そこにあった物
マナたちを追う黒い雲。
それは、無数の甲虫の群れだった。
1匹1匹の大きさは、7~8センチほど。金属質の光沢を持つ真っ黒な身体。頭部が鋭く尖っており、飛び行く様は、まるで銃弾のようだ。
黒い雲に呑まれてしまえば、どんな大型のケモノだろうと、簡単に穴だらけにされてしまうだろう。
甲冑鷹ゴーレムが、上空から急降下。
土魔法で、粒の大きな砂を生成。加速魔法の効果を乗せて、甲虫たちに浴びせかける。
細かな粒を叩きつけられ、甲虫たちの身体から鳴る金属音。
しかし、地に落ちた虫はわずかだ。ほとんどの虫は、姿勢を崩しながらも飛び続ける。見た目通りにタフであるらしい。
黒い雲は密度を薄めることなく、マナたちに迫る。
つまり、亀が金属の甲羅を持つに至った理由が、これだったのだ。大慌てで走りながら、青志は悟った。
それと、港から陸路で2日の距離にあるのに、希少な金属の採れるこの場所で採掘が行われていない事実。先ほどまでは、2メートルの亀を補食するような大型のケモノがいるせいかと思っていた。が、大型のケモノならば、人数をそろえて倒せばいいだけの話だ。
ところが現れたのは、無数の甲虫。恐らくは肉食なのだろうが、これだけの数がいるせいで、退治することもできなかったのに違いない。
マナたちが亀を放り出し、虫の群れに向き直った。
飛ぶ虫からは逃げ切れないと悟ったのだ。それに、青志たちの所まで虫の群れを連れて行く訳にはいかないと考えたのだろう。
マナの指示で、ゴブリンたちも立ち止まり、虫の群れを待ち構える。青志が特に指示を出さない限り、他のゴーレムはマナの言うことに従うらしい。
迫る虫の雲に向けて、マナの熱線が発射される。
真っ赤な光に触れた甲虫が、炎に包まれて墜落していく。が、それでも虫たちの数が減ったようには見えない。
更に虫の群れが近づいたところで、ゴブリン・ウィザードが火炎を放ち、超音波ゴブリンが強風をぶつけ、デンキゴブリンが電気を帯びた水流を撒き散らす。
しかし、たちまち黒い雲に呑まれてしまうゴーレムたち。
雲が渦を巻き、哀れな獲物たちの肉をこそぎ落とそうとする。
「ちっ!!」
黒い雲に接近し過ぎない位置で、青志とオロチは足を止めた。生身で虫たちの雲に近づくのは、自殺行為だ。
青志は魔ヶ珠を取り出すと、新たなゴーレムを召喚する。
猫。霊獣。スライム。ミゴー。鎧竜。大ミミズ。
属性魔法を使える、ありったけを投入。
他にも魔法の使えるゴーレムのストックはあるが、普段使わない物は、荷物の奥に入っていて、すぐには出て来ない。
以前は鎧竜1体でギリギリだった青志の魔力だが、これだけの数のゴーレムを召喚しても、まだ余裕があるぐらいだ。
ドスドスと音を立てて、疾走していく鎧竜。
並んで、オロチの大蛇ゴーレムたちも虫の群れに突っ込んで行く。
黒い雲の外縁に達したところで、属性魔法を全力開放。
炎が、水流が、石の飛礫が、互いに干渉しないように放たれる。
ゴーレムたちの前では、スライムゴーレムが展開したシールドが、虫たちの突撃を食い止めていた。ゴーレムたちの魔法は、シールドを越えた位置で発生し、虫たちにぶつけられる。
虫たちは、少しずつ、本当に少しずつ数を減らしていくようだ。
青志とオロチは、じりじりした気分で、それを見ているしかできない。
リュウカたちも追いかけて来てくれたが、やはり虫の群れに接近させる訳にいかないのは同じである。重力魔法で虫たちを重くすれば、行動を阻害することもできるだろうし、火と風の魔法を組み合わせて火炎の竜巻とかを作れば――――。
「あ。火と風、使えるじゃん・・・」
青志は思い出すと、虫の雲の中にいるゴブリン・ウィザードと超音波ゴブリンの魔法を、同調して発動させた。黒い雲を割って、炎の竜巻が立ち上る。巻き込まれた虫が、燃えながら落ちて行く。
