少女ゴーレムたち
ブルードラゴンのウロコから生まれたゴーレムを、リュウカたちにお披露目するために、青志たちは砂浜の野営場所に戻っていた。
ユカとトワは、可愛い子に会えるとワクワク顔だ。
自分たちの予備の服を、新人少女ゴーレムたちに提供してくれるらしい。
片や、マナは明らかに不機嫌になっている。
野営場所まで青志と手を繋いで来たものの、一言も話そうとしない。これまでも、あまりマナに構ってやれてなかったが、妹分ができたら、もっと構ってもらえなくなると思っているのだろう。
かわいそうではあるが、どうせ嫉妬されるのなら、もっと色っぽいお姉さんに嫉妬されたいと、頭を抱えたい気分の青志である。
青志のテントがある場所に着くと、人目がないことを確認し、青志とオロチがゴーレムを召喚する。
現れる2体のゴーレム。
双子のように似通った青い少女たちだ。
「はい、はい、あっち向いて!」
裸のままの少女たちを気遣ってか、ユカとトワが、青志たちを後ろ向かせる。すっかり、お姉さん気取りだ。一番お姉さんのはずのリュウカは、ボーッとそれを眺めている。
ユカとトワが楽しそうに、少女ゴーレムたちに服を着せている間、青志は腰にしがみついたマナの髪を撫でていた。シンユーと同じ、炎のように赤く美しい髪だ。
「マナ、急に髪が長くなったよな?」
ブルードラゴン騒動の後は慌ただしくて言えていなかったことを、青志はやっと口にできた。
「首長竜を倒すのに、あたしも大分頑張ったから、成長しちゃったみたい」
「そうかー。育つときは髪からなんだな」
「もっと魔力が貯まったら身体も大きくなると思うけど、パパはあたしが大きくなった方がいい?」
「んー、少しずつがいいかな。人間の子供が育つのと同じようにゆっくり大きくなってくれたら、嬉しいな」
「うん。分かった」
そう言って、目を細めるマナ。
「もう、いいわよ!」
振り向くと、銀の縁取りの入った真っ黒なゴシックドレス姿の少女が2人、静かに立っていた。
黒と銀のドレスは、アイアン・メイデンの新コスチュームだったのだろうが、青い髪、青い肌の少女ゴーレムたちによく似合っている。
「おお、よく似合ってるじゃないか」
オロチが上機嫌な様子で、自分の少女ゴーレムを抱きしめた。
青志はマナの手を引いて、青い少女の前に立つ。
近づく2人をじっと見ている少女ゴーレム。
マナも緊張感を滲ませて、少女ゴーレムを見つめる。
まさか殴り合いを始めたりしないだろうなと、身構えるリュウカたち。
青志が、そっとマナの背中を押す。
マナが青い少女の手を取った。
「よろしく。あたしはマナ。あんたのお姉さんよ」
「お姉さん・・・、よろしく」
にっこりと笑い合う2人。
息を呑んで2人を見つめていた者たちの、空気が弛む。
「パパ、この子の名前は?」
「お?」
マナの様子に一度緊張感を解いた青志を、更なる緊張感が襲う。マナの心情ばかりを気にして、名前のことをすっかり忘れていたのだ。
「名前・・・」
水・・・青・・・アクア・・・シー・・・マリン・・・。青志の頭の中を、水や海に関係する単語が、ぐるぐると駆け巡る。
ポセイドン・・・トリトン・・・浦島太郎・・・海・・・うみ・・・ウミ・・・。
「ミウって、どうだ?」
「ミウ? ミウ・・・。どう? ミウって名前は?」
青志の言を引き継いで、マナが青い少女に問いかける。
少女ゴーレムはしばらく考えた後、青志の目を見て、コクリと頷いた。
「やった! 気に入ったのね。今日からあんたはミウよ!」
はしゃいでみせるマナに、ミウはその唇に微かな笑みを浮かべる。
「その服、似合ってるよ」
そこへ青志の不意打ちな言葉をもらい、ミウは青い肌を朱に染めることになった。
「じゃあ、オロチさんの方の名前は?」
ミウという名前が決まったのを見て、ユカがオロチに質問する。
