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私の名は、ジュノ

遅くなりました。

「あー。探索、ここまでにしとく?」

 途端に弱気になる青志。

 生きた異星人には興味はあるが、それはテレビ画面越しに見るのが丁度いいと、この瞬間に悟ってしまったのだ。

 ましてや、宇宙船自体が危険認定するようなモノと、密閉空間でご一緒するのは、極力避けたい気分である。


「えーっ、生きた宇宙人に会えるチャンスですよー?」

 宇宙人大好きのトワは、もちろん引いてくれる様子はない。

 青志の恐怖心の源となっている、乗組員が宇宙船内で次々と凶暴な謎生物に襲われていく映画を、年代的にトワたちは知らないのだろうか。きっとロマンチックな宇宙人像しか持っていないに違いないと、青志は嘆息する。

「僕も、この中を見ないで撤退すると、後悔してしまいそうだなあ」

 知識欲だか好奇心だかのせいで、オロチも探索を継続する気満々だ。

 マイペースなリュウカでさえ、繭に熱い視線を向けたままである。


「シューマンとナナンは、どう思う?」

 今日は船外の見張りはゴーレムに任せて、全員で探索に参加していたのだ。

「私は兵士の経験しかありませんが、冒険者に憧れた時期もありました。正直、こういうのはワクワクしますね」

「な、なるほど」

 青志が乗り気でないことには、誰も気づいていないらしい。もしくは、気づかないフリをしているかだ。どうやら、観念するしかないようだ。


「じゃあ、まずは小さな穴を開けて中を見てみようか」

 せめてもの安全策で、宇宙船に入ったときと同じ手順を実行する。

 青志たちが距離を置いて待機し、ゴーレムにより繭に穴を開けるのだ。

 ゴブリンゴーレムや大蛇ゴーレムが待ち構える前で、ノーマル・ゴブリンが繭に近づいて行く。このときには、ゴーレムたちのボディは繭を形作っていた謎の金属繊維製に置き換わっていた。近づいて行くノーマル・ゴブリンに至っては、宇宙船外壁の謎金属だ。大抵の攻撃には耐えてくれるだろう。


 ノーマル・ゴブリンが繭に押し付けたのは、甲虫の魔ヶ珠。できるだけ、小さな穴しか開けたくないからである。

 甲虫がゴーレム化すると、代わりに繭に10センチほどの穴が開いた。

 甲虫ゴーレムは、そのまま繭の中へ偵察に送り込む。

「どうですか? いますか?」

 そのトワの質問に返事をしようとした瞬間、甲虫ゴーレムが何かに叩き落とされた。


「甲虫がやられた!」

 青志の声と同時に、繭に開いた穴から、真っ黒な棒状の物が突き出される。

 脚だ。

 異星人の、クモのような真っ黒な脚だ。

 しかも、2本。


 無理矢理小さな穴から突き出された脚に力が込められ、ぐっと左右に広げられる。

 その動きにより、少しずつ(ほど)けていく謎の金属繊維。

 謎の繊維で編まれた繭は、壊すことはもちろん解くこともできず、完璧な牢獄となっていたはずだ。それが、一部に(ほころ)びができてしまったがために、そこから解くことが可能になってしまったのだ。


 うわっ! ヤバい感じ!! 青志は脳内で悪態を吐いた。

 他のメンバーの手前、平静は装ってはいるが、逃げ出したい気分でいっぱいである。

 危険な宇宙生物ってだけでもイヤなのに、それが人間の顔をした巨大なクモとは、生理的な破壊力が凄まじ過ぎるのだ。

 繭の破れ目からチラチラ見える姿は、脚は真っ黒なのに、身体が変に生白い。その生白さが、よけいに気持ち悪い。


 それでも、いきなり攻撃することには躊躇いがあった。

 繭から出て来ようとするクモ型生物が、本当に危険な存在かどうかが分からないからだ。もしも温和な生物であるのなら、わざわざ敵対する必要もないのである。

 先には、手を出さない。

 ゴーレムたちにも、攻撃的な姿勢を取らせない。

 繭の破れ目から抜け出そうとするクモ型生物を、青志たちはジッと見つめる。


 そして。

 繭が真っ二つに裂け、クモ型宇宙生物が完全に姿を現す。

 遠目には、やはりクモにしか見えない。しかし、胴部分は裸の人間だ。その腰から下は、生白い色のまま大きく膨らんでいる。頭部には灰色の髪の毛さえ生えていた。顔は年老いた男で、やはり三つ目だ。