しかし、直径1メートルにも満たない竜巻では、虫たちを一掃するところまでいかない。虫たちも、炎を避けるように飛び交う始末だ。
「くそっ、もっと広範囲に影響を及ぼせるような方法があれば・・・」
歯噛みする青志。
そのとき。
黒い雲の中で爆発音が轟き、虫たちが吹き飛んだ。
「あ?」
連続する爆発。
黒い雲に、次々と穴が開いていく。
「なんだ? 何が起こっている?」
青志と同様、オロチも驚いている。
「マナたちがやってるのか!?」
その間にも爆発は続き、雲にしか見えなかった虫の群れは、スカスカになってしまった。
爆発の正体は、水蒸気爆発だ。
ゴブリン・ウィザードと超音波ゴブリンの合わせ技を見て、マナとミウが熱線と水流をぶつけ合ったのである。ミウの水流が、マナの熱線により瞬間的に気化。それが爆発となって、虫たちを吹き飛ばしたのだった。
こうなったら、一気に掃討にかかるだけだ。
オロチの大蛇たちと青志の霊獣と鎧竜が、水流を撒き散らす。地面に落ちた甲虫は、鎧竜が踏み潰す。他のゴーレムたちも、地面に落ちても生きている甲虫だけをピンポイントに狙い撃ち、時間はかかったが、なんとか虫たちの殲滅に成功した。
「大丈夫か!?」
駆け寄った青志たちが見たものは、服がボロボロになってはいるものの、無事なマナたちの姿だ。
ホッと息を漏らす青志たち。
途中で放置した亀の死体は、頭と四肢が激しい銃撃を受けたように穴だらけになっていた。ゴブリンゴーレムたちも、全身が傷だらけになっている。
マナ、ミウ、シオンは無傷に見えるが、自己修復しただけで、同じだけの攻撃に曝されたはずだ。
青志が近寄ると、マナが抱きついて来ようとして思い止まり、代わりにミウの背中をそっと押した。
ミウが、怖ず怖ずと前に出て来る。
青志はマナに頷いて見せながら、ミウを優しく抱きしめた。隣では、やはり無言のまま、シオンがオロチに抱きついている。ゴーレムと言えど、恐怖を感じていたらしい。
「マナも、おいで」
言うと、マナがすっ飛んで来て、青志の腰に抱きついた。
「ねえ、これって、生き物なの?」
地面に転がっている甲虫を木の枝でつつきながら、ユカが言う。
父親気分に浸っていた青志は、渋々マナたちと離れると、ユカのそばに近寄った。
「どうした?」
「ほら。お尻にロケット付いてるよ?」
「なぬ?」
見ると、甲虫のお尻が、確かにロケットの噴出口のようになっている。
甲虫の死骸を手に取ると、青志はしげしげと観察を始めた。
「本当に、ロケットみたいになってるな。全身が金属みたいだし、ロボットだと言われても納得しちゃうぞ、これは」
「ロケットとかロボットとかって、青志たちの故郷の技術だろう?」
オロチも興味深そうに、甲虫をこねくり回す。
その向こうでは、リュウカが無表情のまま、ポキリと甲虫の首を折り、中身を覗き込んでいる。
「中は、生き物っぽいです。すごく小さいけど、魔ヶ珠もあるし」
「リュウカは、虫とか平気なんだな・・・」
青志も恐る恐る甲虫の首をへし折ってみる。金属のボディには傷一つ付けられそうにないが、関節部分は簡単に壊すことができた。
指を入れてみると、驚いたことに内部の組織まで金属製だ。しかし、機械と言うよりは有機物に近く見える。そして、確かに魔ヶ珠も存在していた。
青志は、甲虫の魔ヶ珠を取り出すと、魔力を込めてから、地面に落としてみる。
たちまち、地面の一部がモゾモゾ動き出して、甲虫の姿を形作った。
「生き物であることは、確かだな」
甲虫ゴーレムは翅を広げると、ブーンという音とともに、空に飛び上がる。そして、しばらく飛んだ後に、エラから取り込んだ空気をお尻の穴から噴出させ、一気に加速してみせた。
「ほう。面白いな、この虫」
