砂浜にて
魔人と化したウィンダは、一直線に飛翔し、ドラゴンの眼前で停止した。
ドラゴンが、驚いたように動きを止める。
その顔面に、ウィンダの右手から放たれた金色の光が命中。
激しい爆発とともに、ドラゴンはその巨体を大きく仰け反らせた。
更にウィンダは、両手から金色の光の刃を伸ばすと、ドラゴンに斬りかかっていく。
光の斬撃はドラゴンのウロコに弾かれるが、ドラゴンも全く平気という訳ではないらしい。ウィンダの攻撃をかわそうとし、ついには全身から放電を開始し、その接近を拒む。
青志は無力感に苛まれながら、両者の戦いを見つめていた。
自分が不甲斐ないせいで、ウィンダに魔人化の道を選ばせてしまった。
そして、魔人となったウィンダが1人でドラゴンと戦うのを、ただ見ているしかできない。
悔しさで、青志の心臓は破れてしまいそうになっている。
人間の手を出せる域を超えた戦いは、どれだけの間続いたであろうか。
ウィンダが意図したものであるのか、徐々に両者はアルガ号から離れていく。
そのうち気を失っていた船員たちも目を覚まし始め、やはり呆然と人外の戦闘を眺めるのであった。
金色と青色の光が交錯し、稲妻が閃く。
咆哮するのは、伝説の頂点に立つ青いドラゴン。
対するのは、妖精の女王を思わせる魔人の女。
両者の戦いも、両者自身も、ただ美しかった。
それを見る者たちは恐怖も忘れ、心の底から魅了されてしまっている。
そして、誰も何もできないまま、ウィンダとブルードラゴンの姿は水平線の彼方へと消えていった。
戦闘終了から3日をかけて、アルガ号は這々の体で次の寄港地にたどり着いた。
マストが1本折れただけでなく、何ヶ所か浸水もしていたのだ。
無事に次の港に入れたのは、奇蹟に近い。
青志も、黙々と浸水した水の掻き出し作業に従事した。いや、むしろ青志の強大な水魔法がなければ、アルガ号はもっと危機的な状況に陥っていたかも知れない。
寄港後、アルガ号は即座に修理に入った。
排水作業から解放された青志は、ドラゴンの来襲とウィンダの魔人化の件の聴取に忙殺されることになる。一連の事情を把握できている人間が、ごく少数しかいなかったからだ。
青志とて、ドラゴンが現れた瞬間は気を失っていたのであるが、マナとオロチに次いで事情に通じている人間だったのである。
アルガ号の旅の本来の目的は、サムバニル市と王都との定期的な連絡のためであった。これは1年ごとに王都とサムバニル市を往復し、税を納めるとともに、王都の出先機関に詰めている人員と交代するものである。
しかし今回は、ウィンダを送り届けるという使命も課されていた。直接の護衛役はシューマンとナナンの兄妹で、青志も名目上は同じ役目を負っていた。そして、アルガ号の乗員も無関係という訳にはいかないのだろう。
任務失敗を告げる急使が、陸路をサムバニル市へ出発。王都へも、先に出る船と交渉して、使いの者を乗せてもらうことになるはずだ。
ウィンダがいなくなった今、青志にはアルガ号を離れるという選択肢もあったが、結局そのまま王都に向かうことになった。ウィンダが身を寄せる予定だった彼女の縁者に、状況を説明したいという思いがあったためだ。
王都や、その近くにあるというアスカに行けば、ウィンダを助ける手段が見つかるのではないかという望みを、勝手に持ってしまっているせいもある。
が、船の修理が完了するまでは、青志には何もすることがない。
アルガ号で丸ごと借り切った宿にも入る気がせず、港から近くの砂浜にテントを張って、1人で過ごすことにした。
アイアン・メイデンの3人は、素直に宿に泊まることになり、マナも付き合っている。青志から、アイアン・メイデンに付き合うように言われ、不満そうにしながらも、それに従ったのだ。
