青い女
全く関係ない話ですが、テレビで【生ハムと焼うどん】というアイドルを知り、色々意味で衝撃を受けました。
その夜の夢に出てきたのは、【BABYMETAL】のすうちゃんの両サイドで踊る【生ハムと焼うどん】。
目が覚めてから、軽くめまいがしました。
以上。
分からない話で、ごめんなさい(汗)
首長竜の動きは、その巨大さに反して、とても速い。
高い位置でゆらゆらしていた頭が、次の瞬間、雷が閃くような速さで襲いかかって来るのだ。
ウィンダがその攻撃をかわし続けられるのは、風魔法で首長竜が動き出す直前の呼吸を感じ取れるからである。
そうでなければ、いくら飛べるからと言って、首長竜の攻撃から逃げられなかったであろう。
しかし、それも限界だ。
元々、風魔法で空中を動き回るのは、容易いことではない。
いつもなら、歩いて通れない場所を飛び越えるときに、一時的に行うぐらいである。
それが、もう30分は全力で飛び回っているのだ。
頭はひどく痛むし、視野がどんどん狭まってきている。耳鳴りもひどく、首長竜の動きが察知し切れなくなりつつある。
腕の中のマナが、何度も「降ろして!」と叫んでいるが、そういう訳にはいかない。マナは火魔法使いなのだ。自力では飛ぶことができない。甲板に降ろしたら、アッという間に首長竜の牙にかかってしまうだろう。
最初、アオシの子供と聞いて、出所の知れない怒りに襲われたウィンダだったが、それも誤解と分かり、今ではマナが大のお気に入りである。
そんなマナを守るのが、今の自分にとっての最優先事項だ。
本当なら、アオシも抱えて飛びたいぐらいなのだ。
甲板を転がって首長竜の攻撃をかわすアオシが、見ていて、危なっかしくてしょうがない。
アオシとは酒のせいで間違いが生じてしまったけれど、そのまま嫌いにはなれなかった。他の男たちとは違うアオシの優しげな眼差しや口調が、ウィンダの脳裏から離れなかったのだ。
できるなら、もう一度アオシの優しい体温に包まれて眠りたいとさえ、ウィンダは思い始めている。
だから限界が来ようと、ウィンダは歯を食いしばり、空を舞う。
アオシの娘のマナだけは、自分が守るのだ。
それでも。
終わりが訪れようとする。
無視し切れない疲労。
一瞬アオシに向けられた意識。
そして、生まれてしまった間隙。
首長竜の巨大な顎が、ついにウィンダを捉えようとする。
そのとき――――。
全ての音が消えた。
ウィンダを追い回していた圧力も消え去った。
同時に刃のような冷気が、むき出しの肌に突き刺さる。
瞬時に強張る身体。
「え!?」
起こったことが理解できないまま、ウィンダは甲板の上に落下した。マナをかばおうとし、背中を激しく打ちつけてしまう。詰まる息。しかし、マナは無傷のはずだ。
倒れたまま上方に目をやると、大きな口を開いた首長竜が動きを止めていた。その首が、真っ白に凍りついている。首長竜がいる側の甲板も、びっしり霜に覆われている。
「こ、氷・・・?」
頭上から舞い落ちてくる、無数の氷片。その煌めきに目を奪われながら、ウィンダは呆然と呟いた。
「撃て! アオシ1人に殺させるな!!」
静寂を破ったのは、オロチの叫びだ。
オロチの手は、気を失ったアオシを支えている。どうやったかは分からないが、この氷がアオシのもたらしたものであると、ウィンダは悟る。
だとしたら、数頭の首長竜を1人で倒したアオシに待っているのは、確実な魔人化である。
オロチの声に反応し、マナがウィンダの腕から飛び出した。
「パパ!」
マナの口から、今までにない太さの熱線が放たれる。
瞬間的に空気中の氷片が蒸発。
爆発するように膨れ上がった空気が、ウィンダを吹き飛ばす。
「くっ!」
吹き飛びながらウィンダが見たのは、凍りついた首を熱線で抉られた首長竜の姿。
それでも崩れようとしない巨体に、次々とオークの槍が突き刺さる。凍っているはずの首長竜が、大気を震わせて断末魔を上げた。ビキビキと氷のひび割れる音が、ウィンダの耳に届く。
