探索
次に超音波ゴブリンが使ったのは、ミミズゴーレムの魔ヶ珠だ。
ただし、宇宙船の周りを掘削した土魔法持ちのミミズゴーレムではない。サムバニル市の道具屋で仕入れて以来、出番がなくお蔵入りになっていた分である。
そのミミズを、外壁の奥に向けて、真っ直ぐ伸ばした状態で召喚する。つまり、宇宙船の外壁に、長さ1メートルほどの細いトンネルを穿ったのだ。
以前は、ゴーレムに別のゴーレムを召喚させるなんて真似はできなかったが、青志の魔力が増大したせいで、可能になった技である。
「お。抜けたな」
召喚されたミミズゴーレムの頭部が、宇宙船の内部に達しているのが、青志には分かった。外壁の厚さは、ちょうど1メートルぐらいだったらしい。
今はミミズゴーレムのボディが、外壁に開いたトンネルに栓をしている状態になっている。
更に、超音波ゴブリンが風魔法を使い、宇宙船内の空気と外部の空気が混ざらないように遮断した。宇宙船内に危険なガスや病原菌が存在していた場合の予防措置だ。もちろん、外部の病原菌が宇宙船内に入らないようにとの意味もある。
青志とオロチは、手に入れたばかりの甲虫ゴーレムを、ミミズが抜けた穴から、大量に宇宙船内に送り込む。
まずは、偵察である。ゴーレムでは、空気が呼吸できるものかどうかや、危険な病原菌が存在するかどうかを確かめられないが、せめて内部の様子だけでも見ておこうという訳だ。
甲虫ゴーレムを送り込んだ後は、土魔法の使えるミミズゴーレムが、外壁の穴に速やかに蓋をする。あくまで、安全第一だ。
トワが、早く宇宙船の中に入りたがってウズウズしていたが、ある程度の安全が確認できるまで、待ってもらうしかない。
それでも、ゴーレムにできることは限られているし、青志の知識や知恵に至っては穴だらけだ。最後は、危険を覚悟で突入する羽目になることが確定している。
そのときのために、できるだけ危険度は下げておきたい。
青志は、何の下調べもなしに謎の施設に突入し、無事にお宝をゲットして帰って来られるようなスーパーマンではないのだ。
「それで、宇宙船の中、どうなってるんですかー?」
トワが青志の袖を引っ張る。
「うーん、そうだなぁ。何と言うか、全然機械っぽくないんだなぁ、これが」
「えー、どんな感じ、どんな感じ?」
「ちょっと、甲虫の中身に似てるかも」
「もしかして、宇宙船じゃなくて、巨大昆虫説!?」
トワのテンションが、異常に高い。
「危険は、ありそうですか?」
リュウカがトワを押さえながら、淡々と質問してくる。トワとのテンションの差がひどい。
「今のところ、動く物はないな。でも、甲虫ゴーレムは危険物として認識されていないかも知れないからな」
「別のゴーレムを送り込みますか?」
「そうだな。コウモリを投入してみるか」
一時的に穴の蓋を外すと、青志とオロチは数体ずつのコウモリゴーレムを、宇宙船内に送り込んだ。
張り巡らされた神経網のような構造物を潜り抜けながら、奥へと進んで行くコウモリゴーレム。その超音波のセンサーが、微かな振動を捉えた。
「何かが振動してる・・・」
「うん。確かに」
青志の言葉に、オロチも同意する。
「何、何!? 動力が生きてるとか!?」
リュウカの腕を振りほどいて、トワが食いついてくる。
「何とも言えないけど、自動車のエンジンの振動みたいではある。宇宙船と自動車を一緒にしちゃ駄目だろうけど」
「でも、この宇宙船がまだ死んでないってことよね!?」
トワの目がキラキラと、眩しいぐらいに光り出す。
「悪いけど、その分、更に慎重に下調べをする必要が出てきたってことだぞ?」
「えーっ! もう、さっさと踏み込みましょうよ~!!」
もっと自分が若ければ、さっさと突撃をかけるのだろうか? 確かにこの慎重さは、ひどくオッサン臭い。青志は、苦い気分になるが、これはリセットの効くゲームではないのだ。下調べや準備をする時間があるなら、徹底的にやるべきである。