「うん。実は、もう決めてある。・・・シオン。シオンていう名前は、どうだい?」
オロチの言葉は、前半はユカに、後半は自分の少女ゴーレムに向けたものだ。
オロチの少女ゴーレムは、やはり薄く微笑んで、小さく頷いた。
「よし。今日から、お前はシオンだ」
そう言って、オロチはシオンの頭をポンポン叩く。
「オロチ、シオンってどういう意味?」
「海の潮から取った」
「そ、そうか・・・」
なぜか、オロチのネーミングセンスも、青志と同等であった。
「ミウちゃんとシオンちゃんのボディは、そのままでいいの? 良かったら、何か良さそうな素材を持ったケモノを狩りに行かない?」
「そうだな。硬い装甲を持ったケモノがいるといいな」
ユカの提案に、青志は賛意を示す。
カウラウゴ艦長に許可を取り、青志たちはケモノ狩りに出かけることになった。
酒屋にいた冒険者らしい者に話を聞くと、2日ほど離れた辺りに、武器や防具に使われるような素材を出すケモノがいるらしい。
ちなみに、カウラウゴ艦長たちは、その酒屋で飲んだくれていた。船の修理が済むまで、飲む以外にやることがないのだ。
艦長たちと一緒に飲んでいたガオンが青志に同行したがったが、へべれけに酔っ払っていたので遠慮してもらった。
狩りに行くのは、青志、オロチ、リュウカ、ユカ、トワ、シューマン、ナナン。そこに、マナ、ミウ、シオンを始めとするゴーレムたちが加わる。シューマンとナナンはウィンダの件で落ち込みまくっていたので、無理に連れ出したのだ。
ミウとシオンがブルードラゴンのウロコから作られたと知って、複雑そうな表情を見せたシューマンたちだったが、特に何も言おうとしなかった。
久しぶりにゴーレム魔法のことを知っているメンバーだけになったので、青志のゴブリンも勢ぞろいしている。ゴブリン・ウィザード、超音波ゴブリン、デンキゴブリン、ノーマル・ゴブリンが2体。ノーマル2体が荷物持ちで、他の3体も荷物を分担しながら、護衛役を務めていた。
ミゴーたち、海での戦力は魔ヶ珠に戻して、その素材をゴブリンのボディに使っている訳だ。
空には、甲冑鷹と通常の鷹2体、足元には猫ゴーレム。更に、青志たちを囲むように、オロチの大蛇ゴーレムたちが移動しているはずだ。
妙に落ち着く布陣である。
「やっぱり、地面の上が落ち着くねー」
そう言うユカの言葉に、うんうんと頷く一同。
「王都から帰るとき、歩いて帰るのは無理なのかなぁ?」
「それは、難しいでしょうねえ」
トワの疑問に、シューマンが丁寧に返事をする。
「王都からサムバニル市の間を歩こうとしたら、距離があり過ぎて何年もかかってしまいますよ。それに、砂漠や樹海を横切る必要がありますから、そもそも生きて帰って来れるかどうかが問題です」
「樹海って、火竜山の麓の?」と青志。
「そうです。アオシさんたちも樹海には入ったそうですが、樹海はとても広いので、軍団規模の人数と武器がないと、横断は不可能と言われています」
青志とオロチは、その外縁部でちょろちょろしていただけなのだろう。
「当然、奥に入るほど強力なケモノがいる、と?」
「ハイマーヌ王国の伝説に語られるベヒーモスが、何頭も棲んでいるという者もいますし、ベヒーモスに匹敵するバハムートを見たという者もいます」
「それは、話だけならワクワクするけど、実際に出会うのは遠慮したいな」
「砂漠には、ワームと呼ばれる巨大な肉食ミミズがいます。地中から襲いかかって来るので、かなり性質の悪い手合いと言えますね。
また、砂漠の奥深くには、魔族の国があると言われています」
「魔族?」
「魔族とは、背中に蝙蝠のような翼を持つ、好戦的な種族です。魔族1人で、ベヒーモスと対等に戦ったという伝説があるような化け物です」
「うへぇ、ずいぶん物騒な奴がいるんだな」