この旅に弓矢を持参していなかったことを、ウィンダは悔やんだ。弓矢さえあれば、アオシが身に受けようとしている魔力を、少しでも自分が引き受けられるのだ。その「少し」で、アオシが魔人にならずに済むかも知れない。しかし風だけでは、首長竜の巨体に傷一つ付けられない。ウィンダは唇を噛む。
今にも崩れ落ちようとする首長竜に止めを刺したのは、リュウカたちだった。燃える特大の石飛礫が3つ、マナの熱線が抉った辺りに命中し、ついにその首を真っ二つに引き裂いたのだ。
その瞬間、甲板上にいるほとんどの者が、胸を押さえてうずくまった。首長竜の死に関与した者たちに、その魔力が分担されたのだ。首長竜ほどの超大物の魔力ともなれば、何十人で分けようとも、魔ヶ珠が成長する痛みは想像に絶するものだろう。
リュウカたち3人も、胸を押さえながら、甲板の上をのた打ち回っている。
アオシはと見れば、苦しそうではあるが、気を失ったままだ。今の段階では魔人化せずに済んだらしい。ほっとするウィンダ。
が、まだ倒れた首長竜は1頭だけである。船の側には、まだ凍りついた首長竜が4頭残っている。その4頭を今の調子で倒さなければ、アオシは魔人と化してしまう。
そして、ウィンダの見ている前で、凍りついた首長竜の巨体が徐々に傾いていった。
必死に熱線を放つマナ。
しかし、それだけでは止めを刺し切れない。
そして、誰も大砲を撃たない。弩を射ない。ほとんどの船員が、己が魔ヶ珠の大きくなる痛みに身悶えているのだ。
ウィンダは風魔法を発動させると、一番近くの弩へと飛ぼうとした。
が、その瞬間に、とてつもなく強大な魔力が迫るのを感知。慌てて、身を伏せる。
ごわっ――――!!
魔力そのものが物理的な圧力となって、ウィンダの背中の上を走り抜けた。長い髪が、激しく波打つ。
「うわっ!」
あちこちで、大柄な船員たちが転がり、悲鳴を上げている。
折れそうなぐらいに大きく揺れるマスト。
帆布が裂ける湿った音が聞こえる。
そして、船がありえない程に大きく揺れ、ウィンダもあっさりと転がって、何かに身体を打ちつけた。
それでも、ウィンダは見た。
なす術もなく転がりながら、はっきりと見た。
目に見えないはずの魔力が渦巻くのを。
その渦が、凍りついた首長竜を粉々に砕くのを。
救われた?
分からない。
もっと大きな危機が訪れただけかも知れない。
ただ、アオシが魔人となることだけは、避けられた。
ウィンダに分かったのは、それだけだ。
気絶していたのは、恐らく数秒のこと。
まだ、船の揺れも収まっていない。
ウィンダは覚醒すると、風魔法を使って一気に立ち上がった。
腰のレイピアに手をかけ、周囲を見渡す。
船員たちは、倒れたままだ。
リュウカたちも、四肢を投げ出したまま、ぐったりとしている。
アオシは、ちゃんと人の姿だ。意識は、あいかわらずない。
その横では、オロチが胸を押さえ、足をガクガク震わせながら、立ち上がろうとしている。
オロチの目は一点に向けられていた。
力の入らない足を叱咤しながら、一点だけを見つめている。
そしてそれは、ウィンダに背中を向けて立っているマナも、同じであった。オロチが見ているのと同じ方向を、じっと見つめている。
2人が見つめているものは、マナの背中に遮られて、ちょうどウィンダからは見えない。
心なしかマナの髪が長くなり、うっすらと燐光を放っていることに気づきながら、ウィンダは数歩横に足を運んだ。
マナの背から横にずれたウィンダの目に飛び込んできたのは、1人の美しい女の姿だった。
青一色の女だ。
髪も青い。
肌も青い。
瞳も青い。
衣服は一切身に着けていない。すらりとした肢体を、惜しげもなく陽の光にさらしている。
怖気立つほどに美しい女である。
そんな女が、平然と船縁に立って、長い髪を風になびかせていたのだ。
青い女を目にした途端に、ウィンダは身動きができなくなった。
声も出せない。
呼吸さえもままならない。
ただ、その女を見つめることしかできない。
首長竜たちを一撃で砕いたのは、この女だ。疑いようがなかった。
誰かが迂闊な真似をすれば、この船も首長竜と同じ運命をたどることになるだろう。
それだけの凄みが、その女にはあった。
しかし分からないのは、女の目的だ。
何のために、首長竜たちを倒したのか?
