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アイアン・メイデン vs ヒョウタ

 その日、オロチは昼近くになって、やっと帰ってきた。

 ひどく憔悴しており、言葉を発するのも億劫そう。緑色だった肌が、白っぽくなっている。実際、自分の足で歩くのが、やっとという有り様だ。

 屋敷中の人間が、昨夜のオロチに何があったか知りたがったが、オロチが死にかけているようにしか見えないので、質問をすることができず仕舞いだった。

 オロチを寝かしつけた後、鼻の穴を膨らませながら、ユカとトワがキャーキャーと騒ぐ。かなり、想像を逞しくしているようである。そういうお年頃らしい。


 青志としても、オロチに何があったのか気になるところだが、ヒョウタと色っぽい事件があったとは思えなかった。オロチの肌が白っぽくなっているのは、大量に失血したせいだと考えている。

 色っぽい事件が原因で、オロチがそこまで血の気を失っているのだとしたら、ヒョウタを見る目が変わってしまうところだ。

 それより心配なのは、ヒョウタとは関係ないことが原因で、オロチが怪我を負った可能性である。オロチがゴブリンと知られて襲われたとしたら、話が面倒なことになる。

「しょうがない。ちょっと行ってくるか」

 お尻が魅力的な侍女に、ヒョウタの家の場所を確認すると、青志は出かけることにした。


「で、付いてくるのか?」

 屋敷を出た青志の後ろには、当たり前のような表情で、ユカとトワとリュウカが続いている。

「ヒョウタさんの所に行くなら、会いたいしー」

 最初からヒョウタ好きのユカが、嬉しそうに答える。

「今日は、何も買ってやらんぞ」

「えー」


 ちなみに、マナはまたお留守番だ。

 今日は、キョウに捕まっている。なぜか、お姉さま方に大人気なのである。

 本人としては青志にくっついていたいのだろうが、女性陣から色々な話を聞いたり、女の子らしい小物をもらったりするのも楽しんでいるようだ。

 どうせ船に乗ったらずっと一緒なのだし、今は別行動でいいだろうと、青志も考えている。青志だけと付き合っていたら、考え方や価値観が偏ってしまう。

 40才を過ぎるまで独身の青志だけに、自分の人格に問題があるんだろうというぐらいの自覚は持っている。ただ、どこがどうダメなのかは、分かっていない。それを解明するのが、今後の課題なのである。


 




 ヒョウタの住まいは、何の変哲もない、こじんまりとした家だった。

 白い漆喰の塗られた真四角な平屋が、ぴったりくっつく形で、何軒、何十軒と並んでいる。そのうちの1軒だ。

 地上最強の水魔法使いの熊人の住まいには、到底見えない。

 違和感ありありである。


「ヒョウタさんぐらいの腕があったら、お金を持ってないはずないよな」

「こういう場所の方が、落ち着くとか?」

「1人暮らしなら、広い家に住んでも、寂しいだけだし?」

 青志たちは、好き勝手な憶測を並べながら、ヒョウタの家の扉を叩く。

 が、応答はない。

 それでも、何度かノックを繰り返していると、隣の家から気の好さそうなオバサンが出て来て、ヒョウタが狩りを行っていると教えてくれた。


「でも、海で狩りをしてるのね」

「うん。水魔法使いとは言え、水中での狩りは大変だと思うけどなぁ」

「アオシさん、水の中で戦ったことは?」

「ないない。魔法が使えるからって、水中でサメなんかに遭遇することを思ったら、ゾッとするよ!」

「そうですよねー」

 うだうだ言いながら、港にたどり着く。


 見ると、巨大クラゲを退治したときの堤防の突端に、ヒョウタの物らしい買い物カゴが置かれていた。

 買い物カゴのそばに子供が2人いるのは、荷物番なのだろう。

「ねーねー、これって、ヒョウタさんの荷物?」

「そうだ! 勝手に触るなよ!」

 ユカの問いに、子供の1人が虚勢を張る。マナぐらいの大きさの男の子だ。お世辞にも、綺麗な格好をしているとは言えない。着ている物は、粗末な麻の袋に、頭と腕を通す穴を開けたようにしか見えない。