なお、オロチは青志のテントの近くで野営しているようである。
そして、ヒマを持て余し、なおかつ船員たちと騒ぐ気になれない青志は、日がな一日釣りをやっていた。
隣では、ゴブリン・ウィザードのゴーレムが、やはり釣り糸を垂れている。
以前は、釣り竿を使うなどという真似はできなかったゴブリンゴーレムたちだが、青志の魔力が増えたのが原因か、かなり器用なことができるようになっていたのである。中でも釣りのセンスがあったのが、ゴブリン・ウィザードであった。今日も、青志はまだ釣果がないというのに、すでに3匹も鯛に似た魚を釣り上げている。
ゴブリン・ウィザードが4匹目の魚をゲットしたところで、青志は釣り竿を投げ出した。
気晴らしのつもりが、よけいにストレスを溜め込む結果になってしまっている。
昼飯にでもした方が、良さそうだ。青志がそう思うと、デンキゴブリンのゴーレムがやって来て、魚の入ったバケツを運んで行く。料理をしてくれるのだ。簡単なものしかできないが、料理センスが一番あったのが、デンキゴブリンであった。
砂浜に張ったテントまで戻ると、超音波ゴブリンが集めてきた薪にゴブリン・ウィザードが火を着け、焚き火を作る。
デンキゴブリンが鯛に似た魚のウロコと内臓を取り除き、2匹を塩焼き、残り2匹を刺身に仕立ててくれた。刺身用の醤油はないが、この港で買った魚醤で代用だ。魚醤とは、魚を塩漬けにして出てきた汁のことである。
青志は、やはりこの港で仕入れた果実酒をチビチビやりながら、刺身を摘まみ始める。
いつもなら、塩焼きの匂いに誘われてオロチが現れるはずだが、今日は別の客がやって来た。
「美味そうな物を食っておるな?」
「一緒に食べますか?」
「そうさせてもらおうか」
そう言って、遠慮する様子もなく青志のそばに腰かけたのは、全身青色の素っ裸の女であった。
「そろそろ、御出になる頃かと思っていました」
「驚かんと思ったら、予想済みであったか」
「半分は、来ていただけることを期待していたというところですが」
「ほほう?」
魚の塩焼きに上品に口を付けながら、青ずくめの女は、面白そうに目だけで笑った。
裸の美女が焼き魚に歯を立てる姿はとても扇情的だったが、不思議と青志は何も感じずにいる。
「その前に一応確認させていただきたいのですが、ブルードラゴン様でいいのですよね? その姿をお見かけするのは初めてですので」
「うむ。その通りじゃ」
果実酒を差し出すと、舐めるように飲んで「美味い」と呟く。レッドドラゴンであるシンユーのような大酒飲みではないらしい。
「それで、ウィンダさんはどうなりました?」
「あの、魔人になった女のことかの?」
「そうです」
「あの女なら、妾の寝床で休んでおるぞ。魔人になった途端に全開で暴れおったせいで、疲れ切って眠っておるわ」
そう言って、なぜか楽しそうに笑うブルードラゴン。
「では、ブルードラゴン様が彼女を保護して下さったんですね」
ホッとする青志。
「妾が数十年ぶりに動いたせいで、結果的にあの女が魔人になる羽目になったようだしな。魔人の肉体を御することができるようになるまでは、妾が面倒を見てやろうさ」
「その・・・、彼女が人間に戻ることは可能ですか?」
「さあな、そういう方法もあるかも知れんが、妾には無理じゃ」
「そうですか・・・」
一瞬期待したが、さすがにそこまでドラゴンも万能ではないらしい。
「むしろ、お主の方が、それをできる可能性を持っておろう」
「え? どういうことですか?」
「ゴーレム使いは、数少ない魔ヶ珠を改変できる能力者じゃ。数百年前には、生きている者の魔ヶ珠に別の魔ヶ珠を融合させて、生きながら人間を人間でなくならせた外道もおったぐらいだぞ」