「うん。帰りも船にします」
トワも、あっさり陸路をあきらめたようだった。
その日は、開けた場所があったので、早めに野営開始。
水魔法があると、水場を気にせずに野営場所を選べるのが便利だ。
ちなみに、周囲には丈の低い下草が繁茂し、その中にポツポツと灌木が生えている。地球で言えば、キリンやシマウマがいそうな風景である。
マナがミウとシオンを連れて出て行ったかと思うと、たちまち七面鳥みたいな太った鳥を3羽穫ってきた。荷物運びをしたのは、マナに付いて行った超音波ゴブリンだ。
青志とオロチが頭を撫でて褒めてやると、マナはもちろん、ミウとシオンも目を細めてご機嫌な表情になった。
料理をしたのは、シューマン。七面鳥もどきをぶつ切りにし、串に刺して焼いただけだったが、評判は上々。幸せそうに食事をするアイアン・メイデンの3人を見て、かなり得意そうになっていた。
これで温泉があれば、最高のバカンスだ。
日が落ちると、青志のテントをアイアン・メイデンに提供し、残りのメンツは夜露を防ぐタープの屋根の下で、毛布にくるまって眠りについた。
女性ながら、ナナンも同様である。兵士をやっている以上、その程度のことは慣れっこのようだ。髪を短くしてボーイッシュにしているのも、兵士としての心構えの表れと見える。
ただ、風魔法使いには多い緑の髪には、ウィンダを連想させられてしまうし、また青志は、ショートカットも嫌いではなかった。まずいと思いながらナナンに目が向いてしまう青志は、隣にナナンが寝ていたせいで、なかなか寝つけぬ夜を過ごすことになってしまったのである。
翌日は、青志が寝坊をしたせいで、出発はすっかり日が昇ってしまってからになった。急ぐ旅ではないので、誰も起こそうとしなかったのだ。
なお、以前は寝坊助だったマナは、早起き娘に変身している。ゴーレムとして生まれたばかりのころは、青志からもらえる魔力がギリギリで、節電モードになっていたらしい。首長竜の件で青志の魔力が倍増したため、マナの節電モードは解除されたようだ。
「しかし、ゴーレムという物は便利ですね。警戒はやってくれるし、進む方向まで確認してくれるとは」
シューマンが、のんびりした様子で言う。本来なら、彼が周辺警戒から道案内までこなさないといけない立場だ。護衛対象のウィンダがいなくなったとは言え、青志たちはルベウスの客人のままなのである。
「シューマンさんは、ゴーレムに忌避感はないの?」と青志。
「正直なところ、ゴーレム使いとネクロマンサーには、いまだ思うところはあります。しかし、アオシ殿は人間をゴーレムにするような人ではないでしょうし、これだけゴーレムの便利さを見せられると、考えも変わってきますね」
青志の人柄が分かっているせいで、遠慮のない物言いをするシューマン。
「オロチさんは、人間をゴーレムにしないんですか?」
と、いきなりリュウカが聞きにくいことをズバリと切り込む。
シューマンとナナンの身体に緊張が走ったのを、青志は見た。
「人間かい? そうだなあ。人間をゴーレムにすることに、抵抗感を覚えたりしないのは事実だけど、敢えて人間を怒らせるような真似はする気はないね」
慎重に言葉を選びながら、オロチが答えた。その答に納得したのか、シューマンとナナンから緊張感が抜ける。
確かに、オロチの言葉に嘘はないだろうと、青志は思う。しかし、それもオロチが人間を敵と考えていないからだ。人間を敵と見なせば、オロチは平気で人間をゴーレム化するはずである。
昼は小休止だけにし、夕方には、なんとか目的地に到着。
草原が途切れ、地形はゴツゴツした岩場に変わっていた。
この付近に、恐ろしく堅い甲羅を持つ肉食の亀がいるらしい。
なんでも、ここの岩場には希少な金属が含まれており、それを食べて体内に蓄積するケモノがおり、更にそれを亀が食べることにより、問題の甲羅は大きくなるという話だ。