「触らないわよ。それより、ここで待ってたら、ヒョウタさん帰ってくる?」

「帰ってくるぞ!」

「分かった。じゃあ、一緒に待たせてもらうわ」

 屈託なく子供たちの隣に座り込むユカとトワ。ゴブリンマスクを被っているせいで、子供たちの態度が堅い。しかし、ユカとトワに気にする素振りはない。きっと、すぐに打ち解けてしまうのだろう。

 

 青志とリュウカは、堤防から海の中を覗き込む。

「やっぱり、水が綺麗だなぁ。底まで、はっきり見える」

「そうですね。色んな魚も見えるし」

 水深は、4~5メートルぐらいだろう。水底は岩場になっていて、所々に海草がたゆたっている。その中を、群れを成して泳いでいく小魚たちが、はっきり見える。

 ひどく平和な光景だ。


「釣り竿が欲しいですね」

「あれ? 釣りをしたことあるの?」

「ゲームでしかないです」

「あはは。オレも、似たようなものだな」

「あ。おっきなサカ・・・ナ!?」

 大きな黒い影が泳いで来たと思ったら、青志とリュウカの目の前で、激しい水飛沫を上げて海中から飛び出した。


「ぶはっ!」

 大量の海水を被って、ずぶ濡れになる青志とリュウカ。

「あら、貴方たちだったの?」

 2人の前には、ヒョウタがしれっとした表情で立っていた。自分のせいで水浸しになった者がいることは、気づかないフリを通すつもりらしい。

 ヒョウタは、首から小袋を下げただけの素っ裸だった。真っ黒な艶々した毛並みが、太陽の光を受けてキラキラしている。そして、海から上がったばかりのはずなのに、ほとんど水に濡れていない。


「こんにちは、ヒョウタさん。精が出ますね」

 相手が熊人の場合、男の自分が裸を見ても問題ないのか、それともやっぱりマズいのかと迷いながら、とりあえず丁寧な挨拶をする青志。

「こんにちは。ごめんなさいね。ちょっと、狩りをしていたものだから」

 そう言って、ヒョウタが手に持っていたロープを引っぱると、またもや大量の水飛沫を撒き散らしながら、体長3メートル近い魚が海中から飛び出した。


「うわっ!」

 驚く青志たち。

 再び水浸し。

 途轍もない魚の量感に、腰を抜かしそうになる。高級魚のクエに似た、胴回りの太い魚だ。それが、今日のヒョウタの戦果らしい。

 その巨魚を、軽々とヒョウタが肩に担ぐのを見て、更に驚愕する青志たち。

「活きのいいうちに売りに行きたいの。いいかしら?」

 コクコク。青志たちは、ただ頷くしかない。

 




 馴染みらしい魚屋に巨魚を持ち込むと、ヒョウタは少なからぬ代金を手にしたようだ。

 小遣いをもらい、子供たちもはしゃぎながら帰って行く。

 駆けて行く子供たちの後ろ姿を、ヒョウタが優しげに見ていた。それを見て、なんとなく胸がほっこりする青志。

「それで、何か用かしら?」

「あー、その、昨日、オロチがヒョウタさんを訪ねたと思うんですけど・・・」

「ええ、来たわよ」

「で、その・・・、何があったんでしょう? 今朝になって、死にかけで帰って来たんですが」

「ああ、それね」


 ヒョウタが言うには、オロチは手合わせを申し入れて来たそうだ。

「負けたくない相手がいる」というオロチの言葉を聞き、ヒョウタは申し入れを受けた。

 港の使われていない場所で、手合わせは半日に及んだ。

 オロチは剣、ヒョウタは素手。しかし、オロチの剣はヒョウタの毛皮に血を滲ませるのが精々で、一方的にヒョウタに殴り飛ばされて、血反吐を吐きまくったらしい。


 もちろん、オロチの負ったダメージは、その都度ヒョウタが魔法で治癒させた。が、日没より前に、オロチがダウンしてしまう。青志が想像したように、血を失い過ぎたのである。治癒魔法では傷を塞げても、流した血は取り戻せないのだ。