「うわっ、そんなことをしてるから、ゴーレム使いが偏見の目で見られるんだよ」
ブルードラゴンの話す過去のゴーレム使いの話に、青志は背筋が寒くなる。
「しかし、それができるなら、逆に生きている者の魔ヶ珠から、いらない部分を取り除くのも可能かも知れんぞ?」
「な、なるほど」
今の段階の青志では、そんなことは全くできそうにないが、更に魔力を増大させれば、できるようになるのかも知れない。その考えは、青志の心に大きな光をもたらした。
「あの女が、大事か?」
「・・・はい。大事です」
「ならば、強くなることじゃの」
「・・・はい」
「しばらくは、あの女は妾が預かっておこう。でじゃ、これを渡しておく」
ブルードラゴンが青志に渡したのは、海の青さを持つ1枚のウロコだ。
「お主が連れておったのは、火の奴のウロコから作ったゴーレムであろう? そのウロコで、同じようにゴーレムを作るがいい。そうすれば、妾と伝言のやり取りができるからな」
「え? いいのですか? 正直、ウィンダさんが剥ぎ取ったウロコを2枚持っているんですが」
ウィンダが魔人に変貌していく最中、あろうことか青志は、海に落ちたブルードラゴンのウロコをゴーレムに回収させていたのだ。
「そちらのウロコは、お前の好きなように使えばいい。これは、妾の気持ちじゃ。火の奴のゴーレムと、火の奴がウロコを渡した人間に興味を持ったあまりに、迂闊に動いてしまったからの。首長どもを追い立てる羽目になってしまった。今日のように、忍んでくるべきであったわ」
ドラゴンともあろう者が、どうやら反省しているらしい。
青志にしてみれば、ドラゴンなんて存在は一種の自然現象だと思っているので、ウィンダのことを嘆きはしても、ドラゴンに怒りを向ける気にはなれないでいた。
「では、ありがたく、このウロコは頂戴します」
そう言うと青志は、ウロコに魔力を込めてから、そっと砂の上に置いた。
青いウロコが燐光を放ちながら、透過するように砂の中に沈んでいき、そこから盛り上がった砂の塊が、人間の形に変わっていく。
マナと同じ背格好の女の子の姿だ。
同時に、砂の質感が生き物のそれに変化し、その色も青に染まったのであった。
「ほお、見事だな」
ブルードラゴンが、感嘆してみせる。
その前に立っているのは、ブルードラゴンを幼くしたような少女のゴーレムだ。
ドラゴンの尻尾を持ち、肩から腕がウロコに覆われているところなどは、マナとそっくりである。マナと違うのは、髪はおろか肌までが青いところだ。顔も、マナと比べると目が切れ長で、クレバーな印象を受ける。
新しく生まれたゴーレムの少女は、表情を変えないままブルードラゴンのそばまで行くと、何も言わずにその隣に座り込んだ。性格も、マナとは違うようである。
青志は、何と声をかけていいのか分からなくなる。
「や、やあ、はじめまして」
少女ゴーレムは、黙ってうなずいた。
ブルードラゴンも、特に少女ゴーレムに構おうとする様子を見せない。果実酒を舐めながら、刺身を味わっている。
「あ。そう言えば、私の友人のゴーレム使いも、船で貴女のウロコを手に入れたんですが、ゴーレムを作っても大丈夫ですか?」
「ああ、好きにするがよい」
「ありがとうございます。伝えておきます」
むろん、オロチのことだ。
ウィンダが剥ぎ取ったウロコを、オロチのゴーレムも、海中で回収していたのだ。
ちなみに、ガオンが剥いだ逆鱗は、アルガ号の戦利品となっている。王都で王に献上し、その報酬を船員たちみんなで分配するそうだ。もちろん、ガオンはかなり多めにもらえることになっている。
「では、妾は帰る。あの女に伝えることがあれば、聞いておくぞ?」
「でしたら・・・、いつか必ず人間に戻してやるから、と」
「分かった。伝えておこう」