鎧竜やゴブリン・キング、首長竜とだって、戦う前に時間があれば、たっぷり準備しておきたかったところだ。
いや。時間があったら、そもそも戦うことを選択しなかったかも・・・。そう思うと、それはそれで苦い気分になる青志であった。
結局、突入は翌日になった。
甲虫をコウモリに変えても変化は見られず、外壁の穴を広げてゴブリンと大蛇を投入しても、やはり何も起こらず、何も発見できなかったのだ。
ただし、大きな繭のような形の構造物がいくつかあり、ゴーレムたちではどうしても中に入れなかった。
調べるなら、その辺りになるだろう。
「じゃあ、行くぞ」
青志は一番に外壁の穴に飛び込んだ。
1メートルほどのトンネルを抜けると、更に2メートルほど下に床がある。魔力的に身体が強化されている冒険者には、何でもない高さだが、念のためロープを伝っての降下だ。実際にロープが活躍するのは、脱出のときだろう。
外壁のトンネルは、ゴブリンを投入したときに、直径を広げていた。それが、一晩たって――――。
「微妙にだけど、狭くなってないか?」
トンネルを潜りながら、青志は独り言ちる。
それに、ゴーレムの素材として使った痕は、すっぱり切り取ったようになっていたのに、今は木の幹のようにザラザラしているのだ。どうも、ゆっくりとだが再生しているらしい。否応なしに、青志の緊張が高まる。
宇宙船内に降りると、ゴブリンと大蛇たちが、万全の警戒態勢を敷いてくれていた。
が、明るくなっているのは穴の下だけで、周囲は完全に真っ暗闇だ。肉眼では何も見えない。
試しに水魔法を使ってみると、ゴーレムで視た通りの神経網のような構造物が、仄かに浮かび上がって見えた。構造物には水が含まれているらしい。有機的だというイメージが、ますます強くなる。
マグライトを点灯し、周囲を照らしてみると、内部の構造物も外壁と同じに漆黒なのが分かった。
神経網のような構造物にそっと触れてみると、まるで金属的ではない弾力と温かみが感じられる。
しかし、それだけだ。何者かが現れる気配もなければ、防衛装置が働き出す様子もない。
呼吸も大丈夫だし、体調がおかしくなる兆候もなかったので、青志はトンネル越しに合図を送り、他のメンツを招き入れた。
シューマンとナナンには、申し訳ないが地上で見張りをしてもらう。2人ともかなり不服そうだったが、探索が1回で終わるとは思えないので、2回目以降は見張りも交代する予定だ。
もちろん、鷹やらミゴーやら、ゴーレムも何体か地上に残している。
オロチ、マナ、ミウ、シオン、リュウカ、ユカ、トワがそろったところで、探索開始。
酸素があるかどうかを確かめるためにも、灯りは松明を使っている。
火を使うせいで酸素の消費が大きくなる心配もあるが、酸素が薄くなったら、速やかに脱出する予定だ。
「さて、まずは、そこの繭から調べてみようか」
無闇に奥に行くのも不安なので、トンネルのすぐそばの繭に向かう。
放っておくと、トワあたりが勝手にどこかに行ってしまいかねないので、目的物は、はっきりさせておかなければならない。
計算通り、トワが繭の表面を舐めるように調べ始める。
「これが宇宙船だとしたら、部屋みたいな物だと思うんだけど・・・」
「巨大昆虫だとしたら、中に卵か蛹がいっぱいって感じですね」
「リュウカ、よく無表情のまま、そんな気持ち悪いこと言えるな」
ユカはもちろん、トワまでも探索の手を止めて、イヤそうな表情になっている。
「リュウカちゃん、やめてよね」
「でも、心の準備は大事だから」
あくまで、リュウカはマイペースだ。
とりあえず、巨大繭の表面に出入り口やスイッチの類がないか、みんなで目を皿のようにして調べる。
しかし、何も見つからない。