 気色悪い。果てしなく、気色悪い。青志は、本気で逃げ出したくなっている。


「うっ・・・、わっ・・・!」

 声にならない悲鳴を上げたのは、ユカだ。

「ど、どどどうしますか!?」

 声が上擦るシューマン。

「まずは、ゴーレムを近づけてみ・・・」

 が、ゴーレムを近づける前に、クモ型生物が飛び込んで来て、脚を鋭く振り抜いた。

 一番繭に違い場所にいたノーマル・ゴブリンが、ひしゃげたような音とともにすっ飛んで行く。


「ぬぁっ!?」

 危険度がいきなりマックスに跳ね上がった。

 いくらゴーレムたちが頑丈になったとしても、簡単に吹っ飛ばされてしまったら、話にならない。ゴーレムたちを掻き分け、クモ型生物が向かおうとしている先は、明らかに青志たちの元だ。

 ヨダレを垂らしながら、熱い視線を送って来るクモ型宇宙生物。

「明らかに私たちを食べようとしてるよね!?」

「トワちゃんが美味しそうだから」

 慌てるトワに、リュウカが冷たいツッコミを入れる。


「えーっ、私は!?」

 的外れなユカの嘆きを聞きながら、青志は鎧竜を召喚。トワもユカも、クモ型宇宙生物のエサにする訳には、いかないのである。

 宇宙船の床をゴーレムのボディとして使ったため、大穴が開いて、そこにまた新たな空間があることが分かったが、今は構ってはいられない。

「穴に落ちるなよ!」

 一言だけ注意を入れて、鎧竜をクモ型宇宙生物に突撃させる。


 超重量級の鎧竜の攻撃を、正面からどっしりと受け止めるクモ型。

 脚が長いだけで胴体は小さいクモ型生物が、はるかに巨大な鎧竜の突進に負けない光景は、相当に異様である。

 しかし、クモ型の動きが止まっている今こそがチャンスだ。

 ゴブリン・ウィザードの炎がクモ型の白い胴体を包み込む。

「どうだ!?」

 タンパク質の焦げる匂いが、微かに漂って来る。が、クモ型生物はまるで平気そうだ。苦しがりもしなければ、髪の毛さえ燃える様子はない。


「人肌っぽく見えるけど、そうじゃないのか?」

「髪の毛さえ燃えないのは、普通じゃないね」

 オロチが冷静に言うと、大蛇ゴーレムをけしかけ、炎に包まれたままのクモ型の胴体に噛みつかせる。

 繭を形作っていた金属繊維を素材にして、作り変えられた大蛇ゴーレムだ。その牙の強靭さは、考え得る限り最高のものであるはずである。クモ型の身体に、深々と牙を突き立てる。