青志の一言で、甲虫の魔ヶ珠採集が始まってしまう。ゴーレム化すれば、色々と使い道が考えたられたからである。
甲虫の首をもぎ取って、中の魔ヶ珠を取り出すという簡単なお仕事が、延々と続く。ただし、働かされたのは、ゴブリンゴーレムたちだ。
青志たちは、車座になって地味な作業に勤しむゴブリンたちを遠目に見ながら、昼食を摂ることにした。
シューマンが調理を開始。肉を煮込む気らしい。
その間に、青志だけがまた、甲虫と戦った辺りに戻って行く。
「アオシさん、どうしたのかな?」
青志は、じっと地面を――――いや、地面の下に注意を向けていた。
「アオシがあんな様子だと、また何か出るんじゃないかと思ってしまうな」
オロチが腰を上げ、青志の元に向かう。
「まさか、まだ何かいるのか?」
「え? ああ、いや。そうじゃないんだけど・・・」
青志は言い淀む。
「気になるな」
「さっき、ミミズに地中を進ませてたら、とんでもなく堅い物にぶち当たってさ」
「ほお? 何かの鉱石かい?」
オロチの言葉に、青志は首を横に振った。
「今もミミズゴーレムに調べさせているんだけど、どうも人工物っぽい」
「すると、遺跡かい?」
「遺跡と言うよりは、遺物だな。大まかに50メートルぐらいの物が埋まってるようなんだ」
「50メートルの遺物? 何なんだ、それは?」
「うーん、それなんだけどなぁ・・・」
「空飛ぶ円盤!?」
食事中、青志の話を聞いた一同は、それぞれに違った意味で疑問の声を上げた。リュウカたちは、意外な単語を耳にしたせいで。オロチやシューマンたちは、空飛ぶ円盤が何のことか分からずに。
「確定じゃないけど、そうとしか言えない形をしてるんだ」
「宇宙船ていうこと?」
トワが目を輝かせる。好きな分野の話らしい。
「宇宙・・・船?」
「宇宙まで飛んで行ける船のことなんだけど、もしかしたらって話だぞ?」
ちんぷんかんぷんなオロチに、説明してやる青志。ついでに、話が盛り上がり過ぎないように、釘を刺すことも忘れない。
「その・・・宇宙船だとしたらスゴい話なんだろうけど・・・、具体的に言うと、どうスゴいんだ?」
「宇宙船かどうかは別にして、今分かっていることは、それがとんでもなく堅い金属で作られてるってことだ。おまけに、全く魔法を通さない。おかげで、ミミズゴーレムでは穴を開けられない」
「丸ごとアダマンタイトで作られていると?」と、オロチ。
「少なくとも、アダマンタイトに似た性質の金属だね」
「それより、冷凍睡眠中の宇宙人がいるかも知れないよ!?」
トワが興奮して、割って入る。
「すごい科学が眠ってるかも知れないし! もしかして、日本に帰れるかも・・・!! って、あ。ごめん・・・」
昂っていたはずのトワが、自分の口にしてしまったことに気づいて、一気に意気消沈する。
それを聞いてもリュウカは表情を変えなかったが、ユカは痛みを堪えるように顔をしかめた。
いつも明るいユカとトワが抱えている気持ちを垣間見て、青志は切なくなる。と同時に、自分が日本に帰ることを、完全に忘れていたことを思い知った。
リュウカが、黙ったままユカとトワの肩を抱く。そして「気にしないで」という意味か、青志に小さく頷いてみせる。
あくまで気丈に振る舞うリュウカを見て、いつかガス抜きをしてやらねばならないと考える青志。
それこそ日本でなら、美味しいスイーツでも奢ってやればいいだろうが、この世界では何がしてあげられるだろう? 宿題ができた青志である。
「問題は、中に何があるか、何がいるか分からないってことなんだよな」
ユカとトワのことは気になるが、とりあえず青志は話を元に戻す。
「と、言うと?」
押し黙ってしまったトワに代わり、話を受けてくれるオロチ。
「中に危険な生き物が眠っている可能性があるんだ」