 仕方なくヒョウタは、オロチを自分の家に連れ帰り、朝まで寝かせておいたらしい。

 青志が心配したような事態でなかったことには、一安心であった。


「なんだ、ロマンスじゃなかったのねー」

「残念ねー」

 無責任に残念がるユカとトワ。

 ヒョウタは苦笑する。

「そんな話、少しも出なかったわよ。びっくりするわ」

「申し訳ない。そういうのに、興味があるお年頃らしくてね」

「ぶー」

 むくれるユカとトワの頭を、リュウカが優しく撫でる。


「ヒョウタさん、お願いがあります」

 そんなリュウカが、突然毅然とした声を上げた。

「え?」

「私とも、手合わせしてもらえませんか?」

「ええっ!?」

「あー、私たちもー!」

 驚く青志を余所に、リュウカの無謀とも言える申し入れに、ユカとトワまでが参加を表明する。

「そんな気楽そうに・・・!」


「いいわよ」

「いいっ!?」

 当たり前のように申し入れを受けるヒョウタに、本気で驚く青志。ヒグマ対女子高生の対戦は、凄惨な結果しか予想できなくて、慌てて止めにかかる。

 しかし当人たちは、青志の言葉など聞いていない様子だ。どこか楽しそうに、昨日オロチとやり合った場所に向かって行く。


「ちょ、ちょっと、リュウカ。女の子が血まみれになるトコなんか、見たくないぞ。()めとかないか!?」

「気にしないで下さい。いい加減、私たちも強くならないと、いけないんです」

「いや。もう十分強いだろう? 後は地道に、さ・・・」

「全然、地道じゃないアオシさんに言われたくありません。アオシさんと肩を並べようとしたら、このままじゃ駄目なんです」

「えー、オレのせいなの?」





 目的の場所に着くと、リュウカ、ユカ、トワの3人は、静かに散開した。3人がかりでいく気らしい。ヒョウタも、当たり前のように、それを見ている。

 青志の知らないうちに、手合わせのルールが決まっていたかのようだ。

「ごめんなさい。これを持っててもらえますか?」

 ヒョウタがまた服を脱ぐと、それを買い物カゴに入れ、青志に押しつけてくる。

「お手柔らかに、頼みますよ!」

 青志にできたのは、ヒョウタにそうお願いすることだけだった。


「じゃあ、行くねー!」

 可愛い声で宣言し、ユカが前に出る。

 その手には、1振りの小剣。さすがに、いつものハルバートは持って来ていなかった。

 が、小剣を構えての立ち姿が、自然体で(さま)になっている。腰が座り、両足が地面にしっかり根付いているイメージだ。

 どこの達人だよと、青志は言いたくなる。


「へえ・・・」

 ヒョウタも感心した様子だ。その目が鋭い光を帯びる。

 刹那。そんなヒョウタの呼吸を読んだかのように、ユカが前に出た。予備動作もなく、まさに達人じみた動きだ。

 一瞬、狼狽するヒョウタ。気づいたときには、ユカが目の前に迫っている。

 それでも、いつもするように、ユカの剣を身体で受けようと身構えるヒョウタ。


 ユカの背後から、もう1つの影が飛び出したのは、次の瞬間だ。

 目を瞠る跳躍力で、トワがヒョウタに襲いかかった。トワの持つ小剣が、真っ直ぐヒョウタの顔面に向かう。

「――――!」

 とっさにヒョウタが両腕を交差させ、顔面をかばう。

 その腕に、トワの小剣が突き刺さる。

 同時に、腹部にはユカの小剣が。

 

 しかし、攻撃はそれだけではなかった。

 両腕を上げたがために、がら空きになったヒョウタの左脇に、もう1振りの剣が突き出されたのだ。リュウカである。

 それは、タフさが自慢の熊人でも、致命傷になりかねない一撃だった。リュウカのみ、いつもの細剣を装備していたのだ。そして、左脇から抉り込まれた細剣の刃は、容易に心臓に届いてしまうはずである。

「ただの手合わせだろっ!」と叫びたくなる青志。


 ばん――――!!


