魔ヶ珠
たどり着いたのは、予想以上に大きな城塞都市だった。
自動車が余裕で4台並んで通れる門。
高さ3メートルはあるだろう石組みの城壁。
統一された革鎧を着けた兵士たち。
門の外では、二足歩行するトカゲ(小型の恐竜?)に騎乗した兵士たちが巡回している。
この時間、門を利用しようとしているのは青志とクリムトだけだ。
無事に城壁内に入れてもらえるのか不安だったが、隊長っぽい人間がクリムトの知り合いだったようで、何も咎められずに入城できた。
門を通過する際に、兵士たちが拳を胸に当てて敬礼みたいな真似をしているところを見ると、クリムトは階級の高い兵士なのかも知れない。
門の内側には石畳の広場になっており、やはり高さ3メートルの城壁に囲まれていた。
その先に、最初のものより若干小ぶりな門があり、そこにも数人の兵士が立っている。
第1の門を突破しても、この広場に入ったところを四方の城壁の上から弓矢で攻撃される構造だ。
実際、弓を持った兵士が城壁の上に何人も見え隠れするのに気づき、青志はゾッとする気分を味わっていた。
青志が期待するよりこの世界の住人が野蛮であれば、戯れに矢を射かけられないとも限らないのだ。
第2の門の兵士たちにも敬礼されながら、2人は広場を抜ける。
矢を射かけられることもなかった。
そして、そこには石造りの重厚な街が広がっていた。
自動車4台分の街路が真っ直ぐに伸び、その左右に2~3階建ての建物が隙間無く並んでいる。
建物の表面には無駄な装飾もなく、銃眼のような小さな窓が開いているだけだ。
恐らくは、建物も城壁と同じ役割を果たすのだろう。
これだけ防備を固めなければならないのは、戦う相手がいるからだ。
それは人間か、小鬼や水妖のような怪物なのか。
クリムトの後を歩きながら、青志は黙考を続けた。
無機質で生活感のない街並みは、500メートルはあったろうか。
やがて第3の門が現れ、そこを抜けると、ようやく人間の住む猥雑な街が現れた。
建物は先ほどまでと同じ石造りだが、白や青の明るい色に塗られている。
窓には花が飾られ、洗濯物が翻り、子どもたちが走り回っていた。
建物の間には細い路地があり、ずっと奥まで続いているようだ。
子どもの頃なら、大喜びで“探検”していたであろう街並みである。
しかし、城塞都市というものはもっと閉塞感があるのではと思っていたが、この街はずいぶんと広々とした印象だ。
住宅街を抜けると、次に現れたのは、公園のような開放的な空間だった。
綺麗に整備された芝生。
所々に生えた樹木。
美しい水をたたえた池。
芝生に腰を下ろし、談笑する人たちがいる。
樹木には、梅のような美しい花が咲いている。
池には、多くの水鳥が羽を休めている。
街路には、糞便はおろか塵も落ちていないし、人々の表情は安らかだ。
土地、食料、水、その全てが満たされている証拠だろう。
青志は驚くとともに、ちょっと嬉しくなった。
自分が生きていかねばならない世界が、思ったより穏やかに見えるのは、悪くない。
そこから閑静な住宅街を小一時間歩き、何の変哲もない家の前で、クリムトが足を止めた。
扉につけられたノッカーを鳴らすと、現れたのはメイド姿の女性。ただし、推定年齢50才。
ブラウンの髪を後頭部で一まとめにし、背筋がピシッと伸びた神経質そうな女性は、青志をしばらく値踏みした後、クリムトに何かを確認する。
クリムトが答えると、満足げに頷いて、2人を家の中へと差し招いた。
屋内は暗く、天井も低くて狭苦しかった。
その中を、女性は慣れた足取りで奥へ進んでいく。
青志にしては不安感を覚えずにはいられなかったが、おとなしく付いていくしかない。
この後の展開に全く予想がつかないだけに、ポケットの中で小鬼の宝石をしっかり握りしめている。
奥まった部屋の前で一声かけると、女性は躊躇なく扉を開いた。
中は書物で溢れかえっていて、クリムトと同世代の男が、ランプの光を頼りに熱心に書き物をしている。
クリムトとは違い、痩身の学者肌な男だ。
いきなり室内に踏み入られて、男が不機嫌な声を洩らす。
しかし、女性が耳元で何かを言った途端、男の表情が劇的に変化した。
まさに喜色満面で青志を見つめたのだ。
ビビる青志。
女性から勾玉状の宝石を受け取ると、青志のもとに駆け寄ってくる。
更にビビる青志。
青志の手を開かせると、男が宝石を握らせてきた。
色々な色が混ざった宝石だが、際立って大きな物だ。
小鬼の宝石が3センチぐらいの大きさなのに、それは5センチもの大きさがある。
まさか、自分をゴーレムにしようとしてるんじゃ?焦ってクリムトを見るが、ここ数日で見慣れたイケメン・スマイルが返ってくるばかり。
腹を決めて男に向き直ると、宝石を握った青志の拳に両手を添えて、男が呪文らしきものを唱えたところだった。
「え!?」
掌の中の宝石が熱を帯びたかと思うと、目の前が真っ白になり――――
気がつくと、見知らぬベッドで寝ていた。
正直、あまり寝心地の良くないベッドだ。
木製の寝台に薄い敷布。背中が痛い。枕があるだけマシなのかも知れないが。
低い天井には見覚えがある。
クリムトに連れて来られた家だ。
気を失ってから、別の部屋で寝かされていたらしい。
「なんだったんだ、さっきのは・・・?」
上体を起こしてみるが、特に身体に異常は見られない。
が、自分がその答えを知ってることに、ふいに気がついた。
先ほどの大きな宝石=“魔ヶ珠”は、かつてやって来た異世界人が、後からやって来る異世界人のために用意した知識の伝達装置だ。
今、青志の脳内には、この世界の言葉、社会常識、魔法についての知識、その他諸々の情報が焼き付けられていたのである。
部屋から出ると、メイド姿の女性が1人、食事の用意をしていた。
「スミマセン。ゴ迷惑ヲオカケシマシタ」
青志は、覚え立ての言葉を口にしてみせる。
単語と文法の知識は完璧に頭の中にあるが、それだけで外国語がペラペラ喋れる訳がない。よって、カタコトだ。
「あら、ご丁寧に、ありがとうございます」
女性は神経質そうなイメージを一変させて優しく笑うと、カシルと名乗った。
見た目通り、この家のメイドだそうだ。
「クリムトト、先ホドノ人ハ?」
「俺は、ここにいる。ルネの奴は、まだぶっ倒れてるよ」
別の部屋にいたらしいクリムトが、のっそりと現れた。
青志に魔ヶ珠を使ってくれた男は、ルネというらしい。
魔ヶ珠には異世界からの来訪者(青志たちのことだ)だけに反応して、様々な知識を伝える魔法がかけられていた。
が、ルネのようにその手助けをすれば、同じ知識が得られるという特典があった。
新米の異世界人向けの知識なんて、この世界の住人には意味のないものばかりだろうが、一部の研究者は争うようにそれを求めたらしい。
同じ知識でも、異世界人というフィルターを通して得たものは、大きく意味を違えるようだ。
ルネはそんな知識を得るために、知識の封じられた魔ヶ珠を手に入れ、異世界人と出会える日を待ち望んでいたという。
「幸せそうな表情で寝てたぜ」
クリムトは、そう言って、優しげに笑った。