繭の上面の方は、コウモリゴーレムたちが点検した。
が、やはり何も見つからない。
高さ2メートルほどの繭の表面は、一様に、真っ黒な金属質の糸で織り上げられたようになっている。
ナイフを刺してみたが、全く刃が立たない。切れもしない。
「例によって、ゴーレムを作って、穴を開けるかい?」
オロチが何かの魔ヶ珠を取り出す。
「うーん、それしかないか・・・」
穴が開いた途端に虫がいっぱい出てきそうで、気が進まない青志。
ゴブリン・ウィザードと猫のゴーレムを配置し、気色悪い物が出てきたら、速攻で燃やすことにする。
青志たちは、繭から離れた位置で待機だ。
オロチには、まだ自分のゴーレムを使って別のゴーレムを召喚するのは無理なので、今回も青志のノーマル・ゴブリンが召喚役となった。
ゴブリンが魔ヶ珠を繭の表面に押し付ける。
謎の金属糸を素材として形作られたのは、オオトカゲのゴーレムだ。これもまた、火魔法が使い手である。
そして、ポッカリ開いた穴の向こう側には――――。
「骨?」
「骨だね」
手持ちのゴーレムで中を覗いた青志とオロチが、自分の見た物を確認し合う。
「危険は・・・なさそう、かな」
途端、トワがすっ飛んで行く。
「こ、こら! 迂闊に行くな!」
青志も、慌てて後を追う。
一足早く繭の中に入ったトワは、そこで固まってしまっていた。
その視線の先にあるのは、骨だ。それも、手足が合わせて8本もある、異形で巨大な骨である。
「クモ!? これって、クモの骨!?」
その骨の不気味さに、トワは動けなくなってしまったらしい。
「クモに骨はないよ。似てはいるけど、別の何かだな」
繭の中には、更にもう1つ、透明な繭があった。その繭の中に、手足が8本の謎生物の骨が横たわっていたのだ。
慎重に骨に近づく青志。
透明な繭は、高さ1メートル、長さ2メートルほどの楕円形。触るとプヨプヨしているが、強く押しても破れる気配はない。
中の骨は、洗ったように真っ白だ。
うつ伏せになっている胴体部分だけを見れば、人間に見えなくもない。ただ、手足の区別がつかない長い「脚」が8本あり、人間のような直立歩行はしていなかったように見える。
頭部を見ると、額にも眼窩らしき穴があった。三つ目だったらしい。
「これが、宇宙船の乗組員?」
テンションの下がり切った声で、トワが尋ねてくる。お姫様みたいな美女が眠っているのを期待していたみたいだから、クモ型の骨にドン引きしているのだろう。
「どうかな? こいつは、運ばれていただけかも知れないし、まだ判断はできないね」
「他の繭も見てみるの?」
「気が進まなくなった?」
「そういう訳じゃないけど・・・」
しかし、答えは意外なところから分かった。
透明な繭に触れたマナ、ミウ、シオンが、不思議な情報を読み取ったのだ。
「マナ?」
「多分、この人が繭に入ってからの記憶が・・・」
「分かるのか?」
青志の問いに、そろって頷く少女ゴーレムたち。
「それが分かるのは、マナたちにそういう能力があるからか?」
「ううん。この繭自体に、情報を記録したり伝えたりする機能があるみたい。あたしたちは、それを何となく読めるだけ」
「完全に読める訳ではないんだな?」
「それは、無理。少し読めることさえ、たまたまの偶然だから」
わずかでも情報を得られることが、すでに奇跡なのだ。青志は、ドラゴンの情報処理能力の高さの一端を垣間見た気がした。
「そうか。それで、どんな内容なんだ?」
「簡単に言うと、これはやっぱり宇宙船で、ここに埋まっているのは事故みたい。全然違う場所にいたのが、突然この惑星に飛ばされて、地面に激突して埋まっちゃったみたい」
「へえ。でも、クレーターとか、地面に激突した痕跡はなかったけどな」
「多分、大昔の話みたいね。激突の痕跡が消えるぐらいの大昔」
宇宙船ていうだけでも驚きなのに、時間的にも想像を超えるスケールのお話らしい。