何をするために、この船にやって来たのか?
そして今、何をしているのか?
ウィンダの目には、なぜかその女がマナに興味を示しているように見えた。
艶やかな笑みを口元に浮かべたまま、マナだけを見つめているように見えた。
「マ・・・、マナちゃん?」
マナもまた、その女を見つめている。
そして、ひどく緊張している。
スカートの中から伸びた、真っ赤なウロコに覆われた尻尾が、いら立つように左右に振られていた。
その尻尾を見ながら、ウィンダは気づく。
青い女にも、マナとそっくりな尻尾があることに。
マナと同じようなウロコがあることに。
ただ、そのウロコが海の色のように青いだけだ。
「ウィンダ、下がってて!」
背中を向けたまま、マナがウィンダを遠ざけようとする。
「マナちゃん、あの・・・ヒトを知っている、の?」
「多分、ブルー・ドラゴン。水龍・・・」
「えっ?」
ウィンダは、自分の耳を疑った。
ドラゴン?
確かに、そう言われれば、女の放つ強大な魔力も納得できる。でも、ドラゴンともあろう者が、そう簡単に姿を現すものだろうか?
火竜山には、レッドドラゴン――――火龍が住むという。
その姿を見たという話も、聞かされたことがある。
ウィンダも、その存在を疑っている訳ではない。
しかし、自分の前にドラゴンが現れる日が来るとは、想像だにしていなかった。
「あれが・・・ドラゴン? 一体、何をしに?」
「きっと、あたしとパパに興味を持ったんだわ」
「マナちゃんとアオシさんに?」
青い女がドラゴンだとしたら、そのドラゴンに興味を持たれ、ドラゴンと同じような尻尾やウロコのあるマナは、一体どういう存在だ? そして、マナにパパと呼ばれ、やはりドラゴンから興味を持たれているアオシとは何者なのか?
ウィンダは混乱する。
「そうか。この人間が、お前の父親か。そんな大した男には見えないがな」
そう言って、青い女がアオシに近づいて行く。
アオシは、まだ気を失ったままだ。
「――――!」
気づいたとき、ウィンダはレイピアを右手に、甲板を蹴っていた。金縛り状態だったのが嘘のような動きだ。もちろん、狙いは青い女である。
「だめ!!」
そこに、横から抱きついてきたのはマナだ。ウィンダの動きは止められてしまう。
「離して! アオシさんが!!」
「だめだったら! ウィンダが殺されちゃう!!」
それでも青い女に刃を向けようとするウィンダを、マナが必死に止める。
そんな2人を、青い女が愉快そうに見やる。
「ほお。そこの女が、生命を賭して助けようとする程度の男ではあるのだな。それに、首長竜たちを氷漬けにしたのもこの男だとしたら、確かに少しは面白いかもな」
ニヤリと笑った女が、アオシに手を伸ばそうとした、そのとき。
金属の弾けるような音が、静寂に包まれた甲板上に響き渡った。
弩だ。
弓弦が引き絞られたままになっていた弩を、誰かが発射したのだ。
オークの槍が、完全に虚を突かれた青い女の喉元に命中する。
ぎぃん!!