「********!!」

 クモ型の喉から、可聴域ぎりぎりの甲高い音が発せられた。声なのかどうかは、分からない。ただ、悲鳴みたいなものと思って間違いはなさそうだ。

 3体の大蛇ゴーレムに噛みつかれ、そして巻きつかれながら、大きく跳躍するクモ型生物。

 青志たちの方へ跳んで来たかと思いきや、鎧竜を作ったときに生じた穴から、床下に飛び込んで行った。


「逃げたのか!?」

 追おうとするシューマンとナナン。それを引き留める青志。

「床下は、全く調査できてない! 何が出るか分からんぞ!! 先にゴーレムを行かせるから!!」

 ゴブリンゴーレムに霊獣ゴーレムを追加して、床下に向かわせる。

 そこに、当然のように付いて行くトワ。

「こ、こら!」

「あでゅ~!」


「あ・・・」

 先を越されてしまったシューマンたちが、恨みがましそうに青志を睨む。

 しかし。

「クモが何か操作したよー!」

 床下からトワの声が聞こえた途端、残された2つの繭が、独りでに(ほど)け始めた。

 どうやら、床下に繭について操作する場所があったらしい。

 そして、クモ型生物の目的は、仲間の解放だろう。


 解かれた繭の1つから、新たなクモ型生物が姿を現す。

 1体目より、更に大きい。

 見た目の違いはほとんどないが、胴体が明らかに女性のものだ。

 3つの目を持つ頭部も、やはり年老いた女性型である。

「く、クモって、メスの方が大きいんですね」

「虫には、そういうパターンが多いけど・・・リュウカ、怖いなら怖いって言えば?」

「だ、だだだ、大丈夫です! から!」

 老婆の顔のクモの姿には、マイペースなリュウカも恐怖を覚えたらしい。「大丈夫」と言いながら、青志の左腕にしがみついてくる。


「確かに、爺さんのクモより婆さんのクモの方が、凄みがあるな」

 変な感心の仕方をしてしまう青志。

「トワ! 上にもっと大きいのが出たから、そっちはゴーレムたちと一緒に、なんとかしてくれ!!」

「あいあいさ~!」

 青志の無茶ぶりに、トワが脳天気な返事を送って来る。

 実際、鎧竜とマナたち以外のゴーレムを投入しているし、トワの出番はないぐらいだろう。


 問題は、婆さんクモだ。

 先手必勝で、鎧竜をぶつける青志。

 婆さんクモは、見かけによらない軽やかさで、その突進をかわす。

 鎧竜も動きは鈍いながらも、行き過ぎてから速やかに転身。再度、突進をかけようとし・・・ふいに倒れた。すぐに起き上がろうとするが、身体の自由が利かないらしく、ジタバタしてしまう。

「なんだ?」

 見れば、鎧竜の四肢に金属質の糸が絡みついている。


「注意! こいつ、糸を出すぞ!!」

 いち早く気づいたシューマンが、注意を促す。

 パワーのある鎧竜を行動不能にするような糸だ。人間が絡め取られれば、自力で抜け出すのは不可能に近いだろう。下手をすれば、そのまま締め上げられて、お陀仏かも知れない。

「ワイヤーで締め上げられることを想像したら、シャレにならんよな」と、青ざめる青志。


「マナ、ミウ、頼む!」

 婆さんクモが糸を使う前に勝負を決めようと、青志はマナたちに攻撃を指示する。

 待ち構えていたのか、マナがすかさず熱線を放射。

 脚の1本に命中するも、すぐに跳躍して逃げる婆さんクモ。その際、撒き散らかされた糸が、盾のように熱線を防いでしまう。


 糸そのものは細いだけあって、熱線が当たると赤熱して切れてしまうようだが、それが数十本の束になると、十分に熱線を受け切れるのだ。かなり、厄介な代物である。

「私たちも!」

 そう言うと、リュウカが大量の石飛礫(いしつぶて)を飛ばす。

 婆さんクモも糸でそれを防ごうとするが、重力魔法のかかった石飛礫の重さに弾かれ、防ぎ切れない。結果、その身に少なくない数の飛礫が着弾。怯む婆さんクモ。

 そこに、ユカが威力重視の石槍を放つ。

 一直線に飛んだ石槍は、糸に妨げられることなく婆さんクモの肩口に命中。肉の一部を抉って、青い血を噴き出させた。


「総攻撃!!」

 叫びながら、青志は無数の水球を飛ばした。その全てに衝撃波が込められている。

 オロチ、シオン、ミウも衝撃波付きの水の鞭を繰り出す。

 リュウカとユカも、石槍を発射。

 全身に、その攻撃を受ける婆さんクモ。

 次の瞬間、肩の傷口から爆発的に青い血が噴出。目や耳からも流血させながら、ぐらりと身体を傾ける。

 その眉間をマナの熱線が撃ち抜き、勝負は付いた。





 床下での戦闘も、爺さんクモに噛みついていた大蛇ゴーレムたちが、そのまま身体を巻き付けて、絞め殺してしまったようだ。

 トワには出番がなかったらしい。かなり、不満そうだ。

 ちなみに、床下からは大蛇ゴーレムがハシゴ代わりになって、登って来た。

「危険がなかっただけ、いいじゃないか。手を出したからって魔ヶ珠が成長した訳じゃないんだしさ」

 宇宙船に閉じ込められていたせいか、クモ型生物の魔ヶ珠は全然大きくなっていなかったのだ。おかげで、それを倒した青志たちの魔ヶ珠にも、何の変化も起こらなかったのである。


