持っているとユニーク魔法が使えるようになることは分かったんだが、どういう基準でユニーク魔法の内容が決まるのかは分からなかった。自分が、どんな魔法を使えるのかと思うと、ワクワクするよ」
「へえ、そんな理屈で、ユニーク魔法が使えるかどうかが決まっていたのか」
青志たちにしてみれば、初めて聞く話である。いい加減な迷信ではなく、科学的な観察と分析に基づく結果なのだから、じっくりと拝聴したいところだ。
「魔ヶ珠は、魔力の通り道であると同時に、魔力を制御するための演算を自動で行ってくれる物だ。ユニーク魔法を制御するには、魔ヶ珠1個の演算能力では足りないということなのだろう。
そして、2つ目のユニーク魔法を使えるようになるには、3個以上の魔ヶ珠を持ち、2個以上の魔ヶ珠がある程度育つことが条件になっている」
「2つのユニーク魔法ですか? 確かに、そういう人がいるというウワサもありますが、あくまでウワサに過ぎません」
色々な事情に通じているシューマンが、ジュノの言うことに疑義をはさむ。
「何を言っている? アオシは、2つのユニーク魔法を使えるのだろう?」
「・・・え?」