青志は、宇宙船の中で凶暴な宇宙生物に襲われる映画を思い出す。
「そして、それ以上にありそうなのが、船を防衛するシステムだな」
もう、オロチやシューマンたちは、全く話に付いて来れなくなっていた。
それでも、リュウカたちに伝えるため、青志は話を続ける。
「相手が宇宙船だろうと、オレやオロチが、その外壁を使ってゴーレムを作ってしまえば、穴を開けられると思う。そしたら、中にも入れるだろう。
でも、宇宙船内に侵入者を排除するシステムがあっても、全然不思議じゃないと思うんだ。そもそも、あのロボットみたいな虫たちも、宇宙船が作り出した物かも知れない」
青志の話を聞いて、トワが顔を上げる。
「人工生物?」
「その可能性もあると思うよ。生物にしては不自然だし、まるで宇宙船を守ってるみたいだ」
「じゃあ、宇宙船の中にも?」
「うん。あんな奴がいるかも知れない」
「そっかー。美女が冷凍睡眠してるとは限らないんだ・・・」
「そんな可能性の方が低いだろう」
「えーっ! だったら、宇宙船の中に入らないの!?」
「凶暴な宇宙生物。未知の病原菌。超科学による防衛装置。・・・待っていそうなことを考えると、手を出すべきではないんだろうけど・・・」
「けど?」
トワがにっこり笑いながら、青志の顔を覗き込む。先ほどの落ち込み具合が嘘のように、魅力的な笑顔だ。
「冒険者なら、当然中に入るよな」
それを聞いて、トワの魅力的な笑顔が更に深まった。
オロチ、シューマン、ナナンも、宇宙船らしき遺物に興味津々だったので、早速、青志は探索に取り掛かった。
まず、ミミズゴーレムによって、宇宙船までのトンネルを掘削。これは、すでに宇宙船の周りを掘りまくっていたせいで、直径1メートルほど、長さ10メートルほどのトンネルが、あっさり出現する。
トンネルの突き当たりには、漆黒の金属壁が見えた。
ずっと地中にあったとは思えない光沢が美しい。わずかに湾曲した壁面には、曲線で構成された紋様が浮き上がっている。
トンネルを覗いた一同から、声にならないどよめきが漏れた。
ここにいる誰1人として見たことのない代物が、そこに存在しているのだ。緊張と期待が高まる。
青志は、超音波ゴブリンをトンネルの底に下ろした。その手には、いくつかの魔ヶ珠が握られている。
試しに、超音波ゴブリンに壁面を叩かせてみると、意外なことに全く音がしない上、ゴブリンの手には何の反動も返って来なかった。衝撃が完全に吸収されてしまったらしい。
「どういう技術なんだ、これ? どれだけのエネルギーを吸収できるのか分からないけど、スゴい科学力だな」
唸るしかない青志。
「剣も槍も通じないということですか?」
科学に疎いシューマンにも、事の異常さが理解できたらしい。その額に汗が浮かんでいる。
「多分、大砲だって効果がないんじゃないかな?」
言いながら、青志は次の指示を超音波ゴブリンに送る。
超音波ゴブリンが、魔ヶ珠を1つ外壁の上に置いた。
その魔ヶ珠が外壁に沈み込むと、その周囲が盛り上がり、クモの形を作り上げる。
驚いたことに、その間も全く音が立たない。外壁の一部が抉り取られたにも関わらずである。
「何かの装置でエネルギーを吸収しているんじゃなくて、外壁の素材自体に吸収能力があるのか?」
だとしたら、この外壁だけでも、とんでもない宝の山だということになる。
クモゴーレムを地上まで登って来させて、持ち上げてみたが、思ったより重くはない。むしろ、鉄だとかより軽いぐらいだ。この素材でなら、完全物理無効の鎧が作れる可能性がある。いや、ミミズゴーレムの魔法も全く通らなかったのだから・・・。
「物理攻撃も魔法攻撃も通じない鎧ができる・・・!」
背中にイヤな汗が流れるのを感じながら、青志は超音波ゴブリンに次の指示を送った。