「そういう問題じゃないもん!」

 しかし、トワは頬を膨らませたままだ。

 そんなトワの肩をユカが叩く。

「もしかしたら、本番は今からかも知れないよ?」

「え?」

「大きな繭は3つあったのに、出て来たクモさんの数が・・・」

「あ、そうか!」


 3つ目の繭があった場所に飛んで行こうとするトワ。

 それを予測していた青志は、その首根っこを押さえつけた。

「ちょっ、ちょっと、セクハラ!」

 トワがじたばた暴れる。

「それが、冗談抜きでお姫様が寝てるんだ。慎重に頼む」

 青志の言葉に、トワがピタリと動きを止めた。

「え?」





 当然、青志も3つ目の繭からクモ型生物が出て来なかったことには気づいていたのだ。

 そして、婆さんクモと戦いながらもコウモリゴーレムに偵察をさせていた訳だが、そこで発見したのは――――。

「眠れるお姫様だ・・・」

 有機的なデザインの寝台に寝かされた、人間にしか見えない女性だった。ただ、その肌はクモ型生物同様、不自然に白く、長い髪の色は灰色だ。


「いや、どう見ても、起きてないか?」

 シューマンが言う通り、その女性は寝台に横になったまま、青志たちに視線を向けていたのである。

 切れ長の目が、濡れた光を放つ。

「はじめまして。お姫様」

 そんな謎の人物に、恐れる様子もなくトワが近づいて行く。


「はじめまして。お嬢さん」

「う? 言葉を?」

 謎の人物から流暢な言葉が発せられたのを聞き、驚きに固まる青志たち。

「いきなりですまないが、何か有機物を食べさせてもらえないだろうか? そうでなければ、水だけでも嬉しいのだが。実を言うと、身体を動かす燃料が残ってないんだ」

「水! アオシさん、水!」

「あ、はい」


 迂闊に近づく気にはなれないので、霊獣ゴーレムを謎の人物の胸の上に進ませる。

 金属質の黒くてピッタリとしたボディスーツ姿のその胸は、青志がドギマギしてしまうぐらいに、たっぷりとした量感を持っていた。霊獣ゴーレムは、その頂にフワリと降り立つ。

 面白げにそれを見る謎の女性。


 霊獣ゴーレムがゴルフボールほどの水の玉を作り、女性のそこだけやけに紅い唇の上に浮かべる。

 唇が開くと、やはり紅くて、どきりとするほどに長い舌が水の玉を絡め取った。

「できれば、もっとたっぷり」

「は、はい」

 今度はソフトボール大の水の玉を作り出す。それを紅い舌で、こそぎ落とすようにして口に入れる女性。

 異常に色っぽい光景だ。シューマンがグビリと息を呑み込む音を立て、ナナンに冷たい目を向けられる。


 それだけの水を飲んでしまうと、満足そうに息を吐き、女性はゆったりと上半身を起こした。

 その背中には、寝台から伸びたチューブが何本も繋がっている。

「ありがとう。おかげで562年ぶりに身体を動かせたよ。私の名は、ジュノ。仲良くしてもらえたら、ありがたい」

 軽く頭を下げる謎の女性――――ジュノ。


「私はトワ! 良かったら、これも食べる?」

 トワが自分の背嚢から携帯食料の干し肉を取り出し、ジュノに手渡す。

「いいのか? ありがたい。これで、歩くこともできそうだ」

 そう言って、ジュノは嬉しそうに干し肉に白い歯を立てた。

 しかし、562年という数字には、誰も驚く様子はない。驚き所が多すぎて、感覚が麻痺してしまったのかも知れない。


「質問したいことがあり過ぎるのだけど、まず聞かせて欲しい。貴女は我々と同じ人間なのか?」

「いや。私は、貴方たちが倒したクモ型と同じ生き物だ。この身体は、人間と同じように、時間をかけて改造したものだ」

「改造!? 眠れるサイボーグお姫様だった!?」

 また、トワの変なスイッチが入る。


「では、俺たちは貴女の仲間を倒した訳だけど、それでも友好を結べると?」

「私は確かにあれらと同種だが、仲間という意識はない。現に、この惑星から脱出できないと分かった時点で、元の身体を捨てたぐらいだしな」

「俺たち人間と仲間になるために、その身体を手に入れたというのか?」

「その通りだ。私は、この惑星で人間として生きることを望む」

 ジュノは妖艶な笑みを浮かべると、青志に握手のための手を差し伸べた。

 


 

実は、並行して書き溜めている別作品の主人公の設定が、ジュノと共通してなくもないと途中で気づいてしまい、内容を変更するか悩んでました。

結局、全く同じものでもないしと思い、そのまま書いてしまいました。

新作を投稿したときに、どこかで見た設定だと突っ込まないでね~(笑)

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