「その亀って、どれぐらいの大きさ?」
夕食の最中に、ユカが質問する。夕食の食材は、岩場に入る前に穫った豚が1匹。調理法は、豪快に丸焼きだ。
「甲羅だけで2メートル以上あるって話だぞ」
酒屋で仕入れた情報を披露する青志。船の上で魚ばかり食べていたせいで肉を欲する気持ちは分かるが、豚の丸焼きはちょっとキツいなと考えている。
「そんな大きなのが、堅い甲羅を背負わないといけない理由が怖いんだけど」
「そりゃ、もっと大きな敵から身を守るため・・・」
答えながら、青志の背を汗が伝う。
「オロチ、周辺警戒強化」
「心得た」
青志とオロチが魔ヶ珠をばらまくと、10匹ぐらいのコウモリゴーレムが現れ、周囲に散って行った。青志もオロチも、折を見てコウモリの魔ヶ珠を仕入れていたので、数がだいぶ増えている。
「オロチの大蛇もいるし、まあ心配はないだろう。これで接近に気づかないようなら、あきらめてくれ」
「あきらめられないよ!」
青志の軽口にトワがツッコミを入れる。
なんのかんのと言いながら、誰1人不安を感じてはいないようである。首長竜の一件でパワーアップしたのは、青志だけではないのだ。首長竜クラスのケモノが出てきたって、1頭なら青志の氷なしで倒せる確信が全員にあった。
そして、ナナンのせいで青志が連日の寝坊をした翌日。
青志が起きる前に、鷹ゴーレムが目当ての亀を発見した。青志を経由せずにその情報を受けたマナが、ミウとシオンを連れて走り始める。
「ちょっと、マナちゃん!」
「サクッと倒してくる~!」
「こらっ、アオシさん、いつまで寝てるのっ!?」
「ぐえっ!!」
トワの膝をお腹に落とされ、悶絶する青志。
亀に関して言えば、なんの問題もなかった。
大蛇ゴーレムと鷹ゴーレムが見守る中、ミウとシオンが放った衝撃波の込められた水の鞭が、甲羅越しに亀にダメージを与え、5分もかけずに倒してしまったのである。
衝撃波がなかったら、ミウとシオンはあまり戦えない存在だったかも知れない。ブルードラゴンのママのような謎の怪光線が出せるようになるのは、いつのことだろうか。
「あっさり、目的達成しちゃったね。もう、遠足は終わり?」
ゴブリンゴーレム5体が亀の運搬に向かうのを見ながら、ユカが残念そうに言う。
「こんなことなら、他に面白そうなネタを聞いておくんだったなあ」
「適当に、遠回りして帰ればいいんじゃないか?」
青志の言葉に、オロチが乗っかってくる。オロチとしても、港に帰ってもやることがないのだ。
「そうだなぁ。どうせ、船の修理はまだ終わらないだろうし、ウロウロしてみるか」
ユカとトワが、「やったね!」と手のひらを打ち合わせた。
シューマンとナナンも、賛成の様子である。
ついでに、ゴブリンゴーレムたちの強化もやりたいなと思う青志。首長竜のおかげで、船に乗っていたゴーレムたちが軒並み強化されてしまい、古参のゴブリンたちが相対的に弱くなってしまったのだ。この機会に、少しでもケモノを狩らせてやりたいところである。
青志がそんなことを考えていると、鷹ゴーレムが異変を察知した。
黒い雲のような物が、亀を運ぶマナたちに近づいていたのである。
「なんだ!?」
その雲から、大きな魔力が感じられる。
慌てて走り出す青志。
それにオロチが続く。オロチのフクロウゴーレムも、同じ異変に気づいたのだ。
「ちょっと! アオシさん!?」
更に後ろからは、リュウカたちも走ってくるようだ。
マナたちが簡単に負けるとは、思っていない。
仮に倒されたとしても、ドラゴンのウロコが無事であれば、何度でも復活ができる。
そこまで分かっていながらも、青志は急がずにはいられなかった。
マナたちを簡単に見捨てる気には、なれなかったのだ。