が。
確かに命中したはずのオークの槍は、女の喉元で方向を変え、ばらばらに砕けながら海へと飛び去った。
女のウロコを貫くことができず、弩の太矢の方が、砕け散ってしまったらしい。女は2~3歩後退っただけだ。
しかし、さすがに憮然として、弩を放った者を睨みつける。
「下郎、無粋な真似をするでない」
静かな、それでいて底冷えするような女の声。
その圧力に金縛りになっていたのは、1人の獅子人――――ガオン。大きな身体が、恐怖に縮こまってしまっている。顔色が紙のように白い。
ドラゴンに睨みつけられているのだ。無理もない。
「そ、その男に、て、手を・・・出すな・・・!」
怯えながらも、必死にガオンが言葉を発する。
驚いたことに、ガオンがアオシを守るために弩を放ったらしい。
女がゆっくりと手を上げた。
手のひらをガオンに向ける。
「砕け・・・」
かつーん・・・。
女の手から魔法が放たれようとした寸前、何かが甲板の上に落ち、硬い音を立てた。
「な、なんだと・・・!」
動揺する青い女。
その足元に落ちていたのは、1枚のウロコである。
ガオンの発射した弩の矢が、たった1枚だけとはいえ、女のウロコを剥ぎ取ったのだ。
「うがっ!!」
突然、ガオンが苦しみ出す。
胸を押さえて、狂ったように身悶える。
「まずい! 魔人になるわ!」
ガオンの様子を見たマナが、焦った声を出した。
「え? 何かを倒した訳じゃないのに、どうして!?」
「ドラゴンは、ウロコ1枚1枚が魔ヶ珠と同じ力を持ってるの! だから、ウロコを奪うということは、その分の魔力を奪うってことなの!!」
たった1人でそれをやったガオンには、その全ての魔力が流れ込んでしまったのだ。
びきびきと、ガオンの皮膚が裂ける。
ごきごきと、ガオンの骨格が歪む。
その身体の色が銀色に染まっていく。
その身体がはっきりと膨らんでいく。
「うがががが、ぐぎぎぎぎぎっ・・・!!」
「ガオンさんが魔人に・・・!?」
「やってくれたのぉ」
女の青い髪が、ざわざわと逆立つ。
「妾のウロコを剥ぎ取るとは――――」
そう言って、足元のウロコを拾い上げる。
「おまけに、逆鱗とはな」
「え!?」
それを聞いたマナが、今までになく焦った声を出した。
かつーん・・・。
女の手から、またウロコが落ちる。
そしてそのまま、ふらふらと後退り、船縁を越えてあお向けに海に落ちて行った。
それは、あまりにあっけない幕切れ。
ウィンダには、そう感じられた。
「た、助かったの?」
だから、マナにそう訊いた。
「駄目。最悪なことになったわ」
「どうして? これで終わったのではないの? ガオンさんがあんなになってまで・・・! はっ、ガオンさんは!?」
ウィンダは、ガオンの倒れた場所に駆け寄る。
マナの側を離れたのは、マナのいう「最悪」を聞きたくなかったからかも知れない。
「ガオンさん!」
ガオンは、倒れたままウィンダを見上げていた。
苦しそうに喘いではいるが、その瞳はとても静かだ。
ただし、その姿は明らかに変わってしまっている。
鬣は金属のようになり、銀色に輝き、上半身は細かなウロコに覆われ、やはり銀色の光に煌めいていた。
2メートルを超える身体は更に大きくなり、オークと見紛うばかりだ。
「ガ、ガオンさん・・・?」
「どうやら、完全には魔人にならずに済んだらしい・・・。アオシは、無事か?」
「ありがとう。アオシさんは大丈夫」
「そうか。でも、やっぱりアオシは凄ぇな。あの氷、アオシがやったんだろ?」
「さ、さあ、どうなのかしら? 私には分かりません」
「まあ、いい。俺は気にしなくていいから、アオシに付いててやれよ」
その瞬間。
船のすぐ横で、途轍もなく大きな魔力が爆発した。
それは、ウィンダを絶望させるに十分な大きさの魔力だった。
それは、半魔人化したガオンが悲鳴を上げるほど凶暴な魔力だった。
船が木の葉のように揺れる。
慌ててウィンダは、風魔法で飛び上がった。
そして、ウィンダは見た。
船の側に現れた、首長竜に数倍するドラゴンの姿を。
青い青い龍の姿を。
その目は、真っ赤に輝いていた。