「もしかしたらクレーターも、衛星軌道から見て初めて分かるレベルなのかも知れないな。
それで、乗組員はどうなったんだ?」
「地中に埋まってしまった上、宇宙船が壊れてしまって、外に出られなくなったんだって。それで、宇宙船が直るまで眠って待つことにしたけど、それも限界が来て、眠ったまま死んじゃったらしいわ」
マナの話を聞いて、青志は同情せずにはいられなかった。
この「人」たちも、青志と同じ“落ちてきた者”だったのだ。宇宙船に閉じこめられたまま死んでいくしかなかったとは、どれだけ無念だったことだろう。そう思えば、好きに生きていけてる青志は、とても幸運だったと言えよう。
「他の乗組員は、どうしたの?」
乗組員の心情に想像を巡らせる青志に代わり、リュウカが質問を飛ばす。
「他の人たちも、同じように眠りに着いたみたい。それぞれがどうなったかは、ここでは分からない」
「宇宙船が直るまでって言ったけど、修理はどうなったの?」
「修理は、宇宙船が自動でやってたらしいから、それもここでは分からないわ」
マナの答えを聞いて、青志は我に返った。
「もしかしたら、宇宙船そのものの記録を読める場所も、あるかも知れないな」
「結局、この中全体を調べないといけないってことか?」
オロチが確認して来る。
シオンも情報にアクセスできるので、オロチの協力は不可欠だ。
「調べたからって、何か役に立つ物があるかどうか分からないけど、手伝ってくれると嬉しいんだけど」
「ああ、僕も興味がない訳じゃないから、心配しなくていいよ」
こうして、宇宙船探索に数日をかけることが決定した。
ゴーレムたちの探索により、判明している繭の数は、残り21個。うち、3個が他の物より明らかに大きかった。
青志たちは、まずは小さめの18個から、調査を開始。その全ての中で、クモ型の異星人の遺体を発見する。そして、そのうちの数人は、ミイラ状態だった。
「顔つきは、人間に近いな」
「目は3つあるけどね」
「不謹慎ですけど、この人をゴーレム化したら、もっと何か分かるんじゃ?」
「無理だな。宇宙船に閉じこもったままだから、魔ヶ珠が成長してないよ」
「それより、新しい情報は読み取れた?」
「いえ。特に変わったことは・・・」
本番とも言える、大きな繭の1つの調査に取りかかったのは、探索も3日目のことだ。
漆黒な繭の表面に手を触れたところで、シューマンが驚きの声を上げた。
「何かブルブルしてますよ!」
「え?」
青志たちも触ってみて、本当に繭が振動しているのを確認する。
「本当だ。コウモリゴーレムの感知した振動音の出所は此処だったんだな」
「どうします?」
リュウカが冷静に青志に問いかける。
繭の機能が生きているなら、中に生きている異星人が眠っている可能性がある。慎重になって、当然だ。
「他の繭より大きいってのも、不安材料だな。普通の乗組員とは別の者が眠っているのかも知れない」
「と、言うと?」
「例え、戦闘用の異星人とか、さ」
アリを例にすれば、大多数の働きアリに比べ、戦闘用の兵隊アリは、はるかに大きな身体を持つ。
「マナ、このままで読み取れる情報はあるか?」
他の場所では、内部の透明な繭からしか、情報は読み取れなかった。だから、青志も念のために訊いてみたに過ぎない。
が。
「危険、危険って連呼してるよ?」
繭に手を触れたマナが、不安そうに青志を見やった。
どうやら、また青志はトラブルの種を引き当ててしまったようだ。
少しずつ書いていた短編が完成したので、アップしてみました。 『荊の少女とオーガの王』というタイトルで、あろうことか恋愛物です(汗) ちょこっと読んでいただけると、嬉しいです。 http://ncode.syosetu.com/n7779dp/ そして、活動報告も、久しぶりに更新しました。