 ぎりぎりのタイミングで、ヒョウタの全身から水流が(ほとばし)った。

 瞬間的にだが、強烈な水圧が、3人の少女たちの正面から叩きつけられる。

 一番衝撃を受けたのは、宙にいたトワである。(まり)のように軽々と飛ばされてしまう。トラックにでも跳ねられたような勢いだ。

 が、その運動神経は並みではなかった。クルクルと後方宙返りを決めると、見事に両足で着地してのける。


 ユカも、トワと同じような勢いで飛ばされている。

 しかし、ユカは宙に飛ばされても全く立ち姿勢を崩さず、まるで自分から後方に飛んだかのような自然さで、フワリと地に降り立った。正に達人。

 そして、リュウカだ。

 正面から水をぶつけられるのを察知すると同時に、リュウカは風魔法を発動。その水を切り裂こうとした。

 リュウカの前方で、水の流れが真っ二つに裂ける。

 

「――――!!」

 ほとんど勢いを失うことなく、リュウカの細剣がヒョウタの身体に突き立ち・・・。

 ヒョウタの振り下ろされた左腕が、リュウカの身体を地面に叩きつけた。

「うわっ!」

 思わず、声を上げる青志。

 リュウカの華奢な身体が、激しい音とともに一度大きく跳ね上がる。そして、糸の切れた人形のように地面に横たわった。


「リュ、リュウカちゃん!」

 ユカとトワが血相を変えて、リュウカに駆け寄る。

「あ・・・、ごめんなさい! つい、本気になっちゃったわ」

 申し訳なさそうにリュウカに近づき、治癒魔法を使うヒョウタ。

 青志も、顔から血の気を引かせながら、リュウカに治癒魔法をかける。

 ぐったりと、ユカの膝に身体を預けているリュウカ。その頬にできていた赤黒い痣が、消しゴムで消すように薄くなっていく。

 鼻と口から流れていた血を拭うと、いつもの綺麗なリュウカの顔が現れた。鼻も歯も折れている様子はなく、青志はホッと息を弛める。


 しかし、リュウカにしろヒョウタにしろ、手合わせと言いながら、やってることは殺し合いにしか見えなかった。

 いくらヒョウタが強力な治癒魔法を使えるからと言って、青志には狂気の沙汰としか思えない。もう、色々な価値観が、日本にいるときとは違ってしまっているのだろう。

 呆れる青志ではあるが、自分がタンタンと同じことをやっていたことには、気づいていない。


「良かった。大丈夫そうね」

「こんな子の鼻が曲がっちゃったり、歯が抜けちゃったりしたら、責任感じちゃうところだったよ」

「え? リュウカちゃんをお嫁にもらってくれる気だったんですか!?」

「ちょっと! 今のうちにリュウカちゃんの歯、抜いとく?」

 青志の言葉を聞いて、物騒なことを言い始めるユカとトワ。


「じゃあ、これで引き上げます。この子たちのワガママを聞いて下さって、ありがとうございました」

 放っておくと、ユカとトワが悪乗りしそうなので、青志はリュウカを背中に負って、立ち上がった。

「いえ。お嬢ちゃんたちが想像以上にやるから、楽しかったわ。また、いつでも相手をさせていただくから」


「ヒョウタさん、大きなお世話かも知れませんけど、とりあえず相手の攻撃を受けてみせるのは、やめた方がよくないですか? 中には、最初の1発でヒョウタさんを昏倒させちゃうような人もいるでしょうし」

「そうね。それは分かってるんですけど、つい、ね」

 プロレスラーみたいな人だなと思いながら、青志はヒョウタに頭を下げた。それが、ヒョウタのやり方というなら、青志がどうこう言える話ではない。

 それでも、また数ヶ月後に、元気なヒョウタと再会したいと思いながら。


 出航は、近い。

 


 

 


 

 


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