そう言い残すと、ブルードラゴンは少女ゴーレムの頭に一度手を置き、消え去った。
「テレポートってやつか。鮮やかだな。凄いな、お前のママは」
少女ゴーレムは上目遣いに青志を見ると、やはり黙ってうなずいた。
ブルードラゴンが去った後、少女ゴーレムと2人きりなのが気まずいという訳ではないが、青志はオロチの野営場所に向かう。
たどり着くと、雨と夜露をしのぐための天幕の下で、オロチがいぎたなく眠り込んでいた。青志ではあるまいし、オロチが真っ昼間から無防備に寝ているのは、ひどく珍しいことだ。
もちろん、大蛇ゴーレムがちゃんと護衛を行っている。
「オロチ、・・・おい、オロチ!?」
オロチは、なかなか起きない。だらしなくヨダレまで流していた。ブルードラゴンに、何かの方法で眠らされているのかも知れない。
仕方ないなと思った青志に、頬を2~3度ひっぱたかれ、渋々目を覚ますオロチ。
「う・・・ひどいじゃないか。本気で叩いただろ・・・」
青志がブルードラゴンの件を説明すると、涙目だったオロチもやっとしゃっきりしたようだ。
「そうか。ブルードラゴンが来たのか。僕のゴーレムもそれを見ていたはずなのに、それでも僕が目を覚まさなかったのは、やはり眠らされていたんだろうね。
それはそうと、その子がブルードラゴンのゴーレムかい?」
青志の後ろに黙って立っている裸の少女ゴーレムを見て、オロチが訊ねてくる。
「ああ、ブルードラゴンの了解も得たよ。オロチも作っていいってさ」
「そうなのか? 了解とか関係なくゴーレムは作る気だったけど、了解をもらえたんなら、安心できるよ」
オロチが懐から青いウロコを取り出す。
「じゃあ、早速」
砂の上に落とされるウロコ。
わずかなタイムラグを置いて、新しいゴーレムが姿を現す。
「おおっ!?」
それは、半竜半人の青い少女。青志が召喚したゴーレムと同じだ。背格好も変わらない。が、そのこめかみには可愛い2本の角が生えていた。顔つきも、言われてみれば、少しゴブリンぽい。
生まれたばかりの少女は、切れ長の目でオロチと青志を見回した後、最後に青志の少女ゴーレムをひたと見つめた。
見つめられた方も、青志の陰から、じっと見つめ返している。
シンパシーと同時に、反撥を感じ合っているようだ。
「マナちゃんと比べると、無口だね」
「うん。ブルードラゴンの性格の影響なのかも」
「ブルードラゴン様が無口なのか・・・」
「いや、よく喋ってたような気がするけど」
青志とオロチは少女ゴーレムを引っ込めると、港の宿に向かった。
少女ゴーレムの顔見せをするためだ。特にマナには、きちんと説明しておいた方がいいだろうという気がする。
アイアン・メイデンの3人とマナは、宿の前でヒマそうに海を眺めていた。
「あ、パパ!」
いち早く気づいたマナが、青志の腰にだきついてくる。
「おとなしくしてたか?」
「おとなしくし過ぎて、退屈でしょうがなかったよー!」
「悪かったな」
青志はマナの頭を撫でる。
マナはちょっと驚いた表情をした後、満足そうに目を細めた。
「こんにちは、アオシさん」と、リュウカ。
「やあ。実は、お願いがあるんだ」
「どうしました?」
「マナと同じ背格好の服が、2人分欲しいんだ」
「えーと?」
「オレとオロチと、ブルードラゴンのゴーレムが1人ずつ増えた」
「うわっ! 会わせて、会わせて!」
食いついてくるユカとトワ。
しかし。
青志の腰に鋭い痛みが走った。
抱きついたままのマナが、爪を立てたのだ。
「ちょっ! 痛い! 痛いよ、マナ!」
「うるさい」
やけに低い声を出したマナが、ぎりぎりと爪を食い込ませてくる。
「い、痛い! 痛い!!」
「うーるーさーいー!!」
マナは、がぶりと青志の腰に噛みついた。
生ハムと焼うどん、ワンマンライブ頑張れ~!